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テンゴク  作者: 和尚
第3章 異世界でもダメ、ゼッタイ
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閑話 女子会のようなもの



「よし……こんなものかしら」


 仕事を終え……完璧な仕上がりとなった室内を前に、アリシアはそうつぶやきながら、額に浮き出た汗をぬぐった。


 皺ひとつなくぴしっと整えられたベッドメイク。

 わずかな汚れも残さず磨き上げられたテーブル。

 床にはゴミ一つ落ちておらず、窓もガラスがそこにないかの如し。


 納得の出来栄えに、アリシアはうんうん、と満足そうにうなずいた。そこに、


「アリシアさん、リビングの掃除終わりました!」


 元気よく言いながら、レオナが部屋に入ってきた。

 アリシアが足元に置いている掃除道具と同じものを手に持っていることから、彼女が何をしているのかは、言うまでもなくわかることであろう。


「ご苦労様、レオナ。じゃ、机の移動やっちゃいましょ、私も今ちょうど終わったところだから」


「あ、いえ、それも私やっておいたので、後で位置だけ見てもらえますか?」


「え、本当? 悪いわね、1人でやらせちゃって……重かったでしょ」


「平気ですよ! 私、力も体力もありますから!」


 腕を折り曲げて力こぶを作るようなジェスチャーをしながら言うレオナに、アリシアは微笑ましい子供を見るような優しい笑みを浮かべながら、『ありがとう』と返す。



 

 アリシアと、レオナ。


 それぞれ、アイビスとカロンに見初められる形で、『ヘルアンドヘブン』に身を寄せることになった2人の少女にとって、この部屋の掃除は、毎日の大切な仕事の1つだ。


 この『幹部候補生部屋』は、アイビス、カロン、デモルの3人に加え、アリシアとレオナも暮らしている場所であり……その掃除は、彼女達2人の仕事だった。主に、3人の留守中の。


 一応、彼女達は組織の『準構成員』という立場であり、言ってみれば『見習い』だ。

 通常であれば、他の『見習い』達と同様……そしてここに来たばかりの頃のアイビスらと同様、様々な雑用仕事などをこなして生活する立場である。


 だが、彼女達の立ち位置は、実質的にはもっと別なものとして扱われているため、2人に任される仕事は、それらとは全く異なるものとなっていた。


 簡単に言ってしまえば、2人は、アイビスとカロンの『女』として扱われている。


 アイビスがアリシアを、1500万ロールもの大金を支払って奴隷商から買い上げたことも、燃え盛る教会の中から、カロンがレオナを助け出したことも、組織内では知られている。それだけが理由ではないが、彼らが特別な感情をもって彼女達を『囲って』いるというのは周知だった。


 また、アリシアとレオナは、どちらもそこらの孤児やゴロツキにはない知識や能力を持っており、普通の構成員にはできないような仕事をこなせたこともその一因である。


 アリシアは、最早縁を切ったとはいえ貴族の出身だ。当然、平民よりもはるかに高い水準の教育を受けており、算術や政治、その他に明るかった。


 その為、事務部門において即戦力として迎え入れられたのみならず……最近では、仕事をこなす中で着々と『裏』の社会の知識を蓄積していき、自分から様々な仕事を発案したり、見つけ出したりしてこなせるまでになっていた。


 彼女自身の優秀かつ柔軟な頭脳も相まって、今では所謂『ブレーン』的な役割をもこなせるのではないか、というまでになっている。

 もっとも、彼女自身はそこまで『稼業』の類に深く踏み込むことは少ないため、自覚はないが。


 一方、レオナの方は……アリシアとはまた違った才覚と能力を持っていた。

 そしてそれはどちらかというと、経験によって培われたものである部分が大きい。 


 孤児として、グループのリーダー格として長らくやってきたレオナは、長年の経験から、集団をまとめ上げて仕事をさせるのが上手かった。


 孤児院の子供たちは、経営の足しにするためと、人生経験を積むために、簡単な作業系の仕事を毎日やっている。それらは特別な技術を必要とせず、子供でもできる単純なもので、今までも十分にこなせていたのだが、レオナが彼ら、彼女らを引っ張るようになってからは、より素早く効率的にそれらをこなせるようになっていた。


