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矢は前に布陣する邪馬台国の歩兵部隊を越えて、遙か上空へ白い霧を放ちながら、風を切る。
太陽に吸い込まれるように、弧を描きながら舞いあがる。
矢はやがて、引力にひかれ垂直に落ちた。
落ちた場所は、輿に乗る狗奴国の指揮官の目の前に、矢は霧の飛沫をあげながら地に突き刺さった。
指揮官は驚き、顔は青ざめる。
次の瞬間、怒号をあげ兵に攻撃を下知する。
自分は、身の安全を確保するため、後ろへとさがる。
思いがけない形で、戦がはじまった。
狗奴国の軍勢が一斉に動き出したのを見て、将軍難升米は相手に合わせ、兵を動かす。
広大な平野にて両軍が激突し、予想外の白兵戦が繰り広げられる。
蘇奴国王、蘇邑はようやく始まった戦いに、胸を撫でおろすと、瞳に復讐の炎を燃やし、密かに自国の兵を動かす。
彌眞は余波に追いつくと、走りながら力任せに彼を殴りつけた。
拳が頬にめり込み、彼は弓を手放すと、吹っ飛んで倒れる。
彌眞は仰向けに倒れている余波の腹に馬乗りになると、顔をくしゃくしゃにして、彼の襟首を持ち、何度も揺らす。
「何て事をするんだ」
襟首を締めあげる。
「あなたは仲間を、今までさんざん見守ってくれた大切な人を殺そうとした」
「・・・・・・」
余波怒りの真っ赤な顔が、いつもの青白い顔へと変わる。
彌眞から顔を背ける。
彌眞は、両手に力を入れ余波を揺らす。
「わかってんのか!」
彌眞の大粒の涙が、余波の頬に何度も落ちる。
「・・・私は、何もしていない」
余波は怯え、泣きじゃくり呟く。
彌眞は、余波をもう一発殴った。
「どうして、そんな事が言えるんだ!」
「私は知らない。みんなあいつが悪いのだ。あいつが・・・あいつがあんな事を言うから」
彌眞は余波の襟首を掴みなおし、持ち上げ自分の顔を彼の顔に近づけると、
「あなたは・・・」
「もういい。やめろ・・・戦ははじまった。いくぞ」
追いついた夜邪狗は彌眞がそれ以上言うのを遮って、戦いに赴くよう促す。
彌眞は静かに両手を緩め、馬乗りを外し、溢れる涙を拭うが拭っても涙が止まらない。
悲しい目で余波をしばらく見つめていたが、意を決して振り返り、弓を拾うと、二度と彼を見ようとはせず、夜邪狗の隣に行き行軍に従う。
余波は行軍する兵の波の中、顔を腫らし打ちひしがれる。
弥奴国の従者たちは、彼を侮蔑の表情で見下すと、弓隊の行軍に従う。
最後尾にいた年長者だけは負傷した肩をおさえて、余波に駆け寄る。
余波は身体の痛み、惨めさと悔しさで、大声で泣いている。
彌眞は後ろ髪ひかれる思いを懸命に断ち切り、ただ真っすぐ前だけを見た。




