第56話 遠征⑧
「アラートミーアみたいなタイプなら、あのやり方で狩れるのは判明した。だから次の魔物を試そうと思うんだけど、鳥はどうかなと。群れる種類がここにもいるから」
「鳥ですか……」
おそらく他意はないのだろうが、なんとなしに七緒ちゃんがピーちゃんを見た。
ピーちゃんは何故か俺にガンを飛ばして来た。
「ピュアアン? ピュイピアピュア!」
「〝あああん? やんのかコラァ!〟みたいな感じ?」
「一字一句合ってます。凄いです……ッ!」
いや、こいつが分かりやすいだけだから。凄くはないのよ。とはいえ心が通じ合っているのは何よりだ。
「俺とピーちゃんは一心同た――待て。嘴はやめろ。流石にそれは死ぬ!」
「これはピーちゃんが正しい。これ以上ない侮辱だぞ。俺でも同じことをする」
どういう意味だオメェ。
川辺を詰めようかなと思っていたところで、伊波が冷静な声で言う。
「鳥か。防御力を考えるとアラートミーアよりは楽そうだ。だけど空を飛ぶ相手はアラートミーアとは別の意味で倒しづらいと思うよ」
「それなんだけど、やっぱり伊波でも無理か?」
「地面を凍らせるのとは訳が違う。精々空気を冷やすくらいだろうね。それでも動きは鈍くなるかもだが、それだけで倒せるとは……ピーちゃんの手伝いは出来るくらいかな」
まぁそんなもんだよな。そしてピーちゃんだけだと、群れを全滅させることはできない。想定通りだ。
「そこでだ。俺に考えがある。ちょっと準備の手伝いをしてくれ」
俺は道中、やりたいことを説明しながら目当ての物を探し始める。
幸い目印がわかりやすいのもあって、それはすぐに見つかった。
広々としたサバンナに、ポツポツと木が数本生えている所がある。その木の上の方を見てみれば、一メートルほどの大きさの蜘蛛がじっと何かを待つようにして止まっていた。
全体的に丸みのあるデザインで、茶色のモサモサと獣のような毛が生えている。ここまでデカくて長い毛が生えていると、もはや蜘蛛以外の何かに見えるわ。
【魔物鑑定】
名称:スレッドスパイダー
レベル:12 (魔力保有値1263)
ざっと見た感じ、ステータス的には【STR】と【DEX】が高めな平均的な能力といったところ。穴がなく中々強そうだが、一匹だけなら問題ないな。
「じゃ、川辺。頼むわ」
「はいよ。――【挑発】」
川辺が赤く光り、それが目に入ってか、空を見上げていたスレッドスパイダーは身じろぎをする。そして尻を向けたと思ったら、そこから糸が飛び出て川辺を襲った。
蜘蛛型の魔物が使う基本にして最も恐ろしい攻撃。これをまともに受けた者は、対抗手段がない限りそのままぐるぐる巻きにされて捕食される。
「よっと!」
が、来るとハッキリ分かっているなら対応も難しくはない。
川辺は盾でしっかり受け止める。そしてスレッドスパイダーとの糸で綱引きとなった。膠着状態になったところを、伊波が【魔術】を放つ。
「――アイスダガー!」
小さな氷の刃がスレッドスパイダーに刺さる。致命傷には程遠く、痛みで怯ませる程度だ。だが綱引きの妨害にはむしろ丁度いい。
優位になった川辺は順調にそのまま後ろに下がっていく。負けていると分かっても木から降りる訳にはいかないスレッドスパイダーは、引き摺り下ろされないようにズルズルと糸を出し続けるしかなかった。
お互い合意の上での、糸の生産作業である。
種族の壁を越えた美しい光景の筈なのに、なぜかチヨちゃんは悲しそうだった。
「なんだか蜘蛛さんが可哀想ですね。凄く焦ってるように見えます」
「ここから見てるとシュールだけど、本人からすると洒落にならないよね。処刑前にカツアゲしてる気分だ」
「実際その通りだと思いますよ。というかあなたが指示を出してるんですけど」
七緒ちゃんはいつも厳しい。物事を見る目も、俺に対する指摘も。
