*弐
恨みと哀しみとは往々にして復讐の気持に変るものだ。
――遠藤周作
▼扇
訓練を積んでいき、戦うことに少々慣れてきた九月のある日。
「三人にはこれから任務に当たってもらう。その前にボイスチェンジャーを渡しておく」
私達の手に、ヘッドセットを思わせるボイスチェンジャーが置かれる。それを被る私達。
「耳から私の指令が聞こえるようになっているからな」
「はい!」
「で、肝心の任務なんだが、君達に倒してもらう異形は――“猿夢”だ」
「…長官!彼女達はまだ訓練しかしていません!猿夢は彼女達には強すぎます!」
「ニア、心配するな。彼女達に持たせている武器も、彼女達自身の能力を最大限引き出すようにできている。だがもし彼女達で太刀打ちできなければ、他の隊員にも向かわせる」
「了解しました」
「皇さん、『猿夢』ってなんですか?」
「無人駅に停まる、遊園地などにあるような電車だ。それに乗った客は後ろの客から順番に悲惨な死に方をするというものだ。検索してはいけない言葉のうちの一つに数えられている。ただ本体は車掌だから、車掌を倒さなければどうにもならない。とてもたちの悪い奴だな」
「車掌が異形なんですね?」
「まあそうだな」
「その電車って、どこに停まるのですか?」
「停まるというより、無人駅ごと空間が作られるといった感じだな」
「結界を作って、その中に人間を引きずり込む感じですね?」
「ますますたちの悪い奴だ…………」
「でも、乗客はほとんどが異形なんでしょう?」
「確かにな。だが、この異形はランクAだ。仮に異形社会といえども、太刀打ちできる異形はそれほど多くはない。頼む時点で若干心配したぞ。できるか?」
「ランク…?」
「殆どの異形にはランクがつけられています。ほぼ人畜無害なクタニドや妖狐などはランクC、無害というわけではないがあまり人間を危害に遭わせない雪女やハスターなどはランクB。人を呪うなどして危害に遭わせる確率が高いセイレーンやメデューサなどはランクAです」
「ランクが高い異形ほど、ヘッドセットの宝石に魔力が溜まる。これを満タンにすると願いが叶う。だが、ハイリターンのものはそれだけハイリスクだから気をつけておけよ?」
「それでも…………危害を加える異形は全て倒しますから」
「よし、その意気だ。…………行ってこい!」
***
深夜、朝葉原駅前の廃墟にて。
「…あれは」
確認した瞬間、薄暗い無人駅――を模した、猿夢の結界に引きずり込まれる。
「わざわざ向こう側から私達を引きずり込むなんて、好都合じゃないか」
「異形って大抵目的絡むと感情を剥き出しにするよねー」
「このチャンスは絶対に逃せない。やるしかないね」
ジリリリ、と発車ベルの音がして、被せるように精気のない女性の声でアナウンスが流れる。
「まもなく駅に電車が来ます。その電車に乗ると貴方は怖い目に遭いますよー」
駅に電車が入ってきた。それは電車というよりは、よく遊園地などにあるお猿さん電車のようなものであり、中には数人の顔色の悪い乗客が一列に座っていた。
「怖い目…?私達が逆に遭わせるもんね!」
「…やってやろうじゃないか!」
「うん…私たちの敵だね。…いくよ、二人共」
私達は、その電車に乗ることに決めた。私は電車の後ろから三番目の席に座った。ちなみに私の前がしきみ、私の後ろが菊里だ。辺りには生温かい空気が流れている。
「出発しますー」
アナウンスが流れ、動き始めた電車はホームを出るとすぐトンネルに入った。紫水晶を思わせる色をした明かりがトンネルの中を妖しく照らす。とその時、またアナウンスが流れた。
「次は活けづくり、活けづくりです」
「活けづくりって…魚の?」
急に後ろから聞こえる、けたたましい悲鳴。振り向くと、電車の一番後ろに座っていたサラリーマンの周りに四人のぼろきれのような物を纏った小人が群がり、体を刃物で裂こうとしていた。本当に魚の活けづくりの様にするつもりなのだろう。強烈な臭気が辺りを包もうとしている、その時。
「氷雪壁っ!」
しきみが日傘を向けた瞬間、サラリーマンと小人の間に氷の壁が張られる。それは時間が経つ毎に厚くなり、終いには小人は凍ってしまった。
「じゃあ私が解剖しておくから、ベルも手伝ってくれるかい?」
凍った小人の体に、菊里が鉈を振り下ろす。私と菊里は小人の体から臓器をとり出す。いつしかそれにしきみも加わり、血塗れになった四人分の臓器が散らばる。
気が付くと、サラリーマンと小人はいなくなっていた。しかし、小人の赤黒い血と肉の固まりのようなものは残っていた。
「次はえぐり出し、えぐり出しです」
次のアナウンスが流れる。すると今度は二人の小人が現れ、ギザギザスプーンの様な物を菊里の目の前に向けた。私は咄嗟に手を伸ばして、片方の小人の手を掴み、弾を撃ち込む。菊里の方を見ると、同じように小人の手を掴み、腕を鉈で斬っていた。小人の血と汗の匂いがする。
「…さて、そろそろか」
順番からいくと次は3番目に座っている私の番だ。自分には一体どんなアナウンスが流れるのだろうか。
「次は挽肉、挽肉です」
アナウンスが流れる。どうなるかなど、容易に想像が出来た。ウィーン、と聞こえる機械の音。今度は小人が私の膝に乗り変な機械のような物を近づけてくる。恐らく、私をミンチにする機械なのだろう。
――これに、弾を撃ち込めば。
弾を吸い込んで、徐々に詰まっていく機械。その隙をついて、機械を持っている小人の腕を菊里が斬る。それを凍らせるのはしきみだ。
「ベル、車掌にとどめを!」
「わかった」
何の躊躇いもなく、車掌に弾を撃ち込む。だが、車掌はそれだけでは倒れなかった。
「…っ!やっぱり貴方がたですね、私の配下を殺したのは」
「そうだけど?…ねえ、今まで何をしていたのか答えてくれる?」
「何をしていたのか、って…人間の魂を喰らっていたに決まっているでしょう」
「人間の魂って、そんなに美味しいものじゃないよ、きっと。…カリバー」
「はいさ!」
後ろから車掌の体を、鉈が切り裂く。
「…っ、あぁっ…!貴方、これは…………?」
「君は魂を喰らう、その為だけに生きているんだろうね。色々な器具を近づけて、人間を怖がらせてさ。そうやって自分が怖がらせているくせに、怖がる人間に同情する。――だから私は、異形が嫌いなんだ」
「…………っ!」
さらに、車掌の体に弾を撃ち込む。すると、車掌の断末魔を最後に、電車も、乗っていた人間も一瞬で消えていった。――ただ、血塗れの車掌の死体だけを残して。
「皇さん。…任務完了です」
***
「よくやったな。初めての任務にしては」
「そう…でしょうか?」
「ああ。だが、ここを突破しても、次の任務があるからな」
「はい!」
「…それぞれ叶えたい夢があるんだろう?」
そうだ。ここに入った目的は、異形を――駿河を見返すことだ。その為にはもっと異形を倒していかなければならない。
――絶対、あいつを見返すまでは負けない。あいつを殺す前に、私が殺されるわけにはいかないのだ。




