第116話 フィールドボス②
「~~~~♪ ~~~~♪ ~~――」
七緒ちゃんの歌が戦場に響き渡る。
選曲は【INT】、【魔術】威力上昇の効果がある、とある魔法少女のアニメの曲だ。
穏やかな始まりから、サビに入ってどんどん盛り上がっていく。聞いていてワクワクする歌が満ちる中、マサ君が厳しい声で次々と指示を飛ばしていた。
『後衛部隊、第二波用意! 援護部隊、デバフを放て!』
「【虚弱の呪い】! 【脆弱の呪い】!」
「【属性耐性弱体】! 【精神力下降】!」
日向さんのような〈呪術師〉を始め、他のデバッファーからあらゆるデバフが飛ぶ。
そのスキルの色合いは、気のせいかいつもよりおぞましい。その効果が出ているのか、グランドスタンプは呻き声を上げている。
『後衛部隊! 撃て!』
痛みに呻いているグランドスタンプに、マサ君の号令の下、後衛部隊による第二撃が放たれた。
いつもよりのスキルの準備時間が短い。なのにその威力と規模もまた、普段以上のものがある。これは事前に用意した俺の装備、そして小鈴ちゃんの強力なバフ料理の効果もあるが、なによりもマサ君のスキルの効果が大きい。
マサ君は〈指揮官〉。部隊規模で仲間を強化するバッファーだ。カコちゃんのような個人を強化する〈付与術師〉より、多くの人数を強化することができる。
そしてその強化方法もまた特殊。マサ君の指示に従った者に対して、その行動に関してのプラス補正を与えることができる。
今まではパーティ規模でしか使い道がなかった。しかし、これはレイド戦。状況に応じて部隊規模で、必要なバフを与えることができる。だからこそ、マサ君が全体の指揮役に収まるのは当然といえた。
そしてより効果が限定的だからこそ、そのバフ効果も高い。
途轍もない巨体と体力を持つグランドスタンプが、怯むほどに。
「――ヴァアアアアアアアアアア!!!!」
とはいえ、やはり相手はフィールドボス。それも体力と頑丈さが特徴的な魔物だ。この程度では怖気づくことはない。
多数の強力な遠距離攻撃を受けながら、グランドスタンプはそれを放った敵に怒りを燃やし、その重い身体を動かし始めていた。
『後衛部隊! 全員退避! 各自、次の作戦行動に移れ!』
その指示を受け、後衛部隊が跨っているダチョウ達はすぐにその身を翻し、こちらに向かってくる。当然、グランドスタンプはそれを追いかけようとする。
ドシン、ドシン、と。一歩進むたびに地震のような振動が伝わってきた。自分の身体が震えているのが、恐怖なのかその振動のせいなのか分からなくなる。それほどまでにアイツはでかい。
ダチョウに乗った後衛部隊が、そう簡単に追いつかれることはないだろうが、あのまま放置するのはやはり怖い。ただでさえ脆い後衛ジョブだ。踏み潰されれば耐えられるはずもない。
だからこそ、それを剥がすのは当然と言える。
「――【影討ち】!」
突如、グランドスタンプの横っ面に大きな切り傷が現れた。
予想外の奇襲に、グランドスタンプの目がギロリとそれを成した者を睨む。
奇襲を行ったのは、【隠蔽】により気配を消した拝賀君だった。拝賀君は【忍び走り】で気配を消しながらその身体を駆け上がり、奇襲の一撃を放ったのだ。
拝賀君はそのまま落ちていくと、ハットリにストンと着地する。その瞬間、ハットリは後衛部隊から離れるように走り始めた。
「こっちだデカブツ! ついて来い!」
「――ヴァアアアアアアアアアア!!!!」
顔面という嫌でも気になる場所を傷つけられ、グランドスタンプの意識はすっかり拝賀君へと引きずられた。後衛部隊の存在を忘れ、拝賀君を追いかけていく。
巨大な魔物を相手に囮となって、動じた様子もなく一人で逃げていく拝賀君。その姿はまさしく仕事人。
う、嘘だろ? 誰だお前は? カッコ良すぎるぞ!
拝賀君、君は本当に変わったんだね……ッ!
