001_今世の旅立ち
昔から人間が生きる理由が理解できなかった。
仕事、家事、勉強。
楽しいこともあれど、こんな面倒な事までしてわざわざ生きて楽しいのかと。
それでも多くの人間は生きているし、大人になるまでには何か悟るのだろうと期待して生きてきた。
学生時代は働かなくてよいし。
そのまま社会人になり、やはり生きる必要性を理解できなかった時、残るのは仕事や家事といった日常の苦痛のみだった。
労働環境は大いに普通で、実家暮らし故に一般的な単身者より家事もやってないが、それでも生きるのが面倒だった。
人生の幸福という株価は暴落して、今後も下がり続けるだろうと思った。
ならば自殺して損切りするのが合理的だろう。
だから自分は死ぬことに対して、多少の恐ろしさはあれど悲観的ではない。
では何故今日まで死んでいないのか?
理由は一つ、母が可哀想だからだ。
子供が自殺した報せを聞かせるのは親不孝だからな。
つまり生きれば苦痛が伴い、かといって死ぬ事も気掛かりだ。
板挟みだな。
でも、いつまでも苦しむわけにいかない。
母には悪いが、俺にも幸せになる権利がある。
幸せというよりかは不幸の回避であって、結末は死だけれども。
まぁここまでの内容と、個人宛のあれこれを遺書に書き留め、実家からタクシーで去ったのが真夜中の出来事。
降りた先で歩き辿り着くは、とある採石場跡地だ。
少なめの迷惑で死のうと思っても、検索結果は自殺止めなさいのページしか出なくて···
飛び降り自殺で思いついたのがここしかなかった。
家族と何度か来た観光スポットだし、ここで死ぬのもどうかと思うが、まぁ我慢してくれ母よ。
妹はまだ学生だし母が俺の後を追う心配はない。
さて···いざ断崖絶壁に立ってみると、やはり死ぬのが恐ろしいものだ。
ちょっと胡座を組んで人生を振り返り、心を落ち着ける。
しかし最後には母が悲しむ姿が思い浮かび、申し訳なさで涙が頬を伝う。
気づけば日の出の時間だ。
片道の駄賃で来たから帰りは歩きになるが、それでも、自宅へ帰れば何事もなく日常が続くだろう。
最後の最後まで悔やみきれない気持ちで一杯だったが、俺は崖へ身を投げた。
ごめんお母さん、こんな怠慢な人間で···




