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16:不穏な知らせ

 扉を叩く音で、スタッグは目を覚ました。扉越しに控えめな声が「隊長」と呼んでいるのが聞こえて、スタッグは体を起こしベッドから降りる。

 部屋は薄暗いが、窓から入った月明りに照らされて歩くのには難儀しない。扉に向いがてらアルカをちらと見ると、静かに寝息を立てていた。その様子に安心し、スタッグは扉に向かう。そうして扉を開けたそこにいたのは、ランプを持ったバックだった。



「どうした」

「スタッグ隊長、緊急で、悪い知らせっす」



 ランプに照らされたバックの表情はいつもと違って真剣だ。



「別派の件か」



 すぐにそう察することが出来た。スタッグの言葉に、バックが真剣な表情のままで頷く。



「実は、ミクダが、途中で別派の一味に襲われたらしいんすよ」

「襲われた?」



 バックが報告した悪い知らせに、スタッグは驚いた顔をする。

 ミクダ、とは応援を呼ぶために伝令に出した団員だ。バックからそう報告を受けていた。



「俺も驚いたんすよ、寝てたとこたたき起こされて胸倉掴まれて、ああ、っていうのも知らせに来たのがミクダが運び込まれた村の駐在だったんすけど、これが暑苦しい奴で、まあ俺らを見下す奴らと比べりゃマシかもしんないっすけど、俺ああいうタイプ苦手なんすよね」



 バックがいつもの調子を取り戻したようにべらべらとしゃべったが、スタッグはそれを聞いてはいなかった。

 別派の動きに警戒するため応援を呼びに出した伝令が襲われたとは、何とも不思議な話である。別派がそうすることに何の意味があるというのか。いや、奴らは何を考えているかはわからないが、目的の無い事はしないはずである。なぜなら奴らは、自分たちこそが正しいと信じているのだから。目的があるはずだ。

 ではその目的とは。

 応援を呼びに出した伝令とわかっていて襲ったのか。だとしたら、応援を呼ばれては困るということか。それは、なぜだ。



「……奴らは、聖女様を襲う気か?」



 スタッグがつぶやいた言葉に、バックは「えっ」と言って驚く。



「いや、聖女様というよりは巡行の警護をする俺たちを襲うつもりか」

「え、でも、なんのために」

「奴らの考えていることはわからん、しかし、伝令を襲ったとなるとその可能性は高いと考えていいだろう」

「うっわ……とんだ面倒事が飛びこんできたもんっすね」



 バックがランプに照らされた顔を面倒そうに歪めるのが見えた。確かに、これはとんだ面倒事である。相手の目的がわからないのだから尚更だ。



「そうだな、しかしどういう状況でも俺たちのすることは変わらない。聖女様を守ることだ」



 スタッグがきっぱりと言い切る。バックはその言葉にはっと息をのみ、そして力強く「はい」と返事を返した。



「念のために明日はルートを変えることにしよう、明日の朝皆を集めておいてくれるか」

「はい、わかりました」



 バックはそう返事をして去って行く……かと思いきや、「あ、そうだ」と言って部屋の中を覗き込んだ。部下の不審な行動にスタッグは眉をひそめる。それでもスタッグが何も言わずにいると、探していたものを見つけたらしいバックはスタッグに向き直った。ランプに照らされたその顔には、にんまりとした笑みが浮かぶ。



