第52話 遠征④
三層を出発して、俺達は真っすぐ五層へ向かった。
途中で寄れるようなスライムのポイントが無いのと、野営の準備に時間を使いたいという俺達(男共)の意見が重なった結果だ。
あんなに難しいのに、寄り道なんかで時間を無駄に出来るか……ッ!
悪戦苦闘しながら、俺達だけで全ての準備をして一泊。
姉妹にもまぁ頑張ったでしょうと誉められ良い気分で朝を迎え、今日はいよいよ五層で探索の練習になる。
「んで、練習っていっても何をするんだ?」
「とりあえず、この層に生息する魔物を全て観察する。具体的には一度も戦闘をせずに、レベルと経験値を把握することだな」
俺が小畑会の皆に求められるのはまさにこの情報だからな。これをいかにして無傷で終えられるかが重要だ。
「先の事を想定するなら、地図や魔物の情報は一切なし。全てを手さぐりでやることも考えたんだけど」
「……流石にそれは僕達には難易度が高すぎないか?」
そう、そこは俺も伊波と同じ意見だ。完全初見で俺達がそれをやったら、何らかの事故が起きると考えた。初めての環境、魔物を相手に初見で対応できるほど、俺達は経験がない。
「よくよく考えればさ、俺達はミライさん達が護衛してくれる訳だから、護衛の皆の負担が軽減出来ればそれでいいんだよな。基本的に指示に従っていればいいし。だから旅をするだけで疲れるとか、そういうのがないだけで十分役に立てる。要はここまで来た予行演習が一番重要な経験なわけだ」
旅をする上で大事な物は何か? それを実感することが今は何よりも大事。
一から探索する、という危険をわざわざ味わうことはない。
「ムリをして万が一にでも俺が死んでみろ。それこそ皆に申し訳が立たん」
「安全を第一に、ですね~」
「いつも通りでほっとしました」
俺の話に、七緒ちゃんも安心した笑みを見せる。
最近、話が大きくなりすぎてイケイケなとこがあったかもだしな。初心に返ろう。
「俺達の夢の為なら、どんなリスクも背負う覚悟だ。とはいえ、俺達のモットーはそうじゃない」
「まず命を大事に。マイペースに働いて、ほどほどの稼ぎとスリルを、だからな」
「そして嫁をこの手に、だ」
それはお前だけ――いや、今はそれが俺達の目標になっているから間違っていないのか。
まさかあの焼き肉屋の誓いが、壮大な伏線になっていたとは……ッ!
完全に偶然だし、壮大どころか俗物の極みだけど。
「ムリなく魔物を見て回っていこう。ついでに、スライムみたいなレベリング方法を模索できれば最高だな」
「そんな簡単に見つかるとも思えねぇが……途中のスライムはもちろん狩るよな?」
「当然。というか、その道中に魔物を観察していく」
初回ボーナスを他の誰かに渡す訳にはいかないからな。
拾えるものは拾っていきますよ。
♦ ♦
三、四階層を通った時も思っていたが、サバンナ地帯というだけあって、一、二階層とは魔物の顔ぶれが結構違う。
また、どの魔物もより魔物らしい特徴が増えている気がする。
一階層に居た〈カームライノ〉の上位種らしき、鋼鉄感を感じる肌を持つ〈アイアンライノ〉。
群れで行動し、自分達よりも強い敵の接近に気づけばすぐに逃げてしまう〈アラートミーア〉。
普通のシマウマと比べより好戦的で、〈戦士〉の盾ごと蹴り抜く力を持つという〈フレンジーゼブラ〉。
毒状態を与える息と牙を持つ〈ポイズンハイエナ〉。
なんというか、いよいよ手を出すのも躊躇するような特殊能力を持った魔物がちらほら見かけるようになってきた。
ピーちゃんの偵察、誘導のおかげで戦わずに情報だけ抜き取れて非常に助かる。まぁ避け続けるのも数値以外の成長と言う意味では良くないんだが、今回は目的が違うからよしとしておこう。
「そこそこ見かける奴らは、だいたいレベル12~10って感じかな。大物だと14。まぁ今の俺らなら適正って感じのレベルかもしれないな」
