第97話 飢えた獣
森山さん達に出会ったその夜。
〈百花繚乱〉の面々は、焚火を囲みながら談笑していた。
「うふ、うふふふっ。まさか一日で全員レベルが上がるとはね」
「この遠征中にどこまで上がるか楽しみだねっ!」
「滞在予定は残り三日。あと2か3は上がるでしょうね。本当に素晴らしい……」
「ふふっ、さらに言えば明日以降、楓太さんのアイテムが充実していく。もっと効率が良くなるよ」
「ありがたいですけど……ッ! 今までの探索は、本当になんだったのかと……!」
一人を除いて、今日の成果に満足している。一ヶ月かけてようやく1上がるかどうかだったところで、一日で結果を出したのだ。興奮するのも無理はない。
そんな〈百花繚乱〉の面々に、拝賀はやさぐれた顔で呟いた。
「そうですか。順調なようで何よりです」
「これも拝賀が体を張ってくれたおかげね。ありがとう。明日もお願いね」
「絶対嫌ですよ! 死にかけたんですからね!?」
楓太達が寝入った後、拝賀はようやく合流できた。
命からがら帰ってきたにも関わらず、主君は就寝。おまけに起きていたミライからは、ようやく帰ってきたの? と冷めた一言。死闘を繰り広げてきた拝賀の消沈具合は語るまでもない。
楓太が夕飯を用意してくれなかったら、グレていたところだ。拝賀は文句を言いながらようやくの食事を頬張る。あっ、美味い。
「拝賀さんのおかげで、無事ですみました。ありがとうございますっ!」
「いや、まぁいいんですけどね。それが仕事なんで。それよりチヨさんは寝ないでいいんですか?」
拝賀は照れた顔を誤魔化しつつ、隣に座るチヨを気遣う。 楓太達は全員寝床に就いているというのに、チヨだけはまだ起きていたのだ。見張に問題はないのだから、寝てもいいのだが。
同じ事を考え、ミライも勧める。
「チヨちゃんも寝てていいのよ? 私達で十分だから」
「そうだよっ! レベルも低いと体力も――あ。だけどもう拝賀君と同じくらい強くなっていたんだっけ」
「そういえばそうでしたねぇ……!」
カコの呟きで、拝賀は忘れていた事実を突きつけられた。
そうだった。今も自分よりは弱い、という認識でいたが、この数日ですっかりレベルは追いつかれ……あれ? じゃあもう体力に気遣わなくていいのでは? しかも体力補正の装備を……あれ?
なんだったら、囮で頑張った僕の方が疲れているんじゃ……?
拝賀は気付いてはいけないことに気づいてしまった。
「うーん。寝ようかと思ったんですけど、ちょっと心配で」
チラッと、チヨは横に目をやる。
焚き火から少し離れた場所。そこにはこちらに背を向けながら、ポツンと一人、不貞腐れたように丸くなっているマルの姿があった。
その背からはどんよりした空気が漂っている。とてもではないが、簡単に声をかけられる様子ではなかった。
「マル君はどうしたんですか? なんか暗い雰囲気ですけど」
「それが、私を守るために頑張ったんですけど、逆に返り討ちに合っちゃって……」
「ああ、それで落ち込んでいるんですか」
拝賀は得心がいったように頷く。
丸くなっているマルを見ながら、ミライは困ったような笑みを浮かべた。
「レベルが一回り違うんだから、そんなに落ち込まないでいいのにね。むしろチヨちゃんの盾になったんだから上出来よ」
「いやー、男が何もできずに負けたら落ち込んでも仕方ないでしょう」
「ふっ、男の子ってことね。拝賀なら迷わず逃げるのにね」
「逃げますよ? 逃げますとも! 逃げますけどね!? そこでいちいち僕を引き合いに出すのやめてくれません!?」
後ろではしゃいだ声が聞こえても、マルの耳には入ってこなかった。それだけマルの傷は深かった。
何もできずにやられた自分が情けない。ピーの野郎は敵に致命傷を与えたというのに……俺は……俺は……ッ!
