其の三十三 墓掃除
寺務所で線香を購入しライターを借りた俺と花は、「花ちゃんはいつも偉いねえ」とにこにこする住職の奥さんと軽く立ち話をした後、手桶を持って影山家の墓へと向かった。
寺の横に裾野の様に広がる墓は、子供の頃には肝試しの絶好スポットになっていた。今もそうなのだろうか。
子供の数に反比例してこの墓場の土地は広いから、もしかしたらもう行なわれてないのかもな、なんて思った。それほどに、この辺りの高齢化の進み具合には激しいものがある。
今はそんなひやりとする様な雰囲気は微塵たりともなく、どちらかというと厳かな雰囲気に包まれている。年寄りが多いこの地域では、夕方のお墓参りに来る人が多いとは住職の奥さんの話だ。
人影もなく、一瞬自分がいる場所を見失った。まるで死人の国に迷い込んでしまった、そんな気分になる。山から激流の様に襲いかかる蝉の大合唱が、更にこの場の異質さを際立たせていた。
大木と呼んで差し支えのない木が点在し、激しく照りつける日光を遮る。俺と花は影山家の墓に一番近い木陰に避難すると、そこで持参した水筒の冷たい水を飲んだ。日陰で浴びる風はそれでも熱い位で、こんな中墓掃除をするのは大変だな、とやる前から少し及び腰になった。
だが、そんな俺とは反対に、花は元気だ。
「じゃあ宗ちゃん、まずは草むしりからしようか!」
「花、お前なんでそんなに元気なんだ? 暑くないのか……?」
首にタオルを巻いた花が、俺に向かってビシッと指を差す。
「宗ちゃんも、しっかりと運動した方がいいと思う!」
そうだ。花は毎日飽きもせず、このうだるような暑さの中、部活で走って走って走りまくってるんだった。歩いてここまで来る位、花には楽勝なのだろう。
「運動ね……俺、インドア派だからさ」
それは昔からそうだった。太一が陽なら俺は陰。太一だったら部活だって当然していただろうが、太一を演じていた俺はその事実は捻じ曲げ、自分の好む方を選択したらしい。今となっては何をどう考えてそういう流れになったのかさっぱり記憶になかったが、何か適当に理由付けをしてうまいこと逃げていたんだろう。
太一の所為で、逃げ道を用意することに慣れていたから。
また「うっ」と気が滅入ってしまったが、今は太一の愛の重さに思いを馳せるよりも墓掃除だ。
俺達は持ってきた軍手をはめると、夏場になるとあっという間に隙間からにょきにょき生えてくる雑草を抜きにかかった。
◇
影山家の場所だけ草むしりをすればいいという訳ではない。結局両隣の草むしりもすると、あっという間に太陽が真上に来てしまった。
「花ちゃーん! 宗ちゃ~ん!」
太一の墓は、ここからは少し下った所にある。どうもそちらから来たようだ。
「あ、おばさん!」
麦わら帽子の影になった母さんの顔は、暑さからか火照って上気していた。
「母さん、もしかして太一の墓掃除しちゃったの?」
数日ぶりだから大して雑草は生えていないだろうとは思ったが、それでもひとりで炎天下でするには重労働だ。
「まあちょっとだけね。それよりも、お水汲んどいてってお願いしたじゃないのー」
母さんの手には、花束がふた束握られていた。そうか、手桶も水もなかったから、お花を供えられなかったんだ、と気付いた。
つい、言い訳がましくなる。
「母さんが来てからやろうと思ったんだよ」
俺達が積み上げた雑草の山を見て、母さんが笑った。
「そっか、こっちは大変だったみたいね。偉いじゃない、お隣さんのもしっかりやって、さすが花ちゃんね!」
別に花だけじゃないだろうとは思ったが、まあここは影山家の墓だ。俺は何も返さず、ビニール袋に雑草を詰め始めた。花が、母さんに向かって慌てて言う。
「おばさん、早く日陰に入って下さい!」
「今日も暑いわねえ、嫌になっちゃう、ふふ」
母さんは日陰に来ると、帽子を脱いでパタパタと扇ぎ始めた。顔が真っ赤で、ちょっと心配になる位だ。
「母さん、飲み物持ってる?」
「それがすっかり忘れてて」
「母さんって肝心なところが抜けてるよなあ」
苦笑しながら水筒のコップになみなみと水を注ぐと、母さんに手渡す。
「休んでて」
「ふふ、優しくされちゃうと母さん照れちゃうな」
「やめろよな、そういうの」
「ごめんごめん」
母さんは木にもたれかかると、美味しそうに水をくいっと飲んだ。
そんな母さんを見て、改めて宗二に戻ってよかったな、と心から思えたのだった。