「ほう。じゃあ俺らはしばらくここでレベル上げって感じになるか?」
「それがいいと思うけど、経験値的に美味しいかって言われるとなぁ……」
いや、悪くはないんだよな。どいつもこいつも、最低でも経験値が1000は超えているし。
でも、スライムは三層時点で一匹1000後半にも届く奴が居る上に、水気のある場所っていう固定出現場所があって、最低でも十匹くらいで固まっている。で、俺達はそれを一網打尽にできる。効率が違いすぎるのよ。
「こいつらと戦うくらいなら、複数の階層を渡ってスライムマラソンをした方がまだマシだな。そっちの方が安全だし」
「ふむ。まぁその判断はこの階層の敵を全て確認してからでもいいんじゃないか? 調べた上で駄目だったら、その時こそスライム一本で行けばいい」
そりゃそうだな。元々今回は練習のつもりで来たんだし。
ピーちゃんがいる以上、無駄な戦闘は避けられるし苦労というほどのもんでもない。気楽に探していこう。
改めてピーちゃんにありがたみを感じ、俺は今も周りを警戒しているであろうピーちゃんを見ようと空を見上げた。
そして視界の端に映った影を目にし、反射的に叫んだ。
「――ピーちゃん!! 逃げろ!!」
「ピッ? ――ピギィ!?」
ピーちゃんは一瞬、怪訝そうな反応をするが、それでも俺の声から危険を感じ取ったのだろう。咄嗟に高度を変えたその直後、高速で接近していた何かにぶつかり、悲鳴を上げる。
しかし、直撃は免れたのだろう。なんとか体勢を整えて滑空している。とりあえず無事だったことにほっと息を吐き、俺はピーちゃんと交差してそのまま距離を取った襲撃者を【鑑定】した。
【魔物鑑定】
名称:ラピッドファルコン
性別:オス
レベル:11(保有魔力値1134)
〈ラピッドファルコン〉――隼の魔物だ。猛禽類だから、ピーちゃんのような小鳥は獲物に等しい。空で一羽だけと見て襲われたか。
「おい! やべぇぞ! どうする!?」
「距離が遠い! 僕の【魔術】でも届かない!」
「ピーちゃん! こっちにおいで!」
チヨちゃんの必死な声に反応し、ピーちゃんは急いでこちらに向かって飛び始めた。しかし、それよりも早くラピッドファルコンが旋回し、再びピーちゃんを襲う。
「――ッ! ピィイイイイイイイイイ!!」
逃げきれないと悟ったのだろう。ピーちゃんは【飛鳥】を発動し、自らラピッドファルコンを迎え撃った。
一瞬で限界を超えた速度を引き出し、ピーちゃんとラピッドファルコンが交差する。バンッ、と強い衝突音が聞こえ、ラピッドファルコンがふらついた様子を見せた。
確かにピーちゃんは一矢報いた。だが、ピーちゃんはゆっくりと地面へ落下していった。
「ピーちゃん!?」
「ウォン!」
「待てチヨちゃん! 俺も行く!」
慌ててピーちゃんの元へ駆けだしたチヨちゃんをマルと川辺が追いかける。
しかしそれよりも早く、ラピッドファルコンは体勢を整えピーちゃんを狙った。邪魔が入る前にトドメを刺そうというのだろう。
だが、こちらには飛ぶより速く攻撃を届ける者が居る。
「ねん~ね~ん~ころ~り~よ~――」
七緒ちゃんの子守歌がラピッドファルコンに届き、明らかに動きを鈍らせた。落ちた速度であちらから近づいているのなら、伊波でも十分に当てられる。
「――アイスダガー!」
威力よりも、数と速度を優先したのだろう。何本もの氷の刃がラピッドファルコンを襲う。その内の一本がラピッドファルコンの翼に突き刺さり、勢い余って墜落した。
「ピュイ――ピュイィィ……!」
「ヴヴヴッ――ヴォアン!!」
翼を傷つけられては、逃げることも出来ない。弱々しい声を上げそれでも足掻こうとするラピッドファルコンを、慈悲なくマルが一瞬で嚙み殺す。
「ピーちゃん! ピーちゃん! 大丈夫!?」
「ピィィ……」
「よ、よかった……死んじゃうと思った……!」
チヨちゃんがドバドバとポーションをかける。死んでもおかしくない怪我をしていたようだが、どうやら間に合ったようだ。
