第六話
ジェイドは背後を歩くショーンの足もとに、注意深くランタンの光を照らしながら、地下牢へとつながる暗い階段を降りていた。
本当ならこんな場所にショーンさまをお連れしたくはなかったのだが。
今更、悔やんでも仕方ないことは彼にも判っていた。自分の後ろを嬉々として付いてくる無邪気な第二王子を止める術などどこにもなかったのだから。がんとして拒絶すれば、ひとりで勝手に地下牢に行きかねない。こうして自分が付きそうことが最良の選択だとなだめるしかなかった。
それにしても、と、じめじめとした階段を降りながら、ジェイドは思った。
地下牢が使われていたのは、戦乱の世だったもう遠い昔の話だ。当時のことは書物でしか知らないが、この地下では罪人を閉じ込めるだけでなく、血生臭い拷問も行われていたという。
こんな場所に最も似合わないのがショーンさまなのに。
「ねえ、そこ、二手に分かれているよ。どっちに行けばお兄さまに会えるの?」
ショーンに言われて、ジェイドは足を止め周囲を伺う。確かに階段が途中で二方向に分かれていた。
「少々、お待ちください」
書庫から失敬してきた城の古い地図を壁に押し付けるようにして広げるとランタンの光でまじまじと眺める。あまりに古い地図なので丁寧に扱わないと破れてしまいそうだ。
「うわ。それって使い物になるの? 汚い地図だね」
横から地図を覗き込みながらショーンが無邪気に聞いてくる。それにジェイドは苦笑して答えた。
「このくらい古い地図でないと、城の地下の詳細が描かれていないのですよ」
「ふうん。ここって何だか迷路みたいだね。わくわくするよ」
「わくわくしないでください。下手をしたら迷子になってここから出られなくなりますからね、勝手に動き回らないでくださいよ」
「判ってるって」
そう言って笑っているショーンの顔を、ジェイドは疑い深く眺めた後、仕方なさそうに地図に目を落として話し始めた。
「昔、争いが絶えなかった時代は、敵が攻め込むなどの不測の事態を想定して、城から脱出できる抜け道がいくつも作られていたのです。その抜け道は地下へと続いていて、そこから外に出られたのですね。ですから、追ってきた敵を足止めするために、地下は迷路のような構造になっているのです」
「へえ、そうなんだ」
「今は平和ですから、ショーンさまはピンとこないかもしれませんね。ですが、敵国だけでなく、例の黒の樹海から魔物が襲ってくるかもしれないという恐怖もこの国には常にあったので……ああ、地下牢へは右側の階段を行けば……あ、ショーンさま! お待ちを!」
跳ねるようにして、先に階段を降り始めたショーンを慌ててジェイドは追った。
「お足元に気を付けて……」
ランタンの光をショーンの方にかざすと、階段の終わりが見えた。降りきったその先には、細長い暗い通路が永遠のように続いていて、その左右に鉄格子のはまった牢獄が並んでいた。
先を歩いていたショーンが不意に足を止めたのは、一か所だけ、弱々しいながら光が漏れる牢獄があったからだ。
「そこにいるのは……誰?」
「……何だと? 今、何と言った?」
ショーンの呼びかけに、その牢の主はすぐさま答えた。地下の天井に反響して、ぞっとするような低い声が辺りに響く。
さすがのショーンも顔が強張り、後から追いついてきたジェイドの腕に縋りついた。
「……ジェイド、そこに……お兄さまはいるの……?」
「お待ちを。私が確認いたします」
怯えるショーンを背中にかばうと、ジェイドは錆びついた鉄格子に一歩近づいた。
「失礼いたします。そこにおられるのはセドリック殿下でございましょうか?」
「……だとしたら、どうだというのだ」
「弟君が直接、殿下に伺いたいことがあると……そのために危険をおかしてここに来られたのです」
「弟?」
ほのかな光の中で、ぼんやりと影が動いた。
それは力なく、牢獄の壁にもたれて座っていたが、ゆっくりと顔を上げると、ジェイドとその後ろに隠れるように立っているショーンを交互にみつめた。
「本当に、ショーンか? 他には誰もいないな」
「いないよ。僕とジェイドだけだよ、お兄さま!」
ジェイドが止めるのを振り切って、ショーンは鉄格子にしがみついた。
「お兄さま! お兄さまがお父さまのお命を狙ったなんて嘘だよね? そんなこと、しないよね?」
ふっと、重たい沈黙が辺りを支配した。やがて小さな溜息が漏れる。
「お兄さま?」
「ショーンさま、お下がりを」
ジェイドが強引にショーンの腕を掴んで自分の背中にかばうと、ゆっくりとランタンを持ち上げ、牢の中に光を投げかけた。
「……眩しいな。加減してくれよ」
陽気に応じる男に、ジェイドは眉を顰める。
「お前は……セドリックさまではないな? 誰だ?」
「声が大きいよ。ばれたら身代わりの意味がない」
ランタンの光に浮かび上がった男は、軽くウインクすると手錠で拘束された両手を差し出して言った。
「ねえ、ピンとか針とか持ってない? そろそろここも飽きてきたところさ」
紅茶色の瞳を輝かせて、テリュースは明るく笑った。




