#45 秋霜(2)
引き続き男子の競技が行われている最中に女子部員達が観客席にやってきて優妃子に労いと感謝の言葉を贈った。
奈津美は亜紀と反対側の隣に座って尚也の出番を待った。
尚也は100mと200mの二種目にエントリーしていた。
「柴田君、何時になく緊張してたわよ」
奈津美が優妃子に囁いた。
亜紀の手に優妃子の緊張が伝わって来る。
(100は準備運動ぐらいに思ってくれたらいいんだけど)
(どうして?)
(200の方が得意みたいだから。でもナオ君の事だから・・・)
(そうね、柴田君の性格だと予選から全力出しちゃうよね、きっと)
優妃子と亜紀は意識の中で密かに笑った。
やがて100m自由形の予選が始まった。
入場してきた尚也はその歩き方で緊張しているのが分かる。
スタート台の前に立った尚也は観客席の優妃子に一瞬視線を移した。
「なんだよあいつ、大丈夫か?」
良介が思わず口走る。
「そうねぇ、なんだか身体が固まってガチガチね」
小春も心配げに見守った。
スタートの時間になると観客席から失笑が零れた。
尚也一人だけ水中にいたからだ。
「カッコわり~。なんだあいつ」
良介は頭を抱え思わず呻いた。
しかし、奈津美をはじめとする部員の皆は愉快でたまらない。
その失笑は必ず驚きの声に変わると信じていたからだ。
一瞬の静寂の後、電子音が場内に鳴り響いた。
当然、尚也は大きく出遅れる。
普段の泳ぎを知っている部員達はぐっと息を飲んで成り行きを見守っていた。
亜紀は無意識に優妃子の手を強く握っていた。
先程まで失笑を漏らしていた観客は尚也の追い上げに目を見張り、応援の歓声を上げた。
小春も良介も里美もその雰囲気に心が晴れた。
10m程で集団に混じり、20mで先頭3番手に着く。
折り返して水面に頭を出した時には既に先頭を争っていた。
どよめく観客。声を張り上げる部員達。奥歯をかみ締めて見開いた瞳にその光景を刻みつけている優妃子と亜紀。
「いけぇー!」
小春が立ち上がって拳を突き上げた。
尚也は力強く脚と腕のバランスを保ち、猛然と水を掻き分ける。
最後のターンを終えた時には身体一以上抜きん出てそのままゴールした。
「まだ予選だからなぁ」
場内の空気が揺れている中で良介が冷静を装う。
「でも数字は嘘はつかないわ」
奈津美が電光掲示板の54秒という記録に声を震わせた。
「でもよ、決勝であの記録ださなきゃ意味ないよな」
良介の言う通り最初から最後まで全力で泳いでいる尚也は決勝で三位に終わった。
(でも、三位だって凄いよね。競泳始めてからまだ一ヶ月ちょっとだもの)
亜紀が優妃子に話しかけた。
優妃子は物憂げに呟く。
(うん。そうだね・・・)




