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88/108

88

 矢は前に布陣する邪馬台国の歩兵部隊を越えて、遙か上空へ白い霧を放ちながら、風を切る。

 太陽に吸い込まれるように、弧を描きながら舞いあがる。

 矢はやがて、引力にひかれ垂直に落ちた。

 落ちた場所は、輿に乗る狗奴国の指揮官の目の前に、矢は霧の飛沫をあげながら地に突き刺さった。


 指揮官は驚き、顔は青ざめる。

 次の瞬間、怒号をあげ兵に攻撃を下知する。

 自分は、身の安全を確保するため、後ろへとさがる。


 思いがけない形で、戦がはじまった。

 狗奴国の軍勢が一斉に動き出したのを見て、将軍難升米は相手に合わせ、兵を動かす。

 広大な平野にて両軍が激突し、予想外の白兵戦が繰り広げられる。


 蘇奴国王、蘇邑はようやく始まった戦いに、胸を撫でおろすと、瞳に復讐の炎を燃やし、密かに自国の兵を動かす。



 彌眞は余波に追いつくと、走りながら力任せに彼を殴りつけた。

 拳が頬にめり込み、彼は弓を手放すと、吹っ飛んで倒れる。

 彌眞は仰向けに倒れている余波の腹に馬乗りになると、顔をくしゃくしゃにして、彼の襟首を持ち、何度も揺らす。


「何て事をするんだ」


 襟首を締めあげる。


「あなたは仲間を、今までさんざん見守ってくれた大切な人を殺そうとした」


「・・・・・・」


 余波怒りの真っ赤な顔が、いつもの青白い顔へと変わる。

 彌眞から顔を背ける。

 彌眞は、両手に力を入れ余波を揺らす。


「わかってんのか!」


 彌眞の大粒の涙が、余波の頬に何度も落ちる。


「・・・私は、何もしていない」


 余波は怯え、泣きじゃくり呟く。

 彌眞は、余波をもう一発殴った。


「どうして、そんな事が言えるんだ!」


「私は知らない。みんなあいつが悪いのだ。あいつが・・・あいつがあんな事を言うから」


 彌眞は余波の襟首を掴みなおし、持ち上げ自分の顔を彼の顔に近づけると、


「あなたは・・・」


「もういい。やめろ・・・戦ははじまった。いくぞ」


 追いついた夜邪狗は彌眞がそれ以上言うのを遮って、戦いに赴くよう促す。

 彌眞は静かに両手を緩め、馬乗りを外し、溢れる涙を拭うが拭っても涙が止まらない。

 悲しい目で余波をしばらく見つめていたが、意を決して振り返り、弓を拾うと、二度と彼を見ようとはせず、夜邪狗の隣に行き行軍に従う。


 余波は行軍する兵の波の中、顔を腫らし打ちひしがれる。

 弥奴国の従者たちは、彼を侮蔑の表情で見下すと、弓隊の行軍に従う。

 最後尾にいた年長者だけは負傷した肩をおさえて、余波に駆け寄る。

 余波は身体の痛み、惨めさと悔しさで、大声で泣いている。

 彌眞は後ろ髪ひかれる思いを懸命に断ち切り、ただ真っすぐ前だけを見た。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 思いがけない理由で開かれた戦端、現代ならば軍法会議ものとなる余波さんの行いに、裁きを加える彌眞さん。 多少の溜飲が下がるのを感じつつ、戦場には因縁の相手。 盛り上がりどころですね。 […
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