51 父に似た人
「お父様……?」
ロアンナの呟きを聞いたライズとエリーは、同時に『「えっ?」』と戸惑いの声を上げる。
すぐにレイがロアンナの元に駆けてきた。
「姉さん! 舟に乗っていた男の髪と顔、見た!?」
神妙な顔で頷いたロアンナに、レイが必死な様子で詰め寄る。
「黒髪だったよね? それに父さんに似ていなかった?」
「私もそう思ったわ」
「だよね!?」
いつの間にかそばに来ていたルルが「それって、クラウチ侯爵家のご当主様がいたってことですか?」と首をかしげている。
そんなルルにロアンナは、できるだけ優しく説明しようとしたが、焦る心をなかなか抑えることができない。
「違うの。今は私の兄が当主なのだけど……。父は三年前に母と共に行方不明になっていて……」
「姉さん、すぐに追いかけなきゃ!」
レイの言葉に「そうね」と返したものの、小舟はもう遥か遠くだ。
「とにかく、あの舟がどこに向かっているのか調べましょう」
ロアンナは、父の顔を知っている使用人二人に小舟を追うように指示したが不安は消えない。
(たしかに似ていたけど、父はあんなに荒っぽい性格ではなかったわ)
なのでロアンナは「無茶はしないでね。危ないと思ったらすぐに引き返して」と使用人への指示に付け加える。
フワフワと近づいてきたライズが『俺も舟を追います!』と青空へ飛んでいった。
『お願いね』
残された者達は、とりあえず食事を始めたが、いつものような楽しい雰囲気ではない。
沈黙のまま食事を終えると、一行はロアンナに視線を向けた。この場にいる誰もが、これからどう動くべきかの指示を待っている。
「ここにいても仕方ないわ。当初の予定通り、バーク男爵領に入って一番近い街で宿を取りましょう」
それなら小舟を追ってくれているライズや使用人達も、行き先を知っているので後から合流できるだろう。
石造りの橋を渡るとき、馬車がガタゴトと揺れた。
長距離移動用に作られているこの馬車で、国内を楽に移動できるのは、異世界から召喚された英雄達のおかげだった。彼らの提案で、領と領を繋いでいる大きな道が整備されたのだ。その当時は、戦争の物資を輸送するのが目的だったらしい。
(おじい様達のおかげで、旅が楽にできているわね)
しばらく馬車で進んだ先に、城壁に囲まれた街が見えてきた。
王領に近いこの街には、バーク男爵が居を構えている。
(今の時期は、王都で議会が開かれているし、社交界シーズンでもあるから、華やかなことがお好きなバーク男爵は不在でしょうね)
街の門は開かれていて、出入りは制限されていなかった。しかし、ロアンナ一行が通ったとき、門番がやけにこちらを見ていたような気がする。そして、慌てた様子でどこかに走り去っていった。
(何かあったのかしら?)
ロアンナの疑問は、向かいの席に座っているルルの「わぁ」という嬉しそうな声にかき消された。ルルの隣に座っているエリーも「きれいな街ですね」と喜んでいる。
「そうね」
馬車の中から眺める街並みは、王都によく似ていた。
ルルが「今日の宿は、清潔そう!」と言うと、エリーは「浴槽があればいいのですが」とため息をついている。
(これまでの旅で、綺麗な宿ばかりではなかったものね)
それでも野宿よりはましなので、誰も文句は言わなかったが、それぞれ思うところはあったようだ。
ロアンナ達を乗せた馬車が、ゆっくりと止まった。
(宿についたようね)
いつもはすぐに開かれる馬車の扉が、なかなか開かれない。代わりに「動くな!」と鋭い声が聞こえてきた。
エリーが素早く馬車内のカーテンを引いて、ロアンナの姿が外から見えないように隠した。カーテンの隙間から、ルルが外の様子をうかがっている。その横顔は、普段の明るいルルから想像できないほど真剣だ。
「ロアンナ様。武装した人達に、馬車が囲まれています! さきほどの門番と同じ服なので、この街の警備隊かも?」
ロアンナが「レイや他の使用人達の様子は?」と尋ねると、ルルが「剣を向けられていますが、皆ケガはしていません」と教えてくれる。
「ど、どうしましょうか?」
ルルにそう尋ねられたロアンナは、内心でため息をついた。
(こんなことになるのなら、ライズさんから将たる者の心得を先に聞いておけばよかったわ)
いくら表情に出さなくとも、不測の事態にロアンナも困惑してしまっている。
そのとき、ロアンナの脳裏にライズの言葉がよみがえった。
――ロアンナ様の役割は、毅然とした態度で堂々としていることですから!
