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王子様になりたい私、勇者候補になりました!?  作者: ユメミ


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エピソードZERO 逃亡者の夜

1、歌舞伎町の夜


 そこは眩しいほどの賑やかさとギラついた光が深い闇も欲も生み出す所。


歌舞伎町。


日本一の歓楽街である。


 そこを盛り上げているのは色を恋を欲を売り花と蜜を振りまく男や女達だ。

歌舞伎町と聞くと田舎者は歌舞伎の劇場があるのかと勘違いを起こすものがいる。

確かに歌舞伎町という地名は、もともとこの地に歌舞伎劇場を誘致する計画があったことに由来している。

「あそこは昔歌舞伎座があったんだぜ」とインテリを気取って痛い目を見るものは未だにいるのだ。


 若い頃恥をかいた男が一人。喧騒と眩しいほどの光の洪水の中侘しく歩いていた。


中年のくたびれた男だ。


 男は日本人にしては彫りが深い顔立ちをしていた。

若い頃はモテにモテた。

ただ今の男にはその栄光の日々が遠い過去のことだった。

精悍な顔立ちは中年の渋みが悪い形で現れていた。長年の不摂生が男の容姿を正しく衰えさせていた。

黒黒とした豊かな髪は細くなり禿げ上がった。それを隠すように帽子を被るのだから余計に男の頭は薄くなっていった。

 食に妥協せず美食家で酒豪だった。その代償はベルトがはち切れんほどの腹の肉だった。それでも清潔で品の良い装いが出来ていたならばまだまだ男はナイスミドルを気取れただろう。カモを探していて纏わりつくことに関してはスッポンのようだ。そう定評の花街のキャッチですら男を遠巻きにしていた。


 そんな男が歩くエリアは歌舞伎町の中でも一段と賑やか通りだ。


「西武新宿駅前通り」から「新宿区役所通り交差点」の間を指し、「歌舞伎町一丁目」と「歌舞伎町二丁目」の境界。


東京でも一二を争う治安が悪いとされる場所。


 歌舞伎町は田舎育ちの男にとって憧れの都会だった。散々だった人生を忘れたいと思いたった時に訪れるほどにはだ。


 男の故郷はとにかく夏は暑く冬は風が強い地域だった。県有いつの世界遺産がある以外観光名所は温泉地と山々くらいの田舎だ。そんな子供の時は勉強は下の下。運動神経は良かったが器用貧乏で極めることは出来なかった。

だが地域一番の美人と付き合えた。男は街一番を誇る美男子だった。その女とは女の親族に結婚を反対され大恋愛のさなかの駆け落ち同然で若くに結婚し子供も一人。

雇われは合わず何回も転職したが、やっと起業した建設業は一時は上手くいった。

起業し取引先が増えると家庭は顧みなくなる。金回りが良くなると飲みとギャンブルにのめり込んだ。

家庭は女の金切り声が響き、子供の泣く声は耳障りだった。男は女のしつけに加担もしなかったが、子を庇うことはしなかった。子は身体も弱く愚鈍で良く怪我をしていた。運動神経の良かった自分には似なかった。

それでも時間が経つと子供はあっという間に成長した。子の要領が良くなったのだろう。女が金切り声を出す日がなくなった。それまでひんぱんに買い替えていたキッチン用品もここ数年は使い古されてきた。どうも女は新しいもの好きだった。服も家具も車も新しいものを欲する女だった。そんな女も子供の成長と共に散財が鳴りを潜めたのだ。育児のストレスがあったのだろう。

安心していた。


あの日(・・・)がくるまでは。

 

 ある日娘は失踪したのだ。何不自由なく育てていた箱入り娘がだ。

数多の習い事をさせてきた。社長令嬢として遜色ない投資をした。容姿は格別に整っていた。頭も良かった印象だったが、二度の大学受験の失敗を苦にした失踪だった。それはあの子の19回目の誕生日の日だった。

