*参
▼紗江
私は野村紗江。とある事故で下半身を欠損している幽霊、いわゆる「テケテケ」である。
生前、女子中学生だった私は、下校途中に通学路の途中にある踏切の線路の溝に足がはまって、くじいて動けなくなってしまった。そのまま人身事故に遭って、胴体を真っ二つに轢かれた。数分間の激痛に悶え苦しみながら、自分の下半身を探していたら、いつの間にか意識がなくなっていた。花子さんによると、私はその後死んで、霊として第二の人生を始めることになったらしい。
「猿夢さんが殺されたって、本当ですか?」
「らしいわね…メリー、何か聞いているかしら」
答える少女は花子さん。私を拾ってくれた異形で、普段はどこかの学校の校舎3階のトイレの3番目の個室にこもっているのだとか。
「それを収録したビデオがあるのー…」
ビデオを持っているのはメリーさん。他の異形や人間に電話をかける、ビデオを撮る…などで情報収集をしてくれている。
「マジか!それ、見せてくれよ!」
いかにも興味ありげな顔をしているのはパティーさん――パトリシア・ファーレンハイトさん。“アクロバティックサラサラ”と呼ばれており、その名の通り非常に活発な挙動をする、私達の中でも実戦向きな異形である。
「私も、見たいです」
「牽引しているツインテールの奴は…どうやらただの人間のようだな。特殊能力を使った様子は見られなかったぞ」
「だよね。私もおかしいと思った。異形じゃない奴に異形が殺されるって珍しいよねー」
映像を分析したのは真那さん、同調するのは佳那さん。双子の形をとっているが、実際は二人で一つの“両面宿儺”という種族だ。真那さんは剣を、佳那さんは弓を使っている。
「普通の人間だったら、是非ともその方を殺したいです」
「サッちゃんは人間が嫌いなんだっけ?」
一応言っておくが私は人間が嫌いだ――嫌い、どころではない。生前に苦しんでいた私を見捨てた人間が恨めしく、霊になった日から人間の殺戮を目的として行動することに決めた。だから花子さんやメリーさんが人間ではないと知った時、安心したのを強く覚えている。
ちなみにサッちゃん、とは私の生前からのあだ名である。私の事故を面白がったどこかの学校の生徒が、童謡『サッちゃん』の4番を作って周りに言いふらした時は、この生徒を殺すと即決した。――それぐらい、人間が憎かった。
だが、ここ最近はどういうわけか人間ではないものが増えており、私にとって恨めしいものが減っていくのは本当に嬉しかった。だから、映像とはいえ久しぶりに“ただの人間”を見た刹那、殺意がこみ上げてきたのだ。
「…はい、私は人間が嫌いです」
「そっか…うん。でも、“そいつ”とは面識ないんだろ?」
「いえ、これを見るまでないですね」
「…ならさ、」
「え、どうしたのよパティー」
「――そいつをさ、私と戦わせてくれねェか?」
パティーさんの一言で、周りは水を打ったように静まり返った。
「なんでそうなるのよ。そいつに恨みでもあるんなら先に言ってよ」
「いや何も?映像見てて、ただ強そうだったから、戦ったら面白そうだなあと」
「まったく、パティーは強い人を見かけたらいつもこうなるんだから…」
「パティーさん…一回映像で見たっきりの人と戦うつもりですか…」
「何も知らないやつなんだろう?大丈夫なのか?追い込まれたら私と佳那が、」
「真那ちゃん達も、行くの?」
「…いい。あくまでそいつを確かめてェのは私だけだろうしな」
“そいつ”って…やはり、名前を聞かされていないのだろうか。
「名前も知らない人に戦いを挑みに行くって…どうなんですか…」
「そうだよ、仮のあだ名だけでもつけといたら?」
佳那さん、違う。そっちじゃない。
「仮のあだ名かぁ…呼びやすいのがいいわね」
「…あ!なんか聞いたことある!」
「何をだ?」
「なんかねー…瞬間的に通り過ぎて、それに出会った人に災害を与える、っていう魔物がいるんだって。それを人間の間では“通り魔”って呼ぶって誰かが言ってた」
確かに通り魔の原義は、メリーさんが言っていた意味である。転じて通りすがりに人に不意に危害を加える者のこともいう。通り魔殺人事件とは、人の自由に出入りできる場所において、確たる動機がなく通りすがりに不特定の者に対し、凶器を使用するなどして、殺傷等の危害を加える事件をいう。
猿夢さんは…“不特定の者”なのか?
『――だから私は、異形が嫌いなんだ』
ビデオの音声を回想する。
もしかしたら、そいつは“異形そのもの”であれば誰であろうと最初から殺すつもりで、たまたま殺したのが猿夢さんだったのかもしれない。それならば、“不特定の者に対し、凶器を使用するなどして、殺傷等の危害を加える事件”という定義にもしっくりくる。
「そうみたいですね。では、これからは“先程のビデオで二人の異形を牽引していた、ツインテールの人間”のことを“通り魔”と呼びましょうか」
「…他の通り魔と区別するときはどうすんだよ?」
「確かビデオでは、あの女のことを他の仲間が“ベル”って呼んでいたわね」
「では、区別する必要があるならば“ベル”、ないならば“通り魔”とでも呼ぼうか」
――通り魔さんか…強そうだなあ。
さて、私はあの女のことを殺せるのだろうか。あの女は人間だから殺したくて殺したくてたまらないのだが、私が殺す前にパティーさんが先に殺してしまうのではなかろうか。やはり憎い相手は他の誰でもなく、この手で殺したいものなのだ。
それならば、あれほど憎かった人間が他の者の手で殺されてしまう前に、私はどうすればいい?