9・受付嬢ミランダ
シオンだけでなくアンジェラちゃんも注目されていることを気にもかけないで、堂々とギルド内を闊歩する。凄いな、私にはとても真似できないよ。
「ではシオン様お願いします」
「わかった」
シオンは私達と別れて行動した。以前勇者パーティの人達と来た時のように職員が飛んできて対応され、その人と共に関係者以外立ち入り禁止の立札の奥に消えていった。
冒険者ギルドに入る前にアンジェラちゃんとシオンが話し合っていたが、どうやらシオンはギルドマスターに用事があるらしい。
今度こそはと、にこやか美人受付嬢の列に並んだが、隣の暇そうにしていた目付きの怖い受付嬢に目ざとく見つかりコイコイと手招きされる。ううっ怖いし逆らったら何されるかわからないからなぁ。それにアンジェラちゃんもいるし、前回あの受付嬢とアンジェラちゃんは険悪なムードだったしなぁ。
私の心配をよそに、アンジェラちゃんは私の背を押して目付きの怖い受付嬢のカウンターに足を運ぶ。
「よう、新人と生意気な小娘じゃねぇか、何の用だ?」
「はい、昨日の買い取りに出した魔物の代金の受け取りに来ました」
「ああ、そういえばそんなことを言ってた気がするな。ちょっと待ってろ」
アンジェラちゃんは黙って私と受付嬢の会話を聞いていただけで、会話には加わってこなかった。ふぅ、よかったよ。また口喧嘩になったら困るからね。
「お姉様、あの方いつもあんな感じなんですか?」
「うん、凄いよね。私、ここに来るまであんな個性的な受付嬢がいるなんて思わなかったよ」
「個性的過ぎますね。普通はあんな態度で受付なんかしたら即座に解雇ですからね。私の商会なら二度と店の敷居を跨がせないレベルですね」
「安心しろよ、お前がどんな田舎商会のお嬢ちゃんかは知らねぇが、お前の経営する一族が経営する店なんか頼まれても行かねぇからよ」
「あら、その言葉忘れないで下さいね、粗暴な受付嬢さん」
「上等だぜ、クソ生意気なお嬢ちゃん」
うを! いつの間にか受付嬢が戻ってきてるよ。
そして案の定一触即発の空気が立ち込める。それを見ていた周りの無骨そうな冒険者達も関りのないように遠巻きに眺めているだけだ。私も正直に言うと、ここから逃げ出したいよ!
「あの~、買い取りの代金を……」
こうなったら、さっさと代金を貰ってアンジェラちゃんを連れて逃げるしかないよ。
「ああ、そうか、ほれ受け取んな」
受付嬢はいつも通りボロボロの布袋に入ったお金をカンターに放り投げた。
ガチャっと音を立てた布袋を手に取る。もう相変わらず乱暴な扱いだなぁ。もう少し丁寧にできないものかな?
その様子を見て不機嫌だった顔を更にしかめるアンジェラちゃん。
私は布袋から買い取り金を取り出して空になった布袋を受付嬢に返す。いくらボロでも袋はギルドの備品だからね。
「お姉様、買い取り金はいくらになったのですか、明細もないようですが?」
「えっと、銀貨十枚だね」
「……はい?」
「銀貨が十枚だよ」
「はぁあああああ?」
アンジェラちゃんの大声が依頼受付所に響き渡った。
ワナワナと震えるアンジェラちゃん。
ど、ど、どうしたのかな、発作とか?