思わず感動で泣きそうになる。とはいえ、そう安心して見ていられる状況でもないようだ。
ハットリは当然速い。だが、グランドスタンプはそれ以上にデカい。俊敏性では及ぶべくもないが、一歩の距離が違い過ぎる。
ドシン、ドシンと重々しく走るだけで、みるみるとハットリに追いついていく。
このままでは拝賀君が潰される。そう思いかけた時――フィールドボスの前足が大きく沈んだ。
「ヴァアアアア!? ――ヴァアアアアアア!!」
事前に用意していた落とし穴だ。
こんなバカでかい相手とまともに戦うはずがない。時間があるなら、対策を積むのは当然。
さすがに全身を落とすような大きさは無理だったが、足を取られる程度で十分。そしてその落とし穴には、俺が作った強力な鳥もちを大量に仕込んである。
粘り気のある深層の草類、そして蜘蛛型のホムンクルスに出してもらった糸を使った深層仕様の超強力鳥もちだ。いかにフィールドボスとはいえ、そう簡単には抜けられまい!
『――今です! 前衛部隊! 攻撃開始!』
当然、こんな絶好の隙をマサ君が見逃すはずがない。
マサ君の指示を受け、待機していた前衛部隊が我先にと飛び出した。
「――カハハハハハ! くたばれやおらあ!」
真っ先にたどり着いたのはトシさんだ。両手に持った片手斧を腕が霞む速度で振り回し、足を切り刻む。凶悪な笑みで嬉々として刻む様は、まるで猟奇的な殺人鬼のよう。怖っ。
「【戦吼】、【闘気】。――【大切断】!」
反対の足を、兵藤さんが大剣でぶった切る。兵藤さんの身体が一瞬輝いたと思ったら、赤い魔力が大剣に纏わりついた。己の身長ほどもある巨大な大剣は、硬さと柔軟性を両立させているグランドスタンプの肉体を深々と切り裂く。
「【戦舞】――【情熱のフラメンコ】」
そしてまた違う足を、ミライさんが楽しそうに踊りながら殴りつけている。
動きが鈍くなった巨大な相手は、ミライさんにとってサンドバッグでしかない。リズムよくバン、バンと殴り続けて気持ちよさそうだ。
そうやってグランドスタンプの四肢を、前衛全員で攻撃し続けている。参加している人は皆がトップクラスの探索者。その勢いは誰もが引けを取らない。
しかしその中で一際目立っているのは――意外にも真帆さんだった。
「【神降ろし】――【フツヌシ】!」
真帆さんがスキルを使うと、その背後に纏わりつくように、魔力によって作られた青い巨人が現れた。その巨人の手には、巨大な剣が握られている。
「【奉舞】――【武ノ舞】。おぉおおらあああああああ!」
真帆さん自身の一撃に加え、巨人の一撃が鳥もちに嵌った足を切り裂く。まともに動けないフィールドボスは、苦痛の声を漏らした。
ひときわ異彩な力を放つ真帆さんのジョブは〈戦巫女〉。本来は回復系の巫女が、戦闘向けに昇華したジョブらしい。
なんでも、真帆さんの実家がその手の神を祭る神社だそうだ。そこでの経験がそのまま活かされ、ジョブに影響を与えたのだろう。
本人はそんな実家が合わなくて、都会に出て来たそうだが……なんとも皮肉な話だ。
26層に一緒に来た時に何度か見せてもらったけど、相変わらず派手な能力だな。
巨人の動きは、真帆さんの動きからワンテンポ遅れて繰り出される。だから対人戦だとむしろ使いにくいと言っていた。雑魚散らしと動きの鈍い大物相手くらいにしか使えないと。
ならばむしろこの戦場は、真帆さんの独壇場だろう。実際、明らかに誰よりも大きなダメージを与えている。ここまで派手に力を振るえる機会がないからか、真帆さんも楽しそうだ。
「はぁ、はぁ、どうやら上手く行っているみたいだね……」
「おお、お帰り。良い働きだったな」
真っ黒なダチョウ、シュバルツに乗った伊波が、息を切らして帰ってきた。いつもよりも青くなっている顔は、魔力切れ寸前の証か。回復用のポーションは渡しているが、息抜きも兼ねて顔を見せに来たんだろう。
