星見祭二日目 2.ピンクの熊
一日目の星見祭にあった優しさを装ったギラギラを華やかさで隠した匂いはない。
そこは確かに《黄金探し祭り》に相応しい穏やかで優しい平和な匂いと熱気に包まれていた。
「サークル見本市だぁ………!」
夜の祭りに隠されていた明るい先輩達の熱気が坩堝のように渦巻いていた。
でもやっぱり屋台もある。
祭りと名がつくと屋台は必須みたいだ。
《魔獣レシピ研究サークル》は相変わらず牛型魔獣の首を傾げて牛串が配られていた。看板には《本日は睡眠薬なし》とある。岸とりんは青ざめた。
りんがたらふく食べた屋台だったからだ。
一種のホラーの開示を体感しながら移動する。しっかり三人で牛串を食べながら。
まずりん達が向かったのは怒号と熱気溢れる鍛錬場だった。
《魔導騎士サークル》の本拠地だ。
たしかレジオン団 団長スレアが兼任していたサークルだ。
そこは何故か包帯塗れのゾンビ姿の団員が泣きながら鍛錬していた。
その先輩方のりん達を見る目は穏やかだ。
悟りを開いた顔をしていた。
「ほら澪さん来たぞ!生き残りは伏せろー!」
「新入生でサークル半壊させるやつ初めて見た。
うむ………逸材だな」
「あ。りんさんだ。やっほ〜!花が二つ!生き返る〜」
祭りでこん棒振り回して笑っていた先輩もいた。
今日は木刀を振っていた。
「その花にお前背骨折られたのに逞しいなあ」
「お!岸くんだあ!!勇者候補筆頭!?
勇者は剣!!あのふわふわのエクスカリバー鍛えよ!!(笑)」
「スレア団長去勢したりんさんかあ………。いい。
強い女の子。いいなあ…………。踏まれたい」
りん達の姿を見つけた団員やサークルの先輩方が青ざめながらもニコニコ話しかけてくれた。
腰が少し引けていた。
そこから偉いとわかる腕章をつけた先輩が躍り出た。
もう土下座をする勢いで澪に縋り付いた。
土下座が流行っているのだろうか。
彼《魔導騎士サークル》部長は瞳をうるうるさせていた。
茶髪で黒い角の大きな鬼族の先輩だ。
赤木という名前らしい。青鬼なのに。
鬼の目にも涙状態だった。
「待ってた!!本当に来てくれてありがとう!!
ね?澪さん!!モルガン様!!
入るよね?入るって言って?
君に伸されたニ、三年が本当に使い物にならなくなったの!!
このままじゃ大会出られないかもしれない!!
即戦力なんだよ!!お願い!入ると言ってぇ〜」
「「あ………」」
岸とりんは振り返った。
少し澪が目を泳がせた。
そして首を傾げる。唇からはチロリと舌が飛び出した。
「てへ★」
澪のてへはすごいかわいかった。
昨晩ナタージャちゃんが教えてくれた《愛嬌》だ。
それを見事使いこなしている。
《悪い事は分かっているけど謝りたくない時に使う》のが最強らしい。
ただ背後で泣いている先輩方がいなかったらさらに、可愛かった。
今は恐怖の権化じみていた。
岸もりんも思い出した。
星見祭の夜の鬼ごっこの出来事を。
泣きながらも鬼神のごとく魔導騎士サークルを闇討ちしていた澪の逸話を。
澪は勧誘されなかったから泣き叫び怒った。
襲ってもこなかったからこちらから襲った。
それを聞いた時は悲しかった。
でも。
全身包帯だらけの先輩方はざっと見て30人ほど。
総勢いるサークル人数の半数以上だ。
なかなかのマンモスサークルを壊滅寸前まで追い詰めた新入生なのだ澪は。
確かに澪は強く逞しい女生徒だ。
規定に阻まれ入会できないのは勿体ない。
悲劇だった。
でも。
「澪………やりすぎ」
岸が先に呟いた。
先輩方も目を瞑る。
そこに逆上したのは澪だ。
「岸。貴様は私の誇りを傷つけたあ奴らが全面的にわるいとは思わんのか?!