「マル。そんなに落ち込まないでもいいんだよ?」
沈んでいるマルの隣に、チヨが膝をつく。そして優しくその頭を撫でた。
「マルが守ってくれたから、皆無事だったんだから。情けなくなんかないよ。だから元気出して」
「…………」
――プイ。
頭を撫でられていたマルだったが、そっぽをむき、腹に頭を隠すようにさらに丸くなった。
思って無かった反応に、チヨは焦りを見せる。
「あ、あれ? マル? どうしたの〜? おーい?」
「チヨさん、ダメですよ。優しくされればされるほど、逆に惨めになる時があるんです。放っておいてあげないと」
「そ、そうなんですね。わかりました……」
チヨはショボンとなりながら、ミライ達の元に戻っていく。
主人を悲しませたことに罪悪感を覚えたが、今のマルはそれに構う余裕がない。自分のことで精一杯だ。
勇ましく自分から敵に挑んだくせに、正面から一撃でやられたあの無様な姿。何もできないどころか、逆に足を引っ張ってしまった。
思い出すだけで、恥ずかしくて死にたくなる。しかし本当にキツかったのはその後だ。
群れの仲間全員から、心配そうな顔で見られる。チヨに出会う前は、一匹狼として生きてきた俺が、なんという屈辱か。
そしてその心配していた中には、あの楓太も混じっていた。
あのクソ雑魚が、俺を気遣うだと?
ふざけるな……ふざけるなよっ!
あんなのに心配されるほど、俺は――!
――ガバッ! …………ペタン。
「あら。立ち上がったと思ったらまた寝ちゃった」
「何か奮起するものがあったんですかね?」
「でもダメだったんだ。……なんで?」
マルは楓太への怒りで立ち直りかけたが、すぐにその感情は萎んでしまった。
楓太に怒るなんてとんでもない。だってアイツ凄ぇもん。
誇り高いピグマリオン二世だったら、自身への不甲斐なさと楓太からの同情に対する屈辱で、怒りを燃やし立ち直っただろう。
しかし、マルはそこまでの逆境精神を持ち合わせていなかった。
種族的にも才能にも恵まれ、今まで上手く行きすぎていたからこそ、立て直し方を知らなかったのである。彼は意外とメンタルの弱い男だった。
そして弱っているからこそ、素直に楓太を認めることができた。獣として、戦闘力の低さは受け入れ難いものがある。しかし楓太がやっていることの理解はしているのだ。
色んな物を作って、皆を助けている。チヨや七緒、そして自分もその恩恵に預かっている。
過ごしやすい家。綺麗な寝床。清潔な服。美味い食事。様々な道具で戦いを有利に運び、挙げ句の果てには命を作り、仲間を増やす。
それを目当てに、自分よりも遥かに強い奴らが楓太の群れに混ざってきている。戦えないとはいえ、それ以上に凄いことをやっているのだ。
それに比べて、俺はどうだ?
戦うことしかできないのに、何の役にも立っていない俺は……ッ!
人生初の挫折は、マルをどん底に落としていた。だからこそ、悪い方へと思考は進む。
こんなに弱いなら、ついていく意味もない。すぐにお役御免とは言わないだろうが、いずれは拠点の子分達のようにお留守番に――い、いや、待てよ?
楓太がその気になれば、アイツらを改造してすぐにでも強くできる! そうなったら俺とアイツらは立場交代!?
同族のリーダーの立場から、お留守番係に降格!? 必然的に序列も変わる! 避けられぬ下剋上! 元部下達からの嘲笑うような視線! 下だと思っていたアイツらが、俺の上に!?
そしてダンジョンでは……お、俺の代わりに、アイツらがチヨと――!?
