これは、王子様に憧れた女の子が勇者候補になる話。
「勇者に興味あるかな?」
「勇者……ですか?」
孤児院の応接室で、りんは首をかしげた。
施設長は上機嫌に酒臭い息を吐き、
隣の男はペンを走らせている。
いつもの面談のはずだった。
いつもと違うのは夜間だったこと。
それと。
白いスーツの紳士。
御嶽 慎一郎。
この人が一番いつもと違っていた。
外観だけは過度に頑丈な施設の鉄製の巨大な門を正規でくぐった人。客人。
田舎の孤児院に訪れる今までの人達とは明らかに違うのだ。
養子縁組の仲介人だと紹介された。
りんは何度もこういう面談を受けてきた。
子供を値踏みする、大人たちの「商談」。
だから答えは決めている。
「興味はありません」
御嶽の手元が止まった。
「え? ぴったりなのに?」
「ぴったりですか?」
「うん。高評価」
カリカリとペンが紙を削る。
りんはちらりとメモを見てしまった。
ーーー興味なし。謙虚。洞察力あり。
「うん。やっぱりいい子だった」
その言葉に、りんは胸の奥がざわついた。
面談の意図もわからない雑談にしては彼の瞳は真摯だった。
まるで長い旅路の末やっと目的を得た迷子の旅人のような瞳をしていたから。
「私は王子様になりたいんです」
思わず口にしていた。
「弱い子供や女の子を助ける人になりたいんです」
隣にいたシスターが目を丸くする。
りんは続けた。
「だから施設は離れません」
御嶽は黙って聞いていた。
ただ穏やかに、ずっと。
そして。
「子供達、丸ごと援助しましょう」
「なっ!?」
施設長が叫んだ。
「子供には環境が必要ですから」
御嶽の翡翠色の瞳が部屋を見回す。
豪華すぎる家具。
虚飾の孤児院を。
「身分証を見せてください」
その一言で、施設長の顔色が変わった。
「……お帰りいただけ!」
怒鳴り声と共に面談は終わった。
御嶽は静かに立ち上がる。
「また来ますね」
そう言って去っていった。
その夜。
孤児院《幸福の家》は全焼した。
子供達は全員無事。
だが、
施設長を含む職員四名は失踪。
そして判明したのは一つだけ。
――子供達には戸籍がなかったこと。
目が覚めたとき。
りんは天蓋付きのベッドで眠っていた。
「ここ……天国?」
星空のような天井。
柔らかな布団。
見たこともない豪華な部屋。
そして。
いつの間にかベッドの隣に一人の人物が座っていた。
リリスと名乗った人はそれはそれは天女のような美しさだった。
「気がついた?」
美しい顔の人物が微笑む。
「会いたかったよ」
「お母さんって呼んでね?」
りんは瞬きをした。
そして思い出す。
御嶽が言っていた言葉を。
案内されて見た城からの景色を見てそれは確信になった。
紫色の空。
羽根の生えた猫。
極彩色の植物に虫を食べる花。
――養子縁組。ここが………私のおうち?
あきらかにわかるのは。
りんがいた世界ではないこと。
これは
孤児院の王子様と呼ばれていた少女が
勇者候補になる物語である。




