20.シルヴィア・ルーナ・ドラッフェ
グラシエルは静かに片膝をつき、首を垂れた。
「もしやとは思っておりましたが、リョウの話を聞いて確信いたしました。シルヴィア殿下、ご無事の帰還を心よりお喜びいたします」
「思ってもないことを」
ふん、と鼻を鳴らしたシルヴィア。
彼らを見ながらリョウは混乱するばかりだ。何が起こっているのかわからない。
「でんか?」
「大したことないのよ。私捨てられっ子だし」
シルヴィアはリョウの腕に絡みついて驚いた彼を見上げる。その姿は可憐な女の子だけれど、今のリョウはグラシエルが冗談でこういうことをしない人だと知っている。
事情を知りたいとグラシエルに目を向けると、彼は溜息を吐きながら立ち上がった。
「彼女の本来の身分については……?」
「身分」
「聞いてないんだな……」
頭が痛いと言うような顔をするグラシエルに、リョウはおずおずと頷いた。
シルヴィアの本名はシルヴィア・ルーナ・ドラッフェ。このドラッフェ帝国第二皇女だ。
彼女は母である皇后の腹から取り出された時、竜の姿であった。自らの腹から出てきた人外の生き物を見た彼女は恐れた。
「気持ちが悪い」
得体の知れない生き物を産んでしまった、と彼女はシルヴィアを恐れ、嫌悪し、憎悪した。
一方で帝国としてはそれは喜ぶべきことだった。この国の皇族の祖は竜であったという。先祖返りである彼女の誕生は吉兆とされた。
それでも皇后の悪感情は無くならない。
人ならば本来可愛いはずの時期だがその姿は竜であり、人語を話すこともない。
第二皇子はなぜかその言葉がわかるような素振りを見せた。そのことで彼女はこの第二皇子すらも疎ましく思い始めた。
そして、姫とされた竜を厭うその感情は貴族女性には理解された。自分とも夫とも違う生き物が生まれれば、愛せるはずがないと口を揃えた。
「結果として、第二皇子テオドール殿下とシルヴィア殿下は皇后陛下から引き離すために離宮にて育てられた……が、皇后陛下は自分で産んだ子を放っておくこともできず、処分する機会を狙っていた」
「わざわざ金を積んで、私を攫い、売り払ったのよ。珍しい白い竜だ、とね」
グラシエルの言葉にそう続けたシルヴィアの瞳に映るのは憎しみだった。
親の事情など、子には関係がない。姫という生まれでも見せ物のような存在で、母には疎まれ、兄に庇われ彼を犠牲にしてようやく生きてこられただけだ。
「私は居ない方がいいのよ。死んだことにした方がいいわ。お兄様を犠牲にしてまで戻る場所ではないし」
「そうするには、あなたの姿はテオドール様や皇太后陛下に似過ぎているのですよ」
グラシエルに舌打ちをするシルヴィアは「それに」と続けられた言葉に涙ぐんだ。
「テオドール殿下は、あなたの無事を信じてずっと探しておられます」
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