19.理由と告白
ログハウスの中は、外とはまた別の空間のように、空気が違っていた。
室内に窓はなく、ここが洞窟なのか、山奥なのか、部屋の中からは推し量りようもない。
絨毯の敷かれた室内に、ソファと長テーブルが置いてあり、この小屋の主は、そのテーブルの上に紅茶を三人分用意していた。
「まあ、君たちも色々話したいことがあると思うが、とりあえず座ってくれ」
男に言われるがまま、三人は着席した。
柔らかいソファの感触に、これが本物であると確信する。
そのおかげで、ムルカは彼が幻想の人物ではないと分かり、少し安心した。
「アリアネ、僕のことは話したかい?」
「いや、直接会った方がいいだろうと思ってな。何も話していない」
アリアネはそう言って紅茶に口をつけた。
親しい間柄というわけではないが、知らない仲というわけでもないのだ。
「そうか。では、自己紹介しよう。僕はゴレム。ここで暮らして三百年になる」
「三百年……!? 人間じゃないのですか?」
ムルカが聞くと、ゴレムは頷いた。
「見ての通り、金属の人形さ。人形魔法は知っているね? 三百年前に、僕を作ったご主人様、セレーネが開発した魔法だ」
ムルカにはセレーネという名前に聞き覚えがある。
人形魔法を作った人物で、十二の強力な人形を従えていた偉大な魔法使いだとムルカは書物で読んだことがあった。
「知っています。セレーネさんと言えば、『灰の魔法使い』と呼ばれ、皆から尊敬されていたと」
「尊敬、尊敬ねえ」
ゴレムは懐かしむように二回繰り返した。
「違うのですか?」
「ああ、実際、彼女は魔法文化にとてつもない貢献をした。でも、天才というのは、同時に変わり者でもある。功績こそ称えられていたけど、彼女の人物像そのものは全く褒められたものじゃなかったよ」
「そうなんですか? そんな話は聞いたことがありませんけど……」
「そうかい? ……ひとつ話をあげるなら、彼女は魔法学校に通っていたのだけど、あるいじめっ子を撃退するために、靴にびっしりと魔法陣を書きこんでね。それを無警戒に履いた子は、一か月ほどまともに歩けなかった。でも彼女は苦しむいじめっ子を見て、大声で笑ってみせたんだ。それが七歳の時さ。末恐ろしいだろ?」
「それは……」
少しやりすぎではないか。
そこだけを聞くと随分とろくでもない話であるが、だからこそ人と違う発想で魔法を作れたのかもしれない、とムルカは思った。
ゴレムはムルカの反応を見て、満足したように笑って、続けた。
「でも、彼女はなぜかたくさんの人に気に入られていた。そうでなきゃ、人形魔法が新たな魔法として、魔法文化の歴史に刻まれることはなかっただろう。まあ、いくらか汚い手段をとったことは認めるけどね」
ゴレムに表情はないが、懐かしむようにして少しだけ哀愁を漂わせていた。
「ゴレムさんは、セレーネさんが嫌いなのですか?」
予想していなかった質問に、ゴレムは少し驚き、笑って言った。
「いや、嫌いじゃない。むしろ好きだったさ。そうじゃなかったら、ここでこうして三百年も大人しくしてると思うかい? 人形魔法だから、命令には逆らえないんだけど、それ以上に自分の意思でもあるのさ」
「その命令って、ここで村を守ることですか?」
「違うよ。彼女が僕に守るよう言ったのは、これさ」
ゴレムは胴の中心で緑色に光る宝珠を、ひとさし指でトントンと叩く。
「クロノスの宝玉……」
「そう。彼女はこれの使い方を理解していた者の一人だった。他人に取られたくなかったから、どこかに隠すよりも僕に埋め込むのが最も安全だと思ったんだろうね。僕は彼女の作った人形の中で一番強かったし、一番信頼されていたから」
「そのおかげで三百年も生きながらえたのですね」
ムルカは納得して言った。