 女は怒りにいかった。あの子のために新車を買ってあげたばかりだと言っていたのだ。そのために持っていた車を廃車にしたとも。

女は泣き叫んでいたけど成人近かった子供が失踪したことは恥だった。

警察には届けなかった。

近所には遠くの大学に進学したのだと嘘をついた。

子育てに失敗したのだ。

あれから女は狂った。街一番の美貌はとうに廃れた。女とは子供を失うと狂うらしい。男はますます家庭を省みなくなった。

 改めて思い返すとあの日からどうも上手くいかないのだ。会社は倒産した。本当に運がない。


ーーそういえば、あいつがいなくなったのは今夜みたいな月が見えない夜だったな。


 男は田舎の夜空とは違うネオンの光に負けて薄く光る夜空を見あげた。


その日は新月だった。


2、黒い狼と白い梟


 水商売のキャッチに悪態をつき殴られた頬を擦りながら男

歩いた。口の中が鉄臭い。ほのかに甘いのは持病のせいだろうか。男はただ現実逃避をする場所を探していた。男はとうとう酒も女も飽きてしまったのだ。この歌舞伎町はお金がないと楽しめない街なのだ。どこの店も男が金が無いと見ると追い出しにかかった。軽薄なキャッチも男の口座の残高がマイナスなことがわかると闇金の事務所に引きずっていく。なんとかそこから逃げてきたのだ。男は逃げ足だけは早かった。思えば男の人生は逃げてばかりのものだった。

男は自分の人生を憂いでいた。


そんな所へ途端に犬がひょっこり現れた。

 

 黒い大きな犬だ。

路地裏の暗がりから金色の瞳が輝いたかと思ったら、すぐ目の前に飛び出してきたのだ。

金色の瞳の犬などあり得ない。男は頭を振った。さすがに今夜は酔いが回っているらしい。

よく見ると瞳は薄い灰色だった。ネオンの光に反射でもしたのだろう。普通の犬にしては威厳があり狼にも似ている気がした。そう思った自分を男は鼻で笑う。日本には狼はいないのだから。とっくの昔に絶滅しているのだから。その黒い犬は野犬にしては毛並みが良くネオンが反射してか青みがかって見えるほど艷やかだった。体格がよく立ち姿に威厳と気品がある。途端に見目だけさえもそこら辺の犬にも劣るようで恥ずかしくなった。薄汚れた襟元や袖が嫌でも目についた。

 そんな事を考えていたらその犬は口角をあげた気がした。動物が人間をそんな目つきで見るだろうか。まるで男を嘲笑うかのようなのだ。青く光る瞳がさっき男の眼の前に飛び出して来たことすら偶然のように思えなくなった。目つきがまるで学生時代に苦手としていた体育の学年主任のようなのだ。そのくらい犬の瞳は男を見下しているように見えた。その様に心の臓が冷える心地がした。おぼつかなかった足が益々震える。ひっくり返って腰をしこたま打ち付けた。


「くそっ………。この野良犬め!」


 底冷えするほど気味が悪い。男はそんな自身の気弱な気持ちに虚勢を張る。悪態をつきながら男は手元にあった酒瓶を犬に向かい投げ付けた。元野球部の精一杯の攻撃だった。酔っていた割にはかなりの精度の投擲だった。それすらも幽霊部員だったが。その酒瓶は犬には当たらなかった。男は顎がはずれるかと思うほど驚愕した。開いた口は戦慄き閉じることは出来なかった。ただ当たらないだけだったら男はそこまで驚かなかっただろう。

 犬はあろうことか酒瓶を尻尾で打ち返してきたのだ。野球の金属バットのように軽快な音を出し酒瓶は男の頬をかすめた。背後のコンクリートの壁に酒瓶はめり込んでいた。硝子でできた酒瓶がコンクリートにめり込む音は男の40年の人生で聞いたことがないほど不快で不気味な音がした。

メキョリともグショリとも表現できない音だ。

男が恐る恐る振り返るとコンクリートの壁はひび割れることなく綺麗に酒瓶を包み込むようだった。奇妙なことに酒瓶も砕けていないのだ。男は酔が醒めると同時に失禁した。とうとう視力が馬鹿になったのかと思ったほどだ。犬はまだ男を見つめている。灰色がかった瞳が確かな意思を秘めている。それは明確なほどの敵意だった。