あっちはハンマーに金棒を持っていたんだぞ?!
私はそれらを奪い振り切ったさ!?
こちらに負ける方が軟弱だとは思わんのかッ………?!」
力説する澪に呑み込まれそうになる空気を。
りんはそっと澪の肩に手を置きながら包み込んだ。
「澪ちゃん、謝ろうか。やりすぎだと思う」
「はい喜んで!!」
澪が光の速さで早速ペコペコ先輩方に謝りだした。
その変わり身の早さに岸も先輩方も唖然としていた。
「俺の言う事は聞かねぇ…………のに」
呟く岸の肩を部長が優しく叩いた。
「岸君。君は正しい良心だ。
是非とも体験だけでもしていかないか?」
「うっす!フルカスの親父が大会参加楽しみにしてるんすよ。兼任いいんすよね?」
「兼任全然オッケイオッケイ!!
君!フルカス将軍の養子なのか?!
じゃあ鍛錬がキツイだろ?!即戦力だな!
ならあっちの学院との合同鍛錬も夢じゃないな?!」
部長と岸がにこやかに話すのを眺めていたら、見覚えのある騎士の先輩が近づいてきた。
副部長をしている先輩は入学式の式典で騎士役だった先輩だった。
輝く金髪が眩しい歯も眩しい先輩。キマリス・カンゾウが黒馬に乗っていた。
「わ!ご無沙汰してます!!キマリス先輩!!」
彼は黒い美しい馬に乗っていた。
聞くと《魔獣騎馬隊サークル》と兼任しているらしい。
馬もよく見たら牙があった。魔獣だった。
「りんさんも、ど?ここの体験入部」
「私。剣持ったことなくて………。
それでも大丈夫そうですか………?
パチンコと、包丁と、お玉とナイフでしか熊を仕留めたことはないんです………」
「………それもすごくないか?」
「現し世では普通です」
「現し世では大分野生寄りです。こいつ」
岸がりんの頭を指で小突いた。
そしてりんの手のひらと腕を軽く揉んだ。
「ん………。こいつ重い剣は今は握るの無理そうだなあ。
握力はあるけど腕力が弱い。手の皮がふわふわだ。固くなるまで時間かかるな………」
岸がすごく専門家のような真剣な顔をしていた。
初めて見る顔だった。
感心して一心不乱に頷いた。
「基礎練習からかな?
白哉さんに聞いておうちでもしてみるね?」
「おう。剣術以外にも身体を鍛えるのは役立つしな」
「うん!」
りんと岸の背後には咽び泣く部長の姿があった。
「あぁ!!この初々しさを求めていた!!
理想の新入生がここにいる!?」
「部長!お気を確かに!
こやつは可憐な顔でスレア団長を踏み抜いた女であります!!
武器がなくとも全身凶器なのですぞ!!」
「でもかわいいんだよ!!かわいい無罪じゃないのか?!
岸君見て!はにかんでて育てたい後輩の代表だよ!!
澪さんは怖いけど!!あの子も綺麗でかわいい!根は真面目そうだし!」
「それは同感であります!!逸材ですな!」
澪は謝りながらも先輩方の弛んだ筋肉や防御姿勢の甘さを指南しだした。どっちが先輩か最早分からない。
岸は木刀と的を触らしてもらったりいつの間にか出したエクスカリバーを代わりに先輩方に触らせていた。
その未知なる金属と神々しさに先輩方は熱狂している。
やっぱり剣にロマンを感じる集団らしい。
《剣愛好家サークル》でも大丈夫そうだ。
りんはキョロキョロした。
目当ての人物がいなかったから。
「あの。スレア団長は今どちらに?
