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09:それぞれの困惑

 教会前の広場は聖女を迎えた時同様多くの人が集まり、間もなくという聖女の出立を待っていた。人々は広場の中心に停まった馬車に手を振り、感謝と別れの歓声を送る。

 馬車の中では窓から顔を出した聖女が歓声に向けて手を振り、別れを惜しんでいた。聖女の向かいに座るアルカがその姿を眺めていると、馬車の扉を叩く音がする。



「医務部長おー、持ってきましたあー」



 次いで聞こえたその声に、アルカは立ち上がりそちらへ向かうと扉を開けた。

 そこに立っていたのは、小瓶を持ったバックだ。



「ありがとバック」



 アルカは一言感謝の言葉を告げるとそれを受け取ろうと片手を差し出す。しかしバックはすぐに渡そうとせず、にやりとした笑みをその顔に浮かべた。



「医務部長、やっぱり馬車酔いしたんすね」



 明らかにこちらをからかう意図のあるそれに、アルカは眉をひそめるとバックをぎろりと睨み付ける。



「やっぱりって何」

「いやだって、医務部長研究室に引きこもってばっかりだから、馬車なんか乗り慣れてないんだろうなーって思ってたんで」

「だから引きこもってない、仕事してるんだって言ってんでしょうが」



 聖女の前なので音量は控えめに、しかし威圧するようにアルカがそう言い返す。次いでさっさとよこせとばかりにずいと差し出した手を前に出せば、さすがにアルカの怒りが伝わったのかバックは「すいません」と言いながら素直に小瓶を渡した。



「ほら、もう出発するんだから、さっさと戻る」

「へえい、んじゃ医務部長、お大事に」

「もう酔ってないって……」



 呆れたようにアルカがそう言えば、バックはへへと笑って扉を閉めるのだった。

 扉に向ってため息をつくアルカの後ろで、ふふと笑う声がする。アルカが慌てて振り向くと、座席に座った聖女がこちらを見て笑っているではないか。



「あ、すみません、聖女様の前でみっともない会話をしてしまって……」

「ううん気にしないで、アルカはバックとも仲がいいのね」

「いえ、仲がいいというものでは……」



 そう否定をしかけた時、ラッパの音が鳴った。出発の音だ。

 アルカが慌てて座席に座るのと同時にファンファーレが終わり、馬車はがたんと揺れて動き出す。ほっと息をついたアルカが聖女へ目を向けると、聖女は再び窓の外へ顔を向け別れを惜しむ群衆へ向けて手を振っていた。

 この間にとアルカは小瓶の中身をあおった。一瞬で口の中に苦みが広がり、予測していたとはいえその強烈な苦みに思わずアルカの顔がゆがむ。

 小瓶の中身は酔い止めの薬だ。効能を優先したためか、自分で作っておきながらなんとも苦い味に仕上げてしまったものである。効き目さえあればそれに越したことは無いだろうと味には無頓着だったが、なるほど自分が服用する側になって初めてわかることもあるものだ……。未だ口の中に残る苦みに苦しみながら、アルカはそう反省をした。



「あら、なんて顔してるのアルカ」



 その顔が聖女に見つかり、驚いたようにそう言われてしまう。アルカが恥ずかしげに「酔い止めの薬が思った以上に苦くて……」と言えば、聖女は「まあ」と言ってわきに置いてあったクッションをひとつ持ち上げた。そうしてその下にあったクッションの隙間に手を突っ込んでごそごそしたかと思うと、聖女はそこから何かを取り出してアルカに差し出してくる。



「はい、お口直しにどうぞ」

「あ、ありがとうございます」



 アルカが受け取ったそれは透明な袋に包まれた、ピンク色の飴玉だった。突然出てきたそれに驚くアルカに、聖女はふふと笑う。



「ここに甘いものを少しだけ隠しているの、スタッグには内緒よ」



 そう言って人差し指を唇の前に立てて見せる仕草はなんとも愛らしく、思わず笑みがこぼれてしまうようではないか。アルカは小さくあははと笑うと、「わかりました、内緒にします」と答えるのだった。

 そうしてアルカが受け取った飴玉を口に放り込むと、聖女は「話を戻すけれど」と前置きをして話し始める。



「バックとは、仲がいいというのとは違うの?」

「ああ……ええと、バックはただの、手のかかる部下ですから、仲がいいというわけでは」

「そう……じゃあ、スタッグは?」

「えっ」

「スタッグとは、仲がいい?」



 聖女にそう聞かれ、アルカは驚いて言葉を詰まらせてしまう。

 しかし聖女はアルカが驚いたことなど気にせずに、何を期待しているのかわくわくした顔で答えを待っている。その顔を見てしまえばあまり答えを待たせてしまうわけにもいかず、アルカは考えながら必死に言葉をくり出した。



「ええ、っと、スタッグ隊長は、上司、ってわけでもないですけど、でも同僚ってほど対等っていうか、フランクな関係でもないし……ましてや友人、とか、言っていいのか……」



 わからない、というのがアルカの正直な気持ちだった。

 それから、スタッグはどう思っているのか、という疑問がアルカの中に湧き上がる。それに気が付いた時、アルカが抱いた感情は、またしても、困惑だった。


――なぜ?


