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アンチヒーロー A⇒H 【改稿版】  作者: ひげもじゃ


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第1話 最強はまだヒーローを知らない

この世界には、生まれながらに人知を超えた

〝能力〟を持つ者達が存在する。


炎を操る者。

常人離れした怪力を持つ者。

空を自在に駆ける者。


かつて彼らは異端として恐れられ、

迫害された。

だが、時代は変わった。


今や能力者は世界各地に存在し、

その数も近年急増している。

やがて社会は彼らを受け入れ、

その力を人々を守るために使う者達を

一つの職業として認めた。


――ヒーロー。


一方、力を持つ者全てが善人とは限らない。

己の欲望のために能力を使い、

人々を脅かす者達。


――ヴィラン。


ヒーローとヴィラン。

異なる力を持つ者達の存在が当たり前となった

現代に、世界最高峰の力を持ち、

現役最強とさえ呼ばれる一人のヒーローがいた。


だが、人々は彼を称えるどころか嫌っていた。


その男の名は――ジャスティス。



少女の手を離れた赤い風船が空へ昇っていく。


「任せろ!」


青と白を基調としたスーツに風になびくマント。

ジャスティスが空を駆けていた。


その姿が見えた瞬間、商店街に緊張が走る。

八百屋の店主は果物の箱を店の奥へ押し込み、

魚屋は店先の商品を抱え、向かいの店主は

看板を両手で押さえた。


「ジャスティス!

 今日は頼むから風船だけにしてくれよ!」


リンゴの箱を庇いながら八百屋の店主が叫ぶ。


「分かっている!」


今日は失敗しない。

ジャスティスはヴィランとの決戦を

前にしたような面持ちで速度を落とし、

慎重に風船へ手を伸ばした。


……風船は――無傷だった。


「よしっ! 取ったぞ!」


ジャスティスは空中でガッツポーズを決める。


「ありがとう!」


少女の笑顔にジャスティスも満足そうに笑った。


数々の失敗を踏まえ、

今度こそ慎重に地上へ降りる。


――本人は、そのつもりだった。


「あ……」


路面が砕け、リンゴが宙を舞う。

看板は倒れ、魚屋の発泡スチロール箱は

中身をぶちまけながら転がった。


商店街から音が消える中、

ジャスティスは足元を見た。


「……少し強かったか?」


「リ、リンゴ!

 どこが少しだ!」


八百屋の店主が散らばったリンゴを必死に追う中、少女だけが笑っていた。


「ジャスティス、ありがとう!」


ジャスティスは今度こそ慎重に

少女へ風船を差し出す。


「もう離すなよ!」


「うん!」


飛び立とうとして、ふと動きを止めた。

自分が起こした惨状を改めて見渡す。


「あの……」


店主達が身構えた。


「片づけを手伝おうか?」


「だ、大丈夫だ!

 後は俺達でやる!

 気持ちだけは受け取っておくからよ!」


返事は早かった。


「……そうか」


肩を落としたジャスティスは

今度はゆっくりと空へ昇った。

手を振る少女に気づくと、ジャスティスも笑って

手を振り返し、その姿を背に商店街を後にした。



ここはヒーロー協会本部。

数多のヒーローが所属し、

その活動を支える組織の中枢だ。

ジャスティスもまた、その一員だった。


ジャスティスは机に向かい、

一冊の手帳を開いていた。

表紙には大きく『ヒーロー記録』と

書かれている。


そこへ今日の出来事を書き始めた。


『風船は助けられたが、

 リンゴはコロコロしていた。

 また商店街の皆に迷惑をかけてしまった。

 次こそは気を付けよう。

 ……だが、少女が笑顔になってくれて

 良かった』


書き終えたジャスティスはペンを置き、

椅子の背もたれに身体を預けた。


「はぁ……」


そこへ協会職員が一枚の書類を手に現れる。


「商店街の修理費、また増えましたよ」


「……風船は無事に助けた」


「〝風船だけは〟 では?」


「少女は笑顔で俺に手を振ってくれたんだ」


「〝少女だけは〟 では?」


「…………」


職員は書類に目を落とした。


「商店街は散々です」


返す言葉もなく、

ジャスティスは再び手帳を開く。


『……次は風船だけじゃなく、

 商店街も守ろう』


職員は深くため息をついた。


その時、警報が鳴り響く。

ジャスティスの表情が変わった。


モニターに映し出されたのは

ガードレールを突き破り、今にも湾岸道路から

転落しそうな大型バスだった。


『大型バス、落下の危険あり!

 乗客多数』


ジャスティスは勢いよく立ち上がった。


「行ってくる!」


ガシャァン!


