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トンこま!  作者: 根谷司
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本屋へ行って本は読めずに本の世界へ誘われてもうわけが解らないのですが本当になんなんですかこれはぁぁあああ!

 小海市は名前の通り海に隣接した街です。駅周辺は栄えているものの、少し外れると、世界が変わったかのように閑散とします。駅から南へ十五分程歩いた場所に海があり、その途中に高校があるのですが、私の家は駅から北へ十分。つまり真っ直ぐ帰るには駅を通らなければなりません。


 未だ人ごみに慣れることが出来ずに居た私は、少し遠回りをして帰るのが常になっていました。と言っても、学校が始まってからはまだ一週間も経っていないのですが、ともかくそんないつものルートから外れ、私は友香さんに連れられて駅前に来ました。


「この辺りは夜になると変な人が結構出るから、小町ちゃんも帰る時とか気を付けてね」


 綺麗なビジネスビルや喫茶店を通り過ぎ、友香さんは言いました。


「変な人、ですか……?」


 そういえば思い当たる節があります。この街へ来た初日に遭遇した鳩人間です。確かにあれは変な人でした。


「先週も出たみたいだよ、とんでもない変態が」


「鳩人間さんですか?」


 だとしたらそれはきっと私が遭遇した変な人です。


 しかし、


「は? なにそれ」どうやら違ったようで、友香さんは首を傾げました。「先週出たのはとんでもなかったって話。なんでも、超常的なロリコンが現れたとか」


「ろ、ろり……なんですか、それ」


「ロリータコンプレックス。幼い女の子が大好きな変態」


「子供は愛でるものでは?」


 だって可愛いですし。


「そういう大好きじゃなくて……ラブではなくライクというか、邪な意味で、幼い女の子が好きな人の事よ」


「そ、そんな人が居るんですか?」


「居るのよこれが。信じられないでしょ? 児童ポルノ法とかがあるからその手の変態は即刻刑務所行きなんだけど、変態ってほら、増殖するから」


 その言葉に、思わず鳥肌が立ちました。


「増えるんですか、変態って……」


「一人の変態が居たら三百人は居ると言っても過言ではないわ」


「それは某黒い害虫では?」


「同じだよ。Gも変態も。だってきもいもん」


 その言い方はどうかと思いましたが、私は鳩人間と遭遇した時に味わった恐怖を思い出して、納得しました。確かにあれは害悪です。


「それは確かに、気をつけないといけませんね」


「そうだよ。ゼッタイに気をつけてね。この街の変態は感染するから」


「感染するんですか!? 私の地元ではそんなことありませんでしたよ!?」


「残念ながらこの街の変態は感染症なんだよ。変態に襲われた被害者は心に傷を負って、現実逃避しないと立ち直れなくなるってね。だから、変態の道に走っちゃうらしいわ」


 それは恐ろしすぎます。


「酷いですね」


「ほんとだよ。この世界に存在する全ての変態をこの手で駆逐したいくらいえぐい。それが変態」


 恨めしそうに自分の肩を抱きながら言う友香さんは、まるで親の仇でも見るかのような目で目前のデパートを見上げました。


「いやな気分になっちゃったから、漫画買ってく。小町ちゃんって本とか読む?」


「え? えっと、少しだけ……」


 なにぶん田舎は暇つぶしが少ないので、漫画や小説等は重宝するのです。私が出不精だった、というのも理由のひとつかもしれません。


「ここにある本屋、品揃え神ってるから、覚えといたほうがいいよ」


「そうなんですか? 解りました。覚えておきます」


 ネット通販とかが出来なかった私は、地元の本屋に無いものは諦めていました。もしかしたらここなら、今まで断念してきた物語達と出会えるかもしれません。期待に胸が躍ります。


 エレベーターに乗り、五階で降ります。踏み込んだ先に広がる、地元では考えられない程たくさんの本達。なんということでしょう。これだけの本があれば、本に不自由することなどきっと無いでしょう。


 ……しかし、その期待は見事に裏切られました。


「これの、どこが物語だぁああああああ!」


 何かを叩きつけるような乱暴な音と共に響いた雄たけび。本屋の真ん中付近で、一人の男性が雄々しく拳を掲げていました。


 辺りの視線を牛耳ったその男性は、自分が世界の中心に居るのだとでも言い出しそうな程に堂々と、叫びます。


「俺が書いて大賞に送った作品は、こんなものに負けたのかぁあああ! ありえん、ありえんぞぉおお!」


 何を言っているのか、私には解りませんでした。


 取り乱した男性は自らの頭を掻き毟りながら続けます。


「ちゃんと読んでいないんだ……! そうだ、きっとそうに違いない! でなければ俺の作品がこんなものよりも劣っていると判断されるはずがない……俺の書いた作品は、一次で落ちるようなものでは無かったはずだ!」


