第89話 もうちょっと真面目に戦ってくれます?
これは以前に聞いた話なのだが。
ミライさんは元々〈格闘家〉のジョブに加え、七緒ちゃんと同じ〈舞踏士〉のジョブ。二つのジョブを持っていたらしい。
ミライさんの美学に、人の身体は実用的であってこそという物があるらしい。ボディビルのように筋トレのみで作られた、魅せる筋肉を否定する訳ではないが、目的の運動を積み重ねるだけで無駄を削ぎ落し、必要な筋肉だけを鍛えた体こそが真に美しいとか。それはそれとして最低限の筋トレはするそうだが。――ダブスタじゃねぇか。
その真に美しい身体を作り上げる為に選んだのが、キックボクシング。身体作りを兼ねた実用的な趣味として、今も嗜んでいるそうな。
おそらくその経験が反応し、最初のジョブ取得で〈格闘家〉を。そしてそれからしばらく後に〈舞踏士〉を取得したそうだ。
だが、実際にはほとんど〈格闘家〉のジョブばかりを使っていて、〈舞踏士〉はおまけ程度だった。
その頃には既にカコちゃんがいたからバフには困っておらず、なによりも前衛が少なかった。よってミライさんがメインバッファーとして活躍することはほとんどなく、強敵との戦闘前に少し踊るくらいの物だったらしい。
〈舞踏士〉のバフと〈付与術師〉のバフは共存できるから、そのままの調子で使い続けてはいたのだが、ある日突然〈舞踏士〉のスキルが使えなくなっていることに気づき、〈格闘家〉と統合されて上位ジョブに目覚めたことを自覚したそうな。
そうして手に入れたのが、〈舞闘士〉。
踊りながら敵をも巻き込んで芸術に昇華する――戦う表現者である。
♦ ♦
「【戦舞】――【情熱のフラメンコ】」
――カカカッ! カッ! カカッ、カンッ!
フラメンコの特徴的な、その場でつま先とかかとを使ったリズム打ち。七緒ちゃんの【伴奏】のような効果があるのか、サバンナの大地に歩きやすいサンダルシューズだというのに、まるで木を叩いたかのような高く気持ち良い音が鳴っている。
しかしそれは対面するドレッドホーンにとって、警告と殺意のリズムだ。
「――ハッ!」
片手を高く掲げ、もう一方の腕を大きく円を描くように振る。優雅な仕草で繰り出されたそれは、一見すると振付の一部でしかない。しかし頭部にそれを受けたドレッドホーンは、ハンマーで殴られたような衝撃でたたらを踏んだ。
動作と不釣り合いな一撃に、明らかにドレッドホーンは混乱している。ミライさんは鮮やかに体を赤く輝かせ、更なる追撃を仕掛ける。二歩、三歩と距離を詰めながら、また腕を振り、回転し蹴りを混ぜる。その一発一発が、ドレッドホーンにとって明確な脅威だった。
赤く輝きながら踊るミライさんに、チヨちゃんがわぁっと手を合わせて喜ぶ。
「凄い凄いっ! 踊りながら戦って、体が赤く光って綺麗っ! なんですあれ!?」
「【戦舞】。〈舞闘士〉の主軸となるスキルみたいだよ」
【戦舞】――踊りながら戦うことにより、自身にバフ効果発生。踊りの種類によってバフ効果の変化。
踊りでバフ効果をもたらすのは〈舞踏士〉と同じだが、こちらはより前衛的、そして自己強化に割り振っている感じだ。
踊りの種類で効果が変わるのも面白い。今のフラメンコはおそらく攻撃力上昇かな?
