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10.訪れた猟犬

 翌日、三人はステラへ報告をするためにギルド会館の執務室へと向かった。

 テオは会館の二階に住んでいるが、時雨ときさめとムルカは宿屋からの出発になったためにそれに気がついた。


「何か賑やかだな」


 まるでお祭りでもやっているかのような賑わいである。

 ギルド会館にいた冒険者たちは全員外へ出て、そわそわと中を覗いている。

 ムルカは一番近くにいた青年に話しかけた。


「何か事件でもあったんですか?」

「館長のお姉さんが到着したんだと! 『猟犬(りょうけん)』は冒険者の憧れだからな! みんな恐れ多くて近寄れないのさ!」


 青年はえらく興奮した様子であった。


「……よく分かりませんけど、みんなまるで子供みたいですね。トキサメ、行きますよ」

「『猟犬』って何だ?」

「そんなことは本人に聞けばいいんです」


 人ごみを押しのけ、やっとの思いで二人は中へと入る。

 昨日は人で溢れかえっていた会館の一階フロアも、今はがらんどうとして、人っ子一人いないかに思えた。

 誰もいないこのフロアの隅にポツン、と見覚えのある影が一つ見える。

 テオは他の冒険者全員からかかる重圧の中、たった一人で極限まで存在を薄くして、二人が来る瞬間を今か今かを待ち望んでいたのだ。


「お、遅いですよ! 僕、ステラ様にここで二人を待つように言われて、気がどうかしそうでしたよ!」

「すまないです。あいつら、追い出されたんですか?」

「ええ、好奇の視線に耐えかねた猟犬が、外に出るよう指示したのです」

「その猟犬ってのは何なんだ?」

「上の階にいらっしゃるので、直接会った方が分かりやすいかと」

「随分待たせているみたいですから、早く行きましょう」


 足早に二階へと向かうムルカとテオを見ながら、時雨は「誰も教えてくれん……」と寂し気につぶやいた。

 執務室へ入った三人へ、ソファに座っていた猟犬は、書類を確認する手を止めて、腰を上げて握手を求めた。


「私はアリアネ・リカンスロポスだ。君たちがこの事件の解決に協力してくれた勇気ある者たちだな?」


 話ながら、三人と次々に硬い握手を交し、すぐに書類へと目を戻した。

 猟犬アリアネは白銀のフルプレートアーマーに全身を包み、金色で長髪のストレートヘアをなびかせる、意志の強そうな目をした女性であった。

 身長は時雨と同じほどであり、背中にはその身長と同じほどの長さの鉄板のようなグレートソードを携えている。

 まるで宵闇のように深い紺をしたその刀身は、幾多の試練を乗り越えたことを伝えるように、細かい傷がいくつもついている。


「苗字のあるやつもいるんだな」

「ミョウジ?」


 ムルカが思わず聞き返す。


「『りかんすろぽす』って言ってたろ?」

「あれは『誇りプラウドの名ネーム』ですよ。自分が大切にしているものを名前の後ろにつけているんです」


 一生の誓いのようなものだ、とムルカは説明した。

 そんな二人のところへ、アリアネはつかつかと真っ直ぐ歩いて来て、声をかけた。


「この中だと一番強そうなのは君だな。名前は何と言う?」

「時雨だ。あんたも強そうだな。猟犬って言うんだろう?」

「皆がそう呼ぶだけだ。私自身が名乗っているわけではない」

「偉く格好いい通り名じゃないか。俺もそう呼ばれてみたいものだ」

「君には君に合ったものがあるだろうさ。なに、有名になれば自然とそうなる」


 アリアネと向かいあうようにして座った三人との間を取り持つように、ステラが仕切り始めた。


「では、まずは昨日の依頼、お疲れさまでした。その報告からお願いします」


 そう言われてムルカが立ち上がる。


「私たちは昨日指定された十五か所の事件現場を調べました。結論から言えば、証拠は何も見つかりませんでした。でも、その不自然さから、三人で話しあってひとつの仮説が生まれました。

それが、犯人の二重人格説、です。活性化と同時に別の理性を持った人格が面に出て、事件を起こしているのではないかと、考えました。すでに調べたのなら、余計な推測ですけど、冒険者の中にもいるのではないかと思いました」

「二重人格……」


 ステラは少し考えにふけった。

 活性化と同時に別の人格が発現することはそれほど珍しくない。

 しかし、ほとんどの場合理性は残っておらず、どれもただ凶暴性が増すばかりであり、とてもではないが本能をコントロールして事件を起こしているとは思えない。

 さらに言えば、それは少し無理のある推理である。

 理性が残っているのに事件を起こすというのは不自然ではないか。

 理性を残しながらも暴力衝動を抑えられずに人を襲っているのであれば、それこそ街の外に出た方が賢明であり、何もこれほど沢山の監視のある街でやることはないのだ。

 そう考えると、犯人はスリルを楽しんでいる無法者である可能性も捨てきれない。


「考えれば考えるほど迷宮入りですわね……」

「ステラ、この街にいる獣人は全員調べたと言ったな」

「ええ、お姉様。住民票とも照らし合わせて全員の身元を調べました」

「で、あれば、考えられるのは、虚偽の記載をしている者がいるか、住民として登録していない者がいるか……。どちらにしても探し出すのは困難だというわけか」


 アリアネは呟いたあと、何かを思い出したように手をパンと叩いた。


「……そうだ、君たちの話は聞かせてもらった。クロノスの宝玉を探しているそうだな」


 その言葉を聞いてテオ一人だけが驚く。


「ク、クロノスの宝玉!? あんなの、おとぎ話でしょう!?」

「ああ、その通り、巷に伝わっているものはおとぎ話だ。大昔に起こった神との戦い、そこで使われた力のある宝玉……。だが、その話も完全に嘘と言うわけではない。クロノスの宝玉に関する話の歴史は古く、吟遊詩人の学校では入学してすぐにその歴史を学ぶ。