「な、何でたったそれだけなのですか、おかしいでしょ!」
「はぁ、お前冒険者ギルドにケチつける気かよ!」
あわわわわ、二人共落ち着こうよ! 直ぐにでも取っ組み合いになりそうな両者を前に、何もできずにアタフタしてしまう私。
「どんな査定をしているのですか、この町の冒険者ギルドでは?!」
「はは~ん、さてはお前、魔物の価値もわからねぇ素人だな。これだからお嬢様は」
「な、なんですって価値がわからないのは、貴方の方でしょう!」
周りの目も気にせず口論を続ける二人。
「いいか、お前みたいな世間知らずに教えてやる。そこの大した能力も無ぇ仮冒険者の新人にはな、冒険者ギルドの仮冒険者支援制度を利用しなきゃ、まともに生活することも難しいんだ。二束三文の魔物を狩るのが精一杯の才能の無ぇ冒険者にはありがたい制度なんだぜ!」
「何を言ってるんですか貴方は? そんなのは支援金以上の魔物を狩れば利用しなくてもいいものでしょう。いいえその場合は利用できませんよね?」
「馬鹿かお前、こいつみたいな新人がそんな強ぇ魔物を狩れるはずが無ぇだろうが。本冒険者にもなれない素人だぜ。常識で考えろよ!」
「それです。何故お姉様が仮冒険者のままなのですか?!」
「本冒険者の査定に落ちたからに決まっているからじゃねぇか。阿保なのかお前」
「阿保は貴方です!」
「何だと、この……」
「そこまでだ、二人共!」
この修羅場と化した二人の言い争いを止めた、口に立派な髭を蓄えた中年のダンディなおじ様。そのおじ様の後ろにはシオンと何故か親方までいる。
「ちょっと聞いてくれよギルマス、こいつがさ……」
「こいつではありません、私にはアンジェラと言う立派な名前があります!」
「今はそんなことはどーでもいいんだよ!」
「黙れ! いいから二人共、儂の部屋に来るんだ」
「……わかったよ、何だってんだ」
「わかりましたギルドマスター」
ほっ。このダンディなおじ様はギルドマスターだったんだね。流石偉い人は迫力が違うね。
さて二人が言い争っていた原因である私はどうしたらいいのかな? 喧嘩自体は二人が勝手に始めたものだったけど、私にも責任あるだろうしなぁ。
そんなことを考えてるとギルドマスターが、こちらの方にやって来る。私は後ろを振り向いて確認するが、私の後ろにはやじ馬達が遠巻きにいるだけである。やっぱり用があるのは私なのだろうか?
「エカテリーナ殿、うちの職員が迷惑をかけました。貴方も一緒に来て頂きたいのですが」
「は、はひっ」
き、緊張して噛んじゃったじゃないか! 恥ずかしいな、もう。
でもなんで仮冒険者の私に敬語? しかも頭を深々と下げてだよ。
今更ながらエカテリーナという呼び名がしっくりこない。これから先はエリーで統一して名乗ろうかな。
注目を浴びて居心地の悪いギルドホールからギルドマスターの部屋へ移動する。今度は流石に職員に止められることはなかった。何しろあの時私を止めた目付きの怖い受付嬢も一緒だし、ギルドマスター直々に付いて来てくれって言われてるしね。
いかにも偉い方の部屋だとわかる豪勢だが落ち着いた広い部屋に圧倒される私。何で皆そんなに平然としているのかな? これはただ私が小心者なだけなのか、うん多分そうなんだろう。
部屋に入ってもギルドマスターは椅子にも座らずに私の前で直立していた。私より頭二つは高い背丈なので見上げないと顔が見えない。
「儂の名はハルバルトと申します。この町エスナの冒険者ギルドのギルドマスターを務めさせていただいております。此度は貴殿に大変迷惑をかけてしまい誠に申し訳ありませんでした。ここに謝罪させていただきます」
またしても私に深々と頭を下げるギルドマスター。え~私こんな偉い方に頭を下げられるようなことされた?
「待てよギルマス、なんであんたが謝ってんだ、訳わかんねぇよ」
「口を慎めミランダ!」
大声で受付嬢を叱咤するギルドマスター。いや私も意味がわかんないんだけど?
そういえば受付嬢の名前ミランダって言うんだ、始めて知ったよ。
「シオン殿からある程度の話を聞き、貴殿の正体は見当がつきますがここはあえてエカテリーナ殿と呼ばせて頂きます。エカテリーナ殿、貴殿が討伐した魔物の代金は改めて計算し直し、必ず支払うことをお約束いたします。ただ額が額だけに暫く時間を頂きたいのです。御了承いただけませんか?
こんな見た目が立派な人に丁寧にお願いされて嫌と言えるはずがないよ。要は計算が間違っていてお金が多く貰えるってことでOK?
