星見祭二日目 1.サークル体験入部祭り
《円と黄金はこの世で一番美しいものである》
お金(円)は美しい。
価値や黄金の見た目の話だけではない。
日本人は何故お金の単位に円を用いたのか。
世界最古の丸い石だったからとか。
諸説ある。
ただ自然界では円と黄金は密接に関係している。
《黄金比》である。
正方形を円の放射線上に並べていくと美しい弧を描くのだ。
貝殻の模様然り、台風、銀河、植物。
植物の葉序(※フィロタキシス)などが有名だ。数学的な法則性が見られる。
それらは全部中心は円環、拡張は黄金比なのだ。
美しい対応である。
形としても美しいのは勿論だが、円《サークル》の文学的な哲学的とも言える解釈はまた美しいのだ。
完全・平等・終わりなき循環。
成長・調和・生命の拡張。
故に、円とは「完全な場に、最も美しい成長が宿る」
そして円とは組織の形を表すものである。
上下がなく、中心が固定されない
「サークル(Circle)」という言葉には、上下関係のない「円形」の集まり、という意味がある。
有名なのは円卓の騎士だろう。
王ですら上に立たない卓。
平等の象徴。
故に《サークル》活動とは。
上下関係なく。
好き同士が集まる。
オタクのオタクのためのオタク文化のことを指すのである。
日本人の《オタク文化》は幽玄異郷に古来から根深く密接に関わっている。
オタク文化という円の中で、いかにして黄金(至高の作品)が産まれるか。
《好きは最強の黄金を産み出すのである》
※フィロタキシス(Phyllotaxis)」は、日本語で「葉序」と訳される植物学の用語です。
簡単に言うと、「植物の葉や種が、茎の周りにどのようなルールで並んでいるか」という配置の法則のことです。
【幽玄異郷のオタク文化の根源は円と黄金と】著 S.M
「はあ………黄金比。美しい………」
りんは書物の世界にトリップしていた。
本が好きだ。
本は読むだけで色んな所へ旅をし探検し、登場人物とも友達になれるのだ。
それに。
本を読むことは作者との対話でもある。
本の文章思想は作者の思想そのものなのだから。
作品は作った人を如実に表すのだ。
ーーー理論的であって、哲学的でもある。
難しいことを詩のように彩っている。
その中に静かな情熱がある。
御嶽さんそのままの文章だなあ………。
たまに創作すると豹変する人もいるがそれもまた味である。
「………また読んでるな」
「書物オタクのりん様は今日も読書ですか?」
喧騒の最中、木陰で休むりんがいそいそと書物を取り出すのは日常だ。
それらが毎回《変なタイトル》らしく。
いつも岸がけげんな顔をし澪が質問攻めにする。
「すっごい面白いんだよ!!御嶽さんの書籍!!」
「だからって《サークル体験入部祭り》の最中立ち読みするほどか?」
岸はツンツンと本をつついた。
早く仕舞えといった仕草だ。
それを更に胸に抱き込んでりんは首をふるふる振りながら立ち上がった。
そして。
本日の《バイブル》として掲げ上げた。
「あのね?
坩堝学園のサークルってね?
《学園公認の予算を貰いながらオタク活動をすること》なんだよ?
そんな祭りのお供にはこれしかないじゃない!!」
岸はため息。澪はパチパチと拍手を送る。
「祭りがメインだよな?本がメインじゃないよな?
お前は本見てるとウットリするから現実の狭間から目覚めるか心配になるんだよな………。オタクはのめり込むと一直線だろ?………危なっかしいんだよ」
「どっちだろうとりん様は楽しんでらっしゃる!!
それにりん様はか弱くはないのだ!!
いちいち心配するな!
細かいことをいちいちメソメソするな!女々しいやつめ!」
「お前こそ、いちいちぷりぷりするなよ………」
そう。
星見祭二日目は《サークル体験入部祭り》が開催されていた。
その名も《黄金探し祭り》である。
また何か怖い由来のあるイベントなのかと新入生は身構えてしまった。
あまりに一日目が過酷すぎたのだ。
星見祭の鬼ごっこで《堕ち星の花冠》を嵌められた子は確かにそのサークルに強制入部とルールにはあった。
その《入部》とは体験入部だった。
あくまで《入部》は新入生の自由である。
兼任も可能なのだから思ったよりサークル同士は殺伐としていないのだ。
「最初からこのイベントで良くね?」
俺等の死闘はなんだったんだよ………と天を仰いでいる岸の肩を叩く。
岸の言う事はごもっともである。
それにしても。
さっきから岸の目線が呆れている。
それは一心に書籍の裏に注がれていた。
読みたいのだろうか。
もう100回は読んだから貸すよと言ったらさらに呆れられた。
「御嶽さん。御嶽さんね〜。
養子斡旋してから会いにも来ない薄情な大人。
よくそんなに崇拝出来るな」
「あ。岸も寂しがってますって手紙で伝えるね」
「はぁ?!書くなよそんなこと」
「ごめんごめん。自分で書きたいよね?
