アルカノ・デレトゥ 1
フロアの天井は弧を描いていて、窓ガラスからは青い地球が垣間見えた。それは映像なのか、実際の光景なのか祐樹には分からなかった。
フロアの隅ではレリュが壁に寄り掛かっている。ダデュカは静かに祐樹の体から手を離すと訊く。
「相模祐樹。ライト兄弟と共に我々の意向に背いた。加えてタイムワープをしての逃亡。アゼテリと協力していると見られても仕方がない」
祐樹は口元を手の甲で拭う。
「あなた達のやり方に納得出来なかった。正しく歴史を進めた方がいいと思った。それはウィルさんとオービルさんにしても同じだ」
祐樹は睨むようにダデュカに訊く。
「まだ……、彼ら二人に報復するつもりなのか?」
ダデュカは短い前髪を掻き上げる。
「ライト兄弟はあのエピソードをきっかけに最終戦争との関わりを失った。最早彼らに利用価値はない。放置する」
そしてダデュカは半ば冷徹な顔で告げる。
「それに、動きだした彼らの歴史はもうじき閉ざされる。行き来も出来なくなるだろう。彼らの歴史は我々の未来との繋がりを無くしてしまった」
祐樹はダデュカを問い詰める。
「まだ俺に拘る理由は? 俺に纏わりついて何の得がある?」
ダデュカは平然としている。ダデュカは祐樹がもうただの青年ではないのを知っていた。
「タイムワープの能力が覚醒したようだな。探すのに随分手間取った」
続けてダデュカは質問に答える。
「君に拘る理由? 簡単だ。二十一世紀でタイムワープの能力を手に入れた人間は少ない」
ダデュカは右掌を翳す。
「その内の一人であり、尚且つ『紫紺の羽根団』の目的を知った君を監視しなければならない。それが君に拘る理由だ」
祐樹は彼らの盲点を突く。それは率直な疑問とも言えるものだった。
「最終戦争を止めたいのなら、なぜ直接ターゲットを狙わない? その時の指導者とか、軍部とか。幾らでもいるだろう」
祐樹は袖で顎元を拭う。
「それに……、最終戦争を起こす論文を書いた科学者を狙うのが一番簡単だ」
ダデュカは、祐樹が最終戦争のきっかけを知ったと把握したようだった。ダデュカは襟を正し、あらためて最終戦争を防ぐのが易しくない理由を話し始める。
「最終戦争は直接関係のある人物、出来事だけがきっかけで起こるのではない」
ダデュカは両手を払いのけるような仕草を見せる。
「歴史にばら蒔かれた数々の種子によってひき起こされる。その種子を摘み取るのが我々の役目だ」
同時にダデュカは祐樹の心を見透かす。
「何か……、問題を解決する手掛かりでも手に入れたのか? 結構な自信だ」
祐樹はもう紫紺の羽根団と対立しても意味がないと知っていた。紫紺の羽根団と祐樹のターゲットはイズー。そう、イズー・マドクルウァその人一人に絞られていたのだから。祐樹と紫紺の羽根団の目的が一致したのだ。
「最終戦争を起こす論文を広めた科学者のいる場所を? しっかりと知っている?」
ダデュカとレリュは顔を見合わせる。そしてダデュカは祐樹に続きを促す。祐樹は応える。
「これ以上探り合っても意味はありません。あなた達に協力したい。俺も最終戦争を止めたい。それが一人の人間のエゴで始まったのなら尚更だ」
ダデュカの冷たい表情は徐々に変化していく。加えて腕を組んで、黙り込んでいたレリュが祐樹に共感する。
「彼の話は聞いてみる価値ありね。私達を騙す理由がこの子にはないもの」
ダデュカが祐樹に手を差し出す。
「聞こう。君を心変わりさせた一つの考えについて」
祐樹はすぐに応じる。
「聞く? 言葉よりも行動です。それが、俺以上にあなた達が選んできた『手段』でしょう」
レリュが艶やかに笑う。
「違いないわ」
ダデュカは祐樹の体に触れるとタイムワープの姿勢を整える。祐樹はダデュカに尋ねる。
「その科学者の名前は?」
「アルカノ・デレトゥ。だが、おそらくは偽名だ」
それはほぼ祐樹の予想通りだった。祐樹は推し量る。
その科学者がもし祐樹と同時代の人間なら、未来社会で本名を名乗る必要などない。アルカノ・デレトゥ。彼もまた未来社会の人間ではないはずだ。
乾いた冷気が祐樹の目元を走る。そしてダデュカが息を大きく吸い込むと風が「振れた」。




