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11:独白

 意識がゆっくりと覚醒する。

 スタッグは「うん」と唸ると身じろぎ、薄目を開けた。それからはっと息をのむとがばりと体を起こす。焦ったように部屋を見渡し、ソファに体を横たえたアルカの姿を見つけるとほっと息をついた。



――我ながら、情けない



 心の中で、自らをそう戒めた。

 目が覚めた瞬間にアルカの姿が見えない事に焦ったこともそうだし、感情のままにアルカの手を引いてベッドに引きずり込んだこともそうだ。しかしそれをわずかに上回るのは、過ちを繰り返したという自責である。



「同じような事を、叱られてしまったな……」



 そうつぶやくと、アルカの言葉が頭の中で再生された。


『そんな体で、聖女様を守れるんですか』


 これはスタッグが負傷した部下を連れて医務室を訪れたあの日、必死な顔のアルカに言われたことだ。その言葉の前は『自分の疲労に向き合ってください!』だった。

 そう言われたことは初めてではない。休んでくれ、や、休みなさい、とはよく言われる。しかしそれらの言葉に、素直に従ったことは無い。

 その中で、アルカの言葉だけがやけに心に残ったのは、なぜなのだかわからなかった。

 必死に上着の袖を引っ張って自分を引き留めるその姿に驚いたことは覚えている。ああたしか、『本当にひどい顔してますから!』とも言われたか。恐らく、本当にひどい顔だったのだろう。そう言ったアルカの表情は必死という感情がまさに伝わるようなものだった。もしかするとその必死さが、アルカの言葉だけがやけに心に残った理由なのかもしれない。

 そうしてアルカの言葉を受け入れたスタッグは、徹夜をした体と少しでも仮眠をとった体では動きが変わることはわかっていた。


 睡眠が必要だと、わかっていた、はずだったのだ。


 昨日の夜、眠れないとわかったその時、研究室につながる扉を叩くことは出来た。

 そうしてアルカに眠れないと伝え、その手を借りたらよかったのだ。そうしたら眠れた、……はずである。眠れていたならこんなことにはならなかっただろう。

 それは、わかっていた。

 しかし自分はそうしないことを選び、眠れない事態を看過したのだ。その結果がこれである。

 聖女に寝不足を指摘され、アルカに心配をさせた。その上眠るために手を握るだけでは足りず、心はアルカの体を、においを、もっと近くに感じないと眠れないと訴える。結局その衝動に打ち勝てず、アルカの手を引いてベッドに引きずり込むとその体をぎゅうと抱きしめてしまった。まあアルカの説教でタガが外れたところはあるが、そもそも昨日のうちに打ち明けて眠れていたならこうも心がアルカを求めることも無かったのである。……無かった、はずである。やはり、自分の落ち度だ。

 ただ幸いだったのは眠った後、ずっとアルカを拘束していたのではないらしいということだった。自分の腕から抜け出せたからこそ、アルカは今ソファに横たわって眠れているのだろう。


 スタッグはベッドの上で、はあとため息をついた。


 なぜ、己が眠れない事態を看過したのか。その理由を、スタッグはわかっていた。わかっているからこそ己の情けなさに反省とため息が止まらないのである。

 恥ずかしかったのだ。

 手を握って眠りたいと、アルカに打ち明けることが。それは、眠ることが必要だとわかっているはずのスタッグに、眠らないことを選択させてしまうほどに。

 そして恥ずかしいというその感情は、スタッグを困惑に陥れた。

 恥ずかしいとは、いったい何がだろうか。

 当然聖女やバックに対して「手を握って欲しい」と言うのも恥ずかしい。恥ずかしいのだが、今苛まれているそれとは何かが違う気がする。それを、何がと言えないのがもどかしいのだが……。

 本当はそうしたいが、言えないという恥ずかしさなのか。それともこれもまた、惚れ薬の効果のうちなのか。わからないが、胸が締め付けられ、どことなく呼吸が苦しくなる。欲求を必死に押さえつけているからか。



「……頭を冷やそう」



 自分に言い聞かせるようにそうつぶやき、スタッグはベッドの上から立ち上がる。そうして物理的に頭を冷やそうと浴室に向かおうとして、ふとアルカを振り返り足を止めた。

 その小さな体はソファにぴったり収まっていて、窮屈そうだとは言わないが、寝返りひとつ打てない寝床は寝心地が良いとは言えないだろう。

 そう思ったスタッグは体の向きを変えて、アルカの方へと歩き出した。そうして眠るアルカの傍に立つと、膝をついてその顔をじっと見つめる。

 寝顔は穏やか……ではない。眉間の間に少しだけしわが寄っている。しかしそれなりに眠りは深いようで、そのしわを伸ばしてやるように指を添えても身じろぎひとつしない。その姿は何とも無防備で、スタッグの心がざわつき始める。