「この宝珠がある限り、生命力の供給が無限に行われるからね。僕はその長寿を活かして、一番堅実な方法をとるよう命令された。それは、特異な地形に村を作ること。人間がたくさん住んでいれば、彼らは自分自身を守るために、力をつけていく。
目が多ければそれだけ外敵にも気がつきやすい。地形は特殊な方が人は愛着を持つ、らしい。住み着いてもらうには少し不便な方が良いんだって。僕には分からないけど」
「ノームを増やして、ドワーフに住んでもらったのも、彼らが肉体的に強いから、ですか?」
「ご明察。その通りだよ。セレーネの命令はそういう内容だった。もちろん、僕も彼らが住む準備が整うまで、外敵から守ったり、食料を調達したり、色々手を貸した。そして、ある程度発展したから、こうして身を引いて、隠居生活をしているのさ」
ゴレムは火掻き棒で、暖炉の中の薪を組み替えた。
ゴレムの話を聞いたムルカは、自分の目的を話すことをためらった。
三百年も守ってきた物をくださいと簡単に言えるほど無頓着ではなかったし、彼が三百年も命令を守ってきたと言うのであれば、つまり、宝玉を狙うムルカたちは、排除すべき外敵ということになる。
それに、もし宝玉を奪ってしまえば、人形魔法である彼はその姿を保てなくなり、死んでしまうだろう。
出来る限り、彼と戦うことはしたくない、とムルカは考えていた。
そうして黙っていると、ゴレムが口を開いた。
「君のことも聞かせてくれ。僕ばかり話して名前も聞いていなかったからね」
「え、ああ、すみません。すっかり忘れていました。私はムルカ、死霊使いです。こっちは屍のトキサメで、アリアネは、知っていましたよね」
「ああ。ムルカに、トキサメか。君たちは宝玉を探しに来たのだろう?」
そう言ったゴレムから発せられる強い威圧感に、ムルカは心臓が跳ね上がるような思いがした。
返答を間違えたら、このあとどうなるか想像もできない。
時雨やアリアネに目をやる余裕もない。
「あ、あの……。私は……」
緊張で動悸が激しくなり、口が乾く。
ゴレムに目はないが、真っ直ぐにムルカを見据えていた。
「私は、そのクロノスの宝玉を、どうしても、貸してほしいのです」
「どうして?」
「……助けたい人がいるんです」
「それは誰だい?」
「それは……」
言葉に詰まる。
されて当然の質問であったが、今までは事情があって言えないと、それで通してきた。
しかし、今、この場において、それは使えない。
彼の命たる宝玉を譲ってくれと言っているのだ。
ムルカは、躊躇った。
このままでは、二人にも聞かれてしまう。
この世界の情勢に疎い時雨はともかく、アリアネは確実にそれがどういうことか気がつく。
「どうした? 言えないようなことなのかい? 君は、本当にその人を助けたいのか?」
「助けたいですよ! 助けたい、けど……」
尻すぼみになるムルカを見て、ゴレムは大きなため息をついた。
「……手伝ってほしいけど理由や目的は話せない、なんてことが通ると思っているなら、君は見た目通り子供だ。公平でなくて、取引が出来ると思っているのかい? もしも、今までそれで上手く出来てきたと思っているなら、それは周りが気を使っていただけの話だよ」
目に涙がにじむ。
悲しいのではなく、彼が言っていることが分かるから、余計に悔しいのだ。
ゴレムは喋らないムルカから視線を外し、時雨たちに向かって言った。
「後ろの二人は、なぜ彼女に協力をしようと思ったんだ?」
「俺は、まあ、こいつが誰を助けようと興味がないからな。戦えればそれでいい」
「君は変わってる、というか、修羅だね。昔似たような感じの人を見たことがあるよ。戦いが手段ではなくて目的になっている、稀有な人さ。アリアネは、なぜ同行を?」
「妹が呪いを受けた。かけた呪術師を知っているのが彼女だけだったからな。闇雲に探すよりは良いだろうという判断だ」
「なるほど。呪術師は魔法使いと違って陽の目を見ないからね。人伝いに探すのが一番確実だ」