「……うわ、出た……」


 ようやく状況を理解したらしい友香さんが、私の隣で辟易としていました。どうやらあれもひとつの変態さんのようです。


「読めば解るはずだ! 俺の作品は世に出るべきものなのだと思われるはずだ!」


 殆ど発狂しているせいでしょう、いちいち言葉が理解出来ません。


「小町ちゃん、逃げよ」


 そう言って私の手を取る友香さん。それに頷いて、エレベーターへと駆け出し始めた瞬間。


「待ちたまえそこの女子高生と幼女!」


 叫びすぎて枯れた男性の声が私達に向けられて、背筋も凍るような感覚に襲われました。


 構わず、調度開いていたエレベーターに乗ろうとする友香さんですがしかし、エレベーターに備わっているはずの安全装置を無視した勢いでその扉が閉まってしまいました。


「はあ!?」「ひゃ!」


 突然の事に尻餅を着いてしまった私は、繋がれていた友香さんの手を引っ張り、道連れにしてしまいました。


「読みたまえ、俺の作品を……」


 虚ろな声がすぐ後ろから聞えたため振り向くと、すぐそこで、私達を見下すようにして、その変態さんが立っています。


「ひっ……ひあ……」


 あまりの恐ろしさに声も出ません。このまま殺されてしまうのでは、と思ってしまうほど、その変態さんの目は血走っていました。


「読めば解るのだよ……そう、読めば……だから――俺の作品を読めぇえええええええ!」


 瞬間。辺りの景色が突如として姿を変えました。半端に混ぜた絵の具で塗りたくったような、玉虫色の世界。本棚だったものはスライム状の突起物と化し、私達以外の人達が阿鼻叫喚します。まるで地獄を体現したかのようでした。


「俺の作品はね、そう、見る人によって形を変えるような、奥深い作品なんだ!」


 と、変態さんは歓喜します。


「あえて抽象的にした描写は、読み手の想像力によって左右される。赤と言ったら赤にしかならない、つまらないクリエーターとは違うのだ!」


 人はそれを自己満足作品と呼びます。


 って、そんなツッコミはどうでもいいのです! なんですかこれは、都会の変態さんは魔法も使えるのですか!


「いくつもの作品を小大賞に送ってきた……しかし殆どが一次さえ通過しなかった……今回もだ! 唯一、一次だけ通過した作品はどんな作品だったと思う! そこの幼女、当ててみろ!」


 言いながら、変態さんは私を指差します。……え、幼女って、私の事だったんですか?


「ふぁ、ファンタジー、ですか……?」


 小説は読むだけの私が、大賞云々の情報を知るはずもなく、適当に答えました。少なくとも今は私は幼女ではないと説明出来る状況ではなさそうです。というか、こんな変態さんに私の個人情報をさらしたくありません。


 しかし、


「違うのだよ!」


 男性はさらに声を荒げました。


 そして、本棚だったスライム状の物質達が、変態さんの怒りに呼応するかのように蠢き始めました。


「あまりにも一次を通れないものだから自棄になった俺は、奥深さも何もかもを放棄し、感動を催すようなイベントは一切起こさず、好き勝手に書いた作品しかもラッキースケベをふんだんに取り入れた作品を書いたのだ! それが、それだけが唯一、一次選考を通過した作品となった!」


 変態さん言語は理解出来ません。


 困惑した私へさらに詰め寄った変態さんは、息を荒くし始めました。


「ちょ、その子から離れなさいよ変態!」


「作家とは変態がなるものだよ女子高生!」


 いえ、それは確実に偏見です。


 私を庇おうと突き出された友香さんの蹴りは、変態さんの顔面に届く前に、不気味な物質によって妨げられました。……スライムです。


「ひぃいいいいいいい!」


 断末魔のような悲鳴を挙げて、友香さんはついに気絶してしまいました。


「と、友香さん!」


 倒れる友香さんを抱き起こそうとしたら、その手を変態さんに掴れました。


「ライトノベルにはラッキースケベと萌えが必要不可欠だというのなら、致し方あるまい……幼女よ! 俺の作品の萌え要素となれ!」


「いぃいいやあああああああああああ!」


 助けて! 誰か助けて下さい!