「臭いな。同じ生き物とは思えんな」


 今度は男は聴力も馬鹿になったと思った。なんなら自分の頭がイカれたと思った。何故なら目の前の大きな犬が吐き捨てるように呟いたから。犬の口から漏れ出たその声は高めのバリトンボイスだった。男も女も聞き惚れるほどの美声がしたのだ。男も普通だったら惚けただろう。今はその美声すら恐怖を増幅させるものだった。



「罪深いのに強欲な人間の屑ほど臭くてかなわん」


犬はさも不快そうに鼻を横に背けながら首を振った。その仕草が喧嘩して暴言を吐き捨てる女に似ていてゾッとした。あまりにも人間らしい仕草だった。


「本人の前で本当のことは言うべきじゃないよ。ヴォルグ君。彼は障り(さわり)に侵されすぎたんだよ」

 

 今度は真上から声がした。穏やかなテノールが響いたのだ。目の前の犬よりは敵意を感じないのに男の身体は凍りついたように硬直した。喉から空気が漏れるような音を出しながら男はやっと上を向く。

 そこには優に二メートル超える翼を広げた鷹が見下ろしていた。

最初からそこにいたならさすがに酔っ払いの男も気づいただろう。真っ白な翼が光の加減で銀色に見えた。美しい梟だったから。鷹の体躯も立派だった。見惚れるほど珍しい梟なのに男の身体は震え上がった。その鷹の存在はあまりに異質だった。後からここに飛来したには静かすぎたのだ。ここまで大きな猛禽類種の鳥は爪も屈強で鋭いのだ。獲物を捕らえるために翼の滑空音は静かだと何かのテレビで男は聞いたことがあった。梟が羽を休めているのは太い金属製のパイプ管だ。匂いからして中華料理店の換気口に続く古びたパイプ管だ。梟が降り立ったら音が凄まじいはずなのだ。


 そもそもこんな都会の繁華街に野生の梟がいるわけがない。


「お優しいな。さすが持たざるもの(・・・・・・)びいきだな。慎一郎(しんいちろう)


「その呼び方やめなよ。ヴォルグ君」


「ああ……。劣等種(・・・)か?」


「ヴォルグ・マガミ!!」


穏やかだったテノールが大砲の様な大声になった。

地響きと共に男の目の前に梟が降ってきた。


善良な人間(・・・・・)咎物(とがぶつ)を一緒にするな!!」

「そっちか。お前の沸点は」


 怒りに震える梟は男の視界を犬から男を守るように背を向け立ち塞がった。翼を広げて威嚇しているのだ。

黒い犬はうんざりだと言いたげに下を向きためいきをついている。


ーーなんだ?内輪揉めか?


 状況はわからないが男はただ見守るしかない。

すると黒い犬は空を見上げながら耳をふるわせだした。耳が四方に動く。犬は目を瞑る。 

何かを傾聴している仕草だった。

しばらくすると狼は唸りだした。

 男は脱力した。たぶん安心したのだろう。

会話の内容はてんでわからないが、一匹と一羽は言い争いをしているのはわかる。黒い犬から発せられたどす黒い敵意が和らいだのだ。さっきまで男を見据えていたいた鋭い瞳は空をむいている。

 気が緩んだ男は年甲斐もなく泣きたくなった。粗相はするわ、幻聴は聞こえるわ散々だ。

これだけ騒がしいのにこの暗い路地裏に人が来る気配がない。もし助けがあったとしても大きな犬や鷹も野生の力を持ってすれば人間などひとたまりもない。いつ襲いかかってくるか分からないのだ。道行く人々は気づいていて助けないのかもしれない。


 都会は余所者への情は希薄なのだ。誰も助けてはくれないのだ。


男は言い争いの隙に逃げようとした。這いずって音を出さないように賑やかな大通りを目指した。


(もう少し………もう少しだ)


 男はこの歌舞伎町に来たことを泣いて後悔した。こんな奇妙で薄気味悪い目に遭うのなら、地元で遊べばよかったのだ。必死に腰が抜けて歩けない足を引きずりながら歩服前進する。少しずつ喧騒と光が漏れる大通りにたどり着く。震える手を光に向かって伸ばした。

