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神隠しの子  作者: ミドリ
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其の十六 川の思い出

挿絵(By みてみん)


一部改稿を行ないました。ストーリーに変更はございません。

 太一が生きていていた頃の俺達を間近で見てきた花なら、当時俺が太一についてどう思っていたのか、聞かずとも感じ取っていたのではないか。


 一縷(いちる)の望みをかけて、花に聞いた。


 花は、迷っている様に見えた。


 俺の足元にしゃがみ力なくぺたりと座り込んでいるの花を、こんな小さくて弱そうなのに一体どれほどの熱量を持っているんだろうか、と全く関係ないことを考えながら観察する。


 顔は小さいし、鼻も小さいし、ついでに頭も小さいから、あの制服の隙間から見える白い肌を見なければ、花を子供の頃のままだと勘違いし、あんなに柔らかいものを持っているなんて考えもしなかっただろう。


 先程直に触れた花の胸の感触が手に甦り、これは今思い返しては駄目な種類のものだと悟る。考えると、自分のした質問なんて忘れてまた触れたくなってしまうから。


「花、頼む、知ってたら教えてくれ」


 自分自身の欲求から目を逸らす為にも、花に懇願した。自分でも知らなかった。自分の中に、こんなにも理性を失うほどの衝動が潜んでいたことを。


 何か返事をしてくれないと、また何とかして花の上に乗りたいと思ってしまう。だから頼む、答えて。


 そんな馬鹿みたいな祈りが届いたのか、花の目がようやくしっかりと俺を見返した。


「宗ちゃんは……」

「うん」


 次を促す様に頷く。自分のことを花から教えてもらうなんておかしな状況ではあったが、どうしても知る必要がある様に思えた。


「宗ちゃんは、いつもちょっと迷惑そうだった様に、私には見えたよ」

「迷惑そう……」


 花には戸惑いや抵抗が見えたが、それでも一度話し始めたからだろう、もう途中で止めようとはしなかった。


「宗ちゃんは、いっちゃんについては殆ど何も言わなかったけど、いっちゃんてすごく元気な子だったでしょ?」

「元気が良すぎる位だったな」


 俺が頷くと、花が小さく笑った。


「私もその頃は引っ込み思案だったから、他の人に会話に割り込まれると、もう喋ったりすることが出来なかったんだけどさ。いっちゃんは宗ちゃんと私が話しているとよく割り込んできたから、宗ちゃんがよくそれに対して嫌そうな顔をしてた」

「会話に割り込む……」


 三人で遊んでいた時のことを、頑張って記憶の引き出しから取り出す努力をしてみる。いつも花のことばかり気にしていたから、正直太一に全く注目していなかったみたいだ。記憶にある映像の中に、太一が殆ど映り込んでいないことに改めて驚いた。


 俺の記憶の中心には、花ばかりがいた。


 しゃがんで泣いている時のうなじ。小さな背中に垂れる真っ直ぐな黒髪。俺が顔を覗き込む時だけ、安心した様な笑顔が返ってくる時の優越感。


 俺の記憶の視界の端には、太一のよく日に焼けた足がちらちらと映り込んでいる。その他は、太一の手だ。俺がいつも花ばかり見ていた所為で、ここ最近俺が見かける様になった太一と思われる子供が足か手しか見せないんじゃないか、とふと思った。


 花が見上げて俺を見つめている。そうされると、征服感が満たされていくことに気が付いてしまった。花は俺のものだ。俺だけのものなんだという強烈な想いが、胸を締め付ける。


「いっちゃんは私が泣くと、すぐ宗ちゃんに帰ろうって言ってた。でも宗ちゃんはいつも私が泣き止むまで慰めてくれたから、いっちゃんが先に帰ろうとして、でも宗ちゃんはついて行かなくて、暫く怒ってるけど宗ちゃんが相手にしないからまた戻ってきて、の繰り返しだった」


 その光景は、容易に目に浮かんだ。


 太一は明るくてはっきりした奴だったから、俺達三人の中心は太一だと何となく思っていた。だが、花のこの言葉によると、実際の中心人物は、どうも俺だった様だ。


 必死で思い出の引き出しの中を(まさぐ)る。あの日じゃない別の日のことなら思い出せるかもしれない。花と俺が溺れたあの日のことを、頭から思い返してみた。


 俺は先に川に入り、花が来るのを待っていた。でも花は怖がってて、大丈夫だから飛び込んでと言ったら、いつの間にか花の後ろに太一が立っていた。花の驚いた様な表情が、俺の中でスローモーションで脳裏に流れる。


 太一の顔は、にやけていた。にやけた後に、久々に俺が太一の顔をしっかりと見ていることに気が付いて、太一の笑顔が消えた。


「あ」


 そうだ、そうだった。あの後の大騒ぎの所為でそれを問い質すことはしなかったが、あの後暫く太一が俺の様子を窺う感じだったのは、はっきりと覚えている。


 花は俺をじっと見続けている。俺があれこれ一人で思い返しては百面相をしているのを、ただじっと待っていた。


「――花」

「うん」

「花、溺れたあの時さ……」


 まだ質問の全てを発していないというのに、花の顔には一瞬で諦めの表情が浮かんだ。なんだこれ、どういう意味だ?


「……花、太一に押されて落ちたのか?」


 僅かな躊躇の後、花がゆっくりと頷いた。ああ、この顔は冗談なんかじゃない。本当だったんだと思わせるには十分な、真剣な眼差しだった。そして俺自身の記憶とも合致する。


「……それ、他の人には」

「言ってない。宗ちゃんが大変なことになっちゃったし、私怖くて怖くて」


 俺が溺れた所為で、花はそれを誰かに話す機会を失ったのか。当時は物凄く気弱だった花だ。あんな大騒ぎの後じゃ、きっともう何も言うことなんて出来なかったに違いない。


「……それに、いっちゃんが『絶対に言うな』って。言ったら学校に行けない様にしてやるって」


 花が目を伏せた。


「え……?」

「今考えれば、いっちゃんも自分がやったことが大変なことになっちゃって怖かったんだと思うけど、でも、その言葉があったから、私は誰にも言わないことに決めたの」


 きっぱりと言った花を見て、俺は何も返すことが出来ず、ただ己の唾をごくりと嚥下した。

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