アルカノ・デレトゥ 3
「祐樹。待っていたよ。あの別れの時、私は確信していた。君は私にもう一度会いに来るだろうと」
「どういうことだ」
ダデュカは戸惑った。レリュが祐樹に訊く。
「彼はなぜあなたを知っているの?」
祐樹は答える。
「それを確かめに来たんです」
薄明かりに照らされたその顔には、年月を重ねようとも確かに「祐樹の知っている男」の面影が残っていた。アルカノは悠然と話を始める。
「人類はやがて、『人間の存在に意味などない』という虚無に囚われる。人々は漆黒の闇を彷徨い、やがて二つにわかれる」
ダデュカはアルカノを問い詰める。
「まさか論文を発表したのは初めからそれが狙いだったとでもいうのか」
アルカノは少しも表情を崩さない。
「そう。この時のために私は三十年近い歳月を費やしたのだ。それは私を信じるに足る人物にするのに必要な時間だった」
ダデュカとレリュの表情は険しくなる。アルカノは優しく自分の口元を、右指先で拭う。
「論文を作るのに時間が掛かったのではない。私の考えは全てこのコンピューターチップに記憶されている。操るのが最も難しいのは人間の心なのだから」
そう言ってアルカノは左手にコンピューターチップを翳した。その左手の甲には祐樹に見覚えのある「深い傷跡」が残っていた。
祐樹は推理する。アルカノはやはり「祐樹の知っている男」だと。ダデュカは困惑する。
「アルカノ教授。あなたは一体……」
アルカノは右手で机の隅に軽く触れる。
「私が誰であるかはその青年に尋ねるといいだろう。ここでは私のプランをお話ししよう」
アルカノは事細かく自らのプランについて話を始める。その口振りには余裕と自信が漲っている。
「まず一つ目のプラン。人類が『歴史の終わり』で解き明かした理論の習得。これは遺伝子操作で知性を高めればたやすいことだった」
ダデュカとレリュはアルカノを見据える。アルカノの告白は続く。
「次に、その理論を『論文』の形で広める事。その状況を作るのに長い時間が必要だった。だがそれもやがて終わる。いよいよ決行の時だ」
ダデュカは次々と明らかになる事実の前に言葉を失っている。アルカノはプランの続きを話す。
「そして三つめ。『論文』によって二つにわかれた人類に戦争を起こすように誘う。これこそが君達の止めようとしている『最終戦争』だ」
さしものダデュカもこの告白を耳にして狼狽している。それはダデュカの歴史認識が正しくなかったのを表していた。
レリュは押し黙ってアルカノの告白を聞いている。アルカノは話を締め括る。
「そして最後。戦後の混乱を鎮める『アゼテリ』の確立。私はその中心人物になるつもりでいる。アルカノ・デレトゥではなく、もう一人の新しい人間として」
ダデュカは訊く。
「教授、あなたはこの時代の人間ではないのか? そう、まるでタイムワープを何度も繰り返したかのような口振りだ」
アルカノは冷静だ。
「その点は議論の余地はないだろう。君達は真実に近づいている。さぁ、これで長話も終わりだ。君達の口封じの方が先になるだろうから。」
そう言ってアルカノはレーザー・ガンを構えた。咄嗟にダデュカが祐樹とレリュに触れてタイムワープをした。
それでさえもアルカノは予想していたかのように笑みを浮かべていた。不気味な余韻を残して風が大きく「振れた」。