「こっから見てもビビるくらい、凄い【魔術】だったぞ。お前、成長してたんだなー」
「ふっ、伊達にこの数週間、刻子さんにしごかれて地獄を見ていないさ。ただ、思ったより効いていないみたいだね……」
そうなのか? あんなものを食らって、効いてないってことはないと思うが。
だが、【魔術】を放った本人がそう言うのだ。伊波の判断が正しいのだろう。
「それでも、前衛部隊の手助けになったなら良かったよ。随分と調子が良さそうじゃないか」
「そうだな。あのまま倒してもおかしくない勢いだけど」
完璧に罠が決まって、皆もここぞとばかりに攻め立てている。
このまま行ってほしい物だが――
『後衛部隊! 回復できた者から順次攻撃に参加! 前衛部隊に当たらないように! 左後ろ脚担当! 人数が多い! 二名右前脚に切り替え! ……二名移動です! 誰でもいいから移動してください! ――移動しろって言ってんだろ! 早くしろ!』
「うっせぇバアアアアアアカ! 若造が偉そうに指図すんじゃねぇ!」
『バカはどっちだ素直に指示に従えぇええええ! バフが乗らないだろうがぁああああ! 遊びじゃないんだぞこのバカども!』
どうやら調子が良すぎるのも問題みたいだ。夢中になってマサ君の指示に従わない奴らが出始めている。
本当にチームワーク悪いなこいつら。でも真面目にマサ君の指示には従えよ……。
「あのカス共、こんな時にふざけている場合か!?」
「まあまあ、落ち着いて。マサ君まで熱くなったらまずいよ」
「ふーっ……それもそうですね。僕だけでも冷静でいないと。しかし、やはりこの人数を把握するのは大変ですね。派手なスキルがあちこちで飛んでいるせいで、姿を見失います」
「ああー、それは確かにね」
威力の高いスキルほど、エフェクトが大きく派手なことが多いからな。それで姿を見失うし、余波で土ぼこりを上げて姿が隠れることもある。
……やっぱり作っておいて良かったか。
「それじゃあ、マサ君。こちらをどうぞ」
「これは……ゴーグルですか?」
「そうそう、望遠鏡と透視の機能付きサバゲー風ゴーグル。これを付ければ見失うこともないよ」
「へぇ、これはまた便利な――今なんと?」
「何かとんでもないワードが混じっていたような気が……」
マサ君だけではなく、伊波まで愕然とした顔で俺を見てくる。
サラッと流してほしかったが、やっぱり無理だったか……。
〈望遠透視ゴーグル〉――望遠鏡に透視機能が付いたゴーグル。【遠視】【透視】
本部から戦況を観察するならと、望遠鏡――細かく言うなら戦場観測鏡のようなアイテムを作った方がいいかなーと思った。
鳥系魔物の眼球を素材にすれば、あっさりと【遠視】が手に入ったので、最初はこれだけでもいいかと思ったんだ。
でも〈霊石〉の中に【透視】能力が混ざってたら、まぁ試したくなるよね。
試したくなったら、そりゃ作っちゃうよね。
んで実際、作れちゃったよね……。
「またサラリと凄い物を作りましたね。これがあれば狙った獲物を見つけやすくなりますし、探索者なら誰もが欲しがりますよ」
マサ君は本気で感心して、ゴーグルを見回している。
うん、そのアイテムを見てその感想が出る当たり、マサ君はやっぱり良い子だよね。
そして、伊波は俺と同じ側。当然、真っ先に悪用が思いつく。
「あのさ、【透視】ってその、何を? どこまで?」
「……レントゲンみたいに体の中まで見ることはできなかった、とだけ言っておこうか」
「いえ、今でも十分便利ですよ。うわっ、本当に凄い。スキルや土埃が消えているように見える。これなら見失うことはないでしょうね。それに、服を透かせるなら敵が武器を隠し持っているかも分かって――あ」
はしゃいだ様子で戦場を見回していたマサ君だが、どうやら気づいてしまったようだな。このアイテムの危険性に。
「楓太。もしかしなくても……」
「マジで見てねぇよ。こんなの付けて拠点を見回してみろ。なんだそれって皆から突っ込まれるだろ。嘘だったら今後一切、漫画、アニメ、ゲームに手を出さないと誓ってもいい」
