【2-3.呪い】
しかし、ポルスキーさんが自宅の海辺の掘っ立て小屋に戻ってみると、そこには無表情なりに少し険しい顔をしたクロウリーさんが先回りして立っていた。
「何であなたがここに!」
ポルスキーさんは思わず声を上げたが、クロウリーさんは、
「こっちが聞きたい。いったいどこでデュール氏なんか拾って来たんだ。イブリンの肩を抱くなんて軽薄もいいところだ」
と珍しく早口だ。
「そのデュール氏はどうしたのよ。接待しなきゃいけなかったんじゃないの」
「なんで接待してやらなきゃいけないんだ」
「上司の命令でしょ」
「ああそうだよ、ここに来たのも上司の命令だ。イブリンを連れて来いとね」
「はあ? なんでー!?」
ポルスキーさんは素っ頓狂な声をあげた。
クロウリーさんは疲れたようにため息をついた。
「君、本気で何したんだ。デュール氏に執着されるとか。誑かしたか」
「まさか!」
ポルスキーさんは憤慨した。そもそも世間の噂ではデュール氏はハニートラップの件以来、女性不信のはずだ!
完全否定のポルスキーさんをまだ疑わしい目で眺めていたクロウリーさんだったが、ハッと何かに気づいたようで、合点がいった顔をした。
「ああ……。連れて来いってこれのことか。――イブリン、呪いかけられてる」
「え!? 呪い!? 私に!? いつの間に」
ポルスキーさんは驚き、ホコリでもはらうように慌てて手で髪やらローブやらをぱんぱんと叩いた。
クロウリーさんは呆れた声をあげた。
「そんなので祓えるはずないだろう」
そして解呪の呪文を唱えようとして、はたと止まった。
「なんだこの呪い。見た事がない」
クロウリーさんに任せようと思っていたポルスキーさんは、クロウリーさんが小さく唸ったので、ゲッといった顔した
「え、祓えないの?」
「祓えないね。自分でもわかるだろう」
「そんなの困るわ! じゃあどうするの?」
クロウリーさんは冷静に首を小さく振った。
「タイミング的にデュール氏絡みだろ。それもあってデュール氏は君をつれて来いって言ってるのかもな。それなら本人に聞くのが一番だ」
「ええ~またあの人に会うの? 助けてって言ってたけど、この呪い絡み? もう、何かに巻き込まれそうで嫌な予感しかしないんだけど!」
ポルスキーさんは露骨に嫌そうな顔をしたが、クロウリーさんはため息をつくばかり。
「もう巻き込まれてる、こんな呪いを引っかけられて。というか、あの人は引きこもってたのに急に姿を現したりなんかして、いったいどういうつもりなのか。呪いをばら撒きに来たのか」
「ああ~いや、呪いのことは知らないけど、姿を現したのは完全に成り行きでっていうか……」
ポルスキーさんはもごもごと答える。
「成り行き?」とクロウリーさんが聞くので、ポルスキーさんは簡単にデュール氏との遭遇について説明した。
話を聞いて「ああ……」とクロウリーさんは遠い目をする。
「あ、絶対今『魔法へたくそか』とか思ってるでしょ」
「思っている」
ただまあ、クロウリーさんも魔法協会の理事まで務めた男が身を隠していた理由に興味がないわけでもなかった。何となく勘でだが、ポルスキーさんにかけられた呪いがデュール氏の失踪に関係している気もした。
それでクロウリーさんは、ポルスキーさんにデュール氏の隠れ住んでいた場所について尋ねた。
しかし、ポルスキーさんはただ迷い着いただけな上に、おまけに地図も見ないうちにデュール氏に魔法協会に送り届けてもらったものだから、初めこそクロウリーさんの質問に、
「グレートモス山脈よ!」
とどや顔で答えたものの、クロウリーさんの次々と出される詳細な質問には、
「いやー、それは分かんない」
「あ、それも分かんない」
「いや~どうだったかしら」
と、正確なことは何一つ答えられなかった。
