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14・エメロード

 私は魔族領で一魔族として暮らしていた。

 魔族と言っても人間領の人族と何ら変わることはない。

 私の主観で言わせてもらうと魔力量や価値観が多少異なる程度でしかないと思う。容姿だって獣人族よりは人族に近い。


 幼い頃から魔族の名門の侯爵家で下働きをしていた。

 両親は誰だか知らずに育ったが、屋敷で働く人達が親代わりのみたいなものだったので、特に寂しい思いをした覚えはない。

 薄々は気付いていたのだが、恐らく屋敷に住む誰かの子供なのは間違いないみたいだ。だが私には真実は伝わることはなく、事情を知っていそうなメイド長辺りの人達は特に硬く口を塞いでいた。私の両親に対する会話になりそうになると、明らかに話を逸らすのだから。

 きっと知らない方が私にとって良い事なんだと思い、私は一度だってそのことについて追及をしたことはない。おかげで多少規律は厳しかったが安定して楽しい生活を送っていたのだが……。


「長い間お世話になりました」


 突然解雇を言い渡されたのである。

 理由は聞いても答えてはくれなかった。幸いにしてそこそこの退職金が与えられたので次の職を探すまでは何とかなるだろう。

 今まで働いていた侯爵が住む領都からは離れた方が良いと言われたので、領都からは結構離れた田舎町に根を下ろし、その町の宿屋に住み込みで働くことになった。

 私の仕事は宿屋の一階にある食堂での給仕だ。私は下働きとは言え侯爵家で働いていたのだ、何とかどころか即戦力として迎え入れられ、期待にも添えたと自負している。


 だがそこでの暮らしも長くはなかった。給料こそ安かったが侯爵家で働いている時よりは気が楽で、自分では結構気に入っていたのに残念だった。

 私を見つけ「お迎えに上がりました」と丁寧にお辞儀をしたのは、全く面識のない老紳士だった。彼は数人の従者を連れていて、その中の一人が私を指差しこう断言した。


「間違いありません。こちらの方はエメロード侯爵家に連なるお方です」


 はい? いやいやそのエメロード侯爵家で下働きとして働いていたけどね?

 後に知ったことだが、この時私は人物鑑定されてたらしい。

 魔族の中でも王侯貴族だと血筋ごとに魔力に微妙な違いや特性があって術者の鑑定レベルにもよるが、どこの一族の者かがわかるらしい。

 いや、そもそも何で私がこの町に住んでいたのがばれたのだろう? きっと聞いても答えてくれないと思うな。だってさ絶対真っ当な人達じゃないよこの人達は。


 どうやら私はエメロード侯爵家に連れ戻されるみたいだ……しかも下働きとしてではなく。

 さっき私は侯爵家に連なる者だと言われた。つまり侯爵家の血が入っているってことだよね?

 いやいや、あそこ……侯爵家には自分勝手な長男と引きこもり気味の陰気な次男がいて、その下にも我儘な弟、妹がいたはずだ。どう考えても私が侯爵家に行っても疎まれることはあるが迎い入れられることはない。そもそも侯爵である旦那様とその妻である侯爵夫人が私を呼び寄せるはずがない、きっと私はあの人達にとってトラブルの元にしかならないはずだし。


 私は老紳士一行に連れられ懐かしい侯爵家の屋敷へ戻った。

 ただし今回は屋敷で働く使用人のいる所ではなく、屋敷の住人が暮らす場所にだ。

 ……おかしい。屋敷はシーンと静まり返っていて活気どころか人の気配もない。侯爵家の方々はおろか留守を預かる使用人の姿もないのだ。

 老紳士の後について屋敷に入って行く、到着した部屋は旦那様の部屋だった。

 ノックもせずに部屋に入る老紳士。ちょっ、勝手に入ったらマズいでしょ! そう思ったが部屋には誰もいなかった、ふぅ。

 老紳士の従者たちも入ってきて出入り口を塞がれた感じになる。う~ん、私ちょっと不用心だった? でも仕方ないじゃん、ここまでくる間も見張られていて逃げれなかったんだからさ!

 そして何故だか私が上座に座られられる、何故に?