「おーい! もう結構取れてると思うけど、まだ要るのか〜!? これ以上離れるのは俺も怖いんだが〜!」
「いや、たぶんもう大丈夫だ! 伊波、頼む」
「了解。――アイスランス!」
氷の槍が蜘蛛の胴体に突き刺さり、一気に内部を凍らせる。蜘蛛糸の生産従事者は、そうしてあっさりと息の根を止めた。
操り手が死んだことで魔力の通りを失い、川辺の盾から糸が剥がれる。それを腕に巻き取りながら川辺は戻ってきた。
「十メートルくらいはあるけど、足りるか?」
「おう。流石にこんだけあればいけると思う」
川辺から巻き取った蜘蛛糸を受け取る。相応の長さゆえに、ずしりとした重さを感じた。もう説明するまでも無いが、この糸を目当てにスレッドスパイダーに挑んだのだ。
【素材鑑定】
〈スレッドスパイダーの蜘蛛糸〉――繊維系アイテムの素材となる。【蜘蛛糸】
アラートミーアとは違う何かが見える。そしてこっちは【蜘蛛糸】か。
素材ごとになんらかのスキル、あるいは属性が有って、それが見えるようになったのは確定だな。
問題なのはこれが何を意味するのか、ってことだ。普通に考えれば、この素材を使った生産物に影響を与えるよな。
俺の場合【錬金術】と……まぁこの辺りは帰ってから調べれば分かることだろう。
背中のバッグを下ろし、中に入っている荷物を取り出す。それは両手で抱える事が出来る大きさの三つ足の釜。
これぞ【錬金術】の正式な生産道具〈錬金窯〉。いわゆる〝魔女の大鍋〟と呼ばれる物のミニチュア版だ。 鍋じゃないが。
取り出したそれを、七緒ちゃんが興味深そうに覗き込む。
「それが〈錬金窯〉ですか。見た目はちょっとおしゃれな釜って感じですね」
「うん。でもその効果は確からしいよ」
今までやっていたように、これを使わなくても【錬金術】は出来る。市販の鍋やポリバケツとかでね。
だけど【錬金術】専用の生産道具なだけあって、その効果は絶大。魔力の通りが良い分【錬金術】が使いやすくなるだけではなく、生産品のクオリティも上がりやすくなるらしい。
俺もそのうちとは思っていたんだが、これメチャクチャ高いんだよな。自分で作ろうにもレシピが思いつかなくてどうしようもなかったし。
でも遠征先で【錬金術】が出来れば便利と思い、思い切って携帯できるサイズの物を買ってみた。これの使い勝手次第で、拠点用の大きなサイズも購入するか検討する予定。
ちなみにこのサイズでさえ百万くらいした。最近実入りが良くなったとはいえ、手が震える値段だ。何で出来てんだよこれ。
値段については考えるのはもうやめておこう。これ以上は使うのが怖くなってしまう。
ちゃっちゃと釜に水を入れて〜。材料の糸をぶちこんで〜。じっくりと魔力を釜に流し込んで~。
「おっ……おおっ? 確かに感触が違う!」
「そうなのか? どんな感じ?」
「例えるなら――そう。五箱で数百円のティッシュと一箱数百円のティッシュの感触が全然違う! みたいな」
「言いたいことは分かるけど、もう少し何かなかったのかい?」
「いえ。今のは分かりやすいですよ」
「はい。それは全然違いますっ!」
流石女の子。細かい違いに良く気づく。それに対してこの違いの分からん野郎共はよ。
ティッシュじゃなくて食いもんで例えれば良かったか? カップラーメンとインスタントラーメンくらい違う、みたいな。いや、これは俺でも分からんわ。
「おおっ。出来た」
【アイテム鑑定】
〈蜘蛛網玉〉――蜘蛛糸を網状にし、球体にしたもの。魔力を込めて投げれば網となって広がる。
くだらないことを考えている間に、生産が完了した。初めてにしては中々の出来栄えだ。
というか〈錬金窯〉すげぇな! 疲労が少ないし、たぶん生産にかかる時間も短縮されている。これだったら材料さえあれば一日中【錬金術】をやってられるかもしれない。