また大きなお世話しちゃった」
「俺をツンデレみたいに言うな」
澪がやれやれと首を振りながら岸をチラりと見たあと、後ろからりんを抱きしめた。
最近雷クラスの女子の流行りみたいだ。
りんを抱きしめた後だいたい男子にドヤるまでがセットらしい。
「りん様。
岸のやつは《御嶽》という方に嫉妬しているのですよ。
俺のほうが近くにいるのに〜って。
俺のほうが守ってるのに〜って。
いじけてますよ。矮小なやつなのです。
岸と書いて矮小男と読みましょう」
「………………?現し世からの仲良し一番は岸だよ?」
「………あぁ。仲良しだな。一番。一番かあ………」
岸が嬉しいのか照れくさいのか訳が分からない顔をする。
りん的には《大好き同盟》にいれたいのだけど。
女の子達に《男子に簡単に大好きを言うのは残酷なのだ》と教えてもらった。
好きの種類も表現も気をつけなきゃいけないらしい。
何故なら。
男は馬鹿だからと。
岸は頭が良いから大丈夫だと主張しても駄目らしい。
「岸。何故不服そうな顔をする。誇れ。
りん様の一番だぞ?贅沢なやつめ。
私すら知らん現し世時代のりん様を知るお前に、私がどれだけ嫉妬しているか。
殺されていないだけありがたいと思え」
「そこまでの狂気と殺意を隠しもしないお前はすげぇわ………。」
「澪ちゃんは女の子仲良し一番だよ?」
「ありがたき幸せ!!本日を喜んで一番記念日にして我が家では規定させていただきます!!」
「するなするな」
時に好きは狂気と殺意も含むらしい。
哲学的な世界だ。
りんにはまだまだ知らない世界が広がっている。
「でも。確かにあの《御嶽》という方。
りん様が憧れるのはわかります。
只者ではありませんでしたね………。
式典の夜に見た限りでも。
あの巨体を支える翼の付け根の筋の強靭さ。
式典服越しにわかる密度の高い筋肉の厚さ。
あれはフィジカルを大分鍛え抜いた身体の造形でした。
ふむ………。鍛え方を御教示願いたいものです」
「「ほ〜〜〜」」
岸とりんは感嘆の声を漏らした。
御嶽を他者から見るとそう見えるのかと新たな発見だった。
「ま。確かに只者ではないだろうな。
真神教諭の知り合いだぞ。目つきがそうだった」
「真神卿との交友。強いものは強いものと惹かれ合うのですね」
「うん!仲良し!って感じの雰囲気と匂いだったね」
澪から見る御嶽を知るのは面白い視点だ。
りんのイメージはどうしても現し世での御嶽が全てだ。
勇者オタクで魔獣オタクの子供に優しい不思議な人。
りんにとって幽玄異郷を体現した人なのだ。
だからかもしれない。
書籍で彼の影を追ってしまうのは。
「澪ちゃんは鍛え博士だったんだね?
私、身体つきとか見ても大っきいなあくらいしか思わないもん。
澪ちゃんは騎士のお勉強してるから人体のお勉強もしてるのかな?すごいなあ………。鍛えオタクだね?」
「オタク仲間で嬉しゅうございます!!りん様!!
好きというよりは《生まれたときから共にいた相棒を育てる》感覚ですね。身体を鍛えるということは。
ただ私が一番推していることは何かと申しますとやはりりん様の日々の健やかさを360度崇めることでしょうか。りん様の美しさも偉大さもカリスマも毎分毎秒更新され留まる所を知らぬのです。何故りん様は可憐の中にイケメン王子様を内包させているのか。さらに女王の貫禄の中に慈愛の女神も隠していらっしゃるのか。謎が謎を呼ぶパンドラの箱。魅惑のデパート。りん様は尊い!!」
「お前は息継ぎしないでどれだけの文章を言えるかオタクか。ノンブレスはやめろ」
「貴様はツッコまずには居られないオタクか!
好きを語るには空気が足らんのだ!やむを得んだろうが!」
「なんだぷりぷり」
「なんだメソメソ」
ほっぺをくっつける勢いでの舌論をしている。
仲良しだ。
二人は星見祭の夜以降なんか気安くなった。
遠慮がなくなったと言うのか。
仲良しだ。
これが一番しっくり来た。
「うふふ!三人で「仲良し同盟」だね?」
二人は勢いよく振り返った。
その瞳がキラキラ輝いている。
たぶん。
りんも同じ瞳をしているんじゃないだろうか。
だって。
もう二人から《嬉しい》って匂いがしたから。
「仲良し………同盟。うん。今はそれで十分だ」
「ふふふ。私は《大好き同盟》も加入してますから。
岸よりも一歩先なのですよ。同じ女にしか分からないこともありますしね〜」
「うるせ〜ぷりぷり」
「なにお!メソメソ」
また二人で小突き合っている。
平和だ。いつも通り。
「じゃ」
「自分だけの《黄金探し》にいくぞ!」
「「お〜〜!!」」
今度こそ平和な祭りの始まりだった。
「りんさん!!本当にごめんなさい!!
君が望むなら僕は退学でも切腹でも何でも甘んじる!!
