1.刹那の闇
深夜のとある繁華街。この街にある高級料亭『三昧』。華やかな料理と、趣のある雰囲気を兼ね備え、『お客様に最高の時間をお届けする』という先代料理長からの教えを引き継ぎ業界トップの人気を誇る店。
そんな高級料亭へと今夜も最高の時間を提供されるためにある裏社会の大物2人がその料亭に足を運んだ。
このような裏社会のビックイベントが開催される今日この日、もちろんこの繁華街では物騒な雰囲気が漂っておる。そしてこの雰囲気は、料亭『三昧』へと近づくにつれて次第に増していっている。
その原因は、『三昧』を包囲するように止められた黒塗りのリムジンと、同じく全身黒尽くめの強面でガタイの良い男たちだ。彼らは『三昧』の入り口は勿論、大通りに路地裏まで至る所でその目を光らせていた。
それもそのはず。彼らの目的は、今夜この高級料亭『三昧』で行われる怪しげな会合を問題無く行うことだ。そのために彼らは、こんな大胆にも大人数で見張り兼護衛を行っているのだ。
「全く、なんでこんな汚ねぇ路地裏で張ってなきゃいけねぇんだよ」
繁華街の大通りを外れた路地裏で、タバコの煙と共に一人の黒尽くめの男の愚痴が宙へと浮かんで行った。
男はオールバックの髪型でいかにも”悪“のような見た目だ。それに加えて蒸すタバコと、それを挟む右手の甲で睨みをきかす刺青がなんとも彼の雰囲気に良い味を醸し出している。
「……くだらねぇ愚痴なんか吐いてんじゃねぇよ、馬鹿野郎。……スゥ、ハァ。こうやって見張ってる仕事を貰えるだけで有り難いんだぜ」
そう言ったのは、オールバックの隣で同じくタバコを蒸すスキンヘッドのヒョロっとした小悪党感の溢れる男だ。彼は、ピアスに小洒落たネックレスをつけ、チョイワル感を出している。
小悪党感にチョイワル感と同じような響きだが、似て非なる物だ。それを兼ね備える彼は、どうやらオールバックの先輩のようで、「馬鹿野郎」とタバコを蒸しながらオールバックを軽く叱った。
「そう言われてみればそうっすね。でも、この人数の護衛っすよ。流石に多すぎやしませんか?」
「そりゃあお前、あれだろ。最近噂の“シノビ”って奴を警戒してのことだろ。なんでも、この前の隣の地区の向日葵組が壊滅したってのもソイツの仕業らしいぜ」
「あーそう言えばそんな事言ってましたねぇ。でも、あれって本当なんすか? 向日葵組ってうちの組より小さいっすけど、そんな簡単に壊滅まで行かないでしょう」
「そこなんだよな。ただの他の組との抗争で壊滅したか、内部で揉めてその失態がバレないように架空の組織を作ったか。それとも本当に“シノビ”って言う特殊部隊みたいなのがあんのか。真相は分かんないらしいぜ」
そう言ってスキンヘッドは、ポケットから新たなタバコとライターを取り出して手際良く火をつけてまた蒸す。それをみてオールバックもタバコを咥えてボーっとする。
紹介が遅れたが、彼らは蒲公英組の末端構成員でいわゆる裏社会の住人だ。そして本日のイベントとは、彼らの組長と紫陽花組の組長による会談のことである。その会談の内容とは彼らが話題に上げていた『向日葵組の壊滅事件』及び“シノビ”についてだ。
末端構成員であるスキンヘッドとオールバックには、簡単な内容しか上から告げられていないが、この事件はこの地域全体にとって大きな問題であった。そのため、今回のような会談も二つの意味で重要な物であった。
一つは、この地域の行末を決める事。いくら向日葵組が小さくても一つの地区を任されているという点では、他の組にとっては欠かせないのだ。
そんな大事な組が壊滅して出来た穴をどうするのか。それが一つ目の重要な意味だ。
二つ目は、“シノビ”についてだ。向日葵組を壊滅させた新たな勢力“シノビ”。彼らはその名前しか知らず、後はただ強いしか分からない。そもそも本当に存在するのかと言うところも疑問であった。
唯一の手がかりは、向日葵組の末端構成員が、幹部から電話で「忍者のような格好の……」と言うメッセージを受け取っただけで、そこから因んで“シノビ”と名付けられた。
騒ぎを聞き取った近隣住民による通報で警察が向日葵組の本拠地に向かうと、そこは血の海だったと言う。組長に若頭、幹部全員にその他の構成員の刃物で斬られた死体だけが残っていたと言う。監視カメラの映像も消されており、全くと言って手がかりが無いそうだ。
