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瘴気が生み出されるプロセスと情報戦

……………………


 ──瘴気が生み出されるプロセスと情報戦



「我々が危惧しているのはこのまま人間どもが完全に撤退してしまい、我々の同胞を生み出す瘴気の源が失われるということです」


 アルマはラインハルトのそう言った。


「その心配はしなくともいい。捕虜を生け捕りにすれば、いくらでも瘴気は生み出せる。生きたまま捕虜を得られればだが」


 ラインハルトが語る。


「瘴気とは人間の負の感情と死体の腐敗が生み出すものだ。負の感情は簡単に生み出せる。捕虜を拷問すればいい。人間は痛みという外部からの刺激を受けると、怒り、恐怖、憎悪などの負の感情を生み出す。痛みというエネルギーが負の感情のエネルギーへと変わり、負の感情のエネルギーが瘴気として発生する」


 エネルギー保存の法則は瘴気の発生においてもある程度満たされている。


 拷問という痛みを与える作業のエネルギーは、人間の中で負の感情のエネルギーへと変換される。そして、その人間の死後に腐臭とともにその負の感情のエネルギーは瘴気へと変換されるのだ。最初にちゃんとエネルギーを与える作業があり、瘴気は魔族たちを生み出すエネルギーとなるのである。


「人間が枯渇でもしない限り、負の感情は生まれ続け、それは魔族を構成する材料となる。生きた捕虜を可能な限り拷問すれば、負の感情は膨大なものとなる。だから、だ。諸君らも敵を皆殺しにするのではなく、捕虜を取りたまえ。捕虜からは情報が聞き出せるし、絶好の瘴気の源になってくれる。捕虜にして損をすることはない」


「捕虜、ですか」


 これまで魔王軍は捕虜など滅多に取らなかった。


 捕虜を取ろうにも魔王軍の捕虜になるぐらいならと自決してしまうケースが多かった。また魔王軍も捕虜というお荷物を背負うを嫌ったために、戦争の中で捕虜を取ることは滅多になったかった。


 だが、確かに捕虜がいれば、拷問して瘴気が生み出せることはアルマも知っている。それに加えて、今欲しい情報が手に入る可能性もあるのだ。


「では、次の戦いでは捕虜を取ることにも尽力したいと思います」


「ああ。捕虜を取りたまえ。後は拷問した情報を吐かせ、瘴気の原材料に変えてしまえばいい。魔王軍も少しは情報面で六ヵ国連合軍をリードできる可能性を秘めている」


 ラインハルトはそう言った。


「情報の重みは計り知れない、ひとつの情報が戦局を左右することもある。ひとつの情報のために戦闘に勝利し、ひとつの情報のために戦闘に敗北する。魔王軍も情報を重視した戦い方をしていかなければならないよ」


 魔王軍はこれまで情報軽視の傾向が続いていた。


 小細工に頼らなくとも、魔族の物量と力があれば、戦闘には勝利できる。だから、情報戦など必要ない。そういう考えが蔓延していた。そして、その考えには魔王ジークフリートすらも納得していた。


 魔王軍で唯一情報を重視したのはラインハルトだけで、彼は吸血鬼を各国に忍び込ませていた。そして、情報を集め、戦況の動向を予想していたのだが、魔王ジークフリートにそれが評価されることはなかった。


 だが、今ではラインハルトこそ魔王軍の最高指導者だ。


 彼は情報を重視する。勢いだけで行動したりはしない。強大な力は情報というものに裏付けされてこそ、初めて真価を発揮するのである。逆に情報さえあれば、少数の戦力でも大きな戦果を上げられる。今の魔王軍には情報が必要だ。


「畏まりました、閣下。今後は情報にも気を配ります」


「そうだね。捕虜は当然として敵の司令部を襲ったら、書類や地図の類は回収したまえ。無線の周波数も分かっていると望ましい。無線を傍受して得られる情報は大きい。暗号表などで暗号化されている可能性もあるので、その点にも注意を」