踊りでバフ効果が変わる仕様なら、戦いながらあらゆる場面に対応できるし、面白いだけではなく実用性もかなり高い強力なスキルに思える。
だが、実際はそんな簡単な話ではないだろう。
踊りながら戦うなんて、口で言うほど容易くはない。あくまで踊りの形を崩さず、その中で的確に攻撃をしなければならないのだから。
踊りの範疇から離れすぎた動作をすればスキルは発動しないだろうし、かといって踊りを優先すれば攻撃すらままならない。それどころか、敵の攻撃を避けることすら難しくなってくるだろう。
踊りの形を崩さないギリギリで動作をコントロールしつつ、敵と戦う戦闘センスが求められる。ステータス以外の才能、技術。これができる人がそうそう居るとは思えない。
だが、もしそれを完璧にこなせる人が居るとしたら――
今のミライさんのように、誰もが目を離せないパフォーマーへと変身する。
「ブォォ……ブォオオオオ……ッ!」
「固まったままでいいのかしら? それなら私は勝手に盛り上がっていくわよ?」
ミライさんの踊りはさらに激しくなり、その身体から発する光がさらに輝く。
それに気づいた伊波が、ミライさんから目を離さずに尋ねた。
「気のせいかな? ミライさんの光が強くなっていないかい? もしかしてバフ効果が上がっている?」
「【舞律昂揚】っていうスキルだな。踊る時間が長いほど、バフ効果が上がっていくらしい」
「それはまたらしいスキルだね。限度は無いのかな? だとしたらとんでもないな」
そう。バフ上昇の限界が無いから、踊り続ける限りミライさんはどこまでも強くなる。その事実に至り、伊波は小さく汗を垂らした。
これだけ聞けば、前衛最強ジョブの一角なんじゃと思うが、もちろんそんな上手い話はない。敵も反撃してくる中で、踊り続けるなんてまず不可能だから。
「――ブォオオオ!」
「あら危ない」
ドレッドホーンが頭を振って角で攻撃するも、ミライさんはあっさりと踊りを止めて、ヒョイと後ろに躱す。これにより【戦舞】の効果が消え、バフの光が消えた。
【舞律昂揚】の性質上、バフを上げようと欲張って踊り続け、反撃を食らってしまうこともあるだろう。そこに固執しないのはさすがミライさんだ。俺が同じ立場なら間違いなく食らっている。高まったバフをあっさり諦めるのはそれだけ難しいと思う。
これでバフは消えて素の状態に戻った。ドレッドホーンとしては仕切り直しと行きたいところだろう。ただ一つ問題なのは――この人、踊らなくても強いんだよ。
スッ、とミライさんは両手を顔の辺りまで上げ、脇を閉める。右足を一歩後ろに、体は斜め、顔は正面。キックボクシングの基本的な構え。そしてトントンと小さくステップを刻み、打ち込み始めた。
「――フッ!」
ジャブ、ワンツー、からのハイキック。ジャブ、ジャブ、からのストレート。ジャブ、と見せかけてのローキック。ストレート、のふりしてショートアッパー。怯んだところに膝。ジャブ、フック、と見せかけての肘――き、汚いっ! 審判っ! 今の反そ……あ、キックボクシングは肘有りか。
淀みなく流れるようなコンビネーションで、次々とドレッドホーンに打撃が撃ち込まれていく。バッファローを相手に対人の格闘技で挑むという目を疑う光景だが、ミライさんの高ステータスでこれをやられたらたまったものではない。そしてさらに、ミライさんには【連撃】と【貫通打撃】のスキルがある。
【連撃】――連続した攻撃に攻撃力上昇バフ発生。
【貫通打撃】――攻撃に一定割合の防御力無視効果。
連続攻撃にバフが乗る【連撃】。硬い敵でも相手にできる【貫通打撃】。
自分の肉体を使い、素早い連続攻撃を得意とする〈格闘家〉系統のジョブにこれ以上なくマッチするスキルだ。そしてこのスキルは【戦舞】にも適用されるのだから、ミライさんにとってはまさしく鬼に金棒。どんな敵とだって戦える。
体重差をものともせず、止まらない連続攻撃にドレッドホーンは怯み、ずるずる後ろに下がっていく。
圧巻の光景に、拝賀君は恐怖交じりの声を漏らした。
「こうして見ると本当に恐ろしいですね。これがトップレベルの探索者か」
「私にはどう考えても無理。さすがに真似できませんね」
「いや、七緒ちゃんは明らかにタイプが違うから。目指さないでいいでしょ」
勘違いをしちゃいけない。君は歌うアイドル。そしてアレは踊るゴリラ。
進む道というか、そもそも種族が違うからね。
頼むからゴリドルなんか目指してくれるな……。
――パンッ! パンッ! ドンッ!!!!