これは拠点用にも欲しいな。値段がとんでもないがすぐに取り返せるだろう。なんで俺はもっと早く試さなかったのか。くそ、これに慣れちまうと今までのやり方に我慢できなくなっちまう。
「それがアイテムか? 糸の塊にしか見えねぇな」
川辺の言うことも無理はない。見た目は白い糸が野球ボールサイズで編み込まれだけの物。これで魔物を相手に出来るのかと言われれば確かにそうは見えない。
「安心しろ。効果は間違いない」
魔力を込めて投げると、一気にこのボールが崩れて細かい目の網のように広がる。鳥系の魔物が触れれば、まさに蜘蛛の巣に引っかかった獲物のように逃げることもできない筈だ。
「問題があるとすれば、鳥の群れが上手いこと固まってくれるかってことだけど、そこはチヨちゃんとピーちゃんに期待しよう」
「なんだか鷹匠みたいですね」
「おお〜! カッコいいですね私! 頑張ろうねピーちゃん!」
七緒ちゃんの呟きに、チヨちゃんは興奮した声を上げる。
ピュイ、とピーちゃんも機嫌良さそうに返事をしてくれる。チヨちゃんとの共同作業なら彼も最高の仕事を見せるだろう。
「いや、ピーちゃんはいいとしてさ。どっちかと言ったらお前の方が不安じゃね? 飛んでいる鳥だぞ? ちゃんと狙った所に投げられるのか?」
「それは全く問題ないな。正直外す気がしない」
「その根拠のない自信はなんなんだ……」
いや、マジでなんでだろうな? 本当に外す気がしないんだよな。たぶんレベルが上がったからっていうのと、これまでの努力を積み重ねた自信かな?
「あっ。居た」
またしばらく探索して【鑑定】を使っていると、大量の魔物が集まっている木があった。
【魔物鑑定】
名称:リオドリス
レベル:11(保有魔力値786)
まるでスズメのような姿をした小さな鳥。ピーちゃんの前身であるシングバードと同じく、ほとんど戦闘力の無いサバンナフロアの魔物だ。
経験値はそこまで多くはないが、おそらく三十匹くらいは居る。あれを一網打尽に出来ればアラートミーア以上に稼げるだろう。
「木に止まったままだと、上手く網に入らないな。飛び立つところを狙うか。チヨちゃん、ピーちゃんにこっちに追い込むように頼んでくれる?」
「分かりましたっ! というわけでピーちゃん、お願いっ! 頑張ってね!」
「ピュイイイ」
ピーちゃんは真上に高く飛び上がり、木を挟んで反対側に回る。そして急降下してこちらに向かいながら、高い雄叫びを上げた。
「――ピュイイイイイイイイイ!」
その声を聞いた次の瞬間、リオドリスの群れはピーちゃんとは反対側、つまりこちらへ向かって飛び立ち始める。
「――今!!」
群れの中央、その眼前に向かって〈蜘蛛網玉〉を投げつける。狙った場所に寸分違わずに向かい、ポンッと弾け飛んだかと思いきや、網になって大きく広がった。
「おおっ!」
「これは――!」
流石に一番端にいた奴らには逃げられるが、それでも大部分は範囲に入っている。少なくとも二十羽程度は捕まえられるだろう。
予想以上の出来だ。我ながら自分褒めてあげたい。
「あ」
そう。予想以上の出来で〈蜘蛛網玉〉の範囲が広すぎた。
「ピュイ?」
ピーちゃんが巻き込まれた。
「ピュイイイイイイイイイイ!?!?!?!?」
「きゃあああああ! ピーちゃーん!?」
勢いが付き過ぎた物は急には止まれない。急降下した勢いのままプレッシャーを掛けていたピーちゃんは回避が遅れ、綺麗すぎるほどに網の中に突っ込んでしまった。
獲物を包み込み網が閉じる。獲物同士でぎゅうぎゅう詰めにされては身動きも取れない。ピーちゃんはリオドリスの群れの一員となって、そのままドシャリと地面に落下する。
あ、あれ、相応な落下ダメージが入ってるんじゃ。いかにピーちゃんといえど……ッ!
