第55話 遠征⑦
さて、ピーちゃんが思わぬ成長を見せた朝。遠征の最終日である。
今日までは探索してもう一晩泊まり、明日には帰還し始める予定だ。
「で、なんだけど。今日はスライム以外のレベリング方法を開拓してみようかなと思います」
あらかじめ言っていた通りなので、皆が頷く。とりあえず反対するものは居ないようだ。
ただ、七緒ちゃんは難しい顔をしていた。
「とはいえ、スライムに匹敵する方法なんてあるんでしょうか? 私にはとても想像できないんですけど……」
それは確かにそう。スライムは経験値と量もさることながら、何より場所が確定されているのが凄い。
そこに行けば必ず戦える。敵を探す必要なく最短で大量の経験値を狙える。これが最高率のレベリングを成立させている。
「まず無理だろうね。でも、より深い層のスライムにいつまでも薬が効くと思えないんだよね」
「確かにな。スライムだってそのうち上位種が出てくるしな」
まさに川辺の言う通り。いつまでもスライムも弱いままじゃない。マジで今が奇跡みたいなもんなんだよ。
「そうそう。だからその時のために、代わりとまでは行かなくても効率良い方法を探しておかないと」
「その時は取れる素材もより優れたものになっているだろうし、そうしたら強い薬を作ればいいんじゃないのかい?」
「…………」
伊波の意見に、俺は何も言えなかった。
あれ? マジでその通りなんじゃ……。
「――だとしても探すことは無駄にはならない!」
「いや、その通りだから反対する気はないけどね」
「というか、実際スライム以外の方法はあった方がいいだろ。結局、楓太ありきの方法だしな。俺ら以外にも出来るレベリングを探しておくべきだ」
そうだな。まぁ俺らより遥かに強い人達にそんな過保護なことがいるとも思えないが。あの人達なら経験値の情報さえ知れば、勝手に自分で開拓しそうだし。あるに越したことはないが。
誰からともなくキャンプ地を出発して歩き出す。周りを警戒しつつ、川辺が尋ねてきた。
「そんで? 何かしら当たりはつけてんだろ? 何を狙うんだ?」
「ああ。昨日一通り見て改めて考えたけど、基本は数で稼ぐ。俺達にはやっぱりこれが一番良いと思う」
というか、思ったより大物の経験値が少ないんだよな。倒すまでに時間をかけると他の魔物を集めて危ないし、旨みがあまりない。
もちろんフロアボスとなれば話が違ってくるだろうが、許可が出てないしそれこそ死闘になるだろう。
より深い階層となるとこの傾向もまた変わってくるかもだけど、少なくともここで大物を狙う意味はあまりなかった。――昨日までは。
「ただ、ピーちゃんがマジで強くなったからな。あの火の鳥モードでの一撃次第では、大物も選択肢に入ってくるかもだ」
「なんだったら僕も参加すればいいしね。初手で最大火力を二発ぶち込めば、動きの鈍い大物は逆に良い獲物になりそうだ」
まさにその通り。ピーちゃんは炎で伊波は氷と、相性的に打ち消しあいが発生しないかちょっと心配だが、十分に期待できる。
「ただその方法だとこっちの消耗も大きい分、休憩の時間も長くなりそうだから、やっぱり基本は楽な相手を倒すでいいと思うんだよ。で、余裕があるなら大物を。これでどう?」
「ええ、ムリもなくて良いと思います。それで、もう狙いは決めてるんですか?」
「一応ね。ピーちゃんさ、警戒しながら〈アラートミーア〉を探せる?」
「ピュアアアアアン? ピュイ? ピュッ、ピー?」
なんだこいつ。マジで態度悪いな。進化して調子乗ってんのか? 俺のことを舐め腐ってやがる。
それを察してか、わりと厳しい表情でチヨちゃんが言った。
「ピーちゃん。いい加減にしなさい」
「ピェ!? ――ッッッッ!!」
「いや、お前の態度が悪いのがいかんでしょ」
お前のせいで、みたいな表情で睨まれても自業自得だろとしか。ていうかマジで睨まないでくれねぇかな。お前進化してから怖いのよ。殺されるって思っちゃうだろ。
ピーちゃんは不満ありありだが、すぐに飛び立ってくれた。そしてピーちゃんの誘導に従い三十分ほど歩き、アラートミーアの群が見える場所に着く。
アラートミーアは言ってしまえば、ミーアキャットが魔物化したようなものだ。特徴もそのままで、戦闘力はそこまで高くはない。だが、名前の通り警戒心が高いらしい。
遠目に見えるアラートミーアのレベルは10~14ってところか。それが十匹くらいで固まっている。あれを全て狩れれば、スライムには及ばずともかなりの経験値を稼げそうだ。