 そこでラインハルトは考え込む。


「人間の言語に詳しい魔族で無線傍受部隊を組織しようかと思うが、どう思うかね? 無線傍受が行えれば、相手の動きはよく分かる。こちらが取るべき行動も自然と導き出される。空軍による航空偵察が難しい今、これは必要なことではないだろうか?」


「もっともです、閣下。そうされるべきかと。管轄は陸軍に?」


「そうだね。近衛軍ではなく、陸軍になるだろう。だが、言語の問題だから、近衛軍からの引き抜きもあるかもしれない。納得してくれるかね?」


「もちろんです。閣下の思われる通りに」


「君は物分かりのいい子だ、アルマ」


 陸軍が情報戦の主力になるのは必然と言えた。


 今も各地に潜入している吸血鬼の所属は陸軍だ。近衛軍はあくまで近衛。エリート戦闘部隊ではあるが、決してそれ以外ではない。つまり情報戦部隊ではない。


 これから情報戦を進めていくうえで陸軍は大きな役割を果たすだろう。


 いや、既にラインハルトの指は動いている。獲物を探り、獲物の臓腑を探り、時として獲物の臓腑をかき乱して、情報戦という闇に潜んでいる。吸血鬼たちはその美貌で政界や財界に入り込み、人々を魅了して、情報を集め、操っていた。


「ベネディクタによく言い聞かせておきたまえ。人を焼くのは一時の楽しみになるだろうが、決して永続する楽しみではないと。戦争を続けたいならば、人を焼き続けたいならば、時として人を生かして捕まえることも必要だ」


 ベネディクタのようなバトルジャンキーは生け捕りという概念が存在しない。魔族があまりにも強大な力を持っていることも、魔王軍における情報軽視の傾向に拍車をかけていたと言える。


 結局、魔王軍は情報戦の軽視の結果、ガブリエルという最大最悪の脅威を見逃し、気づいたときには戦線を完全に崩壊させられていたのだ。


 他にも魔王軍の情報軽視の結果の敗北はいくつもあり、特に戦争のターニングポイントになった付近の戦いからそれが急激に増加する。


 それは人間たちは魔王軍の言語を解析し、暗号を解読し、無線情報を有効に活用し始めたためだとラインハルトは情報を得ている。


 ラインハルトは無線情報の暗号が破られている恐れがあるとの知らせを魔王ジークフリートに伝えたが、大戦が急激に自分たちの敗北に向かい始めている中、魔王ジークフリートがその情報に注目することはなかった。


 魔王ジークフリートは魔族の戦いにおける質を高め、数さえ増やせば、また勝利が手にできると信じていたのである。


「ベネディクタには厳重に言いつけておきます」


「ありがとう、アルマ。手始めに我々はここに残された資料を解析しておくよ。君たちは早速、友軍部隊の救出に動いてくれたまえ。情報も大事だが、戦力も言うまでもなく重要だ。戦力がなく、情報だけがあっても仕方がない」


「畏まりました、閣下」


 アルマたちはラインハルトに敬礼を送って退室した。


「待ちたまえ、リヒャルト」


「はい、閣下」


 呼び止められて、リヒャルトがラインハルトの方を向く。


「情報戦部隊は可能な限り早急に発足させたい。人選と組織体制の確立を迅速に進めてくれ。ここにある六ヵ国連合軍の無線通信記録や地図、命令書を分析できるように」


「はっ。畏まりました」


 ラインハルトは負けるときは敗北の味を味わうつもりだが、好き好んで負けたいわけではない。戦争をするならば勝利したい。勝利すればもっと戦争を続けられる。倒す敵がいなくなるまで戦争を続けられる。


 それに全ての歯車が噛み合って勝利した瞬間の幸福感は味わい深いものだ。


……………………

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[一言] 情報が筒抜けだったらそりゃ負けるは
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