「ピーちゃん!! ピーちゃん!!」
「ウォン! ウォンウォン!」
「急げ急げ!! ピーちゃんを救え!!」
「救えも何も、お前が敵なんだよなぁ……」
「なんたるマッチポンプ。流石に殺されても文句は言えないよ……」
「言ってる場合ですか! 早く助けますよ!」
緊張感が見えない戯け二人を七緒ちゃんが叱りつけ、真っ先に走り出したチヨちゃんを皆で追いかける。マルがついているとはいえ、チヨちゃんを一人にするのは良くない。
駆けつけてみれば、リオドリスはほとんどの瀕死状態だった。魔物といえどやはり鳥、落下しただけで相当なダメージになったようだ。
俺の魔力を流して網を解き、まだ生きてる奴に各自で手早くトドメを刺しつつ、横に放っていく。
山となった魔物の全てを放り出した底には――自慢の赤い羽が土に塗れ、白目で舌を出して気絶しているピーちゃんの姿が!?
「な、なんて哀れな姿に……ピーちゃん。今治してやるからな!」
「どの口で言ってんだオメー」
川辺の冷たい視線は無視して、遠慮なくピーちゃんにポーションをかけまくる。流石に今回ばかりは罪悪感が酷い。
数分ほど経ってから、ピーちゃんは目を覚ました。寝ぼけ眼に周囲を見回し、バサリと羽を動かして立ち上がる。
「ピーちゃん? 大丈夫? 痛いとこはない? 何があったか覚えてる?」
「あの、チヨちゃん。忘れているならそれはそれで……」
「君はこの期に及んでまだ罪を隠そうとするのか?」
違うぞ。隠そうとしているんじゃなくて、無駄に騒ぎを起こす必要はないと思ってるだけだぞ。
ピーちゃんはボウッとした目をしたまま改めて仲間を見回し、俺で止まった。そして表情を変えないまま、メラメラと燃えだした。
無論、俺は躊躇なく土下座した。
「すいませんでした! まさかああなるとは思わず! どうかお許しくださいっ!」
「……ピュイ? ピュイイイイ?」
「えっと、なんて?」
「その……〝お前さ、俺に恨みでもあんの?〟って」
「いえそんな滅相もない! 今回ばかりは本当に! まさかあんなことになるとは予想もつかず!」
誠心誠意、本気で謝る。これはマジで言い訳しちゃ駄目だ。本当に殺されかねない。
「……ピュイ。ピュイィイイイ」
気分は判決を待つ囚人。裁判官たるピーちゃんはじっと俺を睨み上げていたが、力ない声を上げたと思いきやそのまま空を飛んで行った。
「許してくれたのかな?」
「いえ。顔を見ていたら我慢できずに殺しそうだからって……」
「頭を冷やす為にあえて離れたのね。ピーちゃん、私よりも遥かに大人だわ」
七緒ちゃんが感心したように、大空を飛ぶピーちゃんを眺めている。最初は君も酷かったからね。あの頃の七緒ちゃんと比べたら確かに今のピーちゃんは大人だ。
しかし、伊波は少々違う意見を持っていたらしい。
「いや、ピーちゃんはプライドが高いからね。たぶん寝起きで気が削がれたのと、醜態を晒したショックが怒りを上回っただけじゃないかな?」
「鳥に情けをかけられるとはな。お前、いい加減にしないとそろそろ殺されるぞ」
「わざとじゃないんだよ本当に。でも俺もそう思うわ。ちょっとピーちゃんの機嫌を取るための賄賂を考えておく」
この数日ピーちゃんが一番頑張っているというのに、あんな目に合わせちゃっているからな。本当に申し訳ない。
とはいえ、ピーちゃんが体を張っただけの価値はあった。
今のでまたレベルが上がり、新たなる力を得ていたのだから。




