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トンこま!  作者: 根谷司
15/16

君の魔へ想いを

 友達を殴るという事がどういう事なのか。勿論解っています。それでも、武器を使ってではなく、正々堂々と正面から、戦わなければ手向けになりません。手に握ったステッキは防御用。私は最初の一手のためステッキを右の脇に挟んで、左の掌で平手を作りました。


 友香さんとの距離は五メートル。数秒後には衝突します。


「邪魔するんだ? 小町ちゃん」


 友香さんが浮かべていた笑みが豹変。禍々しい何かを感じるのと、バチバチッ、という断続的な音が聞えたのは同時でした。


 電気。


「っつ!?」


 いつの間にか友香さんの右手に握られていたスタンガン。友香さんへ攻撃するために詰めていたはずの距離は一転し、私を死地へと向かわせる蛮行と化しました。


 止まれない。


 友香さんとの距離は残り二メートル。友香さんが手を伸ばせば届く距離で、彼女の手が私に向けられます。


 思わず閉ざした目。視界が閉ざされるとしかし、電気の痺れが無い変わりに、何かが私を後ろへ弾き飛ばしました。


「っつたぁ……」


 尻餅を着きつつも目を開けて見えたのは、私を庇ったのは未来の『私』でした。


「……友達を傷付けたくないとでも思ったんですか?」


 ステッキでスタンガンを受け止めながら、彼女は言います。


「友達だから傷付けられることはないとでも思いましたか?」


 スタンガンから私を守った彼女はしかし、その言葉で私の心をえぐります。


「想魔を舐めないで下さい」


 互いに力を込めているせいか、友香さんのスタンガンと未来の『私』のステッキは痙攣するように震えます。その振動が現しているのは侠気なのか、はたまた別の何かなのか、私には解りませんでした。


 しかし、


「心力は人を変えてしまうんです。我慢しなくて良いんだと思ったら、人はどこまでも突き進める。突き進めてしまう」


 同時に、どこまでも堕落できるし、どこまでも悪化出来るのだと。


「想魔となった人を今まで通りの人だと思わないで下さい。想魔は悪魔よりもずっと質の悪い、私達の敵です」


「どいてよ、小町ちゃん二号」


 そう呟く友香さんは右手でスタンガンを押さえたまま、左手で警棒を取り出しました。


「想魔は……こうやって、人を悪魔にしてしまうんです」


 魔法を使えない未来の私に、それを防ぐ余力は無かったようです。横から振るわれた警棒になす術も無く突き飛ばされると、冷たいコンクリートの上に突っ伏しました。


「顔は傷付けないよ。小町ちゃんは女の子だもんね。でも、少し寝ててね。あたしが全部終わらせたら、ちゃんと開放してあげるから。それまでは、あの檻の中に居て貰わないと」


 言いながら倒れる未来の『私』に歩み寄った友香さんは、未来の『私』に手錠をかけました。


 私は、何を勘違いしていたのでしょう。どうして、もっとちゃんと、未来の『私』や黒槻さんが言っている事を聞かなかったのでしょう。想魔は恐ろしいものだと、二人は散々言っていたはずなのに。


 甘く見ていた。私は馬鹿だ。何が覚悟だ。殴る覚悟じゃなくて、殴られる覚悟も――殴らせる覚悟も無ければならなかったというのに。


 私はゆっくりと立ち上がると、ステッキを構えました。


「やっぱり、邪魔するの? 小町ちゃん」


「ええ、邪魔します」


 だって、その行為は貴女の心を蝕んでいるんですよ?


「そう……私はやっぱり、一人なんだね……」


 虚ろな友香さんの言葉。悲嘆に暮れた、孤独な少女の嘆き。そしてそれは、彼女を爆発させる引き金になりました。


「誰も! あたしには助けて欲しくないんだね!」


 途端に、右肩に強烈な痛みが走ります。


「かっ……」


 漏れる嗚咽。掛けられた力の分だけ横に飛ばされ、私の体をコンクリートの摩擦を受けていました。倒れたまま見ると、友香さんの握る警棒の構えが変わっています。どうやら、あれで殴られたようです。成る程、痛すぎて動けません。こんなのを喰らっては、未来の『私』とておとなしく手錠をかけられるってもんです。


 立ち上がろうとすると、それを拒否するように背中が痛みました。まるで、立ち上がることを脊髄が嫌がっているようです。もしくはこれが、私の心なのかもしれません。嫌々な気分で魔法少女になって、仕方ないからと友香さんの前に立ちふさがった。その程度では、一発殴られれば折れるというものです。


 これが、殴られる覚悟ですか。


「どうして? 小町ちゃん。どうして、あたしに守らせてくれないの?」


 あれが、殴る覚悟ですか。


「皆そうだ。いじめられてる男子とか助けても、後になって掌返して、あたしを遠ざける。女子になんか守られたくなかったって……貴女も、助けてくれるヒーローは男であって欲しいのかな!」


