第5話 友達
ズドォォン!!
ヴィランの身体が凄まじい勢いで
地面へ叩きつけられ、砂埃が舞い上がる。
その先に立っていたのは――ジャスティス!
「ここなら少しくらい暴れても
被害は出ねぇな……!」
ジャスティスがヴィランへ構えを取る。
「ヒーロー如きが……舐めやがって!」
ヴィランは両腕を身体の前で交差させた。
「俺の“毒”をいつまでも
かわせると思うな!!」
両腕を勢いよく振り開くと
無数の毒弾が散弾のように放たれた。
降り注ぐ毒弾へジャスティスは自ら駆けていく。
迫る弾を最小限の動きでかわし、
避けきれないものだけを――
ブォン!!
腕の一振りで生じた衝撃波が
まとめて吹き飛ばす!
「なっ……!?
こ、この化け物が……!」
毒弾の雨を突破したジャスティスは
既にヴィランの目の前まで迫っていた。
「ぐぉ……!!」
その身体を蹴り上げ、宙へ打ち上げる。
ジャスティスは瞬く間に追いつくと空中で
身体を反転させ――地上へ蹴り落とした!
ズドドォォン!!!
ヴィランは地面へ叩きつけられ、
そのまま意識を失った。
「……ふぅ。よし、終わったな」
ジャスティスは地上へ降り、
腕のH-LINKを操作する。
「こちらジャスティス。
ヴィランの制圧完了。拘束と回収を頼む」
周囲へ被害を出すことなく任務は完了した。
その背中を一人の男が遠くから見つめている。
バチッ――
指先に一瞬だけ雷がほとばしった。
「“今の状態”でここまでやれるか……。
思ってた以上に楽しめそうだな」
男は低く笑い、その場から姿を消した。
♢
ヒーロー協会本部でもジャスティスの変化が
話題になっていた。
「すげぇ~またジャスティスの記事だ!」
新人職員がネット記事を眺めながら
声を上げる。
「最初は半信半疑な記事ばかりだったのに
最近は肯定的なのも増えてますよね。
今じゃ半々くらいですか?」
「半分も肯定的なら十分だろ」
ベテラン職員が仕事の手を止めた。
「今まで散々やらかしてきたんだ。
そう簡単に全員から信用されるわけないだろ」
「確かに。この前ハカネェに被害リストを
見せてもらいましたけど半端なかった
ですもんね。あれじゃ定時帰宅なんて
夢のまた夢ですよ」
「……私のことまた“ハカネェ”って
呼びました?」
新人職員の肩が跳ねた。
恐る恐る振り返るとそこにハカネェが
立っている。
「……いつからそこに?」
「割と最初から……」
気まずそうに目を逸らした新人職員は
あることに気付いた。
いつも両腕を埋めるほど抱えている書類が
今日は明らかに少ない。
「あれ? 書類、だいぶ減りました?」
ハカネェは背を向けたまま答える。
「ジャスティスさんの出す被害が
激減したんです」
そして僅かに弾んだ声で続けた。
「……今日も定時で帰れそうなの」
「…………!」
新人職員とベテラン職員が顔を見合わせる。
こんな嬉しそうなハカネェを見たことが
無かったからだ。
「私、これから一番大事な仕事が
ありますので……!」
ハカネェは足取りも軽く、
定時帰宅へ向けた準備を始めた。
♢
「天城! 待たせてわりぃ!」
空から降りてきたジャスティスの声が
公園に響く。
「あっ、ジャスティス!」
「ほんとだ!」
遊んでいた子供達が一斉に駆け寄ってきた。
「今日もヴィラン倒したの!?」
「ああ! もちろんだ!」
「すげぇ!」
「じゃあ、あるんだろ!?
ヴィランを倒す必殺技!」
「ひ、必殺技!? なんだよそれ……」
「ヒーローは絶対使うんだぜ!」
矢継ぎ早に話しかけてくる子供達へ
ジャスティスは戸惑いながらも一人ずつ
応えていく。
少し離れたベンチで優はその賑やかな声に
耳を傾けていた。
姿は見えなくても子供達に囲まれて慌てる
ジャスティスの様子は容易に想像できる。
「……さらに待たせちまった!
あいつら、中々離してくれなくてよ」
困ったように言いながらもその声は弾んでいた。
「いや、子供達に囲まれて慌てる君の声が
面白かったから退屈しなかったよ」
「あっ! だからお前ずっと笑ってたのか!