傲慢で嫉妬深い神『ガイア』とその神に抗った二人の神の子がいかにして勝利し、英雄として歴史に名を刻んだか。今となっては信じている者はいないだろうが、正しく学んだ者は皆その話が嘘ではないと知っている」

「ア、アリアネ様も、その話を?」

「ああ。私は歴史を学んだわけではないが、この目で真実に足る物を見たことがある。正真正銘、本物のクロノスの宝玉だ。三つあるうちの一つがどこにあるのかを、私は知っている。

だから、信じられる。おとぎ話も、これを探しているという君たちのことも。探していると言えば馬鹿にされるような代物を大真面目に探そうというのだから、存在を裏付けるものがあるのだろう? 例えば、三つのうち一つを持っている、とか」


 アリアネは時雨に視線を移す。

 近寄って、首元の匂いを嗅いだ。


「なっ!? 何をするんですか!?」


 ムルカが慌ててアリアネを時雨から引きはがした。

 時雨はその間、アリアネの行動に対して何の反応もせず、いつでも剣を抜ける位置で手を止めていた。


「ずっと気になっていたが、君からは変わった匂いがする。アンデッドのようだが、普通ではないな。生命力だけではなく、魂の入った屍だ。そうなると、君は死霊術師(ネクロマンサー)ということになるな」


 ムルカは一瞬で全てを見抜かれて唖然としていた。

 時雨は淡々と言葉を返した。 


「……確かに、ただの屍じゃない。だが、まだあんたを信用しているわけじゃないからな。詳しくは教えられない」

「それはこちらも同じだ。私も君たちのことはよく知らない。宝玉を何に使うつもりなんだ?」

「取引か?」

「そう身構えなくてもいい。当面は私もこの街の事件の解決に勤しむことになる。宝玉のことを教えるのはその後だな。まあ、手が足りていない現状を見れば分かると思うが、十日先か、二十日先か……。いつになるかは約束できないぞ」


 アリアネの含みのある表情を見て、時雨は頭を指先でポリポリと掻く。


「……分かった。手伝えばいいんだろう?」

「察しがよくて助かる。そちらの二人にも協力してもらおう。危なくないが、必要な役がある」


 そうして、作戦の詳細を説明し始めたアリアネに、一同は耳を傾けた。







 日が落ちて、真っ暗になったギルド会館の前で、時雨、ムルカ、テオ、ステラ、アリアネの五人は最後の打ち合わせをしていた。


「では、再度確認する。私とステラとトキサメが単独で街中を歩き、囮になる。テオとムルカはここで待っていて怪しい人影がギルド会館から出入りしていないか見ていてくれ」

「計画はわかったんですけど、これまでステラさんが一人で見回っていても遭遇しなかった犯人に会えるんですか?」

「そこでこれを使う」


 アリアネは生臭く血の臭いのする小袋を取り出した。


「中身は、まあ、知らない方がいい。とにかく、これを腰につけておけば、活性化で五感が敏感になっている連中には効く。不快な臭いを消そうとしてくるだろう」

「襲ってきたやつを倒せばいいのか」


 時雨がさも簡単なように言う。


「そういうことだ。任せたぞ」

「お姉様も気をつけてくださいね。実力のある冒険者でも姿すら確認出来ずにやられていますから」

「ああ、肝に銘じておく。では、始めよう」


 街の細道を全て頭に叩きこんだ時雨は、決められた順路通りに歩いて行く。

 今日必ず犯人が現れるとは限らない。

 しかし、現れなければ明日、明後日と事が起こるまで何度でも繰り返すつもりだとアリアネは言った。

 時雨たちはあまり長く付き合うことは出来ないと告げたものの、アリアネに情報をちらつかされ、ついには折れてしまった。


 歩き始めて数時間が経った。

 時雨は闇の中に何かの気配を感じていた。

 空か後ろか、狭い路地で潜める場所は多くない。

 時雨はその存在を確認しようとはせず、ただ、襲いかかられるのを待って歩いた。

 意識を向けると感づかれて逃げられる。

 振り向かず、防御の姿勢をとり、ただ、待った。

 その緊張状態がどれほど続いた頃だろうか。

 突如、背後の闇から一筋の閃光が走った。


「そこか!!」


 時雨はふり返りざまに剣を振り下ろす。

 鋼とぶつかり、澄んだ金属音が辺りに響き、時雨は相手の攻撃の勢いのまま吹き飛ばされた。

 まるで自動車とぶつかったかのような質量差と馬力だ。

 時雨は民家の壁にぶつかった衝撃で気を失いかけながら、被害者が犯人を確認できなかった理由を思い知った。

 衝撃による意識の混濁や吐気、とてもではないが周囲に注意を向けられる状態ではない。

 しかし、生憎時雨の体は普通ではない。

 英雄の体が持つ再生能力は外傷に留まらず、内臓や骨のダメージまでもすぐに修復して正常な状態に戻す。

 壁にぶつかって、地面へ倒れ込むまでの間に、それは完了した。

 そのため、時雨は襲撃者の姿を拝むことができたのだ。

 立ち上がりながらその姿を見て、時雨は驚くと同時に納得した。


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