 私が落ち着く間もなく老紳士はここで起こった事を説明してくれた。

 流石に私でもある程度の予想はできていた、だが実際にこの耳で聞くとそれなりにショックな内容だった。


 この手の話ではよくある話だ。そう家督争いである。

 いい意味でも悪い意味でも精力的で生命力溢れる旦那様が亡くなったのにも驚いたが、その原因が毒殺だと聞いたときはもっと驚いた。毒に対する警戒は侯爵家当主なら最も注意するべき事なのに……。

 犯人は長男。次期当主の座を次男にすると父である侯爵家当主本人から言い渡されのが原因だとか。

 確かに侯爵家の長男は品行方正の真逆を行くような箸にも棒にも掛からぬ人で、おまけに魔族の貴族としては魔力量も少なく、それを補うための努力もしない上に、プライドだけは高い男でした。

 かと言って次男の方も当主に相応しいかと言えばそうでもない人で、勉強はできたようですが引き籠りがちで、常に人を見下す男だったのです。

 こちらも兄に負けず劣らずプライドの塊のような人でしたね。

 彼の魔力量は多くもなく少なくもない普通の魔力量でしたが、自分より魔力量の少ない兄を馬鹿にしてました。

 それだけでなく次期当主に相応しいのは自分だと、周りに風聴していましたね。それが長男の耳に入れば喧嘩にもなりますし、兄弟仲も悪くなりますよね。


「侯爵は才能が乏しい上に素行も悪く、次期当主を鼻にかけ不祥事を繰り返していた長男よりも、少なくとも問題を起こさな次男を跡取りに選んだのです。兄弟仲が悪くなければ当主になれなかった方が補佐をして侯爵領を治める事もでしたでしょう。残念ながら二人の仲は最悪だったようです」


 老紳士が私にそう語る。

 後はほぼ予想通りの展開だ。

 逆上した長男が親である侯爵夫妻を毒殺したのを皮切りに、邪魔な次期当主が決定していた次男を殺害し、それだけでは飽き足らず継承権のあるその下の弟や妹さえも手にかけた。

 当然そんな凶行は許されることはなく、国や他の侯爵家の者達によって長男は捉えられ処刑された。

 そのため侯爵の直系の血を引く者は全て亡き者になったそうだ。


「エメロード侯爵家と懇意にしていたルビー侯爵家から私共が派遣され、勝手ながら後処理をさせていただきました。ルビー侯爵家とエメロード侯爵家のご子息ご息女との間に婚姻が決まりこれからというときに誠に残念です」


 全く残念そうじゃない顔で、そう言葉を発した老紳士。

 う~ん、何か胡散臭いなぁ、そのルビー侯爵家が乗っ取りのために手引きしたんじゃないの? 長男がやりすぎて失敗したとか……いやいや、私の考えすぎだよね。


「ですがエメロード侯爵には隠し子がいたのです。そう貴方です」


 だよね、この展開はそれ以外はあり得ないでしょう。

 しかしどうやってそんなことを調べたんだろう? 私本人でさえ知らないことなのに。第一私が先程まで住んでいた町だって、どうやって知ったのかもわからないしね。

 ルビー侯爵家には優秀な諜報機関があるようだ。いや侯爵家ほどの有力貴族なら当たり前か、私が知らないだけでエメロード侯爵家にもそういった機関があったはずだ。ただルビー侯爵家の諜報機関の方が優秀だっただけの話だと思う。


「貴方は正式にエメロード侯爵家の当主となります。ですがご安心下さい、ルビー侯爵家から婿を迎えエメロード侯爵家の栄光を取り戻しましょう。これは我が主ルビー侯爵も助力も惜しまないと申しております」


 おーい、勝手に話を進めないでよ!

 私的に解釈すると、使えない長男を処刑しちゃったけど、私っていう都合の良い駒が見つかったので、合法的にエメロード侯爵家の乗っ取っりを再開しちゃうよってことだよね? 

 はぁ、これは拒否権はないんだろうな。せめて私の旦那様になる人はまともな人だといいんだけど、可能性は薄そうだぁ。私の知る貴族なんて高慢で嫌味な人ばかりだったからね。


 ところでここで働いていた人達は何処へ行ったのかな? 流石に逃げているとは思うんだけど。


「残念ですが使用人の者達はこの騒動に巻き込まれ、全員亡くなりました。ですが既にルビー侯爵家から一流の使用人を派遣させていただきましたのでご安心を、数日中には到着するはずです」


 え?

 亡くなった、全員?

 一瞬思考が停止してしまった。

 えええ、何でよ? 