 はっと息をのみ、アルカの眉間に添えていた指を離した。



――これも、同じことを繰り返している



 そう反省し、本来の目的を達成するべくスタッグはアルカの体に優しく触れる。そうしてアルカを起こさないようゆっくりとその体を持ち上げると、ベッドの方へと運んでいくのだった。

 アルカををゆっくりベッドに降ろすと、眉間のしわがやわらぎその寝顔が穏やかなものに変わる。

 反省をしたばかりのスタッグはいくらか冷静で、思わず伸びた手がその栗色の髪に触れる前に止めることが出来た。そうしてその手を己の顔に持っていくと、両目を覆う。



「……いや、早く、頭を冷やすんだ」



 再度自分にそう言い聞かせ、スタッグは今度こそ浴室の方へと歩き出す。ふらふらと歩いていくスタッグの心はすでに決まっていた。冷たい水を、頭から思い切り被ってやる、と。








 スタッグが物理的に頭を冷やして出てくると、アルカはまだベッドの上で静かに眠っていた。

 ベッドに降ろしたときとは体勢が違っているから、何度か寝返りを打ったのだろう。よく眠れている証だ、とスタッグはほっと息をついた。

 それから改めて部屋を見回すと、先ほどは気が付かなかったがカーテンに淡い光が差して少し透けているのが見える。そういえば、とベッドの脇にあった時計を確認するとそれは午前五時ごろを指していた。聖女に起床を促すまでは、まだ時間がある。

 深く眠ったおかげで体は軽く、眠気も無い。とはいえアルカはまだ気持ちよく眠っているのだ。素振りの音で起こしてしまっては申し訳ない。となると鍛錬も出来ず、どうするかとスタッグは再度部屋を見回す。

 するとまた先ほどは気が付かなかったものが目に入り、スタッグはそちらのほうへと歩き出した。

 部屋の入口の傍にある棚に、食事の乗ったトレイが置かれている。眠っている間に誰かが置いていったのだろう。そういえば夕飯も食べずに眠ったのだった……と思い出すと、急に空腹感がスタッグを襲った。

 どれ一つもらうか……とスタッグはパンに手を伸ばして、そこにある食事ではないものに気が付く。


 小さな厚紙が折りたたまれたそれは、メッセージカードだろうか。二つある。

 そしてどちらにも異なる字体でスタッグの名前が書かれていた。


 なんとなく嫌な予感を感じつつも、スタッグは一つ目のそれを手に取り、開く。



『隊長! 男は度胸っすよ! とりあえず自分が童貞だということは忘れる! これが上手く行く秘訣っすよ!』



 思わずぐしゃりと握りつぶした。罪悪感は無い。

 次いでもう一つのそれを手に取って開く。



『スタッグ、あなたのことだから今日中にとは言わないわ、けれど決めるならこの旅の最中よ。言っておくけれど、この子を逃したらあなたは一生ひとりよ、間違いなくそう言えるわ』



 思わずぐしゃりと握りつぶしてしまった。多少の罪悪感があるが、握りつぶしたそれを開く気はしない。

 二人そろって一体何を考えているんだか。……いや、考えていることはわかる、わかるからこそ頭が痛いのだ。思わず眉間にも力が入る。

 スタッグがたまらずはあとついたため息は、『余計なお世話だ』と聞こえるようだった。


 その時、部屋の扉が叩かれる音が聞こえ、スタッグはそちらに顔を向ける。



「隊長、起きてますか?」



 控えめなノックの音に続いて聞こえたのは、これも控えめな呼びかけの声だった。

 思わず眉間のしわを増やしたスタッグは、その険しい表情で静かに扉を開ける。



「あ、隊長起きて……うわ怖い顔」

「心当たりはあるだろう」

「あー……大変に、失礼致しました、……っす」



 扉の先に居たのはバックだ。扉が開かれるやいなやスタッグに鋭く睨まれ委縮している。何を隠そう、一枚目のメッセージカードの送り主はバックなのだ。――内容を咎められて気まずくなるならば書かなければいいものを……とは思うだろうが、それがお調子者の性であるから仕方がない――

 しかしながら扉を開いた直後に見えたその表情は、何かからかいにきたというものでは無かった。バックにしては珍しく真面目な顔をしていたから、何かを報告をしに来たのだろう。そう察せばスタッグは多少表情を和らげてやり、「どうした」とその報告を促してやった。



「あ、大事な報告なんすよ、……別派が、またやったみたいっす、しかもここからそう遠くないとこで」

「……そうか」



 バックの報告にスタッグは眉間にしわを増やした。



「まあ、聖女様を襲うとは考えにくいが、何をするかわからん奴らだからな、護衛を強化しておくべきか」

「じゃあ、応援呼びますか」

「ああ、伝令を出しておいてくれ」



 スタッグの言葉に「はい」と答えて去って行くまで、バックの表情は終始真剣なままだった。







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