昔話
「詳しい話については、夕食時にお話しします。本日は泊られると聞いておりますが」
子爵がジェームズに聞く。
「その通りでございます、グッディ卿」
お辞儀をしながら、ジェームズが答えた。
「彼らは日本からの客人だな」
「その通りでございます、グッディ卿。すでにお知らせしました通り、大河内家重男爵と、その従者であります剛東穰さんであります」
「男爵位を?」
思わずか、子爵は大河内へと握手のための手を伸ばしつつ、大河内へと問いた。
「ええ、我が家は、1100年代より、同じ方の家系において、筆頭家老を務めております」
筆頭家老は、わざとそのまま日本語で話す。
最高位の執事だというジェームズの説明がそっと入った。
「ざっと800年ほどですか。こちらは、今は没落しつつありますが、しかし、家柄については、誰にも負けません。古くは500年にはすでに小領主としての男爵を名乗り、さらにその以前は王として、今でも当地の氏族の長として、ここに屋敷を構えています」
「栄枯衰退は世の常、一度立場が違えば、私も危ないときがありました。それでも、私たちはここに集まることができました。まずはそれを寿ぐべきでありましょう」
「そうなのかもしれない、が、そうでないのかもしれない。それについてはさておき。爵位を持つものでありましたら、よくお分かりでしょう。物質的なものよりも大切なものがあると」
握手を終え、大河内に背を向けて屋敷の案内を始める。
ジェームズは見慣れているようだが、それでも半分通訳としてついて来ることにしたようだ。
「精神的なもの、特に歴史、でしょうか」
「まさしくその通り。大河内卿、あなたならこの家を譲ってもいいと、私は正直に思っている。しかし、それをすれば、私の代でここから離れなければならない。それを避けたい。なによりも、何千年もかけて培われた、この土地への愛着こそ、私には代え難い」
「買うかどうかは決めておりません。少なくとも、家を見て、現状を把握する必要があります。それでどうするかは決めるつもりです」
大河内は子爵と話している。
その後ろを、ゆっくりと従者が、さらにその後ろをジェームズと執事がついてきていた。
部屋は沢山あるようだが、その一つ一つを見ると、やはり手入れが行き届いていないのがわかる。
「使用人は」
「7割ほどは解雇しました。苦渋の決断ではありましたが、そうするしかなかった。私たちが明日食べるものにも困るほどに、困窮してしまう」
「まず人を切り、次に物を切り、最後に魂を切るのですか」
「……この家を手放すのを最後にしたいのは、大河内卿もよくご存知でしょう」
先ほどの会話をしなくとも、当然わかっている。
「見る限り、また雇えばどうにかなりそう、ということになりますね」
従者は彼らとは違う視点で見ている。
大河内が連れて歩いていたのも、どのようにすれば良いのかの助言を得るためだ。
「そうか、なんとかなるか」
日本語で話していたせいか、子爵は悪い方へと考えたようだ。
「ここを買わないのでしょうか」
「御当主、我が家が仕える子爵位の砂賀家へと尋ねる必要があるでしょう。雨漏りもいくつかでしていますし、家全体を再構成することも考えなければなりませんから。それでも、私は安い買い物だと考えていますが」
「大河内卿は、ここを買うつもりなのでしょうか」
「なんとも言えません。私は御当主に従うだけです」
しかし、まずは一晩泊まるということで話がまとまることとなった。