――パパンッ! パンッ、パンッ! ドンッ!!!!
――ドパパパッ! ドンッ!!!!
なんだか楽しくなってくる打撃音を聞いていると、川辺が怪訝そうに俺を見る。
「なんかよ。何発かに一度、やけに大きな音が出てねぇ?」
「良く気づいたな。【拍衝響打】っていうスキルの効果らしいぞ」
リズムよく打ちこむ打撃音の中に時折、一際大きな音、大ダメージが入っている。
よく見れば、その一撃に関しては打撃の瞬間、輪っかのようなエフェクトが見える。
【拍衝響打】――一定のリズムに合わせて攻撃を重ねた時、攻撃力上昇効果。ノックバック効果発生。
これもまた〈舞闘士〉っぽいスキルだ。コンビネーションは格闘技に欠かせないだろうし、狙うのも容易いだろう。そしてこれももちろん【戦舞】に乗る。
踊ってもバフ。連続攻撃をすればバフ。タイミングが合えばバフ。
自己完結型のバフアタッカー――それが〈舞闘士〉。
攻撃すれば大体バフが乗っていると思うと、ちょっと強すぎないか? いや、もちろん使いこなせばの話だが、にしたって……。
「ああ、なるほど。それでか」
川辺は納得して頷き、またミライさんに目を戻す。
――パンッ、パンッ、ドンッ!! パンッ、パンッ、ドンッ!!
――ドドドッ、パンッ! ドドドッ、パンッ!
――ヒュンッ! パパドンッ!! ヒュンッ! パパドンッ!!
「俺の知ってる戦闘と違うんだけど。なんであの人だけリズムゲーやってんの?」
「ふむ、なるほどね。リズ〇天国かな?」
「いやー、一応〈格闘家〉ではあるんだし、格ゲーじゃね?」
どちらにしても俺らとはジャンルが違いすぎるのは間違いない。
探索者ってどっちかっていうとRPGだよな? なんで音ゲーと格ゲーやってんだよ。
でも――圧倒的に強いということは間違いない。
ミライさんから見れば格下だとしても、あのドレッドホーンを相手に一方的に押し続けているのだから。
「ブルルッ……! ヴォォ! ヴォォオ……ッ!」
「さぁ、今日は観客も居る事だし、上げていきましょうか」
【狂化】状態にも関わらず、ドレッドホーンの表情に怯えが見え始める。
それを見て楽し気にしながら、ミライさんはまた踊り出した。
「わぁっ! 凄い凄いっ!」
「嘘でしょ……一体幾つの……」
チヨちゃんは無邪気に喜び、ダンス経験のある七緒ちゃんは絶句する。だがそれも無理はない。
最初に見せてくれたフラメンコから、バレエ、ヒップホップ、ブレイクダンス、日本舞踊……ん? 今ベリーダンスが混じったような――うぉ!? あれカポエイラか!? 踊りの範囲に入るのか?
ダンスに詳しくないので合っているか自信はないが、異なるダンスを淀みなく切り替え、ドレッドホーンの攻撃を捌きながら踊り続けている。
「いや、これは本当に凄いな。よくもまぁあれだけの種類の踊りを……」
「ミライお姉様は元々、趣味であらゆるダンスに手を出しているのさ。自分を美しく魅せる、という意味でダンスはうってつけだからね」
「ああ、なるほど。そういう……」
俺達の護衛に専念するつもりだったのか、今西さんが近寄って教えてくれた。残りの三人も、いつの間にか俺達の近くに居る。
しかし趣味とはいえあれだけ異なるダンスを覚えられるもんか? 〈舞闘士〉云々じゃなく、普通にミライさんが凄いわ。
素人目ながら、どのダンスもプロレベルに見える。激しいものから静かなものまで、よくもまぁ真逆のダンスを切り替えて混乱しないもんだ。
踊りを切り替える度に色が変わり、どんどん光が強くなっていく。派手な動きや繊細な動きが混じり、その踊りから目を離せない。
あらあら、と。刻子さんが困ったような笑みを浮かべながら言った。
「楓太君たちがいるせいで、どうやらはしゃいでいるようですね。効率良く倒す事より、いかに美しく魅せるか、ということに集中しているみたいです」
「魅せプかよ。めっちゃ舐めてるじゃん……」
でも、そのおかげでこれだけのものが見れてるんだから、有難い話か。
