第2話 11歳 「百回目の時間割」
第2話 11歳 「百回目の時間割」
小学5年生。
12歳上の高校の数学の台数がめっちゃ楽しい。
高校の先生の子供、栗田君と競争して解いて遊んでた。
リアルなお金の計算は、父からうるさく言われても続かないくせに
机上の空論なら、何時間でも取り組める。
それがとっても不思議だ。
太宰治の小説を読み漁り、
「こいつ、危ない奴だ。共感したらダメ。」
と、乱読に専念する。
感情なんて厄介で、大切にし、育む特質なんて自分にはない。
ならば、いっそ何も感じない。
分かり合えない。
どうせ私には理解できないのだから切り捨てる。
小学校の教員をしていたおばあちゃんは、小学3年の時から寝たきりで
学校から帰っても、ヤングケアラーとしての介護のお仕事。
没落貴族だから、バリアフリーや援助の人なんて誰もいなくて
毎日散歩に連れて行ってあげたくても、車いすもないし
何より体重が重すぎて寝返りを打たせることも困難だった。
おばあちゃんはイカの刺身が大好きなんだけどおばさんたちがめっちゃうるさいから
「コレステロールが高いから」と好きなものも食べさせられない。
自分の発達特性にしろ、おばあちゃんの寝たきりにしろ
人間は何のために生きていくんだろう?
いずれにしろ、おばあちゃんが寝たきりになってからどこにも旅行に行かれない。
家の中はいつも臭くて暗くて重苦しい。
11歳ともなると、農家では結構な働き手。
田植えや、草取り、稲刈り、薪とり、五右衛門風呂を沸かしたり、
ウサギや鶏にエサを上げたり、鶏を放逐したり小屋に戻したり。
板の間を拭いたり、毎日、役目という名の過重な労働。
とにかく忙しいんだ。
お金もないからろくな栄養も取りなくて、
かあさまもわたしも家事も介護も百姓仕事もできて当たり前。
それでも、時間を見つけて、宿題をやり、天秤の問題を復習し
鶴亀算や植木算。
このからだろうか。3行以上の文章が踊って見える。
はじめは疲れているんだと思っていたが、寝起きでも、朝でも、昼でも
時間や自分の状態に関係なく起こるようになって
「読書百篇意自ずから通ず」とよく父から注意されるようになった。
確かに、父様、音読すれば最後まで読めるけど
読めることと理解できることは違うと思うようになった。
そして、習うより慣れろ!!と時間割を揃えたり、
明日の良い準備をするんだけど相変わらず
忘れ物、遅刻、紛失の天才。
あはは、まるで、問題を握りしめてるみたいに
必死になればなるほど、自分の体にへばりついてくる。
だけど何とかしたいから、何くそっサ握りしめるんだ。
「たんぽぽはたんぽぽ、バラはバラ」
どんなに頑張ったって、タンポポは薔薇になれないし
薔薇はたんぽぽになれないのにねー。
まあ、それでも、「百回目の時間割」は、良い習慣を身に着ける方法を知ることにはなったのだろう。
発達障害なんて言葉誰もわからないから父のスパルタに拍車がかかる。
柳の木の鞭が飛ぶ。
桜や樫の木の木刀がしなる。
「愛情という名のもとに」
わたしの太ももは華やかなネオンのように
赤、青、緑、黄色に染められていく。
スキップするんだ。
女は愛嬌、笑いなさい。
まるで、太宰治の桜桃のようにおちゃらかしてごまかそうとするマリオネット。
うれしい、楽しい、幸せ、ついてる。
幸せを感じる心を育むんだー♡
ほーら、般若からおかめに早変わり。
やったね!!




