7. 辿れない記憶
「……おい、どういうことだ、アレン」
眉間のシワを深くさせたグレンさんが口を開く。
「わたしは、この国の……この世界の、人じゃ、ない……?」
ガンと強く殴られたような衝撃がわたしを襲った。
口の中で、頭の中で、アレンさんの言葉を反芻する。
アレンさんの言葉は聞き取れた。
でも頭が追いつかない。
「はい……しっかり調べてみないと断定はできませんが。先程サクラさんに翻訳魔法を使ったときも、魔法陣で移動したときも、サクラさんだけ魔力の流れが違っていたんです」
アレンさんは魔法を使うこと以外に、魔力の流れを読み取ることにも長けていて、魔法と接した人の体の周りや中を巡る魔力を感じ取ることができるんだそう。
でも、わたしの場合は……。
「エイルメーアにも魔力を持たない人は存在します。でもサクラさん、あなたはそういった人たちとはまた違う魔力の流れを持っています」
言葉を選ぶようにアレンさんが続ける。
「もう少し詳しく言うと……あなたの中から魔力に対する反発のような力を感じるんです」
魔力への……反発……?
もしかして、あのチリッとした感じのこと……?
わたしは思わず、自分の手を握りしめていた。
「お前それ……本気で言ってんのか……」
訝しげな口調のグレンさん。
「はい、以前読んだ文献に一度だけ、“異なる世界”からきた人のことが書いてあったんですが、今のサクラさんの状況と完全に一致しています」
机の上にバサッと大きな紙を広げたアレンさん。
真ん中あたりをトントンと指差す。
これは……地図?
「念の為ですが……ここが今いる国、エイルメーアです。この地図の中で、どこか見覚えのある形の国や地域はありますか?」
アレンさんに促されて地図をじっと見る。
……文字、やっぱり読めない……。
それでも何かわかることはないかと、エイルメーアから遠く離れた場所まで見てみる。
「……ごめん、なさい……」
ここから先は、二人の会話を横で聞くだけになってしまった。
外の世界から来た人……。
何の前触れもなく現れる。
この世界のどの国や地域のものでもない容姿や言葉。
失われている記憶。
魔力と馴染みにくい体質。
ちなみにこの世界ではその国独自の言葉の他に「共通語」というものがある。
それを使えば他国他地域の人とも、ある程度は意思疎通が可能だそう。
正直、すぐに理解はできなかったけど、驚きはそこまで大きくなかった。
わたし、ここではなんだか自分が、ものすごく異質な存在な感じがしていたから。
周りの人たちがおかしいんじゃない、わたしが……。
「──……い、……おい」
「……え、あっ……はい……?」
「どうした、ボーっとして」
「大丈夫ですか、サクラさん。……すみません、急に変なことを話してしまいましたね」
こちらを覗き込むようにする二人にハッとする。
「すみません、大丈夫です……ええと……?」
「……無理すんな」
「サクラさんが森にくる前、どんなところにいたのか、何をしてたのか、覚えていることはありますか? わかる範囲で結構です」
ええと、わたし……どこから……?
きゅっと目を閉じ、膝に置いた手を握り締めて、記憶を辿る。
竹林……そう、竹林が、あって……。
夜空を見上げて、歌を……大きな鳥居と奥まで並ぶ石灯籠、朱色の風車……。
「あの……この世界の月は……いくつですか……?」
質問の意図が理解できなかったであろうグレンさんが眉根を寄せる中、アレンさんが静かに言う。
「夜空の月、ですか? ……二つですよ」
……やっぱり。
「わたしの、世界……月は一つです。あと、家や建物は木でできていて、高い建物はなくて……火や月を見るための櫓くらい……あとは……」
うまく言葉にできないけど、伝わっただろうか。
グレンさんは頭をガシガシと掻きながら聞いている。
アレンさんは労うような微笑みをわたしに向け、小さく頷いた。
「ありがとうございます、よく話してくれました。ちゃんとわかりましたよ」
「あの……家とか、家族のこと、思い出せないんです……」
それを聞いたアレンさんが記憶を読む魔法を使って調べようとしてくれたけど、バチッと音がして手が弾かれてしまった。
「ご、ごめんなさい、アレンさん! 大丈夫ですか……?」
「ありがとうございます、大丈夫ですよ。こうなることは予想していました。文献にも同じように“記憶を辿ることができない”とされていたので」
しかしこれでは、もともと記憶が失われていたのか、何らかの原因でエイルメーアにきたときに記憶を失ったのか、わからない。
それでも「ただの迷子ではなく、異世界からきた人間」というのはほぼ確定した。
わたし、これからどうなるんだろう……。
「ガブリエル魔術師団長は会議中なので、私の方から報告しておきます。バルタザール騎士団長には、グレンから報告をお願いします。それから、グレン……」
「ハァ……ったく、仕方ねぇな……」
「この件について、私の方でも調べておきます。何かわかればお伝えします」
こうしてわたしたちは、何かを得たのか、何も得られなかったのか、アレンさんに見送られて魔術師塔を後にすることになった。
グレンさんは今日、非番というものらしい。
基本的には休みだけど、何かあったときのためにこの街からは離れてはいけないんだそう。
わたしはグレンさんに連れられて市場に向かっている。
服とか靴とか、他にも生活するのに必要なものを買ってくれるって。
「グレンさん……でもわたし、お金持ってない……」
不安になって見上げると「ガキがいらねぇこと心配すんな」と無愛想な声が降ってきた。
それから「“さん”はいらねぇっつっただろ」とも。
そっぽを向いたままガシガシっと頭を撫でられる。
さん付け、いらないの?
呼び捨てにするなんて……。
歩いていると、グレンさ……グレン、の頭の辺りに光の粒がいくつか浮いている。
「あの……グレ、ン……それ、何?」
うわぁ……違和感がすごい……。
名前を呼び捨てにしただけで、胸の奥がむず痒くなる。
「あ? ……この光のことか? これは光珠。魔力が集まってできたもんだ。珍しくも何ともねぇ」
「森でも見たけど、これ……危なくない……?」
「気になるなら触ってみろ。無害だ」
恐る恐る手を伸ばすと、光の粒は静かに消えてしまった。
熱くも冷たくもない、不思議な光。
提灯の火とは全然違う……。
そっか、この国では当たり前に存在して、常に見えてるものだから、誰も気にしないんだ。
一つ謎が解けた、と小さな喜びを感じると、私の近くに浮いている光珠の光が強くなった。
何で強く光ったの? とグレンを見上げようとしたとき、聞き覚えのある声が耳に飛び込んてきた。
「おーい! グレン! サクラ!」
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
最後の「おーい!」は……そう、“彼”です。
サクラの元気なところもお見せできたらと思います。
また次回、お会いできますように。




