52 笑顔の効果
「悪役令嬢だなんて呼ばれているの。そんな私に無礼を働くなんて……。あなた達、いい度胸ね?」
と言いつつも、ロアンナは警備隊に罰を与える気はなかった。
では、どうしてそう言ったかというと、社交界では無礼な態度をとってくる相手に、まず立場を分からせる必要があったからだ。貴族同士の交渉ごとは、お互いの地位や条件が明確になってから行われるのが普通だった。
(この状態なら、盗賊の情報を聞き出せるでしょう)
満足そうなロアンナとは対照的に、警備隊員達の顔は真っ青になっている。ビルが地面に両膝をつくと、その他の隊員達も一斉に地面にひれ伏した。
「大変申し訳ございませんでした! どうか、命だけは」
(そこまで怯えさせるつもりはなかったのだけど?)
戸惑うロアンナの瞳に、フワフワとこちらに向かって飛んでくる幽霊ライズが映った。
『ロアンナ様、戻りました! やっぱりロアンナ様がおっしゃっていたとおり、あいつら商人じゃなくて盗賊でした!』
短い腕をピョコピョコさせながら必死に報告するライズには、周囲で土下座している警備隊員達が見えていないようだ。ライズの早口は続く。
『敵の数は三十人ほど。川下にある洞窟をアジトにしています。しかも、黒髪の盗賊が、ロアンナ様やレイさんを狙っているような発言をしていたので危険です! このまま放置できません!』
『分かったわ。ライズさん、ありがとう』
『へへっ』と照れたライズは、今さらながらに周囲の異常な状況に気がついたようで、ビクッと丸い体を跳ねさせた。
『な、何事ですか!?』
『それが……』
ざっくりと状況を説明すると、ライズは『あー』と呟いた。
『状況を理解しました』
『ここまで怖がらせる気はなかったのよ?』
『分かっています。貴族と平民では、越えられない壁がありますからね。まぁ、うちの領地くらい田舎だったら、皆、親戚くらいの距離感ですけど』
『領民と親戚のような近さなんて、想像できないわ』
瞳をパチパチと瞬かせているロアンナに、ライズは言葉を続けた。
『それに、ロアンナ様が美人すぎるのも問題です。ロアンナ様ほど顔が整っていると、黙っているだけで怒っているように見られてしまうこともありますよね?』
ロアンナは、眉をひそめた。
『ライズさん。今は冗談を言っている場合ではないわ』
『えっと、無自覚美人に自信を持ってもらうには、どうしたら……』
ライズが小さな腕を組んで『うーん』と悩んでいる間にも、警備隊員達はガタガタと震えている。
ロアンナとしては、もう「ライズは友達だから」とか「対等でいたい」などと言っている場合ではなくなってしまった。
『ライズさんの知恵を貸してほしいわ。この状況、どうしたらいいかしら?』
『あっ、それなら簡単ですよ。ロアンナ様、楽しいことを思い浮かべてください』
『楽しいこと?』
『なんでもいいですよ』
言われるままに、ロアンナは楽しいことを考え始めた。
(そういえば、王都を出る前にレイやデュアン卿と遠乗りに行ったのよね)
王宮騎士団長であるデュアンは、社交界で居場所を失った妹ルルをロアンナが旅に連れていくことになり深く感謝していた。そのお礼にと、ロアンナに立派な黒馬を贈ってくれたのだ。
シェイドと名付けたその馬で、遠乗りに出たときのこと。
馬を操るロアンナの横で、ライズが『気持ち良さそうですね』と言ったので、ロアンナの体を明け渡して代わってあげた。
(あのときのライズさんの慌てっぷり。申し訳ないけど、面白かったわ)
フフッと思い出し笑いをしたロアンナに向かって、ライズは『今です!』と叫んだ。
『その気持ちのまま、警備隊の人達に顔を上げるように伝えてください』
ロアンナが「顔を上げて」と伝えると、言われるままに顔を上げた警備隊員達は、優しく微笑むロアンナを見てポカンと口を開けた。
「怒っているわけではないの。盗賊達の情報がほしくて、つい脅すようなことを言ってしまったわ」
「は、はぁ……」
ビルの顔にはまだ戸惑いが見えるものの、もう怯えてはいない。
「では、盗賊のことをお話しすれば、我らの無礼を許していただけるということでしょうか?」