 私の心の声を聞き取ったわけでもないのでしょうけれど、ふと、一人の男の子が変態さんの後ろに立っている事に気付きました。おそらく、中学生くらいの男の子です。男の子は両手をハンマーのように組んで、高々と掲げていました。


 そして、


「くたばれくそやろう!」


 叫びながら、その擬似ハンマーを振り落とします。


 しかし、


「おっと、靴紐が」


 男の子の接近に気付いてさえもいなかったはずの変態さんはなんの前触れもなく身を屈め、偶然、本当にたまたま、男の子の攻撃を回避しました。


「……な!?」驚愕する男の子。


「ほう」そこでようやく奇襲に気付く変態さん。


 神の悪戯としか思えないような奇襲の失敗に、男の子は変態さんとの間に距離を取りました。何故避けられてしまったのか、未だ信じられない、というような目をしています。対して変態さんは、さっきの偶然が必然であるかのように堂々と両手を広げました。


「ここはね、少年よ。俺の物語なのだよ。俺の作品が作り出した世界。つまり主人公は俺なんだ。主人公補正を伴った俺に、せこい奇襲など通じん!」


 そんなありえない理屈のせいで、私のために立ち上がってくれた男の子の攻撃を水泡に帰したのだとしたら、許せません。


 得体の知れない不快感に見舞われた私は、何かにとりつかれたかのように、男の子と向き合う変態さんの股間を見ました。主人公補正だのといった理屈は解りませんが、私が今やるべきことだけははっきりと解ります。


「っつ!」


 意を決して振り上げた足が変態さんの股間へ直撃し、妙に柔らかい感触が伝わってきて鳥肌が立ちました。


「じょばふっ!?」


 奇声を上げた変態さんは一瞬だけ硬直したものの、すぐさま崩れるようにして倒れます。


 両手で股間を押さえた変態さん。彼は涙の滲んだ瞳で私を睨みます。その隙に、とばかりに、先程の男の子が変態さんの顔面をおもいっきり蹴りました。


 突き飛ばされる変態さん。そのまま流星になって彼方まで行って頂きたかったところですが、残念ながら、壁変わりのスライムに衝突して終わってしまいました。


「だいじょうぶ?」


 男の子が私に駆け寄り、手を伸ばしてきました。


「う、うん。その、ありがとう」


 伸ばされた手を取ろうとした私ですがしかし、男の子が言いました。


「ちっちゃい子に手を出すくそやろうはちゃんと始末したけど、ほんと災難だったなーおまえ」


「誰がちっちゃい子ですかぁああ!」


 思わずその手を振りはたらってしまいました。でも、仕方ありませんよね。そろそろ私も限界なんです。


「私は小学生でも小動物でも幼女でもちっちゃい子でもありません! 立派にれっきとした高校生です!」


「は? なに言ってんだよ。おまえが俺より年上なわけないだろ?」


「この街の人はどーして私の言う事を信じてくれないのですか!」


 高校生と言ったら高校生なんです! 私は他のなんでもない高校生なんです! そもそも今は高校の制服を着ているのだから、間違えようがないではありませんか。冷静さを取り戻した私は自分が着ている服の袖を摘み、男の子へ見せつけました。


「ほら、小海坂高校の制ふ……」


 言いかけて止まります。私の服装が変わっていたからです。


 スライムの光沢を利用して自分の格好を確認してみました。水色のハーフパンツに水色のジャケット。水色のベレー帽みたいなもの。――そうです。幼稚園の制服です。


「なん、じゃこりゃあああああああああああ!」


 なんですかこれなんなんですか! これじゃまるっきり幼女ではありませんか!


「お、落ち着けって、っもうへんなやつは倒したから!」


 男の子に肩を掴まれて声を掛けられても、構っていられませんでした。だって、だってこれでは、私が、私が……コスプレ好きの変態さんみたいではありませんか!


 なにがなんだかもう解らなくなった時、事態はさらに悪化しました。


「ふっふっふ……ふーあははははははは!」


 変態さんが、立ち上がったのです。


 復活を遂げた魔王のように。


 魔道に落ちた騎士のように。


「幼女に股間を蹴り上げられるとは……まさに至高のラッキースケベ! そうか、俺が書いたあの作品の主人公はこんなにも晴々とした気持ちだったのか!」


 凍る背筋。私から立ち上がる力を奪い、その代わりにとばかりに鳥肌が立ちます。


「くっ……なんだあのくそやろう……っつ!?」


 男の子は私を庇うように両手を広げてくれたのですが、その瞬間、横から飛び掛ってきたスライムによって吹き飛ばされてしまいました。


「あ!」


 男の子を呼ぼうとして、名前も知らない事に気付きます。あの男の子は、互いに名前も知らないような相手のために立ち上がってくれていたのだと、今更気付きました。


 なんて酷いことを!