試したくても試せんかったわ。必要だと思ったから作ったけど、ひっそりと作ってすぐアイテムバッグの中に隠したよね。
己のスケベ心に打ち勝った俺の自制心を褒めてほしい。……いつか絶対に試すと思うけど。
疑いの眼差しを向けていた伊波だが、うむと静かに頷く。
「そこまで言うなら本当なのだろうね。信じよう」
「ああ。それに俺、思うんだよね。ただ裸でうろついている人達を見るのが、そんなに楽しいかって。むしろシュールに感じないか? やっぱりさ、恥ずかしがる姿があるからこそ、エロを感じるというかさ――」
「そ、その議論は一旦横に置いて、集中しましょう。何かあったら大変ですし」
マサ君の言う通りだな。皆命懸けで戦っているんだから、こんなくだらない話をしている場合じゃない。もし俺が皆だったら、終わった後にシメるわ。
俺もゴーグルをかけ、改めて戦場に目を向ける。しかし、本当に調子は良さそうだ。このまま倒しても不思議ではないほどに。
だけど、こいつを倒すにはこれだけじゃ駄目だ。この段階で最低限の条件を満たさなければならない。
これが達成できないことには、そもそも話にならな――あ!
「マサ君! 入ったぞ! 毒が入った!」
「――ッ! 了解です! 『総員に通達! 毒が通った! 第一段階クリア!』」
おおおおおおおおお! と、その吉報に対し、歓声が上がる。
最初の壁を乗り越えたことができたのだから、皆の士気が上がるのも当然だ。
【巨躯生命】――巨大な体躯に備わる強靭な生命力。体力、耐久、攻撃力に補正。
グランドスタンプの特徴として、まず目立つのがあの巨体。あれだけでかいのならば頑丈なのはもちろん、その体力も尋常ではないだろうと予測がついた。
それを確信させるのがこの【巨躯生命】だ。そしてさらに厄介なことに、こいつにはもう一つのスキルがある。
【自然再生】――時間経過による体力微量回復。
バカでかい身体を補強するようなパッシブスキル。そしてそれをオートで回復するスキル。
つまりこいつは、馬鹿げた耐久力を持つ体力お化けの可能性があると俺達は考えた。コツコツ攻撃を重ねても、そのままならおそらく受け潰される可能性もある。ならばまずは、それを機能不全にしなければならない。
そのメタとして用意したのが、毒だ。毒のスリップダメージで回復スキルを打ち消してようやく、コイツを倒せる可能性が見えてくる。
そのために、兵藤さんや真帆さんのような頑丈さを求められる一部を除き、前衛の武器には刃先から毒を流し込めるような作りにした。後衛部隊の〈弓師〉に毒矢も用意している。拝賀君のような暗器使いには言うに及ばず。そしてそれらには、俺が作った深層素材の猛毒を仕込んでいる。
フィールドボスに毒が通るかが懸念だったが、上手くいってなによりだ。最初にして最大の関門を乗り越えた今――コイツは倒せる敵になった!
「――ヴァアアアアアアアアアアア!」
一方的に切り刻まれ、怒りが溜まったのだろう。グランドスタンプは雄叫びを上げると、鳥もちに嵌った前足を引っこ抜いた。
そして、顔を天に向ける。その喉元が、魔力できらめているのが見えた。
「マサ君! 咆哮がくる!」
『咆哮を警戒! 各自、防御態勢!』
その指示に従い、一部の人間がスキルを発動する。
そして次の瞬間、グランドスタンプの攻撃スキルが発動した。
『――ヴァアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオ!!!!』
それまでとはまるで違う咆哮。爆音が衝撃となって、辺り一帯に振動によるダメージを与える。
「これは……きついねっ……」
「ああっ……ぐっ、ぎっ……!?」
離れている本部の俺達でさえ、その振動で体が動かせなくなる。伊波は顔を歪める程度で済んでいるが、俺に至っては声も出せないんだが……ッ!?