「で、ではギルドマスターにお任せいたします」
「おお、そうですか。そう言って頂けるとはありがたいことです。かの勇者様は規律に厳しく大変恐ろしい方だと伺っておりましたので……失礼いたしました。ともかく寛大な処置に感謝いたします」
……どこの勇者だって?
まさか私が例の前の勇者エーコだとか思ってないよね?
どうせそこにいる今の勇者であるシオンが言いふらしたんだろうけどさ。
大体私の何処に勇者の要素があるのよ? そもそも勇者ってのは戦士と僧侶と魔法使いを足した上にそれを三で割らないというチート上位職って聞いたことがあるよ。おまけに聖なる武具なんていう伝説級の装備が可能だとか。その点を考えても……いや、そもそも私は魔法が使えないんですけど?
なので私が勇者なんて噂流さないでほしいな。
おっと、受付嬢がそのキツい目を更に鋭くさせてギルドマスターに詰め寄り口を開いた。
「ギルマス私にもわかるように説明しろよ! どういうことだよ、この新人が何者だって言うんだよ」
「説明してほしいのはこちらの方だミランダ、先月の大量のベアー系の魔物の処理はどうした、レアクラスの魔物もいたはずだが?」
「はぁ、何の話だ?」
「ほらアレだ、グレーターグレイベアとグレーターホワイトベアのことだよ! お前が書類を取りに来たんじゃないか、忘れたのか?」
ギルドマスターと受付嬢の会話に親方が口をはさむ。私も覚えているよ、親方に熊の嬢ちゃんとか不本意な呼び方をされたんだよね。
「あ~あれか、あれなら間違いなく処理したぜ。ちゃんと定食屋のエカテリーナに金は渡しておいたからな」
「な、何だと……」
「お、おい、マジかよ……」
ギルドマスターと親方の周りだけ時間が止まったように固まったように見えた。次第に彼らの顔色が悪くなっていき、汗が滴り落ちる。
「しかしエカテリーナの姉御は凄ぇな。長いこと冒険者を止めてたのに現役の頃より強くなってるんじゃねぇか」
上機嫌で受付嬢のミランダは彼女の言う姉御の事を鼻高々に自慢する。定食屋の店長エカテリーナは彼女の親しい知人らしい。私は二年程店長の下で働いていたが、そんなに凄い人には見えなかったけどなぁ。
「ミランダ、君の友人の事はどうでもいい、それよりもだ……」
「ああ、それよりも昨日のワイバーンの買い取り金はどうした?」
大の大人二人が縋るような顔つきで受付嬢ミランダに問いかける。二人のその切迫した表情など気にもせずに彼女は機嫌良く質問に答えた。
「安心しな。朝一番に職員に命令して連絡をつけたら、ついさっき取りに来たぞ。姉御の話してくれた武勇伝、ギルマス達にも聞かせてやりたかったぜ! それにしても今回は金額が金額だしな、姉御、超~ご機嫌だったな」
「おい、ハンス」
「わかってる、ハルバルト」
親方はギルドマスターに声をかけられると、深く頷き一目散にドアから飛び出して行った。どうやらハンスというのは親方の名前らしいね。しかしお互いを名前で呼び合う仲だとは思わなかったな。
親方が出て行った後、ギルドマスターが一つ大きく深呼吸をつく。
「ミランダ、こちらの冒険者の名前を知ってるか?」
「ああ、さっきからギルマスが呼んでたからな、エカテリーナだろ」
「つまりはそういうことだ」
ギルドマスターが受付嬢のミランダに冷たく言い放つ。それを気にもしないで彼女は私に振り向き一言。
「姉御と同じ名前なんだろ、お前も早く姉御のような強ぇえ冒険者になるんだな。」
「「「違う!」」」
ギルドマスターとシオン、アンジェラちゃんまで声を揃えて叫ぶ。う、うるさいなぁ。
「そうではなだろうミランダ。いいか、お前が姉御と呼んでいる定食屋のエカテリーナに渡した金は本来こちらのエカテリーナ殿に渡さねばならない金なのだ」
「は? いやいやそれは無ぇよギルマス。そいつはまだ仮冒険者で、しかも本冒険者の査定にも落ちた駄目駄目な奴だぜ」
「査定に落ちたのはお前が彼女の討伐記録を改ざんしたからに決まっているだろう。彼女の実績は間違いなくこの冒険者ギルドで一番の成績だ」
一気に顔色が悪くなった受付嬢のミランダが私の方を振り向く。青い顔だが目付きは相変わらずキツいまま私を睨みつけている。
……私が悪いわけじゃないよね?