 私はこみ上げてきた怒りを視線に乗せ、変態さんを睨みました。しかし変態さんは怯むどころか余計に歓喜し、


「そんな目で俺を見ないでくれたまえ! はっ、インスピレーションを刺激されたぞ! 今なら書ける! 次世代を切り開くような素晴らしい小説が、今なら書けるぞ!」


 きっと、変態さんがその物語を頭に浮かべたからでしょう。玉虫色だった世界が色を変えます。――ピンクと黒の淫靡なモザイクロールに覆われた世界が、こうして産まれました。


「…………」


 絶句です。まさに言葉もありません。


「極上の萌えと至高のラッキースケベ。そして、ちょっとやり過ぎかな、と思う程度のエロ要素! これが、これこそが、次世代を切り開く新ジャンルだぁあああああああ!」


「それはただの官能小説では……?」


 思わず口から出た言葉が、空気を固めてしまいました。え、私、何か間違えましたか?


 男はしばらく沈黙した後、誤魔化すような咳払いをしました。


「そうか、つまり俺は……官能作家を目差せばいいのか!」


 変態さんの思考回路が少し解ってしまいました。変態さんの頭にはきっと醜悪なお花畑があるのです。


「やめたほうが良いと思います。官能や純文学は正確な描写力が求められるジャンルだったはずなので、曖昧な描写しか出来ない人には無理かと」


 とはいえ私も、官能は読んだことが無いのですが……。


「ならばどうしろと言うのだ!」


 変態は叫びます。


「俺はどうしても作家になりたいのだ! 本だけ書いて生きていきたい! この気持ちがわかるか!」


 解りませんが……。


「――俺は、本の世界で生きていきたいんだぁぁぁぁぁあああああ!」


 バリン、と、何かが割れる音がしました。


 絶叫し続ける変態はそれに気付きません。


 割れたのは天井でした。ぱらぱらと、ピンク色の破片が舞い降りてきて、それらを背景に、一人の人間が現れました。黒い生地に白のフリルが沢山ついた、とても可愛らしい服装。ふわふわとしたシルエットは肩までで、袖が少し足りていないように思えます。もふもふと柔らかそうなミニスカートも然り、今にもパンツが見えそうでした。


 そんな後ろ姿を見て何故か、魔法少女だ、と思いました。しかしすぐに、そうではないことに気付きます。


 袖から伸びた白くて長い腕。スカートから覗く、肉付きは良いのに細い脚。その人が一瞬だけ、横目にこちらを見ました。その時の物憂げな表情が全てを物語ってくれました。


 あれは魔法少女ではない。


 あれは、魔法少女のような格好をしたイケ面♂である、と。


 身長百九十はありそうな魔法少女もとい大きな変態は、作家志望の変態へと向かって歩きます。


 しかし、作家志望の変態は未だ、もう一人の変態が接近してきていることに気付きません。


 二人の変態の距離は一メートル程になりました。


「本とはつまり萌えだ! だから、本の中に生きている俺もまた萌えなのだ!」とわけのわからない事を叫んでいる変態と、見るからに男でありながら魔法少女の格好をした変態が向き合う。その光景はあまりにも現実離れてし過ぎていて、いつの間にか私は、考える事を放棄していました。


「俺が萌えならば、俺がヒロインをやれば確実に売れる……? そうか、そうではないか! 俺がヒロインの物語を書けば俺はぎゃふん!」


 魔法少女変態が作家変態を殴りました。


 ようやく魔法少女変態に気付いた作家変態は、殴られた頬を摩りながら後ろへ飛び退きます。


「ひ、ひぃいい! へ、ヘンタイぃいいいいい!」


 変態が変態を変態と呼んでおります。なんともシュールな光景。


「来るな変態! なんだお前は! なんで男なのにそんな格好してドボフ!」追加のパンチを頂いていました。


「ちょ、ま、殴るな……っ」


 何も言わず、静かに、作家変態を殴り続ける魔法少女変態。


「ヒロインだかヘロインだかコカインだか知らないからさ、とりあえず折れろよ、なぁ、そろそろ挫折して現実見ようぜ。お前何歳だ? いつまで夢見てんだ?」


 諭すように言いながら、変態は変態を殴り続けます。


 もうなんと言いますか、変態が変態として変態的な変態を変態らしくリンチして、変態でありながら変態の道から引きずり降ろそうとしていると言いますか……。なんかもう、どうでもよくなってきました。


 その光景があまりにもショッキングだったっからでしょう。私はそこで、気を失いました。

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