「ヴァァァ……? ウァウァオォォォオオォ……!?」
「え!? 何!? どうしたのマル!?」
「なになに!? 毒でも食らった!? 治すかマルちゃん!」
「いや、あれはどちらかと言えば精神的な苦しみでは?」
マルは頭を抱えるようにして、ゴロゴロと地面を転がる。彼は寡聞にして知らぬことだが、それは人間の世界でNTRと言われる、この世で最も心が抉られる苦しみの一つであった。
い、いやだ! そんなの嫌だ! 絶対に変わりたくない! 変わりたくない、けど――しょうがないか。だって弱いんだもん。
弱い俺は、家でお留守番をしているのがピッタリさ。へへっ。
初めての挫折は、マルをそこまで弱気にさせていた。
才能に恵まれていようと、戦う意思がなければ意味がない。
マルは挫折に負け、すっかり腑抜けになっていた。
何もなければ、戦士としてのマルはここで死んでいただろう。
しかし、天はマルを見放さなかった。
彼の非凡な才能は、何気なく耳に入ったその会話を聞き逃さなかった。
「それにしても、これ美味しいですね。カルボナーラとは予想外でした」
「明日はドリアを作るつもりらしいわよ。楽しみね」
「本当にレパートリーが豊富ですね。これが食べられるのなら、いくらでもダンジョンに入ってもいい気がします。ダンジョン素材の質で味も変わるなら、さらに深い階層に行けばもっと美味しくなるということなんでしょうか?」
――ピキピキピキーン!
その話を聞いた時、マルの中で超感覚的な閃きが走った。
あぁ、そうだった。一緒について来れないと言う事は、楓太の作るあの料理を食べる回数が減ると言うことなのか。
当然ながら、マルも楓太の食事を堪能している。その料理はお世辞抜きで旨い。
家で七緒やチヨが作ってくれるご飯も好きだが、ダンジョン素材で作られた料理は、そもそも次元が違う旨さなのだ。
とくに魔物肉の味は格別。込められた魔力が違うのか、強い魔物であればあるほど、脳髄にガツンと叩き込まれるような肉の旨味を感じる。
しかし、地上で生活している間に、そんな貴重な肉を食べる機会は少ない。普通に牛豚、鶏か、節約目当てでウサギの肉を食べるくらいだ。
旨いダンジョン料理が食べたいなら、遠征についていくしかない。
なのに、その立場が取って代わられる?
チヨの傍にいる権利。そしてなにより、俺の料理があの子分供に奪われる?
「ヴッ……グルルルルッ……ウォオオオオオ……!」
「マル? え、本当にどうしたの?」
「なんだか様子が違うわね」
ゴロゴロと転がっていたマルは、ピタリと動きを止めると、体を起こして唸り声を上げ始めた。
嫌だ……嫌だ! それだけは絶対に嫌だっ!
あんな旨い料理を、誰にも渡したくないっ!
もっともっと、旨いものを食べたいっ!
この場所は――俺のもんだ!
「グルルルッ――――ウォオオオオオオオオオン!!」
「えっ!? マルッ!? これって――」
「おおっ、これが噂に聞く……なんと貴重な……」
チヨ達が見守る中、マルはその身体を輝かせ、ダンジョンを揺るがすような雄叫びを上げた。
切っ掛けは、楓太が作る料理。
決め手は、底無しの食欲。
――貪欲なる獣が、ダンジョンで産声を上げた瞬間だった。
♦ ♦
「んんっ、ああ~……良く寝た」
やっぱりスライムシリーズは作って正解だったな。
眠った時の回復度がまるで違う。とても野外でキャンプをしているとは思えないほどだ。
というか、家のマットレスよりも寝心地が良いなこれ。
帰ったら拠点用のマットレスも作るか。そのうち拠点に在る物全てが俺のアイテムに置き換わるかもしれん。
「んぐっ……はぁ~、おう。おはよ」
「むぅ……おはよう」
両隣で寝ていた川辺と伊波も、ちょうど起きたようだ。
広いテント内は、俺達と七緒ちゃん達を分けるために、タオルで簡易的な仕切りが作られている。その向こう側に二人の気配はないということは、もう起きて外にいるのだろう。
「時間もちょうどいいし、俺達も起きるか」
「だな。腹減ったわ。ガツンとくるものを頼む」
「朝からかい? 僕はべつにいいけど」
すっかり食欲が増したからなぁ。むしろ探索するなら、それくらいじゃないと物足りないというか。言うて戦うのはミライさん達だからな。朝から重いメニューで頷くかどうか……。
今日からバフ飯、アイテムを全投入でやるつもりらしいし、ミライさん達の要望優先だからなぁ。朝から魔物肉を使ってステーキ、とか許してくれるか? 戦闘向けのバフであることは間違いないんだけど、女性としてはなぁ。
朝食のメニューに悩みつつ、三人揃ってテントから出る。すると、元気な声が俺達を迎えてくれた。
「――ワンッ!」
「おおっ、何だマル。朝から元気だ――」
日の光を手で遮りつつ、声のした方に目を向け、俺は固まった。
こんな犬の声を出したのだから、てっきりそれはマルの声だと思い込んでいた。しかしそこに居たのは、見覚えのない犬の姿だった。
いや、何を言ってるのかと思うだろうが……。
「誰この子!? どこの子!?」
「えっ? 犬? 狼じゃなくて?」
「おお、大型の和犬とは珍しい。これは……秋田犬かな?」
そう、狼ではなく、犬。ダンジョンにただの犬がいたのだ。
いや、マジで何でだよ。ここ深層だぞ? どっから来たの君?