 家督争いに使用人は関係ないよね? 何人か不幸にも巻き込まれたり、不本意ながら侯爵家の為に犠牲になったとかならわかるけど、全員はないだろう、全員は……。

 私と一緒に働いていた使用人達は厳しいところもあったが、基本的に皆優しい良い人達ばかりだった。

 父のように接してくれた料理長、兄のように仕事を色々助けてくれた用務員の人達、姉のように面倒を見てくれた先輩メイドの人達、そして……。


「おや、どうなされましたかな?」

「い、いえ、何でもないです……」


 視界が歪み、知らずに頬に暖かいものが流れた。

 私がここを出ていく時に、いつも厳しかったメイド長が優しく抱きしめてくれたことを思い出したのだ。

 彼女は私の頭を撫で優しく名前を呼んでくれた。親子ほど歳が離れていたので、きっと母親がいたならメイド長みたいな人なんだろうと思ったりもみたりした。ひょっとして本当に彼女は……今はもうそれを本人に確認する術はない。

 このルビー侯爵家から来た老紳士なら真実を知っているかもしれない、だが聞く気になれなかった。親切にしてくれた人達が亡くなった、それだけで十分ショックだし、それ以上の悲劇は聞きたくはない。

 恐らくメイド長達はお家騒動に巻き込まれないように私を屋敷から出してくれたのだ。だが、その甲斐もなく私はこの屋敷に引き戻されてしまった。この展開はメイド長達も予想できなかっただろうな。


 私の意向など関係なくエメロード侯爵家にルビー侯爵家から婿をを迎える、これは決定事項だ。

 しかも事を急ぐのか、婚約をすっ飛ばしてすぐに婚姻ときたものだ。式は大々的に派手に行われるらしい。

 両侯爵領の人民に、そして他の貴族に知らしめる必要があるからだ。

 だがある報告によって私は旦那となるルビー家の子息を、屋敷で待つことはできなくなった。人間領から勇者が魔族領に進行してきたのだ。

 魔族領は魔王城中心に四方に四大侯爵家が治める地域があり、その内エメロード侯爵領とルビー侯爵家領は人間領と面している国境を接する地域となっていた。

 その為に私はルビー家の子息と顔を合わせる前に、エメロード侯爵家の者として兵を率い最前線の砦に向かわなければならなかったのだ……勇者エーコと戦うために。

 私は溜息をつく。


「はぁ、どうしてこんなことになったのかしら……?」


 そうか、そういうことか。

 私が勇者に討たれれば合法的かつ必然的にルビー侯爵家がエメロード侯爵家を乗っ取ることができるというわけだ。

 私が屋敷を出る前にあの老紳士達が慌てて何かを急いでいた。

 想定外の勇者の進行があったからだろう。でもそれを逆手に取り私を戦地に送り出した。式を上げることなく婚姻の手続きは済まされ、後は私が戦場で戦死すれば全てが上手くいくというわけだ。

 全く貴族というのは面倒くさい。秘密裏に私を殺害せれば早いだろうに、体裁や形式を重んじるからこんな手の込んだやり方をする。まぁ命令するだけの人はいいよね、大変なのは現場で動く人達だ。でもそれ以上に大変で不幸なのはそれに振り回される者達……つつまり私のような者達だよね。


 しかし、もう逃げ場がない。「勇者討つべし!」と褒賞と名誉に目が眩んで躍起になったルビー侯爵が送り出した兵達が私を囲み、何故か自領であるエメロード侯爵領の兵の上に立ち命令を下していた。

 ルビー家から来た部隊長はエメロード領にいる不満分子は既に取り除いていると、隠すことなく私に告げた。

 あははっ、既に乗っ取られてるじゃん。

 私がそんなこともわからない馬鹿だと思われているのか、それとも反抗しても無駄だと言いたいのか、どちらにせよ私は旗頭として勇者と戦わなければいけないのだ。

 勇者は強い。一方私はつい最近まで戦闘経験もないただの町娘だった。侯爵家で働いていたころだって、剣の一つも振ったことはない。

 流石に魔族だし魔法は多少使えるが生活魔法程度で殺傷能力の高い呪文は習得していない。

 はぁ、どう考えても詰んじゃってるよね、これは。


 数日後、私は勇者エーコと対面を果たす。

 だが、どういうわけか私はエーコには殺されずに、逆に協力者として彼女に手を貸すこととなったのだった。

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