 言われ、ハッとしました。私もヒーローは男の人であって欲しい、と思っていたわけではありません。友香さんは優しい人だ、という点にハッとしたのです。友香さんは優しい。黒槻さん曰く、いじめ現場にも割って入る程の正義感も持ち合わせていた。にも関わらず彼女は、私以外の人と話していなかったではありませんか。


 黒槻さんとは多少剃りが合ったのでしょう。だから、学校で当たり前のように話しかける事が出来た。きっとそれは、黒槻さんが本物のヒーローだったから。


 友香さんがスタンガンのボタンを押して、私に近づけてきます。その様をただ見つめて、私は思いました。そういう事情を知らない人は、友香さんを突き放したのでは? 彼女はずっと、一人だったのでは?


 なら。


「はい。……私は、貴女に守られたくありません。


 だとしたら私は――




「私は、貴女を守りたい」




 だから私は、友香さんの手首を掴みました。


「なっ!」


 突然力を宿した事に驚いてか、一歩引こうとする友香さん。しかし、私の手が彼女を放しません。


 甘く見ないで下さい。


 友香さんの右手を放り投げ、一気に身を起こし、彼女の頬に平手打ちを。


 心地よい衝突音。それに見合わない、心の痛み。成る程、これが殴る覚悟ですか。


 叩かれた友香さんは一瞬だけ唖然とし、しかしすぐにこちらを睨みました。


「なら、どっちが守られるべきか、勝負だね」


 それが、殴られる覚悟ですか。


 振り上げられた警棒。


 私は半歩だけ後ろに下がり、ステッキで防御の構えを取りました。その瞬間、最初に殴られた肩に激痛が。


「があっ!?」


 もしかしたら打撲しているのかもしれません。よじれるような痛みに、体が縮こまります。産まれたその一瞬の隙に、今度は頭部に異物感が生じました。


 ゆっくり、本当にゆっくり、世界が回ります。


「こまちちゃんが悪いんだよ、守らせてくれないから」


 後ろへ倒れながら、そんな言葉を聞きました。


 背中に衝撃。ああ、ようやく地面の上に倒れたようです。


 倒れる? 私はなんで倒れたのでしょう。


 あれ? そんなに痛くない?


 いや、痛い。


 痛い。


 すごく痛い。


 なにこれ、嫌、頭が割れそうだ。もしかしたらもう割れているかもしれない。


「っつ……ふ、つぅう……!」


 警棒で殴られた頭。必死になって押さえようと手を当てると、ぬるっとした感触がありました。それと、火傷しそうなくらいの熱が。


「ぁあ、あぅ、うあぁぁあ……!」


 痛い。痛い。泣きそうだ。魔法少女のコスチュームには痛みを軽減する機能とか無いんですか。なんでそれくらいの機能を付けてくれなかったんですか。


「こまちちゃんがわるいんだよ。あたしの邪魔をするから」


 虚ろに呟く友香さんの声。


 そして、


「あたしを、うらぎるから!」


 バチバチ、という、謎の断続音。


 しかし、それが私に襲い掛かる事はありませんでした。


「……いけないわ」


 ハスキーな女の人の声がします。聞き覚えの無い声。


 ああ、そうか、きっとこの人が、この街の魔法少女の三人目であり、ベテランであり、エースの――


「女の子同士は、愛し合わなければいけなのよ」


 ――違いました。ただの下着オンリーの変態さんでした。


「じゃまだけど、ヘンタイ」


「変態じゃないわ。変態淑女よ」


 どこかで聞いた事のあるニュアンスですね。


「大丈夫かしら、お嬢さん?」


 友香さんのスタンガンを抑えながら、名も知らないその女性はこちらを見ました。


 綺麗な人、ではあると思います、こんな人が下着一丁(この表現は正しいのでしょうか)で外を出歩いてて大丈夫なんですか?


「後でゆっくり治療してあげるわ。勿論、ベッドの上でね。私とプレイすると、どんな心の傷もたちまち綺麗に」


「だまれヘンタイぃいいいいいいい!」


 痺れを切らした友香さんが、警棒でもってその女性に殴りかかりました。女性はそれに気付いていません。だから私は、その女性のブラのホックを思いっきり引っ張って、後ろに倒しました。


 友香さんの警棒は空振りし、女性の体が私の上にのしかかります。


「がうぅう!」


 肩と頭部に痛みが走りましたが、今は鎌っていられません。私はおもいっきり、その女性を抱きしめました。


「おふ、おふぅぅ!? わ、私はようやく、私の想いを受け止めてくれる同性に出会え」「ごめんなさい!」「づくしっ!」


 右手と左手で掴んだステッキを女性の背後に回し、それで後頭部に攻撃させていただきました。


「へんたいとだきあうなぁぁぁあああああああ!」


 友香さんの追撃が迫ります。私はその女性を横へ転がし、そして――その女性から心力を吸収しました。


 そうしている間に迫る警棒。もう一発喰らっても、私は意識を保てるでしょうか。解りません。でも、今ここで心力のチャージを辞めたら、これから先も私に勝ち目は無いでしょう。攻撃を喰らう程度、堪えなければなりません。