本部の俺達でさえこれだ。至近距離の前衛部隊では、戦闘が不可能になってもおかしくない。
これがグランドスタンプの【大咆哮】。その名の通り、ただ叫ぶというだけで一帯にダメージを与える、自らを音響兵器へと化すスキル。
あれだけの巨体であるなら、相応の声量になるはず。予測はしていたが、まさかここまでの威力になるとは。対策はしてきたが、大丈夫か?
そう心配して前衛部隊に目を向ける。しかし、俺の不安は杞憂だった。
前衛部隊は誰一人として怯まず、してやったりといったように口端を吊り上げ、グランドスタンプを睨み上げていた。
その結果に、グランドスタンプが目を瞠ったように見える。それに気づいてか、トシさんが大声で笑った。
「カハハハハッ! 驚いたかよ!? まさか無傷で済むとは思ってなかったみてぇだなぁ!」
「【消音】にまさかこんな使い方があるとは。今後は似た相手にはこれがセオリーになりそうですね」
トシさんの近くにいた拝賀君も、ニヤリと笑みを浮かべる。
そう、これが咆哮対策。〈斥候〉による【消音】によって音のダメージを抑える方法。
このために、各前衛部隊には最低でも一人、【消音】を使える斥候系のジョブを組み込んでいた。音の攻撃なら、ダメージ軽減効果も期待できる。そう期待しての作戦だが、まさかここまで上手くいくとは!
この結果にはグランドスタンプも少なくない衝撃を受けたはずだ。しかし、そこからすぐに行動を切り替えたのはさすがといえる。
グランドスタンプはムッとした表情を浮かべると、ゆっくりと右前脚を上げた。そしてその足には、先ほどの【大咆哮】と同じように、やはり魔力が光っている。
ぐんぐんとその光は強く、大きくなる。今にも大技を放ちます、と言っているかのようだ。
『――右足! スタンプが来ます! 踏み潰されないように注意し、集合!』
「よっしゃああああ! 集まれぇえええええ!」
またマサ君の指示が飛び、前衛部隊が持ち場を離れ、右足の周囲に集まる。もちろん踏み潰されないように警戒し、お互いの距離を保ちながら。それでいて自分から、そのスキルの効果範囲に収まるように。
そして参加したのは前衛の攻撃部隊だけではない。皆の盾となるタンク部隊もまた、あえて右前脚の周囲に飛び込んできた。
「……ヴァアアアアアアアアア!!」
その様子に驚きながらも、グランドスタンプは右足を振り下ろした。
ドンッ、と大地を踏み鳴らす音と共に、その周囲に広がるようにして、魔力による地属性ダメージが発生する。
それは右前脚に近づいていた全員に影響を与える。グランドスタンプの必殺技とも言える攻撃スキル。普通なら無事で済むわけがない、厄介な範囲攻撃だ。
しかしその攻撃を受けた皆は――これといったダメージはなく、無事に立っていた。
「よっしゃあ! 狙い通り!」
「ええ、これならいけます!」
もしかして、と考えた推測が当たり、俺とマサ君は思わず喜びの声を上げた。
【地鳴踏】――足踏みによる地属性必中攻撃。地面を通して範囲内の対象に等しくダメージを与える。
グランドスタンプのメイン攻撃となる、【大咆哮】と【地鳴踏】。これをどう防ぐかが、今回の肝だ。
咆哮に対しては【消音】でいける。【地鳴踏】は何かないかと考えた時、その効果説明である疑問が生まれた。
範囲内の対象に等しくダメージを与える、という文面。
効果範囲にダメージを与える厄介な攻撃だが、ここである推測が上がった。
これ、もしかしてダメージも分散するんじゃねぇの? と。
何を持って等しく、と言っているのかがポイントだ。
一定のダメージを与える、かもしれないし。
対象に同じだけのダメージを与える、かもしれない。
しかし後者だった場合、効果が及ぶ相手が多いほど、一人当たりのダメージが低くなるんじゃないのかと。
地面を通しての攻撃、ということは地震による振動のダメージみたいなものだろう。だとしたら、振動エネルギーによる攻撃なのでは? そしてエネルギーなのだから、総量があるのは当然。
それを対象ごとに割り振るとしたら、十分にあり得るのではないか? いや、むしろそれが自然だろう。
そしてもしそれが当たっていた場合、範囲内の必中攻撃という効果は、むしろこちらに有利に働く。
発動寸前に効果範囲に大勢で飛び込めば、被害を最小に抑えることができるのではないか?