「あっ、おはようございまーすっ! 楓太さん達もコーヒー飲みますか?」
どうやら焚火跡の周りで、皆で座って休んでいたらしい。
チヨちゃんは俺達に気づくと、そう声を掛けてくれた。
「あっ、うん。飲むよ。ありがとう。だけどその前にさ、この子どうしたの?」
「あはははっ、吃驚しますよね。見た目は変わってますけど、マルですよ」
「……マルなの!? あっ、進化したってこと? ピーちゃんみたいに!?」
「ワンッ!」
当然だろう、と言わんばかりに犬が吠える。おおっ、この態度は間違いなくマル。
驚いている俺達に、ミライさんがおかしそうに笑う。
「驚いたわよ。昨日の夜、落ち込んでいたと思ったら急に光り輝いて、その姿になったんだから」
「ええ。ですが貴重なところを見れましたね。〈調教師〉の魔物が進化する話はしばしば耳にしますが、まさかその場に居合わせることができるとは。中々面白い光景でした」
感慨深そうに拝賀君は頷く。
正直羨ましい。ピーちゃんの時も見れなかったからな~。
しかしそうか、進化してこんな姿に変わったんだな。毛がふさふさになって、体つきもがっしりして、どこか丸くなったような。なんと立派な姿に進化し……進化……進化?
「えっ? 犬だよなこれ? 進化?」
「これは進化と言えんのか……?」
「狼が家畜化して犬に……むしろ退化では?」
三人揃って首を傾げる。
なんでこうなっちゃったの? 野生はどこいった、野生は。
「マル? お前大丈夫か? 見た目はピーちゃんに負けてるぞ? 実は弱くなったりしてない?」
「ヴルルルルル……ッ!」
めっちゃ唸られた。怖っ。可愛い顔してやっぱり元は狼だ。
「――ウワンッ!」
唸っていたマルだったが、四肢にグッと力を込めて一吠えすると、薄緑色のドームが周囲に現れた。俺達どころか、他の皆まで囲む大きさのドームに、揃って目を瞠る。
「何これ!? もしかしてマルがやったの!?」
「スゲェな! もしかして結界か!?」
「これは凄い。【魔術】に似た物が使えるようになったのか」
俺達がドームに見とれている間に、ミライさんと刻子さんはドームの端に立っていた。
そして、コンコンと軽く叩き、へぇと感心した声を漏らす。
「中々強度がありそうね。私でも破るのはちょっと苦労するかも」
「おそらく【魔術】も防げるでしょうね。物理、【魔術】両方を防ぐ結界ですか。良いスキルですね」
「マル凄いね~! すっごい成長したんだね~!」
「ええ、本当に! 頼りになるわよっ!」
チヨちゃんと七緒ちゃんに撫でられ、ハッ、ハッと嬉しそうに息を弾ませているマル。褒められたことで満足したのか、スッと結界は消えていった。
いや、マジでスゲェな。こんなスキルまで覚えるとは。どこまで強くなったんだお前?
