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「やはり・・・見か、まぁ、当然だろう」
両軍は対峙したまま、時だけが過ぎている。
蘇奴国王、蘇邑は隣に控える副官に声をかけた。
「はい。邪馬台国は我らの出方をうかがい待つが得策でしょう。狗奴軍、我が軍ともに相当疲弊しております。しかも初秋というのに今日は、この炎天下」
副官は自軍の状況を判断し答える。
「そうであろう・・・な」
蘇邑は胸元の鏡片を見つめ、自嘲し笑う。
「邪馬台国の勝利は揺らがぬか」
「・・・・・・」
副官は無言で俯く。
「だが、ただでは勝たせん!」
込み上げる激しい怒りを瞳にたたえ、邪馬台国軍を見つめ続ける。
「しかし、ようやくここまで来たのに。何だ!あの狗奴国の指揮官は、邪馬台国の軍勢に怯え、尻込みしてしまい、何も出来ないではないか」
蘇邑は溜息にもとれる息を吐き、
「狗奴国王もとんでもない奴を指揮者にしてくれたな。今までは数で圧倒し、憎き邪馬台の手下のクニグニを蹴散らしてきたから、気づかなかったが・・・、よくまぁ、あんな無能な臆病者を・・・」
蘇邑は現状を憤慨する。
「確かに、我らはこのままでは戦わずして、邪馬台国に引導を渡されてしまいます」
副官の顔に焦躁が見える。
「何とか、狗奴が戦端を開いてもらわない事には・・・な」
「しかし・・・」
「ああ、だが、我々はまだ動いてはならん。邪馬台国・・・いや卑弥呼に復讐をする為には是が非でも力を温存しとおかねばならぬ」
蘇邑はそう言うと、自軍の状況に苛立ち、親指を噛むと思案を巡らせる。
戦の前の形容しがたい張り詰めた静寂が、邪馬台国軍を包み込んでいる。
彌眞は額から流れ出す汗を拭うと、カラカラに乾いた喉元を抑え、夜邪狗を見た。
夜邪狗は腕を組んだまま、眼前の敵、狗奴国軍を睨んだまま、微動だにしない。
彌眞もそれに倣い、辛いのを堪え、腕を組むと遠く隔て対峙する敵を集中して見つめる。
余波は、初めての戦の緊張と暑さで、へたり込んだまま、うな垂れている。
しばらくの間、辛さで話す気力もなかったが、思い出したかのように、熱さで元々の色白が真っ赤になった顔を上げると、
「まだか・・・まだ始まらんのか」
と、肩で息をしながら愚痴る。
年長者は、そんな余波を厳しい表情で見ると、二度三度と首を振って、我慢するように促す。
彼はその態度が気に障り、年長者を睨みつけると、
「何だ。その顔は」
「余波様・・・」
「お前は、何様のつもりだ」
「・・・・・・」
「なんとか言え!」
年長者はついに堪忍袋の緒が切れ、
「いい加減にしてください!」
と、毅然と言い放つ。
「・・・何だと」
信じられない年長者の抵抗に、余波は驚きを隠せず呟き、
「何だと」
今度は年長者に聞こえるように言い、
「何だとっ!」
と、叫ぶ。
余波の奇声に兵士達が一斉に彼らを見つめる。
彌眞は、突然起こった喧騒に何事かと振り返ると、余波と年長者の周りにぽっかりと出来た空間にただならぬ気配を感じた。




