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ガトゥ・バラディンという男 2

 ダデュカはフロアにある透明のカプセルに近づく。祐樹もダデュカの隣に立つ。ダデュカがカプセルを指差す。

「移送装置だ」

 祐樹は訊く。

「移送装置?」

 ダデュカは銀白に輝く移送装置を仰ぎ見る。

「人物を判別した上で移送する。今から祐樹、お前のデータを装置に組み込む。速やかにお前は移動出来るようになるだろう」

 ダデュカは小さなセンサーを祐樹の腕にあてると、祐樹のデータを移送装置に組み込み始める。祐樹はダデュカに訊く。

「ダデュカさんは?」

「まずお前が先だ。俺はすぐにでもあとを追う。イズーを……、イズーの心を変えられるのはお前だけだ。そうだろう? そして梨奈を助け出せるのも」

 祐樹は黙って頷く。ダデュカのデータ入力が終わると同時にアラームが鳴り響く。

 すると格納庫から四足歩行のメカが現れる。メカは侵入者を排除しようとしている。

 ダデュカはすぐさまレーザー・ガンで応戦する。彼は移送装置の中に入るよう祐樹に勧める。そしてカプセルの扉を閉じると言葉に力を込める。

「行け。歪んだ支配を終わらせるために」

 祐樹はカプセルの閉まり際、ダデュカに訊く。

「なぜ俺だけを?」

 レーザーが行き交う中、ダデュカは叫ぶ。

「俺達が失いかけた『何か』をお前はまだ持っている。それだけだ。……行け!」

 移送装置の扉が完全に閉まると、移送装置の中を静寂が包み込む。祐樹がふと耳を澄ますと、小さいがガトゥとイズーの話し声がモニターから零れ落ちてくる。

 移送装置も緩やかに動き始める。それと同時に祐樹はモニターを覗きこんだ。二人は……、激しいやり取りをしているようだ。祐樹は耳を傾ける。ガトゥはイズーを問い詰めている。

「私達は俗世間を超える組織だったはず。その為にこそルールも守ってきた。それも一重に! 民衆の模範となる為です」

 ガトゥは強い口振りだ。

「私達が権力を思うままに扱えたのは、模範たりえたからこそ許されたのです」

 ガトゥの口調には悲しみさえ滲んでいる。

「それなのに、今のあなたはどうだ。たった一人の女性に惑わされ、本来の『歴史を守る』という目的を忘れてしまっている」

 そして厳しくイズーに促す。

「今すぐにでも、翻意していただきたい。これはあなた、議長イズー・マドクルウァへの私の敬愛ゆえです」

 イズーはガトゥの説得に応じる気配はない。抑揚のない声で応える。

「ガトゥ。良く聞いておくといい。私はアゼテリにおいて別格で、選ばれた存在だ」

 ガトゥの落胆が祐樹には目に見えるようだった。イズーは沈み込むガトゥにも構わずに続ける。

「私はアゼテリの創始者にして母体。『核』そのものだ。だから私にはあらゆる特権が与えられている」

 イズーは相矛盾する言葉を口にする。

「ルールを作るのも私であり、変えるのも私だ。私はルールそのものだ。私には独善が許される」

 そして幼子を諭すようにイズーは、ガトゥに言い聞かせる。

「私自身が『アゼテリ』であり、世界そのものなのだよ」

 加えてガトゥの胸の傷を抉り取る。

「過去においても、私が君を『時の迷い子』から助けてやったのを忘れたわけではあるまい」

 ガトゥは反発する。

「話のすり替えはやめていただきたい。問題はあなたが、その女性に拘る事が、『アゼテリ』の理想に適っているかどうかです。あなたは……!」

 イズーはガトゥの話を遮る。

「ルールを厳格に守る君は信頼すべき存在だ。君は独断に走りがちな『中枢審議会』の歯止めであり、良きアドバイザーでもあった」

 イズーの声はどこまでも「父性」を思わせた。

「だがこの高橋梨奈に関しては例外だ。君が私に意見するのを私は許さない」

「アッ!」

 ガトゥの歯噛みするような声が響いた。イズーは妄執的にガトゥへ話して聞かせる。

「私はこの娘の傍に寄り添い、添い遂げるだろう。私の永遠とも呼べる孤独を埋めるために」

 ガトゥは悔しさを噛み殺している。歯痒さの余りガトゥの語気は乱れている。

「失望だ! あなたはエゴに惑わされる人間ではないと思っていた。たかが女性一人のために。アゼテリの、いや人類の! 誓約を破るとは思いもしなかった!」

 イズーは独断を自分自身に許す。

「ガトゥ。『彼女が失われた歴史』の修復には私が責任を持とう。彼女が過去に存在しなかったものとして、歴史を動かしてみせよう」

 ガトゥは感情を押し殺し、正論を口にする。それはガトゥとイズーとの離別を意味していた。

「私はあの青年、相模祐樹にどう弁解していいのか、言葉が見つかりません。今のあなたはまるで駄々をこねる子供のようだ」

 ガトゥは堪え切れずに、ついには激情を吐き出す。

「私は失望で身が張り裂けそうだ! 何のために! 我々が命を危険に晒してまで歴史を守ってきたのか! あなたはお忘れになったのか!」

 イズーはガトゥの言葉を跳ねつける。

「言葉が過ぎるぞ。ガトゥ。君自身が歴史の矛盾そのものであるのを忘れてはならない。私は君を排除しようと思えばいつでも出来る。それを覚えておきなさい」

「くっ!」

 ガトゥは言葉にならない声を出した。そして冷静さを取り戻し、シンプルにイズーへの別れを告げる。

「残念です。私があなたに背くのは理想ゆえであるのをご理解頂きたい。それでは、失礼します」

 立ち去るガトゥにイズーは語り掛ける。それはガトゥへの死の宣告でもあった。

「君の首筋には諸刃の剣が突き立てられている。君の正義感は君自身さえ否定しかねないのを心に留めておきなさい」

 イズーの言葉を背にして、イズーのもとをガトゥは後にした。それはガトゥとイズーの離別が決定的になった瞬間だった。

 ガトゥの足音を最後に、二人のいた部屋は言葉にならない静けさで覆われていった。

 モニターから映像が途絶えると、移送装置は祐樹を別フロアへと運んでいた。


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