こんなことなら。

家のほうがマシだった。

子供はいつも男を労って心配してくれた。女よりよほど趣味があい気立てが良かった。思えば子供が夫婦の緩和剤だったのだ。子供がいなくなったからこそ家に安らぎはなかった。


(俺の不幸はあいつのせいなんだな)


 男は子供に責任転嫁すると幾分気分はマシになってきた。

男は暗い裏路地から一目散に逃げ出した。




3.追跡開始


 「ちッ………逃がした」


「あれは匂いからしてもう手遅れだよ。地元警察に任そうよ」


「『正規ルート』をお望みなら何故あの方は我らを遣わしたんだ」


狼の喉から唸り声混じりに絶対零度の氷のような冷ややかさを帯びて空気がぴりついた。


「警察の法律難しい。草臥れ損だね?ヴォルグ君」


梟は落ち着く優しい声色をだす。狼の背を白い翼は擦った。まるで労わるように。


「上から『泳がせろ』とお達しだ」


「あのお方は………。民間人の被害拡大とか考えないで『大義』をとるお方だからな……」


「僕らも暇じゃないのにね」と穏やかなテノールはため息交じりだ。

 狼と梟はいつのまに姿を消していた。代わりに姿を表したのは二人の男だった。


 黒と白の男だ。


 黒髪の男は胸ポケットから葉巻を取り出す。

白い男の指先がパチンと鳴るとさこから火花が飛んだ。

葉巻の先を牙でねじ切って加え直したタイミングで火がついた。紫色の煙がくゆりだした。


 黒い男は青いメッシュが光る長い髪を後ろに撫でつけている。眉間は険しいが灰色の瞳の中の黄金の虹彩が美しい男だ。

 狼の毛色と同じ黒一色の詰め襟に群青色のローブを着込んでいる。

身長は190ほどで平均的な日本人を見下ろせる背丈だ。


 氷のように鋭い隙のない美貌の持ち主だった。


「何故持たざるもの(・・・・・・)の世界の警察はこうも仕事ができんのだろうな。慎一郎」


 慎一郎と呼ばれた白い出で立ちの男は銀色の短髪だ。前髪だけは長めで表情は隠れている。切れ間からは垂れ目の瞳が覗く。翡翠色の大きめな瞳だ。

 風貌はマスクで隠されている。

 ヴォルグの隣でため息をつきながら太めの首を鳴らす。隣と対をなすような白いロングコートは二メートルを有に超える。ただでさえ大きな身体をより大きく見せていた。

 

 彼は巨体を丸めるように屈んだ。

地面のひきずった痕を撫でだした。それをしげしげと観察している。

彼の指先は青く発光した。

幾何学な紋様が回転しながら唸る。


「この唸り方なら確かに「咎物」だね」


 そう呟きながら指先をハンカチでふいて空に放る。

ハンカチはみるみるうちに燃え尽きた。



「人間はまず嗅覚が君とは違う。魔術もないし効率は悪いさ」


「だから!!劣等種と言うんだ!」


「違うよ。持っていないことは罪じゃない。知ろうとしないことは罪だけどね」


 マスクで覆われている口元を擦りながら慎一郎は男が逃げた方角を見やる。


 あの方向は事前に聞いていた警察のパトロールの管轄だった。



「ヴォルグ君って優しいよね」

「あぁ?」


 クスクス笑う白銀の梟を狼は睨みつけるとそっぽをむいた。

その目線は光溢れる路地裏の終わりを見つめている。


「やつらの仕事は信用ならん。行くぞ」

「追い込み漁をアシストしたけど、心配だからサポートだね?了解」


「あぁ?違うわ」


 梟が狼の肩をつつく。

胡散臭げに腕を組み睨む狼とニコニコする梟は並んで歩き出した。




「小物だもの。一人で大丈夫でしょ。

ヴォルグ君先行って。心配性の君ののために花を持たせる警察の応援よんどく」


「大きなお世話だがな」


 二匹は男の後を追った。

繁華街の明るさに溶けきれなかった暗闇に紛れながら。


「あの方は『なにを』を探しているんだろうな」


「『だれを』探しているか教えてくれないんだよね」


 空は深い群青色から爽やかな蒼い色に変わりかけていた。

明星の月が白く薄く輝いていた。




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