「多分俺達でも、これ以上近づいたら逃げられると思うんだよな」
「となると、ここから攻撃して全部仕留める必要がある訳だ。それが出来る奴ってなると……」
川辺と二人で仲間を見回す。まぁ、そんなことするまでもなく分かり切っているが。
「ピーちゃんなら一、二匹くらいなら仕留められるだろうけど、ほとんど逃げられちゃうな。そうなると伊波か七緒ちゃんだけど」
「一遍に仕留めるか、七緒ちゃんが眠らせるかだな」
「ふむ。それなら七緒ちゃんからお先にどうぞ」
「え? 別にいいですけど、私ですか? 何故?」
「ふっ。本命は後にするものだ」
「前座扱いですか……」
スチャリとカッコつけて眼鏡をずらす伊波に、何か言いたげな目を向ける七緒ちゃん。
前座扱いにプライドが障ったのだろう。着々とアイドルの意識が高まっているようでなによりだ。
「あ。今回は【伴奏】なしで行った方がいいかも。警戒心が高いなら、音楽を流したらその異変で逃げられるかもしれない」
「確かにそうですね。物足りないですけどそうします。では――ねん~ね~ん~ころ~り~よ~おころ――」
「――ヴァン! ヴァンヴァン!」
「あ」
七緒ちゃんの綺麗な歌声が辺りに響く。するとそのうちの一匹がスクッと背を伸ばしたと思いきや、意外にも低い鳴き声を上げ、それを合図にピューッと勢いよく群れ全体が逃げていく。七緒ちゃんの間の抜けた声がやけに耳に残った。
【歌唱】の効果が出る前からこれか。危機意識高いな。あっ、逃げてる一匹をピーちゃんが仕留めた。流石。
とはいえこの反応は、まぁだいたい想像がつく。
「聞くに堪えないってさ」
「金返せー! って感じだな」
「いや、むしろ歌うのを止めないならこっちが出ていく! と言わんばかりの――」
「うるさい! 下手じゃないし!」
俺達の流れるような批評に、七緒ちゃんは恥ずかしそうにしながら怒ってくる。
いいぞ。その姿勢が大事だ。批判されてもなにくそっ、と奮起する精神力を持て!
「ピュイイイ」
「ピーちゃん、お疲れ様~。カッコ良かったよ~。あっ、楓太さん。お土産みたいです」
「おっ。ありがとう」
さらっと戻ってきたピーちゃんは、仕留めたアラートミーアをそのまま持ってきてくれたらしい。気が利く奴だ。
今回は素材目当てじゃなかったから、肉を持って帰る準備はしてないが、皮ならしっかり処理すれば大丈夫だろう。ピーちゃんの初めてのお土産だし、要らんと無下にするのも可哀そうだ。記念品として持って帰ることにしよう。
【素材鑑定】
〈アラートミーアの皮〉――アラートミーアの皮。革系アイテムの材料となる。【警戒】
何気なく【鑑定】を使ったんだが……なんか見えてる。
皮の名前と何に使えるかの簡単な説明は今までも見えたが、【警戒】?
【警戒】って、もしかしてアラートミーアのスキルか? 何で急に見えるようになった? いつの間にか【素材鑑定】が成長したのか?
いや、それよりも素材にスキルらしき物が見えた意味だ。これ、もしかすると……。
「どうした?」
「ん、ああいや。なんでもない。次行こうか」
今は確証がない。もう少し調べてから相談しよう。
再びピーちゃんに飛んでもらい、新たな群れを探してもらう。
魔物を避けつつ慎重に進んだこともあって、次の群れを見付けて辿りついたのは一時間ほど経ってからだった。
「やっぱり特定の相手を見付けて近寄るだけでも時間がかかるな」
「ピーちゃんが居なかったら最悪まともに進めないことも考えると、それは贅沢だと思うぞ」
ごもっともで。むしろこの程度で済んでいる、ということにありがたく思わないといけないんだがな。一度贅沢に慣れると当たり前が当たり前でなくなると言いますか……。
「では伊波先生。お願いします」
「うむ。この大魔導師に任せたまえ」
乗せた俺も悪いが、誰が大魔導師だ。腹立つわ~コイツ。
「失敗しろ。失敗しろ。失敗しろ。しくじれ。赤っ恥をかきなさいっ」
「お姉ちゃん。素直に応援してあげようよ……」
「いいんだよチヨちゃん。妬みが大きければ大きい程、僕のドヤ顔がより輝くというものさ」
良い感じに七緒ちゃんも本来の黒さを見せるようになってきたね。そうこないと。アイドルは綺麗ごとだけじゃやっていけない。
「で、実際のとこどうなの? 出来そう?」
「愚問だね。この距離から一撃で纏めて凍死させる――ことはまだ出来そうにない」
出来ねぇのかよ。じゃあ愚問じゃねぇじゃん。要るかこのやり取り?