嫌な奴!」
冗談めかして返した直後、
ジャスティスが慌ててポケットを探る。
「や、やべぇ! 大事なことをメモするの
忘れるところだった!」
“ヒーロー記録”を取り出し、
開いたページへ何かを書き込んでいく。
「その“ヒーロー記録”、
いつも何を書いてるんだ?」
「べ、別に大したことじゃねぇよ。
覚えておきたいこととか
大切なことを書いてるだけだ」
優は悪戯っぽく笑った。
「“大したことじゃない”なら
僕にも教えてくれるね?」
「……“その顔”をする時の
お前ちょっと嫌い!」
ジャスティスは暫く黙った後、
観念したように答えた。
「……必殺技」
「え?」
「『ヒーローに必須!
必殺技を習得せよ!』って書いた……」
「さっきの子供達に言われたからか?」
「そ、そうだよ! アニメでもゲームでも
ヒーローは皆、必殺技を使うらしい!
なら俺も使わなきゃだろ!!」
「……君らしくていいんじゃない?」
「“その顔”やめろぉぉ!!」
優は暫く楽しそうに笑っていたが
やがてふと黙り込んだ。
「……君は変わってないな」
「ん? 突然なんだよ?」
「いや……ただの独り言だよ」
優はそれ以上話さず、
ジャスティスも今は問い詰めなかった。
短い沈黙の後、ジャスティスが正面を向く。
「……天城」
「なんだい?」
「俺さ、お前に会ってから色々変わった
と思う。今日みたいに子供達が寄ってきて
くれることなんて今までなかった」
照れ臭そうに頭を掻く。
「だから、なんだ……その……ありがとな」
「……急だね」
「う、うるせぇ。こういうのは
思った時に言わないと駄目なんだよ……!」
だが、その先の言葉は喉に引っ掛かった。
どんなヴィランを前にしても感じなかった
緊張に両拳を強く握る。
断られたらどうする? 違うと言われたら?
そんな考えが頭の中を何度も巡る。
ジャスティスにはこれまで、“そう呼べる相手”が
一人もいなかったからだ。
それでも勇気を振り絞る。
「……天城」
「?」
「……その……」
出来るだけ何気ないふりをして
その言葉を口にした。
「……俺達、“友達”だしな」
「……」
優は何も答えなかった。
僅か数秒の沈黙が酷く長く感じられる。
『そう思ってたのは俺だけだったのか……?』
「……違うのか?」
先程より小さくなった声に優が穏やかに笑う。
「……違わないさ」
「……え?」
「僕達は友達だよ」
ジャスティスの表情が一気に緩んだ。
慌てて口元を引き締めるが全く隠せていない。
「そ、そうか!
まあ俺もそうだと思ってたけどな!」
「先程まで随分緊張していたようだけど?」
「してねぇ!!」
「声がぶるぶる~ってしてたよ?」
「……気のせいだ!」
「ふふっ。
そういうことにしておいてあげるよ」
ジャスティスは顔を背けたが頬の笑みは
消えなかった。
再び手帳を開き、何かを書こうとして
ペンを止める。
「書かなくていいのか?」
ジャスティスは手帳を閉じて
そのままポケットへしまった。
「いや、これは大丈夫みたいだ」
「?」
「忘れるわけがない……!」
その言葉に優は懐かしさと僅かな寂しさの
滲む笑みを浮かべた。
「…………」
またその顔だ。
時々、天城はまるで自分の知らない
“何か”を知っているような顔をする。
「……なあ天城。
お前、何か俺に隠してないか?」
ジャスティスから笑みが消えた。
「さっきも俺に“変わってない”って
言ったよな。前々から思ってたんだ。
天城は俺の知らない
俺を知ってるんじゃないかって」
優の白杖を握る手に僅かに力が入る。
「……君は君さ」
「それ答えになってないぞ?」
優は白杖を手に立ち上がった。
「……今日はもう帰るよ」
「おい、天城」
「……少し話しすぎたみたいだ」
ジャスティスは暫く黙った後、
自分も立ち上がる。
「……なら家まで送る」
「…………」
「“友達”なら送ることもあるんだろ?」
優は少しだけ笑った。
「……覚えるのが早いな」
♢
二人は並んで歩き始めた。
ジャスティスは優の歩幅に合わせ一定の間隔で
響く白杖の音を聞きながら隣を歩く。
“友達”になれたことは間違いなく嬉しい。
だが同時にジャスティスは初めて気付いた。
自分は天城優という青年のことを何も知らない。
夕闇の中、隣を歩く優へ視線を向ける。
――天城、お前は一体何者なんだ。