もし違ったら、無駄に受ける人数が増え、窮地に追い込まれる可能性があった。試すのならば、この最初の一回しかない。その目論見は、見事大当たりだったようだ。
ダメージが分散したおかげで、皆のダメージは少ない。また、これには装備も関係している。
皆の耳に着いたピアスや、指輪。ネックレス、チョーカー。各種アクセサリ。これは俺とペロたちが作った地属性ダメージを抑えるアイテムだ。
属性耐性を揃えた上で、スキルの性質を逆手に取ったのならば、この結果も不思議ではない。
これでグランドスタンプの攻撃をほぼ完封した。そうなると、奴に取れる手段は少ない。
『――尻尾が来ます! タンク部隊! 防御態勢!』
グランドスタンプの僅かな挙動を察知し、マサ君の指示が飛ぶ。
その指示に応え、最初に動いたのは――川辺だ。
「――やれるもんならやってみろやデカブツ!」
川辺が半ばやけになったような声を張り上げた。赤い【挑発】の光が川辺の身体を包み、その光に気を取られたグランドスタンプが、ギロリと川辺を睨む。
「あああぁぁぁあああ……や、やっぱり怖ぇ……ッ! めっちゃ逃げたいんすけど……!」
「ああ、分かるよ。だがお前は一人じゃねぇ」
「おお、皆でやればなんとかなる。余裕がある今の内に慣れろ」
「そうっすよね……。ああもう、やるっきゃねぇええええええ!」
全員に余裕がある序盤だからこそ、まだミスが許される。だからこその川辺だ。
川辺が立ったのはグランドスタンプの左後方。ちょうど尻尾を振れば薙ぎ払える場所。
グランドスタンプにとっては絶好の位置にいる川辺に、尻尾の横からの薙ぎ払いが振るわれる。
【尾鞭】。尻尾を持つ魔物が持つ、わりとよく見かける攻撃スキルだ。
通常攻撃の範疇だが、しかし、グランドスタンプのサイズから放たれるそれは必殺の一撃になりかねない。
巨大な尻尾での、スキルによる横薙ぎ。巻き込まれれば一溜りもない。しかし、その巨体だからこその穴がある。
長い尻尾は、逆に足元を攻撃しづらい。ゆえに尻尾の攻撃を後方で誘発させ続ければ、前衛部隊はより安全に攻撃し続けることができる。
あとは、タンクがそれを乗り越えることができれば……!
「ファイットォオオオオオオオオオオ!」
「「いっぱあああああああああああつ!」」
川辺の叫びに、他の二人が応える。実はあいつ余裕があるだろ……。
俺が疑いの目を向ける中、三人は横並びで大楯を構え、その一撃を完璧に受け止めた。
バッファーによる個別バフ。七緒ちゃん、マサ君による範囲バフ。そして小鈴ちゃんの驚異的なバフ飯効果。
バフがガン盛りされているとはいえ、風が唸る音が聞こえるほどの勢いで振るわれた、巨大な尻尾による横薙ぎの一撃。それを完璧に防ぎ、受けきった。
交通事故もかくやといった衝撃音に、見ているこっちが震えてくる。しっかりとガードしたとはいえ、盾越しにダメージは入っているだろう。
だが、三人は無事だ。苦しそうな表情を浮かべるが、負けじと闘争心を燃やしている。
しかし、攻撃は一度で終わらない。グランドスタンプは尻尾を戻したかと思えば、今度はしならせて高々と空へと持ち上げる。
「――振り下ろしだ! 全力で散開!」
「わっかりましたー!」
隣の人の指示に従い、川辺は横の方角へと必死に走る。そうして三人はそれぞれバラバラに逃げた。
川辺がえっほ、えっほ、と重い身体でドシドシ走っていると、元いた地面に向かってズドンと尻尾が振り下ろされた。もし受けていれば……と想像するだけで背筋が寒くなるが、完全に回避しきったのだ。
無事に振り下ろしの一撃を避けた三人は、また集まって横並びに。そして再度尻尾の攻撃に備える。