ポルスキーさんがほとんどの質問に首をかしげる様子を見て、クロウリーさんは完全に呆れかえってしまった。
思わず「ポンコツだな……」と言いたくなるところをぐっと我慢する。
が、同時に、デュール氏は誰にも潜伏場所を知られたくないがために、地図を見せる前にポルスキーさんを魔法協会まで送り届けたんだろうなと、ぼんやり思わなくもなかった。
仕方なしにクロウリーさんはポルスキーさんを連れてデュール氏のいる魔法協会に戻ることにした。
渋るポルスキーさんをクロウリーさんは無理矢理テレポートで引き連れていく。
さて魔法協会に戻ってはみたものの、かといってこのまま馬鹿正直にデュール氏の前に直行するのも何となく釈然としないなとクロウリーさんが思っていた時。
魔法協会の中央の大階段を上り切ったところでクロウリーさんは知り合いに会った。クロウリーさんは「しめた」と思ってその知り合いを呼び止めた。
呼び止められた女性は相手がクロウリーさんと見るとあからさまに甘い笑みを浮かべた。
「あらあ、ヒューイッドじゃないのお」
その様子があまりに馴れ馴れしいので、ポルスキーさんはちょっと嫌な気がした。
しかしクロウリーさんは気にも留めない。いつもの無表情で、
「デュール氏は大応接間か?」
と聞いた。
「そうよ。もう魔法協会上げての大騒ぎ。このまま戻ってくるのかしらね。優しそうなイケメンで職場がもっと楽しくなりそうだわー」
女は厚ぼったい唇でふふっと笑った。
クロウリーさんはどうでもいいと言った顔をして、
「じゃあ、ちょっとデュール氏のところへ行って、ご所望の女を連れてきましたって伝えてくれ」
と短く頼んだ。
その女はクロウリーさんの顔を意地悪そうに見た。
そして、
「いいけど、でもまさか、ただでってわけじゃないんでしょう?」
と口元に薄笑いを浮かべて聞いた。
ポルスキーさんはねっとりとした女の下心が見えてもっと不快になった。
しかしクロウリーさんは相変わらず表情を変えず、
「何が望みだ?」
と聞く。
聞いちゃダメじゃない!とポルスキーさんは心の中で突っ込んだ。
女は少し勝ち誇った顔をした。
「デートしてちょうだい」
「分かった」
ポルスキーさんはもう本当に腹を立てて、無言でくるりと背を向けると、階段を下りてそのまま魔法協会から帰ってやろうと思った。
しかしクロウリーさんは何も言わないまま、ポルスキーさんの腕をがしっと掴み引き留めた。
「!」
ポルスキーさんがものすごい形相でクロウリーさんを睨むがクロウリーさんは淡々とした目でポルスキーさんを見返すのみ。
女が意気揚々と大応接室の方へ向かうのを鋭い目つきで見送った。
そして、女が歩いて行った後少ししてから追いかけて、クロウリーさんとポルスキーさんは大応接室の扉の前で中の様子を窺った。
しばらくすると大応接室の中が騒然とする様子が伝わってきた。
そして、「ぎゃっ」という叫び声が上がり、人が倒れる音がした。
大応接室の中の人たちはだいぶ驚いたようで、医務官を呼べ、などといった大声の指示が部屋の外のポルスキーさんのところまで聞こえてきた。
そのタイミングでクロウリーさんは躊躇いなく扉を開け、ポルスキーさんを伴って中に入った。
すると先ほどの唇の厚ぼったい女がソファの近くに倒れていて、顔面蒼白のデュール氏がその顔を覗き込みながら、
「僕のせいだ。私から離れてしばらく安静にすれば治るはずだから」
などと言っているところだった。
「やっぱりな」
とクロウリーさんは呟いた。
その呟きに、ポルスキーさんは驚いて眉を顰めた。
「え、ちょっと、この状況、想定済み? ってことはあなたこの女性で何か試したの?」
ポルスキーさんがクロウリーさんを非難する声が耳に入ったのだろう、部屋中の者がパッとこちらを見た。顔面蒼白のデュール氏も。
「君たちは……!」