 スタッグがどう思ってくれているのか、などということは今まで考えたこともないことである。それなのに、なぜ今、そんな疑問が湧いたのか。

 その困惑に言葉を無くしてしまっていたことにアルカが気が付いたのは、聖女がふふと笑う声が聞こえたからだった。慌てて謝罪の言葉を述べるアルカに、聖女は柔らかく微笑んだ。



「ううん、スタッグがアルカにとって、一言で表せない存在だってわかっただけで十分だわ」



 聖女の言葉にアルカが不思議そうに「十分?」と繰り返すが、聖女はそれには答えずにただその愛らしい笑顔を浮かべるだけだった。






 次の町へたどり着いたのは、山の向こうへ日が傾き始めた頃だった。

 前の町と同様に教会前の広場に馬車を停め、出迎えた歓声に聖女が手を振りながら司祭に先導されて教会へと進む。アルカは聖女の後ろを歩きながら、時々聖女の前を歩くスタッグの背中に視線をやった。しかしそのたびに先ほどの困惑が頭をちらつき、何とも言えない気まずさにすぐに目をそらしてしまう。それなのにまたしばらくすると、なぜだかスタッグの方へ視線がいってしまうのだった。

 それは聖女が祈りを捧げた後で町の中を歩いて回る間も同様で、ちらりとスタッグに視線をやってはそらし、またちらりと視線をやってはそらすの繰り返しである。

 我ながらなんてうっとうしい……という気持ちはありつつ、アルカはもう一度スタッグにちらと視線を向けた。


 その瞬間、ばち、と視線が合う。


 アルカは思わずひゅっと息をのみ、勢いよく視線をそらした。

 そうしてしまってからしまったと思うが、やってしまったことは取り返せない。アルカは鈍く痛む心臓をぎゅっと掴み、それ以上はスタッグに視線を向けることが出来なかった。



 その一方でスタッグは困惑し、そして眉間のしわをぐっと刻んだ。

 先ほどからアルカがちらちらとこちらに視線を向け、そしてすぐにそらしていることには気が付いていた。それは決して不快ではなく、どこかむずむずするような、そわそわとするような、不思議な心地であった。

 出来るなら不意をついてその視線を捕まえ、この手の中に閉じ込めて離したくないと思ってしまうような……。

 ……いや、違う、そうじゃない。とスタッグは心の中で首を横に振る。そう思ってしまったのは事実だが今はそういう話ではない。

 こちらをちらちらと見ていたと思っていたアルカと視線が合った瞬間、勢いよくそらされてしまったことについてだ。

 避けられたと、そう言えるだろう。何せ思い切り、勢いよく視線をそらされてしまったのだ。何かアイコンタクトを送ってきたり、目を伏せたり、そっと視線をそらしたりしたのではない。更にはひゅっと息をのんだあの反応。あれは、恐怖や緊張の証だ。

 アルカに、何かしてしまっただろうか。……いや、何かしてしまったかという点では確実に何かしている。しかし今日首都を出発してからは何も……。

 ……いや、している。

 馬車に酔ってしまったアルカの手を役得とばかりに握りしめておかしなことを口走ったではないか。それに、役得とばかりにという点ではアルカを自分の馬に乗せた時、下心が全く無かったかといえばそうは言いきれないところがある。アルカの小さな手を包み込んだ感覚はまだこの手に残っていて、思い出せば心臓のあたりがざわついた。

 そうなると芋づる式に今朝の出来事が思い出されて、スタッグの眉間にしわが増える。



――あれは、本当に危なかった



 そう自分を戒めながらもスタッグの手には柔らかな肌の感覚がよみがえり、ぎゅうと拳を握りしめた。

 アルカは責任を感じている手前、自分の暴走にもただ「いいえ……」と言って耐えるだけだ。非常に申し訳ない。惚れ薬のせいだとは言い訳すまい、自制出来ない自分の未熟さが悪いのだ。

 そう思えばアルカに勢いよく視線をそらされてしまうのは当たり前のことで、自分がすべきなのは困惑ではなく反省である……。

 その思いに、スタッグの眉間にはまた一本しわが増えた。








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