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悪魔の肉体

……………………


 ──悪魔の肉体



 そのころ、ラインハルトは自分の体に起きた変化に気づき始めていた。


 悪魔の肉体というものは魔族のそれとは違う。純粋な精神体だ。肉の体から解放されてる。魔族たちは今も肉、骨、血、呪いで構成されている。


 ラインハルトはそうではない。


 だが、精神体というのは思わぬものを生み出すものだった。


「この黒き液体は何だろうか?」


 ラインハルトは自分の体から時折滴り落ちる黒い液体の正体を探っていた。


 瘴気ではない。だが、人間の捕虜に与えたところ、悶え苦しんで死んだ。


 魔族に対しても同様だった。ゴブリンやオークという魔族は死に至った。


 液体は体から染み出るように出現する。どういう条件でそれが生まれるのかは全く分からない。ただ、生れ出るのだ。


「お悩みのようだね」


「ああ。悩んでいる。これは毒なのか?」


「それは君の感情の淀みさ」


 いつの間にかラルヴァンダードが現れて、ラインハルトと話し始める。


「君はどす黒い感情を有している。それがあふれ出ているのさ。悪魔の体では全ての負の感情はコントールできない。大悪魔となればある程度のコントロールはできるけどね。ボクもこう見て腹黒だから」


 ラルヴァンダードはそう言ってくすくすと笑う。


「この黒い液体の効果は?」


「普通の人間や魔族であれば死に至る。だが、高等な存在ならば、その黒き腐敗に抗って、黒き腐敗から力を得るだろう。こればかりはギャンブルだよ。黒き腐敗に適応できる存在はあまりに少ない」


「面白いですね。資源に余裕があれば実験してみたい」


 ドラゴンや近衛吸血鬼はこの黒き腐敗に抗って、力を得られるのではないかとラインハルトは思っていた。もし、耐えられなかったとしたら、耐えられる存在を“創る”までの話である。


 彼は創ってきた。近衛吸血鬼を、日光に耐える吸血鬼を、より強力な人狼を。


 魔族たちは自分たちのことを瘴気から生まれた自然な存在だと思っている節があるし、人間たちもそう思っているところがある。だが、自然には近衛吸血鬼という種族は生まれない。この時点で“ラマルク・カスケード”の理論は破綻する。


 近衛吸血鬼は生み出しているものがいるのだ。ラインハルトという魔族が全てを調整して作っているのだ。


 確かに彼は四天王最弱だった。悪魔となる前に使える死霊の数は限られ、戦闘においては撤退戦のような栄光なき戦いでの戦功が目立っていた。


 だが、彼がいなければ近衛吸血鬼や人狼などは生み出されることはなかったのだ。


「生物学は、魔導生物学は私の専門です。面白い生き物を創造して見せましょう。この黒き腐敗に耐える強力な魔族を、既存のもの改良するか、あるいは全く別の種を生み出すことで作り上げて見せましょう」


「それは楽しみだ。だが、気を付けておきたまえよ、ラインハルト。神々は、そして天使たちは黒き腐敗を酷く嫌い、その臭いのするものを本能的に攻撃する。それは神々への反逆の証だ。君はとうとう本当に神の敵となったのさ」


「それは結構。実に結構ですな。今までが中途半端だった。私は半分が人間で、半分が化け物だった。これで正真正銘の神にすら疎まれる怪物になれたわけですから」


「まあ、君の努力に期待しておくよ。これまで黒き腐敗を克服した存在を人為的に生み出すなてことは成功しなかった。それを君が生み出したとすれば大きな一歩だ」


 ラルヴァンダードはそう言うとどこかに姿を消した。


「黒き腐敗は私自身には効果がない。当然か。宿主を殺すような毒を生み出す生き物は進化の段階で淘汰される。生き残り得ない。とすれば、私自身の体を調べることが、この黒き腐敗への抵抗を可能にできるか?」


 そう考えてラインハルトは首を横に振った。


「私は黒き腐敗を生み出しているだけだ。利用しているわけではない。これによって私自身は力を得ていない。黒き腐敗から力を得るには、もっと別にアプローチが必要だ。近衛吸血鬼やドラゴンで実験したいところだが、それではコストがかかりすぎる」


 ラインハルトはかつかつと魔王城内を地下に向かう。


「キメラを利用するとしよう。体組織への影響か、精神への影響か。それを確かめる必要がある。体組織への影響ならば簡単だし、現状の症状は体組織への影響を示唆している。だが、精神の淀みから生まれたものが、体組織だけに影響を与えるものだろうか?」


 黒き腐敗そのものを解析したいが、どう解析すればいいのか分からない。普通の検査機器ではこのような現象に対応できないだろう。


 まずは被検体の状況を確認し、その上で方針を決めるしかない。


「キメラはまずはドラゴンから試そう」


 魔王城地下には膨大な量の瘴気が溜め込まれていた。ここを占拠した六ヵ国連合軍も白魔術で中和しきるのは不可能だと考えたのか、そのまま放置されていた。


 ラインハルトは瘴気の中に魔力を流し込み、魔族を生成する。


「あ、ああ……」


 生み出されたのはドラゴンの腕を持ったオークだった。


 オークの体にあまりにも大きなドラゴンの腕が付いているのはグロテスクですらある。だが、これで瘴気の消費量はかなり抑えられた。ドラゴンも腕だけならば、そこまで瘴気を消耗するものではない。


「君はこの黒き腐敗を受け入れられるか?」


 オークのドラゴンの腕にラインハルトが黒き腐敗を滴らせる。


「ああ! ああ! たす、助け……」


 オークの言葉に意味があったのは最初の数秒だけで残りは理解不能な叫びだけになった。ドラゴンの腕では黒き腐敗には耐えられなかったのだ。


 オークは最終的に全身が爛れて、溶け落ちる。オークだったものはラインハルトが死霊を生み出して掃除させた。触れるだけで死に至る危険物なだけに、慎重に処理される。何重にも包まれ、地下室のさらに地下の廃棄室に廃棄された。


「近衛吸血ではどうだろうか?」


 ラインハルトは次は近衛吸血鬼で実験を行う。


 近衛吸血鬼の腕だけを持ったオークを生み出し、黒き腐敗を滴らせる。


 結果は先ほどとほぼ同じだった。違うのは死に至るまでの時間が長いことだ。


「やはり体組織への影響か?」


 オークの精神は同じ。だが、近衛吸血鬼の方が長く耐えている。


 何度か同じような実験を繰り返した末に、ラインハルトはこれが肉体への影響だということに確信を抱いた。


 ドラゴンの体組織と上級吸血鬼の体組織では有意な違いがある。


 ならば、黒き腐敗に耐えられる魔族のベースは近衛吸血鬼にするべきだ。


「それまでに黒き腐敗の影響をしっかりと調べておかなくては」


 黒き腐敗、黒き腐敗。


 それはどこまで影響を及ぼすのか。瘴気のように白魔術で中和できるのか、それともできないのか。


 そして、この黒き腐敗はガブリエル・ジラルディエールを抹殺できるのか。


「あのものは恐らくは……」


 ラインハルトは何事かを口にしそうになって口を閉じた。


「確証はない。だが、可能性はある。それにしても人間たちは恐れないのだろうか。自分たちとは明白に異質の、強大な存在が傍にいるということに恐れないのだろうか。それともそれもまた彼女の特性なのだろうか」


 ラインハルトはぶつぶつと呟きながら、キメラたちを生み出し、実験を続けた。


……………………

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[一言] そんな劇物滴らせてて危なくないのかな?
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