もはや戦闘というよりも、完全にパフォーマンスを見ている気分だった。
「スゲェよなぁ……ずっと見ていられるわ」
「うん、そうだね。見てるだけでワクワクする」
「ああ。まさかダンジョンでこんなパフォーマンスが見れるとはな……」
あまりダンスとかには興味のない俺ら(アニメダンスとかは別)でも、見ていて楽しくなる。それだけ、ミライさんのダンスクオリティは高かった。
「――でも格闘技の方は結構普通だったな」
そして川辺は要らんことを言った。
ピクッ、と。一瞬、ミライさんの動きが止まったようにも見えた。
「いや、普通ってお前。ダンスで格闘ってだけでも普通じゃないんだから」
「でも、僕も川辺の言いたいことは分かるよ。ダンス格闘スタイルは凄いんだけど、格闘技でも何か奥義的な物があるのかと思っていた」
「だよな? まあこれだけでも十分凄いから文句ないんだけどさ」
だったら口にするなよ。怒られたらどうするんだ。
そんな俺の心配は、やはり当たってしまったようだ。
俺達の話が聞こえていたのだろう。不意にミライさんはダンスを止めると、その場に棒立ちになった。そして最後の意地とばかりに、ドレッドホーンが突進しようとする素振りを見せる。
「――ブオォオオオオオオオオ!!」
「ミライさん! 危なっ――」
既に走り出しているというのに、動かないミライさんに思わず声が出る。
だが、俺の焦りは杞憂だった。
ミライさんは突然動き出し、向かってくるドレッドホーンの顎にカウンターで見事なボディブローを決める。いや、顔だからボディじゃないんだけど。
しかし、それはドレッドホーンの突進を止めるのには十分な一撃だった。意識が遠のいたのか、倒れまいとふらつくドレッドホーン。しかしミライさんの攻撃はまだ終わっていない。
そのまま潜り込むようにしてダッキングでさらに低く、そして曲げた足を延ばし、跳び上がる力を九十度の角度で曲げた左腕に乗せ……こっ、これはまさか……ッ!
「――ガゼルパンチ!」
伊波の声と同時に、ドレッドホーンの顎が跳ね上がる。その威力だけで驚いてもおかしくないが、俺達はそれどころではなかった。
「ボディ、ガゼルときたら……ッ!」
「まさか、本当に……?」
まだ決まっている訳ではない。が、この流れは俺達にとってそれ以外にあり得ない。
川辺とドキドキしながら見守る。そして、ミライさんの背が∞の字を描いた。
「「「デンプシーロールだぁああああああ!!!!」」」
――ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
高速の体重移動から絶え間なく繰り出されるフックの連続に、ドレッドホーンの頭が左右に揺られる。反撃しようとすれば更なる攻撃に呑まれる。もはや奴にできるただ倒れるのみ!
勝利を確信し、気づけば俺達は肩を組んでコールした。
「「「まっく〇うち! まっく〇うち!」」」
「え? お弁当?」
「放っておきなさい。いつもの病気だから」
七緒ちゃんの冷たい声さえ今の俺達には気にならない。それだけの物を見せられてるんだから当然だよなぁ! チヨちゃんはあとでたっぷり教えてやるぞ!
そして、そう時間も経たずドレッドホーンは限界を迎える。
その巨体が崩れ落ちるように、ズンッと重い音を立てて倒れた。テンカウントを数える間でもない。絶命している。
ミライさんはふぅ、と息を吐き、こちらに向かってウィンクする。
「まあこんな物かしらね。どうだった?」
「見事なデンプシーロールでした!」
「幕ノ〇一歩を彷彿させるフィニッシュブローかと!」
「ダンジョン潜ってる場合じゃねえよ! 世界取りに行きますか!?」
「ダンスじゃなくて、漫画のモノマネが一番ウケるのは少し複雑だわ……」
そんなことないですよ! あんな再現度高い動き他の誰にも出来ないですって!
なんだったら他の技も再現してくれぇえええ!