【魔物鑑定】
名称:マル(種族:大魔犬)
レベル:23
ステータス:【MP】 251【STR】285【CON】335【POW】301【DEX】275 【INT】228
スキル:【熊殺顎】【守護領域】【嗅覚】【守護本能】【忠誠の絆】【番犬領域】【捕食強化】【美食恩恵】【飽食余力】
「種族は〝たいまけん〟か。いや、〝だいまけん〟か?」
「ふぅん。どちらにせよシンプルな名前だね」
そうだな。そしてやはり犬に退化したことは間違いないようだ。
しかし大魔犬ね。ふーん……。
あえて俺は口にしないという気遣いを見せる。だが、川辺のバカがそれを無駄にした。
「読みを一文字変えれば対〇忍」
「やめんか。感度三千倍に弱そうとか言うなっ」
「言ってる言ってる。あと三千倍とか誰だって弱くなるよ」
「ヴルルルルル……ッ!」
マルが一際凶悪な唸り声を上げてくる。
内容は分からずとも、侮辱に近いことを言われたのは理解したらしい。
殺されたくないからもう口にするのは止めよう。
「しかしこれ、とんでもないステータスだな。レベルは俺達と同じなのに、ミライさんに迫る強さなんだが」
同レベルでこの強さは普通じゃない。これ、明らかにチヨちゃんのスキルで成長しているからだよな?
今までは種族的に劣っていたから分からなかっただけで、レベル相応の強さの魔物に進化したことで、スキルの効果がはっきりと分かるくらい数値に出たってことか?
「そういえば、ピーちゃんはこの階層でも、普通に致命傷を与えていたもんな……」
「ピュイ?」
「いや、なんでもない。気にしないで」
バサバサと軽く跳んで近づいてきたピーちゃんに、軽く手を振る。
よく考えてみれば、あの時点で気づくべきだった。攻撃力特化だとしても、あの破壊力はちょっとおかしい。
こいつもどれだけ強くなっているのやら。気になるけど、今はマルだ。
【守護領域】――味方を守護する結界を張る。範囲、強度に応じて【MP】消費量増大。
「ああー、さっきの結界はこれか。範囲と強度も自分で決められる結界らしい。その分、【MP】の消費は増えるけど」
「いや、強くね? 魔力さえあればどんな攻撃も防げるってことだろ?」
さすがにどんな攻撃もっていうのは言い過ぎだろうが、かなり融通は効きそうだよな。
俺らを纏めて守ってくれる結界だ。その有用性は言うまでもない。
「【守護本能】、【忠誠の絆】、【番犬領域】。犬っぽいスキルもいくつかあるな。【熊殺顎】ってのはちょっと分からんけど」
「あー、もしかして熊犬ってことかもしれません。今のマル、秋田犬っぽいので」
わしゃわしゃとマルの頭と顎を撫でながら、チヨちゃんが教えてくれた。
なるほど、熊犬だから熊殺しか。そういえば秋田犬って熊狩りに使われていたってどっかで聞いたことある気がする。
「あとは……これは種族っていうより、マル個人の性質だと思うんだけどさ」
【捕食強化】――魔物の一部を食すことで、食した魔物に対応したステータスの一時的強化。
【美食恩恵】――食事によるバフ効果をさらに上昇させる。効果時間延長。
【飽食余力】――満腹度に応じて全ステータス上昇。空腹に近づくにつれ全ステータス減少。
「なんだよこの食い意地三点セット。食べてないと死ぬんかお前?」
「まるで食べる為に生きてますって感じだな。いや、気持ちは凄い分かるが」
うん、気持ちは分かる。美味しい物はいっぱい食べたい。しかしそれがこうまで上手くスキルに現れるかね?
個人的に一番呆れるのが【飽食余力】。このスキル、食うことを正当化してやがる。
――好きで食べてる訳じゃない! 食べないと弱くなるんだよっ!
そんな建前を言われたら、ご飯を与えない訳にはいかないだろうがっ!