あのときは、どういう意味か分からなかったが、不安を隠し切れないルルとエリーを見た今なら分かるような気がする。
(私が動揺したら、きっと二人は混乱に陥ってしまうわね。冷静にならないと)
相手の目的はまだ分からないが、今すぐ攻撃してくる気配はない。
「私が出るわ」
エリーとルルが、そろって心配そうな顔をしたので、ロアンナは微笑んだ。
「進んで危ないことはしないわ。とにかく相手の目的を探りましょう」
馬車の扉を開くと、周囲がざわめいた。
視線が一斉に集まる中、ロアンナが姿を現す。
(毅然とした態度で、堂々と)
そう心の中で繰り返しながら、馬車の踏み台をゆっくりと降りていく。
そのとき、弟のレイと視線が合った。今にも腰に帯びている剣を抜きそうな雰囲気だったので、やめるように小さく首を左右に振ってみせる。
馬車を取り囲んでいる兵達の少し後ろで、ロアンナをまっすぐ見つめる中年男性がいた。頰に大きな傷があるその風貌は、いかにも熟練の兵といった様子だ。ロアンナは優雅に微笑みかけた。
「あなたが指揮官かしら?」
「そうだが、あんたは……」
「私に質問する前に、あなたの身分と目的を教えていただきたいのだけど?」
取り囲まれ剣を向けられても怯える様子のないロアンナを見て、頰に傷がある男は出鼻をくじかれたようだ。
「あ、ああ、俺はビルだ。この街の警備隊長で、盗賊を追っている……。いや、追っています」
「ご苦労様です」
「は、はい!」
ロアンナの優雅な立ち居振る舞いにつられるように、ビルは姿勢を正した。段々と口調も丁寧になっていく。
「それでですね。盗賊の頭と思われる者の髪色が黒でして……」
「それは、私達が盗賊の仲間だと疑われているということかしら? あなたにも、私がそう見えているの?」
「いえ、あの。ど、どこをどう見ても貴族のお嬢様に見えます」
ビルの顔色は、どんどん悪くなっていく。周囲の警備隊達からも、「これはまずい」「やっちまった」と戸惑う声が聞こえてきた。ヒソヒソ話というには、彼らの声はあまりに大きい。
「誰だよ。この人たちが盗賊だとか言い出したやつ」
「だってよ、前に遠目で見た盗賊が黒髪だっただろう!? ほら、こいつらも黒髪じゃないか! それが証拠だ!」
「まぁ黒髪なんて、めったに見ないからな。英雄の末裔の色だし」
「そうだよなって……まさか?」
「嘘だろ、おい……」
情けない会話を聞く限り、どうやらロアンナ達は人違いで足止めされたらしい。
(彼らが追っている盗賊の頭と、私達が捜している父に似た人は同一人物かもしれないわ。どうにかして、情報を聞き出したいわね。こういうときにライズさんがいてくれれば何か提案してくれるのに)
すぐに頼ってしまいたくなるが、それではいけない。
(友達なのだから、寄りかかるのではなく対等でいたいわ)
ライズは、ロアンナのことを理想の主と思っているようだが、そんなことはロアンナには関係ない。
(自分でできることは自分でしないと……。そうだ!)
ロアンナは、ビルにニッコリと微笑みかけた。
「貴族の間でこういうものがあるのはご存じ? ウィッグというのだけど」
エリーが素早く、鞄からロアンナ愛用の茶色のウィッグを取り出して見せる。
「これさえあれば髪色なんて、いくらでも変えることができるわ。盗賊の頭が黒いウィッグをかぶっていた可能性はない?」
(その場合は、私の父でもないわね)
ビルを含めた警備隊達は、全員口を閉じた。馬車の周囲には、沈黙が降りている。
「さてと」
ロアンナは、わざと意地が悪そうに口角を上げてみせた。こういうときこそ、自分の悪評を利用しなければと思う。
「私が王都でなんと呼ばれているかご存じ?」
ビルを含めた警備隊達は、戸惑いを浮かべながら首を左右に振る。
「悪役令嬢だなんて呼ばれているの。そんな私に無礼を働くなんて……。あなた達、いい度胸ね?」