 子供たちが学ぼうとする意欲も増し、ちらほらとではあるが、より複雑で難易度の高い、あるいは大変な仕事に挑戦しようとする子供も増えてきている。


 そしてその手腕は、孤児院のみならず……機会こそ少ないが、『シノギ』で関わる日雇いの浮浪者たちや孤児、学のない組員たちを相手にする時も発揮されていた。


 さらに彼女は、長いこと孤児として過酷なスラムで生きてきたため、そういった界隈の情報に通じて居るし、渡り歩き方なども知っている。様々な経験を生かして、浮浪者や孤児との交渉の仕方や雇い方、信頼できる相手の見極め方や、気を付けなければならないこと、etc。


 実際にそこで生きて来たがゆえにあるその知識と経験は、アイビス達の誰も持っていないものであり……それは言ってみれば、元・貴族であるアリシアとは、真逆のそれ。


 上から見下ろしていたアリシアと、下から見上げていたレオナ。偶然ではあるが、2人の経験や知識は、互いの弱点を補いあえるような形になっていた。時折アイビス達が意見を求めるような際には、うまくかみ合い、より有用な結論を出すのに大いに役立つものだった。


 そしてレオナは『獣人』であり、普通の人間よりも身体能力が高い。

 あくまで彼女個人としての能力ではあるが、それが役立つ場面も確かに多かった。


 本来であれば人手がいるような力仕事でも、彼女であれば割と楽にこなせてしまう。

 それは今まさに、大の男2人がかりでようやく持ち上がるような大きな棚を、彼女が1人で持ち上げ、その間にアリシアがその後ろ部分の掃除をしているこの光景からもよくわかる。


 数十秒ほどでそれは終わり、レオナが『よいしょっと』という軽い感じの声と共に棚を元に戻す。彼女の額には、ほとんど汗は浮かんでいなかった。


「でもレオナちゃん、本当に力強いわね……私、獣人は今まで何度も見てきてるし、この拠点にも何人かいるけど……レオナちゃんみたいに力持ちな子、ほとんど知らないわよ?」


 少なくとも、雑用や見習いの立場の『獣人』には1人もいない、とアリシアは付け足した。

 居るとすれば、組織の幹部クラスかそれに近い立場……一番身近なところでは、他ならぬカロンがそれに当てはまる。

 あとは、獣人ではないが、ドワーフであるエムロードも力持ちで、女性であるが。


「あー……そうですね、何でだろ? 最近、いいもん食べられるようになったからかな? 前は、残飯とかしか食べれなかったけど、ここに来てから毎日おいしいもの食べられるようになって……ちょっと肉ついてきたかなあ、って思ってたんですよね」


「健康的でいいじゃない。前までのレオナちゃんは痩せすぎだったのよ」


「そうですね……でもまあ、だから力が出るようになったのかな、と」


 きちんと食べられるようになり、体が健康的な丸みを帯びてきている、という自覚があるレオナがつぶやくように言った直後、


 ―――こんこん、ガチャ


 ノックされたあと、返事を待たずに扉が開く音が聞こえ、2人は少し驚く。

 が、すぐに『そんなことをする人は限られている』という考えに至り……何もせずに少し待っていると、数秒と待たずにノックの主は姿を見せた。


「おや、2人だけか」


「はい……お疲れ様です、ソラヴィア様……シャールゥナ様」


「お、お疲れ様です!」


 ☆☆☆


 尋ねて来たソラヴィアとシャールゥナは、アイビス達に用があったらしいが、タイミング悪く3人とも出かけていた。

 が、さほど時間はかからず戻る、と言っていたため、部屋で待つことになった。


 その際、ソラヴィアが土産に持ってきたお菓子がその場で振舞われることになり……『せっかくだから2人も食べろ』と言われたため、仕事をいったん休憩し、ソファに座ってお茶の時間となり……現在にいたる。