窓ガラスを突き破り、空へと飛び出す。

残された職員は割れた窓を一瞥し、

書類に一行書き加えた。


「……窓ガラス一枚追加。

 修理費は給料から天引きしておきます」


遠ざかるジャスティスの背中を見送り、

ぽつりと呟く。


「……給料、大丈夫そ?」



湾岸道路では、バスが車体を軋ませながら

少しずつ外側へ滑っていた。

車内に悲鳴が響き渡る。


その時、落下しかけた車体が止まった。


「……え?」


乗客達が息を呑む。

バスの下には、両腕で車体を支える

ジャスティスの姿があった。


「もう大丈夫だ!」


車内から歓声が上がる。

だが、支えているのがジャスティスだと

気づいた何人かからは、何故か悲鳴も上がった。


だが、まだ終わっていない。

歪んだ車体が不気味な音を立てている。


「早く引き上げろ!」


先行して現場に駆けつけていた救助隊長が

声を張り上げた。


「待て!」


ジャスティスは車内へ目を向ける。

負傷した乗客も多い。


「急には動かせない!」


バスを支えたまま、

ジャスティスは動けなかった。

いや、動かす自信がなかった。


一気に引き上げれば、また力加減を誤り、

乗客ごと潰してしまうかもしれない。

その恐怖が、それ以上の力を込めることを

躊躇わせていた。


「……おい」


ジャスティスが顔を上げる。


「そのまま支えてろ。

 乗客は俺達が降ろす」


「だが――」


「お前が支えている限り、

 バスは落ちないんだろ?

 なら、全員を救助する時間はある」


救助隊長は仲間達へ振り返った。


「救助開始!

 負傷者を優先しろ!」


隊員達が一斉に動き出す。

ジャスティスはバスを支える両腕へ意識を

集中させた。


今は避難が終わるまで支え続ける。

それが俺の役目だ!


やがて最後の乗客が救助隊員に抱えられ、

車外へ運び出された。


「ジャスティス、救助完了だ!」


「……よし!」


その声を合図に、ジャスティスは周囲へ

被害を出さないよう、慎重にバスを道路上へ

引き戻した。


乗客は――全員無事だった。


ジャスティスが安堵の息を吐いた時、

一人の少年が駆け寄ってくる。


「ジャスティス、ありがとう!」


そのまま足へぎゅっと抱きつかれ、

ジャスティスは固まった。


触れても大丈夫なのか。

迷った末、少年の頭に指を一本だけ

そっと置く。


「……怪我はなかったか?」


「うん!」


少年は満面の笑みを浮かべた。

駆け寄ってきた母親に手を引かれ、

少年は何度も振り返って手を振る。


ジャスティスも僅かに笑い、

小さく手を振り返した。


そこへ救助隊長が歩み寄る。


「おかげで助かったよ」


「……俺はバスを支えていただけだ。

 大したことはしていない」


「何言ってんだ。

 そこにいた全員が自分に出来る事をやった。

 それだけのことさ」


救助隊長は救助された人々へ目を向けた。


「助かったよ……ヒーロー」


ジャスティスは何も答えられなかった。



夜。

ジャスティスは公園のベンチに座り、

一人で缶コーヒーを飲んでいた。


大型バスの乗客は全員無事。

ニュースでは珍しく、その救助活動が

称賛されている。


それでも、胸の奥には

何かが引っかかっていた。


「……〝ヒーロー〟か」


これまで、強ければそれでいいと思っていた。

強ければ多くを救え、事件を早く終わらせれば

被害も減らせる。それがヒーローだと。


多分、それ自体は間違っていない。


だが――


ジャスティスは自分の手に目を落とした。


この手は大型バスを軽々と支え、

強大な能力を持つヴィランさえ倒せる。

それなのに、力加減を誤るのが怖くて、

少年の頭にさえまともに触れられなかった。


一歩間違えば、バスの乗客達も――。


「難しい顔をしているね」


不意に隣のベンチから声がした。

先程まで誰もいなかったはずの場所に

一人の青年が座っている。


細い身体。膝の上には白杖。

その目はジャスティスへ向けられていなかった。


いや――見えていないのか?


「……いつからいた?」


「今……かな?」


「…………」


「まあ、そんなに警戒しないでよ」


青年は小さく笑った。


「今日のバス事故、

 全員無事だったみたいだね。

 それなのに随分浮かない声だ」


「……ああ」


ジャスティスは少し黙った後、口を開いた。


「俺は今まで、強ければ多くの人を救える。

 それがヒーローだと思っていた。

 でも……それだけじゃないのかもしれない」


そこまで話して、ふと我に返る。


何故、俺は初対面の男にこんなことを

話している?


それでも嫌な感じはしなかった。

むしろ、どこか懐かしい。


青年はそれを黙って聞き、静かに尋ねた。


「君はどうしてヒーローになったんだい?」


「……何?」


「単純に君が強かったから?

 それとも――誰かを助けたかったから?」


ジャスティスは答えに詰まった。

自分は何故ヒーローになったのか。

そんなことは一度も考えたことがなかった。


「まずはそこから考えてみたら

 いいんじゃないかな?」


青年はベンチから立ち上がり、歩き出した。

ジャスティスはその背中を見つめる。


細く非力に見える身体は

自分とはまるで違っていた。


「待て」


青年が足を止める。


「お前の名前は?」


青年は僅かに顔を向けた。


「天城……天城優」


「俺はジャスティスだ」


その名を聞いた天城はどこか懐かしむように

小さく笑った。


「知っているさ。

 世界で一番嫌われているヒーローだろ?」


「……おい」


「でも……」


天城は再び前を向いた。

白杖の音が夜の公園に響く。


「世界で一番、

 ヒーローであろうとしている人だ」


ジャスティスは何も言えなかった。


ただ、その言葉だけが強く胸に残った。

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