「そうよ」
ロアンナの同意で、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。警備隊員達もホッと胸を撫で下ろしている。
『さすがね、ライズさん。また助けてもらったわ』
『今回は、何もしていませんよ。ロアンナ様の笑顔がとても可愛いから、笑うだけで問題解決です』
慣れない褒め言葉に、ロアンナの頰が赤く染まっていく。
『……あのね、ライズさん』
ロアンナの呼びかけに、興奮気味のライズは気がつかない。
『それにさすがなのはロアンナ様のほうですよ! 一瞬でこの街の警備隊を味方にしてしまったんですから』
『ライズさん!』と少し強めに名を呼ばれて、初めて気がついたようだ。
『あっはい? なんでしょうか?』
『これからは、会話内に無駄な褒め言葉を入れることを禁じます』
『ええっ、そんなぁ!? 俺は本当のことを言っているだけですよ?』
ロアンナは『もう』とため息をついた。
ロアンナとライズが音のない会話をしている間に、警備隊員達は落ち着きを取り戻したようだ。
ビルは、「お嬢様。なんでもお聞きください」と言い、盗賊について教えてくれた。
「やつらは、最近になってこの辺りに出没するようになりました。以前から、ラキメトの国境で盗賊が暴れているという話は聞いていたのですが、同じ者達なのかどうか……」
神聖ラキメト国は、ロアンナ達が暮らしているザナトリア王国に隣接している大国だ。
「これまで、どのような被害を受けたの?」とロアンナはビルに尋ねた。
「盗賊は、これまで道中の商人を襲っていました。俺達の仕事は、この街を守ることなので、街の外のことまではなかなか手が回らず」
ライズが『バーク男爵は、盗賊に対してどのような対策をとっているんですかね?』と尋ねたので、ロアンナが代わりにビルに伝えた。
「これといって指示はありません」と答えたビルの表情は暗い。
ロアンナは『バーク男爵は、今はここではなく王都にいると思うわ』と付け加えた。
『なるほど。領主の不在を狙った犯行なのかもしれませんね。いないのなら、こちらも好きに行動させてもらいましょう。ロアンナ様、ちょっと体を貸していただけませんか? 何をするかというと――』
『いいわよ』
そう答えたロアンナが、スッと体を空け渡すと幽霊ライズが慌てた。
『そんなあっさり! 目的をちゃんと聞いてから貸してください!』
『だって、ライズさんのこと信じているもの』
何か言いたそうにしていたライズは、結局何も言わずロアンナの体に取り憑いた。その頰は真っ赤に染まっている。
コホンと咳払いをしたあとで、ライズは警備隊員達を見回した。
「あなた達にお願いがあります。私達で盗賊を誘き出しますので、警備隊の皆さんで捕らえていただけませんか?」
「それは、もちろん協力いたしますが、お嬢様が危険な目に遭いませんか?」
「その心配には及びません。作戦は後日、お伝えしますね」
そのあとは周辺地図を譲ってほしいとお願いしたり、追加でこまごまと質問したりしてから、ライズは警備隊員達と別れた。
ふぅとため息をついたライズに、レイが小声で話しかける。
「今、姉さんとライズさん、入れ替わっていますよね?」
「あっ、はい」
ロアンナと長年の付き合いになるレイには、入れ替わりがすぐに分かるようだ。
「ライズさん。あの警備隊、信頼できるんでしょうか? 僕達を盗賊と間違えるような奴らですよ?」
「安心してください。警備隊と協力しますが、頼り切るつもりはありませんから」
ライズはレイに、盗賊の人数が三十人程度いたことや、捕まえるためにはどうしても人手が必要になってくることを説明している。
「なるほど」
レイが納得したのを見てから、ロアンナはフワフワとライズに近寄った。
『それで、今回はどうするつもりなの?』
兵法と戦記が大好きなライズの作戦に、ロアンナはこれまで何度も助けられてきた。なので、今回もどんな作戦が出てくるのかと興味津々だ。
「ロアンナ様は、【兵法三十六計】って聞いたことありますか?」




