19 続・躍る一寸法師(中編の二)
はだかんぼうの女が、はだかんぼうの芋虫のほっぺをはたいた。
芋虫はびくっと震えた。
ただ、それだけのことでした。
もしかすると気に留める必要すらないことかもしれません。
そうです。わたしでなければ、もっとはやくにいらいらから短気を起こして
もっと早くからお姉さまをぶったりなぐったりしていたでしょう。
わたしは悪くない。
わたしはやさしい。
ふつうより、うんとやさしくて悪くない。
ほかのひとより、うんと、うんと。
ですが、それでも……
(――ぶった! お姉さまをぶった!)
さなぎのように干からびていたお姉さまが、
ほんの一瞬ですが、びくっ、と震えたのです。
それは痛みのためか、おびえのためか。
いずれにしても、
あの『びくっ』という動きは、にどと忘れることはないでしょう。
それに、この手のひらに残った感触も……。
ともあれ、わたしは
なにやら、いてもたってもいられなくなり、
すぐさま一度は脱いだよそいきの着物を着なおすと
そのまま屋敷の門を飛び出し、ふたたび町へと向かうのです――。
あの悪魔、明智はなさんのところへ!
お姉さまは、はだかんぼうのまま、はなれの表に置きっぱなしにしてきました。
(アア、わたしったら、なんてことを……!!
なんてことをなんてことをなんてことを!!)
いろんな考えが、頭の中を行進していきます。
『わたしは許されないことをした。あんな怪我人をぶつなんて』
『でも、ちょっとすっきりした』
『わたしに面倒を見てもらっているくせに、感謝しないお姉さまが悪いのよ』
『他人に暴力をふるうって、こんなに楽しいことだったなんて』
『どうせなら、もっと昔から、子供のころから他人に暴力をふるっておけばよかった』
『ううん、その意味でも、おしめを汚したことを怒ってぶつなんて、よくなかった。
もっと純粋な気持ちで、もっと楽しむためだけに、お姉さまをぶちたかった』
『……いえ、やはり、わたしったら、なんてことを。
きっと混乱して、よくないことを考えているだけよ。すべては間違い』
『でも、あのお姉さまのびっくりしたお顔……。
ひさしぶりにお姉さま、なにかに反応しておられたわ』
『つまりは、わたしがぶったのは、お姉さまのためになったのよ。
わたしが乱暴するのがお姉さまにとっても幸せなのよ』
町へと向かう汽車の中で、ほかの客たちがじろじろとわたしの方を見ていました。
おしめの汚れが袖について、いやなにおいを発していたか、さもなくば
わたしが、いやな顔でずっと笑っていたからでしょう。
(はなさんなら、きっとわたしの気持ちをわかってくれる……)
あのひとならば。
ううん、わかってくれねば困るのです。
あの女がけしかけたのだから、わかってくれた上で、つごうよく優しい言葉をかけて慰めてくれねば、無責任というものです。
刻はそろそろ夕方。
群青だった空もほんのり紫。
わたしは、つい二、三時間前あとにしたばかりのはなさんの家に、
あの悪魔の家に向かうのです。
ですが……
「――離れろ!! 消防が通るぞ! 離れて、離れて!!」
火事でした。
あの明智はなさんのつつましやかなお屋敷から、紅蓮の火柱が上がっていたのです。
ただの火事でなく大火事です。
消防署やご近所の方々が必死に水をかけてはいましたが、すでに建物はほぼ全焼。
近所一帯も巻き込まれるのはまぬがれないでしょう。
ぱちぱちと炎がはぜ、火の粉が顔に触れました。
(そんな……。
ちょっとの間に、いったい何が!?)
炎の前で茫然とするわたしのうしろから、かぼそい声がかかります。
「フミさん、こんにちは」
「みどりさん……」
はなさんの虚弱の妹、みどりさんでした。
「みどりさん、一体、これはどういうことなの?
はなさんはどこ? ご無事なの?」
わたしがたずねると、彼女は痩せこけた体を前後にゆすりながら笑うのです。
「うふふ。
べつに、どうということもないわ。
わるいひとが、わるい目にあっただけ」
けたけたと、甲高い声でお腹の底から笑っていました。
この子、こんな風に笑うんだ……。
「アハハハハハハハハハハハハハハハははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!
うちの姉がどうなったのか、フミさんにだけは教えてあげる!
あなたも、どうせ似たように目にあうでしょうから!!」