 そして。


 ガツン、という衝突音。


 しかしそれは、私のものではありませんでした。


 心力のチャージは未だ完了していないため、視線だけで状況を確認します。


 殴られたのは……未来の『私』でした。


 手錠されているためなんの抵抗も出来ない彼女が、自らを盾に、私を庇ったのです。


「っ! ……こ、……わ、わたし!」


 名前を叫ぼうとして彼女が自分自身なのだと思い出して、結局叫べませんでした。だって、彼女は私ですし。自分の名前を叫ぶとか、あれですし……。とにかく、私を庇って再び地面に倒れた未来の『私』はしかし、微笑みを浮かべて、手錠に繋がれたその手を私へ伸ばしてきました。


「もったいぶっていた、私が貴女に残す、最初で最後のアドバイスです」


 痛みに耐えながら、彼女は言います。


 途端に、温かい光が私を包みました。まるで、母に抱きしめられているかのような、そういう温もり。


 痛みが引いていき、たちまち力が湧き上がってきました。魔法で傷を治してくれているのだと気付くのと、彼女が言っていた言葉を思い出すのは同時でした。


 心力を使い果たせば、消えてしまう。


 魔法少女になった事を後悔し、魔法を使って未来を変えようとして、それでも友香さんを目覚めさせる事を優先して本来の目的を諦めて……そのうえ、事の結末を見ないで消えようとしている。


 私の痛みが消えていくのと比例して色素を失っていく未来の『私』。それで、そのまま消えて、未来の『私』は満足なのでしょうか。


 そんなわけがありません。私が彼女の立場だったら、最後まで見届けないと不安で夜も眠れなくなるでしょう。 


 それなのに、彼女は……


「その年になってバックパックをリュックサックと言うのは、とても恥ずかしい事らしいので、もう、やめて下さい……」


「なんで今それ!?」


 そして、未来の『私』は消滅しました。


 それは、私が心力をチャージするのとほぼ同時で。


 そのタイミングが私に、勝てと命令しているようで。


「任せて下さい……」


 正気を失っているからでしょう、人が消えた瞬間に遭遇したのにも拘わらず怯む事なく追撃を繰り出だそうとしている友香さんに向けて言いました。


「友香さんを救う役目。私に任せて下さい」


 その追撃を、ステッキで防ぎました。


「っ!」


 私が突然元気になった事には流石に驚いたようです。でも、見くびらないで欲しいものです。すぐさま距離を取ろうとした友香さんに距離を取らせず、体当たりで彼女を突き飛ばします。


「があっ!」


 嗚咽を漏らし後退する友香さん。私はスタンガンを握る友香さんの右手目掛けて、ステッキを振るいました。


 見事に直撃したそれは、友香さんの手からスタンガンを奪い、さらに隙を生じさせます。


 踏み込む一歩。この一歩は、友香さんとの心の距離だと私は思います。だって、これで彼女を救えるのなら、彼女に嫌われたとしても本望だから。


 もう一度浴びせた体当たりで、友香さんから警棒も落とさせる事に成功。これで彼女は手ぶらかと思いきや、友香さんはレスリングブラと胸の谷間から小さいナイフを取り出しました。


 一度距離を取り直し、互いに向き合います。


「なん、なんで……こまちちゃんは、そんな、つよく、ないはず、なのに……」


 守る守る言ってた相手が自分より強かったら、それは驚くべきことなのでしょう。でも、見くびらないで下さい。


「友香さんがくれた力ですよ」


 今の私は身長百七十センチのグラマラスな大人の女性。それは私の願望です。その願望を体現したものなら、戦えます。だって私は、本当は、一人でも生きれる人間になりたかったんですから。そのために一人暮らしまで始めて。そのために慣れないうえ憧れていたわけでもない都会にまで来て。でも、それだけじゃ強くなれなくて。


「友香さんが私を、強くしてくれたんですよ」


 友達として、私と一緒に過ごしてくれて。その心をすり減らして。だから私は強くなれた。


「だから、返して下さい」


 友香さんが居なかったら、今頃私はどうなっていたことでしょう。友香さん以外の友達が居ない私は、いったい何を支えにして生きているのか。考えるだけで鳥肌ものです。結局、私は一人では生きられなかったでしょう。今までも。そしてこれからも。


 だから――




「私の親友を! 返して下さい!」




 ――だから私は、その親友へ、魔法を放つのです。彼女の中に巣食う悪魔を、想魔を倒すため。


 ステッキから放たれた白い光が、世界を包み込みました。

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