「マル……ちょっと恥ずかしい……」
「ま、まぁいいじゃない。働くなら食べる資格はあるわよ」
「実際、性能としてはかなりの物だと思う。楓太が居ればバフ料理には困らないし、素晴らしい戦力強化だよ」
顔を赤くするチヨちゃんに、七緒ちゃんと伊波が慰めるように言う。
でも、ペットは飼い主に似るっていうしな。実はチヨちゃんに似たからこうなったという可能性も……さすがにそれはないか。
二人の言葉で、チヨちゃんはうんと頷き、マルを見た。
「そうですねっ。こんなに強くなったなら、ちょっとくらい食いしん坊でもいいですよねっ。あははっ、前のマルもカッコ良かったけど、今のマルは可愛くなってもっと好きになりましたっ。見た目は秋田犬に似て、まるでコロみたいな……コロ、みたいなっ……」
「――ワンッ!?」
ボロボロと泣きだしたチヨちゃんに、マルがぎょっとした声を上げた。
心配させまいとチヨちゃんは笑おうとする。が、涙が止まることはなかった。
「クゥーン……! クゥンクゥン……!」
「ごめんっ……ごめんねっ……! コロのことを思い出して……悲しくなって……すぐに泣き止むから……!」
いや、それは泣いていいよ。思う存分泣きなさい。
しかし守るべき主人を泣かすとは。ペット失格だなお前。
♦ ♦
マルの進化という望外の幸運に恵まれた。そしてその後の探索もまた順調に進んだ。いや、順調すぎたといってもいい。
〈百花繚乱〉の装備を整えたのに加え、戦いに使える補助アイテム。そしてバフ料理。これらを惜しみなくつぎ込んだミライさん達は、まるでブルドーザーもかくやといった調子で、魔物達を力づくで殺しまわった。
その結果、四日でミライさん達のレベルは3も上昇するという破格の成長を見せてしまった。30から停滞する最前線の探索者にとって、この探索は紛れもないブレイクスルーになることを証明してしまった訳だ。
そう、順調に行き過ぎてしまった――
「もう一日! もう一日だけやりましょう! ねっ、あと一日だけでいいからっ!」
「それあと一日ってずっと伸びてくやつでしょ!? いいから帰るんだよ! 申告した期限に間に合わなくなるでしょ!?」
「いいじゃない怒られたって! 協会の奴らなんか無視すればいいのよ!」
「それが原因で俺らのことを探られたらどうするんですか!? ほら、我儘言ってないで帰るぞっ!」
ミライさんがめっちゃごねるごねる。何を言ってもやだ、帰らないっ! の一点張りで、正直こっちが折れそうだった。拝賀君が一緒に説得してくれなかったら、マジでそうなっただろう。
まさかここまで粘られるとは思わなかったが、なんとか説得して俺達は無事、十四日目に地上に戻ってこれた。
確かな成果を手にしたとはいえ、やはり二週間の疲労は大きい。何日かはぐうたらと過ごしてから、皆に報告しよう。
俺のそんな皮算用を砕いたのは、暴走気味のミライさんだった。
家に帰ってぐっすりと寝た翌日、ミライさんから連絡がきた。
『明日、小畑会の集会を予定したから。そのつもりで』
少しは休ませろよあのババア……ッ!
だがまぁ許そう。それだけ重要な報告会になるのは間違いないからな。
しかし今回の集会。確実に言えることがある。
明日は間違いなく――――荒れるっ!!
♦ ♦
【探索のヒント! その四十】
〈大魔犬〉
犬が魔力の扱いを身に着け、進化した種族。
ちなみに読み方は“たいまけん”である。間違っても対〇忍ではない。
犬に限らず、狼系の魔物が主人を得た場合も、派生進化ルートとして現れる。
狼が家畜化した存在――犬。それは退化なのだろうか?
いや、それは違う。犬とは野生を薄めた代わりに、人と共に歩むことを選んだ進化である。
番犬として活躍してきた歴史もあってか、そのスキルには主従の絆が力になるものや、防衛的な種類のものが多い。
仲間を庇う行動に対して防御力が上昇する【守護本能】。
主人との信頼が深いほど全ステータスが上昇し、主の指示による行動補正もある【忠誠の絆】。
自身の縄張り内において全ステータスが上昇する【番犬領域】。
主人を、群れを、仲間を守る。その点において犬系統の魔物は狼を圧倒する。
また成長の方向性次第で、人を救うスキルや、仲間の逃走を補助するような幅広いスキルを覚えることもできる。
たとえ勝ち目のない格上との戦いであろうが、そこが守るべき家ならば。あるいは、守るべき仲間が後ろにいるならば。犬は命を賭して挑み、勝利を手繰り寄せるだろう。
人が連れ歩くとして、これ以上頼りになる魔物は他に居ない。