 ソラヴィア、ルゥナ、アリシア、レオナの4人が、テーブルを囲んで談笑していた。


 カロンより、アイビスよりもさらに上の立場のものだというソラヴィアを前にして、まだ慣れないレオナは緊張気味であるが、これは仕方ないだろう。

 対照的に、貴族だった頃、自分より立場が上の者と話すようなことは日常茶飯事だったアリシアは、緊張していないわけではないが、それを表に出さない、落ち着き払った態度でいる。


 ソラヴィアはと言えば……正直なところ、特に2人の態度の差を気にしてはおらず、せいぜいレオナを見て『まだ硬いな』などと思う程度だった。


「ところで……どうだ2人とも、ここでの生活には慣れたか?」


「はい、おかげさまで」


「あ、えーと、私も、だんだん。はい」


 ならよかった、とわずかに微笑んだソラヴィアは、自分が持ってきた菓子を、特に遠慮する様子もなくぱくついていく。


 アリシアはそれを見て、内心『お土産じゃなかったのかしら……?』と、後から帰ってくるであろうアイビス達のことを思い出していた。このままだと、この4人で全て食べつくしそうである。


 まあ、そうなったらそうなったで、アイビスは呆れはするだろうが、特に気にはしないだろう。

 こういう言い方はどうかとは思うが、ソラヴィアは冷静で物静かな性格に見えて……割とノリで行動するので、こういったことはたまにある。


 そう結論付けて考えるのをやめたところに、ソラヴィアの横に座っているルゥナが、ふと思いついたように口を開いた。


「そうだ、アリシア」


「はい? 何ですか、シャールゥナ様?」


「毎度同じことを聞いてすまないが、アイビスとの間に進展はあったのか?」


 表情を全く変えずに振られてきたその話題に、アリシアは一瞬びくっと反応するものの、すぐにたたずまいに落ち着きを取り戻し、


「いえ、まだですね……何というか、私も彼もそういうのにはこう……固い部分があるというか」


「なんだ、まだなのか……多少場慣れしてくれば、私のことも受け入れる気になるかと思っているのだが。いかんせん、奴はアリシアに操を立てて、私がいくら誘っても首を縦に振らんしな」


「ぶふぉっ!?」


 あまりにも自然に、というかしれっと告げられた内容に噴き出すレオナ。


(……? ああ、知らなかったのか)


 その反応に、最近ここに来たばかりのレオナならば無理もない、と納得するソラヴィア。


 ルゥナがアイビスに対し、ことあるごとに政略結婚じみた色気皆無の求愛を行っているのは、『ヘルアンドヘブン』では割と周知である。


 最初のうちは色々と噂になったり、妬む者が出たり、逆に応援するものが出たり、時には大きな『勢力』ないし『派閥』の融合につながると期待する者もいた。

 が……今ではすっかり『またやってるよ』程度の認識に収まっていた。


 振られても特に気にした様子なく、しかしことあるごとに繰り返すルゥナ。

 それを毎度毎度面倒そうに、『はいはい』と作業的に断るアイビス。

 このような2人の態度も相まって、冗談、とは言わないものの、さほど本気で、深刻にとらえるようなものでもないのだろう、という認識で一致していた。


 レオナも、しばらくすれば慣れるだろう。そうソラヴィアは結論付け、意識をお菓子に戻した。


 もっとも、レオナが過剰に反応したのには……相手は違うとはいえ、アリシアの、1つ屋根の下――どころか同じ部屋――に住んでいる相手に思いを寄せている……という立場が、自分と同じだったから、というのもあるだろうが。


(あ、アイビス様だけだよね……か、カロンさんまで誘ったり、し、しないよね!?)