小さくも確かな返事をするピーちゃんに、全員がほっと息を吐いた。
「本当に良かった。七緒ちゃんナイス」
「いえ。私がもっと早く援護が出来ていれば……」
「それを言ったら僕だって同じだよ。しかし、なんて無茶な真似を」
「いや、あのまま逃げたら殺されていただろ。無茶かもしれないが、最適な選択だったと思うぞ」
確かにな。自爆技とはいえ迎撃に出たからこそ、逆にダメージが少なく済んだ。とはいえ、種族的な格差、ステータスが違い過ぎたのだろう。押し勝つことは出来ず、かろうじて命を守ることで精一杯だったようだ。
とはいえ、格上の相手から生き延びられただけで上出来だ。素直に喜んでいいと思う。
「ピィィ……」
「もうっ。謝らないでいいよ。怪我がちゃんと治るまで休んでね」
チヨちゃんは小さく笑うと、ピーちゃんを肩に乗せる。ピーちゃんは大人しく言うことを聞いているが、どこか申し訳なさそうだ。
低級ポーションだと怪我の治りが遅い。あまり自分を責めずに休んでほしいものだ。ムリをして治らない方がよっぽどまずいし。
「でも、参ったな。仮に治ったとしても、今のピーちゃんだと偵察を任せるのも危ないか」
「あんなのに襲われるようだとね。シングバードだと、そもそもスペック的に足りないんだろう」
偵察役が居なくなるのは本気で困るが、死なれるのはもっと嫌だ。憎たらしい鳥だが、ここまで一緒にやってきた仲間だし。
……ステータスが足りなくてリストラかぁ。他人事じゃなくて同情する。まさか俺と同じ問題に直面する奴が出てくるとは。
辛いよなぁ。マジで気持ちが分かる。でも、俺と違ってピーちゃんなら癒しのペット枠でこれからも一緒に居れるだろ。
チヨちゃんだって弱いから追い出す、なんて酷い子じゃないし。ピーちゃん自身のプライドはともかく。
ピーちゃんの気持ちを察し、思わず憐れみの感情が出てしまう。そんな俺に、川辺が尋ねた。
「どうする? 此処までにしておくか? 流石にピーちゃんの偵察がないと危ないだろ」
「う~ん……いや、もう少しでスライムの沼が近いし、進もう。警戒役は俺がやる」
「お前が? どうやって?」
「【鑑定】を上手い事使ってな」
結構前から気づいていたんだが、【鑑定】は感度を上げることも出来るんだよな。
基本的には視界に入れて、対象を意識して使わないといけないんだが、この対象を無意識レベルの怪しい影にして。で、それに【魔物鑑定】を発動させる。
そうするとあら不思議。自分でも意識してなかった視界のあちこちに魔物の名前が浮かび上がり、そこに魔物が居る事が分かる。視界に入っている範囲だから、わりと遠くまで効果が及ぶ。
これに気づいた時は七緒ちゃんとチヨちゃん、そしてピーちゃんが仲間になった後だから、使う機会がなかったんだよな。というか、ピーちゃんの存在価値が薄まると思ったら、気まずくて口に出せなかった。大人の気遣いよ。
あと情報量が多いせいか、頭が痛くなるから正直あまり使いたくない。どっちかと言うとこっちの方が理由としては大きいな。
使わなかった理由を隠して性能を説明すれば、七緒ちゃんが感心した声を上げた。
「凄いですね。〈斥候〉と同じようなことが出来るなんて」
「とはいえ、完全に姿を隠している相手までは分からないんだけどね。だから、そのあたりは引き続きマル頼みってことで」
「ウォン」
「任せとけっ。ですって」
頼もしいな。これなら安心だ。
俺は確信を持って頷き、ピーちゃんに目をやった。
「ピーちゃんの代わりは俺が出来るから、心配せずに休んでおけ。助け合いだから気にするなよ」
「――――――」
ピーちゃんはなぜか、スンッ、と無表情になって俺を見ていた。
いや、せめて礼くらいは言えよ。
【国語の問題】
Q.最後のピーちゃんの表情と直前までのやり取りから、この時のピーちゃんの心情を考えて答えなさい。




