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2. 干し果物の甘さ

わたしは今、馬に乗ってどこかへ向かっている。

どこへ向かっているかはわからない。


ただ、馬の歩く音だけが耳に残る。


……負けました。

いや、わたしが勝手に心の中で賭けていただけなんだけど。

言葉が通じないって、ほんと厄介。


確率は二分の一だった。


馬に乗るか、乗らないか。


レオンさんの話し方や表情を見ながら「傷は痛むか? 馬に乗るか?」と聞かれているのだと思い首を横に振ったけど、違ったらしい。


わたしが首を横に振るのを見たレオンさんはグレンさんと何か話し、ビシッとグレンさんを指差した。

一瞬の間の後、ハァ……と溜め息をついたグレンさんはわたしを持ち上げ、ひょいと馬の背に。


いきなり景色が変わる。

初めて乗る馬の背は想像以上に高くて、どこに体重をかけて乗ればいいのか、よくわからない。


わたわたと慌てるわたしにグレンさんは短くぶっきらぼうな口調で何か言うと、軽々と馬に跨った。

心臓がバクバク鳴って、思わずグレンさんの腕にしがみつく。

わたしの後ろに座ったグレンさんは、片腕でわたしを支えながら反対の手で手綱を握り馬を操る。


グレンさんとレオンさんが時折何か話すのをどこか遠くに聞きながら、少し周りの景色を見てみる。

大きな木が少なくなると、圧迫感がなくなってきた。


人里に近くなっているのかな?


森を抜けると一気に視界が開ける。

目の前に広がるのは、わたしが知ってるどんな場所とも違う世界。

そよそよと吹く風の匂いは竹林のそれと全然違う。

草の葉が風に揺れ、ところどころで白や黄色の小さい花が咲いている。


……穏やかだなぁ。


草原の向こうにある何か大きなものを指差してレオンさんがわたしに何か言う。

あそこに向かう、ってことなんだろうな。


馬を進めながらわたしを指差すレオンさん。

それを聞いたグレンさんがわたしに何か質問するけど、やっぱりわからない。

でもわたしは学んだんだ。

ここで下手に頷いたり、首を横に振ったりすると、思いもよらないことになる可能性がある。


それでも無視するわけにはいかないし……と曖昧に首を傾げると、わたしが困っていることに気付いてくれたらしい。

ゴソ、と腰の布袋から何か取り出したレオンさんが、グレンさんに軽く何か投げる。

一瞬手綱から手を離したグレンさんが受け取ると、わたしにそれを見せてくれた。


……これは何だろう、果物?

見たことない形……干した果物、かな。


わたしの頭のほぼ真上にいるグレンさんを見上げる。


グレンさんは短く何か言っただけで、馬を進める方向に視線を戻してしまった。

すかさずレオンさんがわたしに何か言いながら、手に持った干し果物を食べる真似をして見せる。


食べていいよ、ってこと?


とりあえず鼻を近付けてみると、甘い匂いがする。

恐る恐る、ちびっと齧ると、しっとりした実から優しい甘さを感じた。


美味しい……美味しい……。

わたし、お腹空いてたんだ。


わたしの拳くらいの実をあっという間に一つ食べ切ると、グレンさんも無言で同じものをくれた。


やっぱり美味しい、甘い。


嬉しい気持ちが広がって、強張っていた体から少しだけ力が抜ける。


二つ目の干し果物を食べ終わったところで目的地に到着したらしい。

森を抜けた草原から見えた“何か大きなもの”。


何か大きな、なんてものじゃなかった。

どれだけの時間と労力をかけて作られたのか想像もつかないくらい大きくて立派な石の壁が、ずーっと遠くまで続いている。

ところどころ、石が陽の光に照らされてキラキラと光っている。

こんな大きくて高い石の壁、見たことない。

重厚な門には紋章のようなものが彫られていた。


門のそばに立つ、グレンさんやレオンさんの鎧と似たものを着ている男の人たちが、こちらに気付く。

姿勢を正したその人たちを見ると、目が合った。


きっとこの人たちにも、言葉は通じないんだろうな。


馬に乗ったままグレンさんが何か言うとサッと道を開けてくれて、門の中へ入る。


中は、すごかった。

何ていうか、まず言葉を失った。


活気がすごい。


真っ直ぐ伸びる石畳の大きな道。

両側にびっしり並ぶ建物の屋根は赤や緑の瓦で、窓にはキラキラした硝子がはめ込まれている。


わたしが呆然と眺めているうちにグレンさんは馬から降りて、次にわたしをゆっくり降ろしてくれた。

カロン、と石畳の上で下駄が軽やかな音を立てる。

レオンさんも軽やかに馬から降りると、グレンさんが馬たちを預ける場所にいくのを見て自然にわたしの隣に。


ここから先は歩いていくらしい。


大通りを真っ直ぐ進むと、左右に露店や屋台が並ぶ市場になっている。


色とりどりの野菜や果物。

吊るされた干し肉。

瓶に詰められた香辛料。

綺麗な鱗の魚。

それにあれは……焼き立ての麦餅、かな?


あと、よくわからない、キラキラした石。

青や赤の綺麗な石もあれば、黒っぽい石の中に色のついた石が混ざったようなものもある。

その石を加工したであろう装飾品も並んでいた。


そして人もたくさん。

肌の色も髪の色も様々だ。

色とりどりの服を着た人や馬車を引く人、大きなかご持った人が楽しそうに何か話している。

左右からは客を呼び込んでいるであろう元気な声が聞こえた。


わたしと同じような服を着ている人は……見当たらない。


グレンさんは無言で、レオンさんはたまに店の人に笑顔で話しかけながら、わたしを真ん中に挟んで市場を進む。


キョロキョロしながら歩いていたわたしは、ふと視線を上げた。


街並みの奥に何かとんでもなく大きな建物が見える。

わたしの世界のどんな家とも違う。

空を突き刺すようにいくつも建つ、石でできた高い塔。

屋根は今見上げている空と同じ青い色。

陽の光を跳ね返して目がチカチカする。

壁には繊細な彫刻がびっしり。


こんなの、どうやって作ったんだろう?

人が住むところ?

それとも神様の家?


なんだか近付いたらダメな気がして、怖くなってきた……。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

森を抜けたサクラと一緒に、異世界の空気を感じていただけたら嬉しいです。

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