これは露骨な伏線ですっ
都会に越してきてから一週間が経ち、学校が始まりました。入学式は滞りなく終え、今日からもう授業が始まります。
「ねぇねぇ小町ちゃん、良かったら今日、この街を案内したげよっか」
そう声を掛けてくれたのは、茶色いミディアムロングのポニーテールが特徴の真鍋友香さんです。身長は私より高くお化粧もしていますが、大人っぽいというよりも活発な感じの女の子。嬉しい事に私は、早くも友達が出来たのです。
「本当ですか? でも、その……迷惑じゃないでしょうか……」
「なに言ってるのさ。この街はあたしの庭みたいなものだからさ、全然迷惑じゃないよ。いつも一人でしてるお散歩が、今日は二人になるって思えば、あたしのためとも言える行いだからねー」
そう言って親指を立てる姿は、どこか男らしさも滲んでいました。とても頼りになります。
「じゃあ、えっと、お願いします」
そう微笑んで会釈すると、友香さんはにゃははと笑って、
「じゃ、行こうかー」
と、教室を出ていこうとしました。
その時です。妙に廊下がざわついている事に気付きました。とはいえ今は放課後なのですから、部活動勧誘しようとしている先輩方や友達になったばかりの同級生と談笑している人達で賑わうのは当然の事です。しかし、そのざわつきは少々、毛色が違うように思いました。
見ると廊下の向こう側に人だかりが出来ています。主に女性の人だかりで、かっこいい、だの、こっち向いて、だの、いわゆる黄色い声が行きかっているのです。誰か居るのでしょうか、と、背伸びをしてみても向こうは見えません。
すると私の心境を察してくれたのか、友香さんは言いました。
「あれは多分、黒槻蓮君の取り巻きだね」
「黒槻……? 誰ですか?」
知らない名前、といっても知らなくて当然です。地元の人なのだとしたら余所者たる私には知る由も無いわけですし、有名人なのだとしても昨日今日入学したばかりの私に、そういう情報は回ってきません。
地元に住んでいるという友香さんは説明を続けます。
「物静かでミステリアス。勉強も出来て運動も出来る将来有望株。病弱な妹が一人と怪我で長いこと入院してる姉が一人居るらしくて、大変な家庭環境に居ながらも成績トップでこの学校に入学したそうよ」
「へぇ。友香さんは物知りなんですね」
「えっへん。まぁ、同じ中学だったから知ってるってだけなんだけどね」
自分で言って自分でつっこんで恥らっている姿はとても可愛かったです。
「でもほんと、蓮君はすごいよ」人だかりを避けるように歩きながら彼女は言います。「授業もすごく真面目にやってて、友達とか彼女も作らず、学校が終わったらすぐに帰るの。噂では、妹や姉のためにひっそりとバイトしているんだ、とか、家事は全部やってるんだ、っていう話」
それは確かにすごいな、と思いました。私は今でこそ家事は全てやっているものの、それは所詮一人分の家事でしかなく、それでさえ時折面倒に感じてしまいます。家族が居てその人達全員分の家事をこなしていると思うと、尊敬の念が溢れてきました。
しかし、
「あの、失礼にあたるかもしれない質問をしても良いですか?」
自分の靴箱を開けながら友香さんに尋ねます。
「良いけど、なに?」
小首を傾げる友香さん。私は靴箱の中に入っていたメモを取り出し、言いました。
「黒槻さんって、変態なんですか?」
「はい? なにその質問」
「だって……」
驚かれるのも無理はありません。私も驚いています。
そのメモ用紙にはこう書いてありました。
『黒槻蓮は変態である。ゼッタイに近付くな』
「……なんじゃそりゃ。これ、小町ちゃんが書いたの?」
「そ、そんなわけないじゃないですか。黒槻さんの名前だってさっき知ったくらいですし」
「でも、字が小町ちゃんに似てる……」
「からかわないで下さいよー!」
似ているもなにも私はこんなこと書いてないです。他人の空似というやつです。
「小町ちゃんじゃないとしたら誰の悪戯かなん?」
友香さんはそれこそ悪戯を目論むかのようなジト目で私を見ます。どうやら私を犯人だと疑っているようです。
「ち、が、い、ま、す。私ではないので、その目は止めてください」
「あはは、冗談だよー。そんな不貞腐れないでって」
そのメモを道端に捨てるわけにもいかず、ブレザーの内ポケットに入れてから靴を履き替えて、私と友香さんは夕景に染まる街へと繰り出しました。