君が嫌悪感を抱くようならこの世から消えることも………」
「へ」
「待て待て待て待て。星落ち着けや」
祭りだからと雷クラスの皆と合流した瞬間。
神妙な顔の星が猿田やアンテ、琥珀と何故か真神教諭も伴いりんの前に土下座をしたのだ。
それはそれは綺麗なスライディング土下座だった。
幽玄異郷にもあるみたいだ。土下座が。
因みに真神教諭は仁王立ちだ。
そこは動じなかった。
幽玄異郷にはやはりなかった土下座を岸が教えたらしい。
真神教諭がいつもよりも厳かに神妙な顔で説明したのは、確かに。
星が泣きそうなのにそれすら赦されないみたいな顔をするだけのことだった。
淡々と説明する真神教諭の声にもその重大さが滲む。
クラスの皆がみな《共犯者です》といった雰囲気の匂いを発する。
まさかの女の子達まで知っていたのだ。
そこに言い訳も罪を逃れようとする小賢しさもなかった。
なら。
りんが言うことは一つしかなかった。
「ありがとう。私のためにすごいすごい悩んでくれたんだね」
りんは星を立たせた。
並列するように座る雷クラス皆を。
その皆の手を握り込みながらブンブン振りながらりんは唸った。
笑い飛ばすのは出来る。
軽く、罪すらなかったかのようにするのも簡単だ。
だってりんは全然怒ってないし恨んでない。
現し世の法律と幽玄異郷の法律が違う。
星がりんが大事だからこそリリスを告発してしまった。
それは《正しい》ことだし悪意もなかったから。
でも。
「ん〜〜ん。
ごめんね皆。
私がね。皆に早く背中の傷のこと話してたら起きなかったんだよ。
それにね。
一番大変な思いして死にそうになったのはお母様だから。
赦してもらえなかったら一緒に罰もらおうか?
私もまだお母様に謝ってないから、一緒に謝ってくれるかな?ね?
一緒に謝りに行こ?」
空気が止まった。
真神教諭の顔がどんどん険しくなる。
何故か皆がお互いに顔を見合わせ困った顔をした。
一番動揺したのは星だった。
りんが握り込んだ手を震わせて目も泳ぐ。
「りんさん………は。恨まないの………僕を」
まるで恨んでほしいのか欲しくないのか分からない顔をしていた。
「恨まないよ。お母様は無事だった。
だから私は大丈夫だよ。
そりゃ。お母様が死んじゃったら。恨んだと思うよ。
でも。大丈夫だった。
大丈夫になるように星君が真神せんせいにお願いしたから動いてくれた大人の人もいるって。白哉さんからは聞いてたんだ。あ。白哉さんはうちの執事さんね。
迷惑かけた………大人の人達はいるよね。
そっちにも謝りにいこうか。
ごめんね………《謝り行列同盟》になっちゃったね?
真神せんせい。お母様はこのことご存じですよね?星君が告発したこと」
「あぁ。把握してる」
「じゃ今度皆でおうち来て。
学園だとたぶんお母様にわざわざ謁見?みたいになりますよね?真神せんせい」
「あぁ。いくら娘の佐藤でも。アポイントを取らんと会えんぞ」
「ん!!決まり!!私お母様にお願いしとくね!!
ね!!せい君!大丈夫だよ!」
「ごめん………ほんとうに………ごめんよ………。
ただ。君を助けたかったんだ」
「ん。ありがとう。今度は話してね?
私のことなのに、私が知らなかったことはやっぱりいや。
ね?友達なんだから今度は話してね?」
「う………ごめん………ごめんなさい」
りんはニッコリ笑った。
星は耐えきれずといった様子で一筋涙を流した。
ずっとずっと謝ってる。
それを止めるのも違う気がしてりんは頷いた。
申し訳なく思ったがここでりんが謝るのも違う気もした。
謝り合戦になってしまう。
だからりんは笑って頷いた。
「こわい………この子」
「あれ。本気そうなのが恐ろしいわ」
「りん様には欠点が何もないのでしょうか………。寧ろ私のほうが殴り足らないのですが。
もっと怒っていい気がします。慈愛が深くて心配になります」
「さすがはりんだな。懐の太さが違う」
「りんなら。そう言うかなとは思った。仕方ない。りんだからな。俺等が怒れってのもおかしいしな」
クラスの皆がなんとも言えない顔をしていた。
真神教諭がずっと渋い顔をしていたのが気になったけど。
チラりと見上げたら口が動く。
『いきどおれ、怒り方も知らんのか』
もっと怒れの古語。
真神教諭もりんのこの状況がお気に召さないらしい。
怒り方とは。
ここは怒るべき場面らしい。
「むん………」
頬を膨らませて口を真一文字にしてみた。
まず形からだ。
たしかに星は責められたがってる。
そこを思いやるのも友達かもしれない。
「………………………」
空気が固まった。
間違えたらしい。
「………ごめん。りんさん無理させて」
「む!」
「「「「「「「アホかわいい」」」」」」」
哀れな子を見る目を皆がした。
理不尽である。
でも。
やっと何のわだかまりもなくクラスが一つになった気がした。