横の尻尾は壁になって受け止め。振り下ろしは全力で退避。ダメージを最小限に抑えながら、川辺はタンクとして完璧な動きを見せた。とはいえ、全く消耗が無い訳ではない。五度【尾鞭】を振るわれた時には、さすがに限界が近かった。
「――よし! よくやった川辺! 代われ! 【挑発】!」
「おぉおおおぉぉぉ……あ、ありがたいっ……!」
次はタケさんのチームが、川辺とすれ違うように場所を変わる。
タケさん達はまた同じように尻尾の攻撃を受け止める。しかし、やはり経験の差か。川辺以上に完璧に抑え込んでいた。さすがタケさんだ。
そして、タケさんが凄いのはこれだけじゃない
「【聖域展開】!」
傷ついたタケさんがスキルを使うと、白い光で全身が包み込まれた。その光はどんどん広がり、横の二人まで包まれた所で止まる。
タケさんは〈聖戦士〉。〈戦士〉系のジョブが光属性の方向へ進むとなる上位職らしい。
その特徴は光の加護による身体強化に加え、回復スキルまで備えている。しかもそれを周囲の仲間に与えることもできる。
タンクとして理想的な能力と言えるだろう。光り輝きながら戦うタケさんは、まさしくパラディンだ。
……光り輝くタケさん。
……シャイニング郷田。
「シャイアン……」
「まさにあだ名の通りか……」
「聞こえねぇけど何を言ってるかは分かるぞてめぇらー! あとでしばくからな!?」
さ、察しが良すぎる。
まさにその通りだから、俺も伊波も何も言い返せない。
戦いに集中しているうちに、忘れていることを祈ろう。
しかし、タンク組の動きは完璧だ。疲労で動けなくなる前に、今度は世永さんのチームと交代。そして世永さんもまた、タケさん以上にどっしりと構え、グランドスタンプの尻尾による攻撃を防いでいる。
時折、【地鳴踏】と【大咆哮】を繰り出すが、それにも皆で完璧な対応をしている。
敵の攻撃に合わせ、自分達の動きを変え、動きがパターン化する。
――完全に安定行動に入った!
「マサ君、これは行けるんじゃない?」
「はい、同意見です。『後衛部隊! 再度攻撃開始! ただしやりすぎないように! あくまでタンクの動きを乱さない範囲で!』」
ここまで安定しているなら、よほどの攻撃を加えない限り、タンクから狙いが剥がれることはない。ここから更に後衛部隊の削りが入れば、いよいよ本格的に攻略が見えてくる。
「よし、僕も頑張るか。」
「おう、頑張れ。……いや、ほどほどにな! やり過ぎてしくじるなよ!?」
「ふっ、心配しないでも大丈夫さ。MMOで鍛えたダメージコントロールがあれば、そんな初歩的なミスを犯すことはない」
自信満々で伊波はまたシュバルツに乗り、後衛部隊の元へと帰っていく。頼もしい返事ではあるんだが、あいつのスキル構成上、マジでやり過ぎる可能性があるんだよな。不安でしかねぇ。
しかし、意外にも伊波は自分を抑えることに成功したようだ。
周りの人間と歩調を合わせ、適度な【魔術】を放っている。大量の遠距離攻撃により、グランドスタンプの表情はさらに苦い物へと変わった。
とはいえ、それはタンク組の【挑発】を剥がすほどの痛みではない。だからこそ、今も体に走っている毒のように、更にジワジワとその体力を削っていった。
脚を攻撃し続ける前衛部隊。安全地点から削り続ける後衛部隊。タンクが万全な限り、この体制は崩れそうにない。
とはいえ、タンクもまったくミスが無い訳ではない。
時折限界を迎え、動きが鈍くなる時もある。しかし、それをカバーできる存在がいる。
「――ピュイイイイイイイイイイイイイ!!」
執拗な【尾鞭】の連続攻撃でタンクが崩れかけた時、復帰の時間を稼ぐように、ピーちゃんの【飛鳥】がグランドスタンプの頭部を撃ち抜く。