この大胆にも繊細な犯行だったために、内部の犯行つまり内部抗争だったと言う意見が上がってきたのだ。
このように何も分からない“シノビ”について話合うと言うこと、これは大事であるが実は本当に重要な事ではない。
実際はこんな大規模な会合を開き、そして“シノビ”をおびき寄せると言うのが、二つ目の重要な事である。
そしてこの事実は、一部の組員と幹部しか知らず組長も影武者を雇っている。実際には、影武者たちを通して組長たちが電話をすると言う『大規模な会合』を作り上げているのだ。
そんなわけで勿論、路地裏警護なんて任されているオールバックとスキンヘッドにはこの事実は知らせれておらず、大まかな概要と、“シノビ”と言う危険な存在がいる事だけしか伝えられていない。
そんなわけで彼らは何の疑いもなく、この偽会合を作り上げる土台に加担していた。
「ていうか、さっきの話の疑問なんすけど“シノビ”って組織なんすね。自分はてっきり『戦国時代から続く忍者の末裔』みたいな本物の忍者がやってると思いましたよ」
「んなわけねーだろ。向日葵組の奴らは、刃物で切断されたんだぜ。まあ、おおよそ刀での犯行らしいけどよぉ。大の大人数十人、しかも拳銃装備してる奴ら全員を斬り殺すって、いくら戦国時代の武士だろうが無理な話だろ」
「確かに……。大人数の、それも精鋭で刀持って凸って奇襲するくらいのことしなきゃ無理っすね。銃と銃でも厳しいのに、銃と刀なんて一人じゃ無謀っすね」
『……じゃあ本当に一人だったらどうする?』
その声が頭上から響いたのはオールバックが、話終わったのとほぼ同時だった。
オールバックとスキンヘッドの二人は、躊躇いもなくすぐに上を向いた。
そこにいたのは、月光に照らされる一つの影だった。光に照らされているのに影だと表現するのはおかしな話だが、実際に二人の目にはそう写っていた。
黒いスーツに全身を包み、唯一目元だけが特殊な形で淡い光を放ち、輝いていた。そして背中には、美しい弧を象るような同じく漆黒の刀が携えられていた。そう、その姿は正しく彼らが先ほどから話題に上げていた“シノビ”を思わせるようなものであった。しかし、彼らの目にはその姿は別のものに見えていた。
「……ロボット?」
スキンヘッドがそう、口にした。全身を黒いスーツに包まれているその姿は、時代劇などで見かける忍者の雰囲気を漂わせてはいたが、それは明らかに忍者と断定できるような物ではなかった。
“スーツ”と称したその纏っているものだが、実際は大きく違った。布のような薄い感じでは無く、かと言って現代の特殊部隊の装備の様な物などでも無い。
言葉で表すなら、近未来のロボットなのだ。表面はとても滑らかで、体と一体になってはいるが、厚みを感じさせる。そして関節部には、独特な曲線の切れ目がある。それらも含めて全身を包んでいるその“鎧”はぎこちなさを感じさせない一つのアートのようであった。
そして先ほども言ったが、“シノビ”の全身は黒いの“鎧”に包まれているが唯一、顔のど真ん中を横に雷が走るように目元を輝かせている。
「ちょ、ちょ、ちょ、あれ見てください! アイツ壁に立っていますよ!」
「ーー⁉︎」
オールバックの焦った声に釣られて、スキンヘッドは“シノビ”をじっくりと見た。そして、すぐに気がついた。“シノビ”は、自分たちが先ほどまで背もたれにしていた壁の数メートル上で直立していたのだ。
それは、重力という地球の概念を無視した明らかに異様な光景であった。しかし、当の“シノビ”はそれがさも当たり前かのように、平然と腕を組んで壁に佇んでいた。
「お、俺は夢でも見てんのか? なんで、アイツ⁉︎ 嘘だろ!」
『夢でも嘘じゃないよ。ほっ』
その声を残して、“シノビ”は壁を蹴り一回転して二人の目の前に、スタッと着地した。
近くでよく見ると、本当に精巧に作られたロボットにしか見えなかった。しかし、“シノビ”はどこか人間味のある雰囲気があった。
『それじゃあ、自己紹介をしようか。俺は“セツナ”。君たちが言う“シノビ”って奴だね。ちょっとだけ君たちに聞きたいことがあるんだけどいいかな』
そう言って“シノビ”改め、“セツナ”はその無機質な鎧の下でニッコリと笑みを浮かべた。