「そ、そ、そんな訳ねーよな、だってこんなに弱っちそうなんだぜ。こいつが倒した証拠でもあるのかよ?」
「例えエカテリーナ殿が倒してなくても、持ち込まれた買い取り物を正しく査定し適切な金額で買い取るのは当然のことだろう」
「うぐぐぐっ」
倒したのは私で間違いないのだが、話がややこしくなるので黙っておくことにする。
「ギルドマスターハルバルト殿。この件に関しては王都にある冒険者ギルド本部の監査部に一任させますがよろしいですね」
「仕方ありませんな、儂の首だけでは済みそうになさそうですからな」
シオンとギルドマスターの会話から察するに、今回の件はかなりの大事件みたいに聞こえるのですが?
いや確かにあの目付きの怖い受付嬢ミランダが、いい加減な仕事をしたのが原因だろうけどさ。
「あ、あのぉ、私はこの件に関しては気にしていませんので……」
受付嬢ミランダだって悪気があった訳ではないだろうしね。
私がそう言うと、ミランダは私の横に立ち肩に手を回してバンバンと叩いた。
「だよな、本人がこう言っているんだ水に流そうじゃねぇか! なぁおい」
凄いな、前向きと言うかなんと言うか、逞しい人である。
だがそんなミランダに対して、世の中は甘くはなかった。廊下からドタドタと足音が聞こえたと思ったら親方を先頭に数人の屈強なギルド職員が部屋に流れ込んできた。
「おい、何すんだ、離しやがれ!」
ミランダは抵抗虚しく連行されて行った。嵐のような人だったな、主に悪い意味での……。
「大変申し訳ありませんでした。あの者はまだ自分が起こした事の重大さを理解していないようでして……」
もう何度目かはわからないけど、またまたギルドマスターが頭を下げ私に謝罪した。もう、居心地が悪いのにも程がある。
「あの、頭を上げてくださいギルドマスター」
私そう言ってもがギルドマスターの申し訳ないという態度が改まることはなかった。別にギルドマスター自身が悪いわけではないのにね。部下の不始末の責任をとらないといけないってのはわかるけど。
それに比べてミランダの話にも出てきた以前私が働いていた定食屋の店長は、何か失敗があると当の本人に全責任を取らせてたっけ。それどころかその失敗がその人が原因ではなくても命令させて対処させてたなぁ。店長はなにもしないで……。
そう考えると冒険者ギルドはまともな組織と言えるよね。今回の主犯であるミランダみたいな人もいるけど。
「ハルバルト殿、追って沙汰があるのでそのつもりでいてほしい」
「わかっております、シオン殿」
シオンに頭を下げた後、私に振り向き一瞬躊躇したがゆっくりと口を開いた。
「あれは、ミランダはこのエスナの町の代官の娘……正確に言うと妾の娘なのです。昔からあんな感じの娘でして、家を追い出されても代官にしては可愛い娘だったんでしょう。今までは好き勝手しても、その……代官が影でもみ消していたのです」
成程ねぇ。権力者の娘だったのか。
「だが今回は勇者殿が関わってる案件です。知っての通り勇者は伯爵クラスの権力があります、町の代官がどうにかできる案件ではないですからな。本当に申し訳なかったですエカテリーナ殿」
だ、か、ら、私は気にしないって言ってるのに!
ギルドマスターが残念そうに俯く。あんな接客に向かない人を冒険者ギルドに置いてやってたんだ、少しでも更生することを望んでいたんだろうなぁ。まぁ、ああいう人はそう簡単には性格は変わんないと思うけどね。
バタバタと慌ただしい冒険者ギルドをシオンとアンジェラちゃんと共に後にする。私だけがバツが悪そうにしてたけど、何でシオンとアンジェラちゃんはつきものが取れたような晴れやかな顔をしているの?
ともかく暫くはこの町に来ることはないけど、次に来た時にはギルドの人達には普通に接してほしいなぁ。