レジオン団本部とかにいらっしゃいます?」
「あ………。本部には今いないだろな。団長ならあそこだな」
部長が魔導端末の地図アプリで示した場所に三人は目をひん剥いた。
体験入会は一週間ほどある。
今日は祭り兼レクリエーションだ。
澪と岸は魔導騎士サークルに入る気満々だけど見て回るのも付き合ってくれるらしい。
スレア団長を探しながら他のサークルも回ることにした。
《放送、音響サークル》には式典でお世話になったスタッフや先輩が勢揃いしていた。そこにはガンザ先輩もいた。
眼鏡は外したみたいだ。
瞳孔が縦に走る金色の瞳を細めてりん達を歓迎してくれた。
「ガンザ先輩!!昨日ぶりです!!」
りんが手を振りながら近づくとガンザ先輩は胸に手を置き深々とお辞儀した。
「ようこそ。放送、音響サークル部長のガンザ・グリフォンだ」
部長さんだった。知らずにこき使ってしまった。
りんは青ざめたけど部員には感謝された。
「あぁいう歴史を動かすイベントを裏から仕切るのが俺等なのさ。凄いもの見せてもらったよ!!
即興こそやりがいだよな!!ありがとう!」
「君達の無茶ぶりにスポットライトと音響合わせる快感ッ!!くう!!またセッションしようぜ!」
「岸君の太鼓の音リズム狂ってて笑えた(笑)」
「あの後新入生もたくさん見学来たんだぜ?
あんな大がかりな式典を裏から操ることにカッコよさをみだしたんだと!!君等のお陰だよ!ありがとう!」
りん達こそお礼をしたかったのに大歓迎のお礼祭りだった。
ふと岸が部室の一番目立つ位置に掲げられたスピーカーを見つけたみたいだ。
ふらふらとそこに吸い寄せられるように近づくとしばらく考え込んだ。
その後。
口をあんぐり開けて振り返る。
「Magico: M9だ………」
岸が呟いた。
途端に部室が騒然とした。
部員が岸を取り囲みメモを持つ。マイクを構えているものもいる。
「現し世人類代表、岸 護氏。
彼は昨夜の死闘を勝ち抜いた英傑でもありましたが、現し世文化の生き字引でもあります。
早速インタビューしてみましょう。現場のザキさん!
現場のザキさん!」
「はい。ザキは今。歴史的瞬間を目の当たりにしております。
この正体不明だった《現し世使用のスピーカー》の正体が判明したのですッ………。
岸 護さん。
貴方はこのスピーカーをご存じなのですね?」
「な………なんだ?」
「お答えください」
「えっと。Magico: M9だよ。
凄く有名なブランドの室内高級スピーカー。
親父の部屋にあるのに触らせて貰えなかったんだよ。良く覚えてる。
この年式だと………。
たぶん。時価一億円は下らないはずだ」
「いっ」
「「「「「「一億円?!」」」」」」
泡吹いて倒れる団員が続出した。
なんでもさっき水拭きしたらしい。
りんも澪も驚いた。
通貨も日本と共通なことにも驚きだったけど、歴代勇者が生き来する世界ならそのくらい普通なのだろうか。
「澪ちゃん?ここの子供のお小遣いってどのくらい?」
「え?お小遣いですか?
私はダイアモンドカードを持たされているのでなんとも………」
「ガンザ先輩。お小遣いいくらです?」
「は?小遣いなど貰わず株運用してるから資産など自分持ち出しだ。
月一万で済むときもあれば100超える時もある」
お坊ちゃんお嬢様しかいなかった。
時価の感覚がわからない。
目が回り混乱するりんを見かけたのだろう。
他の部員が気にかけてくれて比較的中流の子に聞いてもらった。
「5000円」らしい。
りんは少し安心した。
因みにりんは今はお小遣いがない。欲しいものは何でもあるから買い物したこともないのだ。恵まれた生活である。
現し世時代は500円だった。
「一億?!ど………どこで拾ったんすか?ガンザ部長!?
拾ったって昨日言ってましたよね?!」
団員がガンザ部長に詰め寄る。
その圧にたじたじになったのかガンザ部長の目が泳いでいる。
「あ?
あぁ………。あそこだよ。《時計台の裏物置》だ。あそこ。たまにいいのあるぞ」
「あ!坩堝学園の道具の《墓場》ですか!!