「だが【魔力補填】は威力だけではなく、射程距離を引き上げることも出来る。敵を前に歌うなんて悠長でバカな真似はせず足止めするから、トドメはよろしくぅ!」
「ちょっとその前にこの人殴って良いですか!? 本気でムカつくんですけど!」
「ごめん。その怒りはアラートミーアに向けてもろて。久しぶりの出番に調子に乗ってるだけだから」
失敗した時は好きなだけ殴っていいから。正直俺だったらビンタの一発でも食らわせているし。
「いくぞ。限界突破――アイスバインド!!」
またアホなこと言ってんなコイツ。
そんな呆れが頭に浮かぶが、【魔術】の効果はしっかりと出ていた。
アラートミーアの群れを完全に囲むように、その一帯の地面が凍り付く。アラートミーアは足を凍らせて逃げようにも逃げられない。これなら余裕で殺し切れる。
「おっしゃあ! 一匹も逃がさねぇぞおらぁ!」
凍り始めた瞬間から、川辺は走り出していた。足掻いているアラートミーアに対し、走りながら【挑発】も決める。抜け目がない! これなら氷の束縛を外しても逃がすことはないな。
完全に勝ち確のこの状態。意外にも機敏な動きを見せ、川辺は氷の絨毯に足を踏み入れた。
――ツルンッ。ゴン! ピクッ、ピクッ……。
そして奴は足を滑らせ、後頭部から地面に落ちた。マジで?
――――マジで!?!?!?
「ヤバいヤバいヤバい!! これマジでアイツ死ぬ! 七緒ちゃん! 伊波! 急いで急いで!」
「ピーちゃんもマルも早く早く早く! どんどんやっちゃって!」
後頭部打撃による治療行為の遅れか。あるいは【挑発】がかかったアラートミーアによるリンチか。そのどちらかで死ぬ未来が見えてしまった。
俺とチヨちゃんの叫びと同時に、四人が弾かれたように動き出した。
【魔術】を放つ伊波と空を飛ぶピーちゃんは問題ない。四足歩行のマルはいつもよりは遅いが、氷の上でもバランスを崩さない。川辺の失態を見てか、七緒ちゃんが恐る恐ると動いてはいるが、あえて滑って移動したりと器用な動きを見せ、次々にアラートミーアを仕留めていく。
結果、川辺に敵の魔の手が届く前に、無事に群れを全滅させることが出来た。
「川辺! おい! しっかりしろ!」
「川辺さん! 大丈夫ですか!? 死んじゃだめですよっ!」
とりあえずポーションを頭にドバドバかける。呼吸は止まっていないし気絶しているだけだろうが、こういうのにポーションは効くのか? とはいえ、他にどうすればいいのか分からんし……。
アラートミーアを仕留め、全員が川辺の元に集まり、心配そうに見守ってから数分後。ようやく川辺は意識を取り戻した。
「うっ、うぅぅ……」
「川辺! 大丈夫か!?」
川辺は自力で体を起こすと、ぼうっとした目で俺達の顔を見回す。
そしてどこか遠慮がちに、恐る恐ると声を出した。
「ここは……どこですか? あの、あなた達は一体……」
「嘘、まさか記憶が……?」
「そんなっ!? 川辺さん……ッ!」
「川辺。ついこの前、お前に百万を貸した楓太だ。覚えてないか?」
「僕は伊波だ。君にゲームを貸してるんだよ。ほら、あのプレミアが付いてもう手に入らない奴だ」
「どっちも借りてねぇよ。というかゲームは最初から俺のだろうが。ぶち殺すぞお前ら」
「ほら見ろ。やっぱり演技だった」
「こんな簡単なトラップに引っかかるとは。間抜けな奴め」
「こんな時に悪ふざけをする方もする方ですけど、貴方達、本当に友達ですか……?」
七緒ちゃんが引いた目で俺と伊波を見てくる。分かっていないね。友達だからすぐに演技だと見抜けたというのに。
とはいえ、やはり悪ふざけがすぎるな。チヨちゃんがちょっとムスッとした顔で呟いた。
「心配して損しました」
「まぁ、川辺の気持ちも分かってあげてくれ。なぁ?」
「は? なんのことです? 俺はウィットの効いたジョークをかまそうとして滑っただけですが?」
「はははっ、君が滑ったのは地面だよ。自分がどうやって気絶したのか覚えてるんだろ?」
「…………ふっ」
伊波のズバリな指摘に、川辺は力なく笑った。そして再び寝転がると、顔を抑えてかすれる声で言った。
「頼む……ッ! 誰か、俺を殺してくれ……ッ!」
「その歳で今さら恥を掻いたからといってなんだ。もう恥ずかしがる歳じゃないだろ」
「むしろスベらない話を一つ手に入れたと喜ぶ気概を見せたらどうだい? ああごめん。滑った話だった」
「トドメを刺すな! 他人事だから言えんだよ……ッ! あんなんで死んだら俺は親になんて言えばいいんだ……ッ!?」
その場合は二度と会えない訳だし、別に気にしないで良いんじゃないか? 実際生きてるんだし。
「おらっ。大丈夫そうなら次行くぞ。あんまり落ち込むなよ。今度兜かヘルメットでも作ってやるから」
「嫌味かっ! こんな理由で作ってもらっても嬉しくないっ!」
うだうだ言ってる川辺を引っ張り、次へ向かう。