「……目は口程に物を言う、だったかしら? アイビスが前に言ってた……格言?」


「心配しなくとも、カロンに色目は使わんから安心しろ」


「ふえっ!?」


 腹芸には向かない奴だな。

 3人の心の声が一致した。


 カロンとレオナの場合、態度からしてアイビスとアリシア以上にわかりやすいのに加え、カロンが特に隠すこともなく『いい女だと思った』だの『そばに置いておきたい』だの公言するものだから、まだ新参ながら、その仲はすっかり知れ渡っている。


 最も、カロン達2人もアイビス達同様、特に何かあった、どう進展したとかそういう段階にはまだないのだが。『お友達から』のごとく、健全な付き合いを続けている。


 負い目もあるからか、あるいはまだ知り合ってからの時間自体短いからか……立場上の、上司と部下の関係の方が目立つくらいだ。

 少なくとも、レオナからカロンに対しては。呼び方もさん付けである。


(……若いっていいな)


 1人は落ち着き払って、1人は落ち着いて……をとおりこして表情に変化を起こさず、1人は何か言われるたびに、あるいは何も言われなくてもわたわたと慌てたり照れたり。

 

 若者たちの様子を見て、自分の年齢を実感した気分になっているソラヴィアだが、それを気にするわけでもなく、存分に微笑ましい気持ちになっていた。

 が……続けられるやり取りを見て、ふと思いつく。


「私としては、アイビスにさっさとアリシアと行くところまで行ってもらえればありがたいのだが……そうすれば多少反応もマシになるかもしれん。何事も経験、とレイザー様も言っていたし……娼館にでも行ったことがあればまた違ったのかもしれんが、嫌がっていたからな」


「……前から思っていたんですけど、シャールゥナ様はその……そこまでしてアイビスと、その、そういう仲になりたいんですか? 今言ってる内容だと、私が正妻で自分はその、妾でもいい、みたいに聞こえてしまいますよ?」


「無論、最善は私が正妻という形ではあるが……どうしてもとまでは言わんさ。2人が相思相愛なところに割って入ってアイビスを困らせるのも違うしな。私としては、アイビスと関係というか、確かな縁を持つことができればそれでいいというところだ。そもそも、英雄色を好む、浮気は男の甲斐性とも言うし、男と女で1対1にこだわる必要もあるまい。アリシアもそうだろう?」


「私は……英雄とか甲斐性はともかくとして、まあ、貴族の家では妾の1人や2人は当たり前だし……奉公人や行儀見習いは手を出されるのが前提みたいなところもあるから……確かに抵抗はないですね。もっとも、だからと言って自分が2番目以降に甘んじるのは……うー……」


「嫌なら嫌とはっきり言え。さっきも言ったように、私は別に割って入るつもりはないしな。ああそれとアリシア、以降私のことはルゥナでいい。知らない仲でもないし……正妻(予定)が2番目(予定)より呼び方が他人行儀なのもおかしいだろう。話し方も普通でいいぞ?」


 そんな会話を聞いて、ソラヴィアは、思いついたというよりは、前々から思ってはいたが、はっきりと気にする機会のなかった疑問が、何度目か頭をよぎった。


(ルゥナの奴はどうしてこう……アイビスにこだわるのだろうな。再三アイビスも言っているように、ルゥナとアイビスがくっつくことで、私とレイザーの両陣営に発生する利益は……まあ、確かに少なくはないが、そこまで劇的でもないし、デメリットも確かにある。なのに……)


 シノギの協力ないし提携による利潤の増大。


 何か組の内外でトラブルがあった時、密接な交流がある、あるいは指揮系統そのものをあらかじめ構築しておくことで、連携して迅速に対応が可能。


 その他いくつか思いつくものの、ソラヴィアには、どれもデメリットを容認してまで執拗に追い求めるようなものでもないような気がした。


 となると、自分が思いつくもの以外に、彼女が想定する大きな利益、ないし利点があるか。

 あるいは……


(あるいは、ルゥナ自身、単にアイビスを……いや、まさかな)





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