凄いなあ………。あそこ。どんな魔術で動くのか分からないガラクタばかりだから打ち捨てられてて。
怖くて誰も触りたがらないとこでしょ?
ガンザ部長は怖いもの知らずだなあ………」
「時計台の墓場?時計台って………あの?」
昨夜の死闘の舞台特設会場の裏に聳えていた古い時計台。
その鐘が100年ぶりになったことが坩堝学園新聞に書いてあるのを魔導端末で見たのだ。
その時計台は坩堝学園では《いわく》があるらしい。
滅多に生徒は立ち寄らないとか。
何故か。
塔の上から悲鳴が聞こえるとか。
逆に不気味な笑い声が聞こえるとか。
夜な夜な白い影が夜の空にふわふわと飛んでいくとか。
肝試しに忍び込んでも迷って塔の天辺にはたどり着けないらしい。
塔の階段は一本道なのに。
岸と澪が青ざめた。
りんはちょっとワクワクしてしまった。
しばらく映像魔導機器や魔導マイクなど。
アナログと魔術の融合の様な機械の数々や歴代イベントの打ち上げ写真なども見せて貰い。
見学は終わりとなった。
「君。華があるからキャスター向き。
機械も好きそうだ。向いてると思う。
放送部に来てくれたら演説の魅せ方も教授するよ。
IRISアイリス団団長、佐藤 りん生徒会長殿。
俺も役員残留だしちょいちょい指導するさ」
「は………はい!!頑張ります!!
ご教授ご鞭撻よろしくお願いいたします!!」
「真面目か」
真面目そうな人に笑われる。
ガンザ先輩は眼鏡を外すと口調ヤンキー見た目学級委員長なのだ。
《元ヤン》という言葉を岸に教えてもらった。
「式典では、本当に本当にありがとうございました!」
改めてガンザ部長はじめ放送、音響サークルの皆にお礼をした。
背後では現し世使用の高級スピーカーが輝いている。
羽根のハタキで丁寧に磨かれていた。
艶々だ。
泡を吹いていた部員はなんとか立ち直ったらしい。
「また遊びこいよ。
サークル入らなくても話くらい聞くぜ」
「これからもよろしくお願いいたします!!
グリフォン部長!!」
「………………ガンザな」
「はい!!ガンザ先輩!!」
りん達はとうとう最終目的地についた。
そのドアの向こうからは聞き慣れた低い声と甘ったるい匂い。
濃厚なバターと砂糖の焦げたキャラメリゼ。ふわふわのホイップクリームが目に浮かぶような匂いが廊下まで漂っていた。
「ここか?」
「地図アプリ通りなら………」
「うん………?ノックしてみるね」
「失礼します!」
りんは一応コンココとドアを叩いてから引き戸をひいた。
その教室の看板は《お菓子研究同好会》とあった。
下には《夢の世界のティータイム中》とレースとキラキラシールでデコられた異質な看板もあった。
そこにはピンクのエプロンを着てホイップを泡立てる強面の腕がムキムキの熊と、それを肴に紅茶を嗜む妖精がいた。
スレア団長は相変わらず右腕だけ敗れた団長服だ。
おかしいのはそこにピンクのフリフリエプロンを着ていること。
汗がキラキラ散る。
腕の筋肉が唸り光速の速さでホイップが出来上がっていく。
それをニコニコ至近距離でイーテディ団長が紅茶を飲みながら鑑賞している。
背後では優雅な空気を纏ったオネェ様方がムキムキの騎士を甘い紅茶でもてなしていた。
芳しい紅茶と蜂蜜の匂いがする。いい匂いだ。
騎士達の顔色が青かった。
オネェ様方は寧ろ艶々だ。
背景は薔薇が咲き誇っている。
因みに黒熊のエプロンもピンクの薔薇柄だ。
「うふふ………」
「おほほ………」
低いのか高いのか分からない笑い声が響いていた。
ピシャッ………。
思わず閉めてしまっても仕方がないと思う。