ゴレムは納得したように言った。
二人に隠し事はなく、それはムルカも知っていることだ。
では、自分はどうだろう。
この数日、二人にどれだけの隠し事をし、嘘をついただろう。
そう思った途端に、急に自分が今までやっていたことが恥ずかしくなった。
本当に隠す必要のあったことだったのだろうか。
それは独りよがりの身勝手な考えだったのではないか。
子供だと言われたことも、身に染みていた。
宝玉集めも誰に相談することなく勝手に始めたことだったが、それこそ子供の甘い考えなのではないか。
なぜ、理由を話したうえで、手伝ってほしいと素直に言えなかったのだろう。
信頼できる人たちだっていたのに、その人たちにすら、黙って出て来てしまった。
ゴレムの言う通り、本気でどんな事でもやるつもりなら、まずやるべきことは、皆の手を借りることだったのではないのだろうか。
ムルカが袖で涙をぬぐう様子を見て、ゴレムは改めてムルカに向かって聞いた。
「君はなぜ、宝玉がほしいんだ? 誰を助けるためなんだ?」
ムルカは決心した。
ゴレムに、いや、この場にいる全員に、それを教える覚悟が出来た。
深呼吸をして、ムルカは言った。
「私のご主人さまを助けるためです」
「主人? 君は従者なのか?」
「はい。ご主人さまの名前はサヴァス。またの名を、神の子テュポン。『軍団』の長です」
ゴレムは動じなかったが、言葉を発さず、一切の反応を見せなかった。
平静のままじっと座る時雨とは反対に、アリアネは腕を組んで背筋を伸ばした。
「……やはりか」
納得したように、彼女はそう小さく呟いた。
「内情に詳しすぎる、と思っていた。冒険者ギルドや政府関係の資料を見ても、軍団の人員や組織体系というものはほとんど判明していない。君が独自に調べたものである可能性は否定できなかったが、マリスの元から宝玉を盗み出すことだって、忍び込んで盗んだのではなく、最初から内側にいたとすれば、それほど難しい話ではない。合点がいった」
それと、と続ける。
「ならば、なおさらのこと、なぜ私に、関係者であると教えてくれなかったのだ? 私は君がステラに呪いをかけた連中の同胞であったとしても、それを理由に、君に責任をとらせたりはしない。それとも、私は君にとって信用できない人間だったか?」
「それは……」
それは、何だろう。
何を言っても苦しい言い訳にしか聞こえないような事ばかりが頭に浮かび、続く言葉を紡ぐことができない。
「――――いや、すまない。言い過ぎた。忘れてくれ」
興奮を落ち着かせるように、アリアネは矢継早に言葉を並べる。
ムルカはアリアネに一言「ごめんなさい」と述べ、話を続けた。
「……皆さんはガイアがどこに封印されているか、知っていますか?」
誰も答えない。
時雨はともかく、冒険者ギルドや衛兵と太いパイプを持つアリアネや三百年生きて来たゴレムでさえ、その詳細は知らない。
遙か昔に起きた神ガイアと神の子たちの戦いは、あくまで神話であり、それがこの現代のどこで行われたものか、どう具体的に決着がついたのか、知らないのだ。
その戦いの様子が残された書物などなく、吟遊詩人による口伝のみで後世に残されてきたのだ。
物語色が強くなった神話からは、教訓は得られても、方法や結果に関しては、どうしてもあやふやになってしまう。
誰かが脚色した伝説が広まっていたとしても、それが真実であるか否かを確かめる術がないのだ。
つまるところ、ガイアが封印されているとされる場所にガイアが本当に眠っているかは分からないのだ。
少し考えれば誰でも分かることだが、本当にガイアが封印されている場所があるとして、それを誰が大勢に広めるだろうか。
悪しき者に利用されないはずがないのだ。
「……ガイアが封印されているのは、サヴァスさまの体内です」
ムルカは淡々と言った。