9月9日 目標と現在地を把握し続けること
"目標と現在地を把握し続けること"。これは、野球ノートに書いてある2ヶ条目だ。目標をたてることだけでなく、現在地も意識する。実に難しい問題だった。自分の現在地をきちんと把握できる選手は、そういない。なぜかというと、周りの評価に流されてしまうからだ。俺は、現在地というのは、大まかではいけないと思っていた。というのも、ズレればズレるほどやることが変わってしまうからだ。監督が言っていたように、目標をたてることだけでは意味がなく、それに向かって努力して、結果を出して初めて意味をなすものだと考えていた。
俺が高校時代感じたことは、無駄な努力だった。言い方は悪いけど、俺の周りには無駄な努力をしているやつが多かった。一番そう感じたのが、キャプテンの中田だった。キャプテンかつキャッチャー。そして、俺が野球部を去った後は、4番も任されるなど毎日が忙しかった。しかし、中田が努力していたのは、素振りやバッティング練習、守備練習とかではない。ほとんど、選手との会話や監督との会話だった。俺は、その全てが無駄だと思っていた。たしかにそういう役割は必要だと思う。しかし、無駄な会話は省いてもいいと思っていた。
コミュニケーションが凄いことやみんなから好かれることは悪いことではない。しかし、それで自分の練習時間がなくなるのはよくないと思う。おまけに、終盤はバッティングも不振に陥っていたのだから。それでも、チームは中田にバッティング練習などは求めていなかった。チームをまとめることしか求められていない中田は、なんだか可哀想に思えたのだ。そうした中田の姿を見ていたら、俺はああいう風になりたくないと思ってしまう。
正直、中田が悪いとは思わない。中田のおかげで俺がいい環境で野球ができたのだから。しかし、中田の努力は無駄だとは思う。それが、夏の大会で初戦敗退という結果になって証明されたのだから。俺は、正直結果が全てだと思っている。誰になんて言われようと結果が出ていたのであれば、そのやり方が正しかったと思うし。結果が出ていなかったのであれば、そのやり方は正しくなかったと思う。この考え方がどうかという議論はあるのだろうけど、現時点で俺は中田に対して批判的な見方をしてしまうのだろう。それは、中田が嫌いとか悪いとかそういう話ではない。正しいか正しくないかという話なのだ。野球ノートに記された文言を見ながら、俺は空を見つめた。