26層で生活しているうちに高まったレベルは、その一撃でフィールドボスを怯ませるほどに育っている。自傷ダメージで一度使ったら退がらざるをえないが、その一撃は真帆さんのそれに迫る。
それすらも耐えて、グランドスタンプは尻尾を振るう。が、チヨちゃんとマルがそれを許さない。タンクの交代が間に合わないと判断した時、二人のコンビネーションでその時間を稼ぐ。
「マル、皆を守って!【守護命令】!」
「ウワオオオオオオオオン!!」
マルがタンクの元に駆け付け、攻撃を受けるタイミングで防御特化のチヨちゃんのスキルが発動する。防御行動に補正をもたらすスキルは、マルの【守護領域】によるバリアをより強化した。
一度だけとはいえ、マルのバリアはグランドスタンプの尻尾攻撃を完全に防ぐ。その間に体勢を整え、タンクは立ち上がる。
そしてマルは守るだけに飽き足らず、アタッカーとしての動きも見せた。
「――ウォオオオオオオオオン!」
その丸っこい体躯から想像もできないような速度で、一番近くの足に飛び込む。そして刻まれた足の肉にかぶりつくと、ブチリと嚙み千切ってまたチヨちゃんの元へと戻っていく。
ゴクリとその肉を飲み込むマルは、なんとも幸せそうな表情だ。そして、その身体がまた光る。【飽食余力】、そして【捕食強化】が発動した証だろう。
見れば、耐久方面のステータスがかなり上昇している。防御面の強いフィールドボスの肉だ。当然と言えば当然か。
そしてこの場面において、その数字が上がるのはありがたい。より強固になったマルならば、これからも完璧に抑え込んでくれるだろう。
「カハハハハハッ! やるじゃねぇか獣ども! 俺も負けてらんねぇなあ!」
そんな二匹の活躍に当てられたのだろうか。トシさんは斧をナイフに持ち替え、グランドスタンプに飛び掛かった。そしてナイフをピッケル代わりに使い肉に突き刺し、その身体を登りだす。
「嘘だろ。拝賀君ならともかく……」
「スキルなしでそれをやってしまいますか。なんて無茶な。とても真似しようとは思えませんね」
俺だけじゃなく、マサ君でも表情が引き攣る。
アホかと呆れている間に、いつの間にかトシさんはグランドスタンプの背に乗っていた。
「はっはー! ここならもっと好きに切り刻めるぜえぇえええええ!」
トシさんは狂暴な笑みを浮かべ、また片手斧に持ち替える。そして首の付け根に向かいながら、その背にひたすら斧を振り下ろし続けた。
踏み潰されることを警戒する必要のない分、攻撃に集中できる。まるで高速で畑仕事でもしているかのようだ。ただし、耕しているのは魔物の背中という。
あのまま首まで辿りつき、首を落とせるというなら、そのダメージは計り知れないものになるだろう。
「ふっ、まるでガキね」
「だが、こっちも負けてられんな」
「首より先に、まずは足を切り落とす!」
トシさんの無茶な動きに当てられてか、前衛部隊の動きがより苛烈になる。特に目立つのはやはりミライさん、兵藤さん、真帆さんか。
背中に乗るトシさんが鬱陶しいだろうに、グランドスタンプは足を上げるのも辛そうにしていた。着々と自分が死に向かっている恐怖に、焦りを覚えているだろう。
完璧だ。ここまで完璧な流れできている。
タンクが攻撃を引きつけ、それを援護するピーちゃんとマルの動き。
囮となったタンクを信じての、前衛部隊と後衛部隊の攻撃。
そして、それら全員をさらに援護する援護部隊の働き。
敵の動きすらも取り込み、全てが予定調和のように進んで行く。いや、なんだったら想定以上に順調に攻め続けている。
このままであれば、間違いなく勝てる。そう確信できた。
しかし、そう簡単には終わらないからこそ、フィールドボスなのだろう。
成長するのは人間だけではない。魔物もまた、窮地において成長するのだ。