「やっぱり同じベッドじゃあ無いんすね、いやわかってたっすけど、ちょっと残念というか」



 そうしてそんなことをぬかすバックに、スタッグは殺気のこもった目を向けた。バックがひゅっと息をのみ、目を見開く。



「あ、あはは、失礼しましたー……」



 それから空笑いと共にそう言って、バックはそそくさとその場を去っていった。

 扉の閉まる音を聞き届け、スタッグが呆れたようにため息をつく。誰に聞かれるでも無いそれは、まだ室内に降りたままの帳に溶けていくのだった。








 翌朝、スタッグが団員に別派の動きとルート変更を告げるのに付き添ったアルカは、その足でスタッグと共に聖女の部屋へ向かった。



「聖女様、おはようございます」



 スタッグが扉を叩いてそう告げる。しかし、聖女の答えは無い。スタッグは不思議そうに顔をしかめ、再度扉を叩いて声をかけた。やはり、聖女の答えは無い。



「何か、あったんでしょうか」

「ああ、それか、ぐっすり寝ているかだ。聖女様、入ります」



 いつになく危機感の足りない事を言いながら、スタッグが扉の取っ手に手をかけた。

 扉が開いたそこに見えたのは、整頓されたままの室内。そして、机に向ったままの状態で眠ってしまっている聖女の姿だった。その服装は、寝間着のままだ。

 スタッグがその傍に寄っていくと、アルカもその後を追って聖女の傍へと行く。



「聖女様、起きてください」



 スタッグがそう声をかけながら肩を揺すると、聖女はようやく「うん」と唸って目を覚ました。



「あれ、スタッグに、アルカ……?」



 目をこすりながら体を起こした聖女は、どこか舌足らずな声でそう言った。それから小さくあくびをしながら「もうそんな時間になっていたのね」と言う。そんな聖女を見下ろしながら、スタッグは呆れたようにはあと息をついた。



「まったく、疲れて眠ってしまう程、机に向かって何をしていたんですか」

「手紙を書いていたのよ」

「手紙?」



 スタッグが不思議そうに繰り返し、聖女の手元を覗き込んだ。そこに広がるのは幾枚もの紙。そのほとんどが綺麗な字で埋め尽くされているそれは、聖女の言うとおり手紙のようだ。ぱっと見たところ全てが違う宛先で、しかしその内容はほぼ同じように見える。スタッグが「これは?」と聞くと、まったく悪びれた様子の無い聖女はふふっと笑って答えた。



「昨日の事でいろいろと考えたのだけど、各地の教会に手紙を贈ろうかと思うの、それで司祭を通じてわたしの言葉を伝えたらいいんじゃないかと思って。あなたの隣人がどんな人であるかが大切だと、気づいてもらうために」



 そう答えた聖女の笑みといったらなんと健気で、そして力強いのだろうか。昨日の姿を知っているからこそ、その姿はよりアルカとスタッグの胸を打つものだった。

 そんな笑顔を前にしてしまっては、スタッグは「ベッドで眠ってもらわなければ困ります」と叱ることも出来ず――そもそも自分の事を棚に上げてそんな事はスタッグには言えないかもしれないが――しかし心配していると訴えるように小さく息をつく。



「夢の中で急に思いついたものだから、少し夢中になってしまっただけよ、スタッグじゃないんだからこんな無理は今日限りだわ」



 聖女はそれに気づいたのか、からかい交じりにそう言い訳をした。スタッグじゃないんだから、という言い得て妙なそれにアルカが思わず「ふふっ」と笑ってしまう。すぐにしまったと口元を押さえるが、それはすぐ傍にいるスタッグの耳に入ってしまったらしい。スタッグがすでにしわが刻まれた眉間に、それを増やしたのが見えた。

 アルカが思わず「すみません」と言うよりも、聖女が言葉を続ける方が速かった。



「さ、まだ寝間着だから着替えたいの、スタッグは外で待っていてちょうだい。あ、アルカはわたしの着替えを手伝ってちょうだいね」



 そう言われ、スタッグは小さく息をついた。



「では、着替えたら呼んでください、朝食の前にお話ししておきたい事がありますので」



 そうしてそう言い残すと、アルカに一言「頼んだ」と告げて扉の外へ出て行くのだった。


 着替えを終え、スタッグから別派の動きとルートの変更を告げられた聖女は、先ほどとは打って変わって悲しげに眼を伏せると「そう」と言った。



「もしも本当にそんなことが起きたら、各地の別派の人はまた肩身の狭い思いをするのかもしれないわね」



 ふうと小さく息をついた聖女は、きっと昨日の出来事を思い出しているのだろう。その表情には憂いが見て取れる。スタッグの後ろでそれを見ていたアルカもまた昨日の出来事を思い出し、胸を痛めた。

 一部の別派が過激な行動を起こすほど、ああいったことが起きる可能性が高くなる。聖女はその事を案じているのだ。



「ルートを変更して、防ぐ事が出来るのが一番いい事だわ」



 だからこそ聖女が伏せた目を上げてそう言った言葉の真意は、決して自らの身の危険を案じたものではない。スタッグが「はい」と言って頷くと、聖女はにこと笑ってみせた。



「それじゃあ朝食に向いましょうか、きっと町の人たちが教会の前で待っているだろうから、早く済ませないとね」



 その笑顔のなんと力強いことか。

 自らの身の危険よりも人々のことを案じる聖女だからこそ、聖女を守る存在が必要なんだ。その笑顔を眺めながら、アルカはそんなことを感じているのだった。








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