07
この国において紺を思わせる深い深い青は「ティトゥーリアの青」と言われる、禁色である。
王族と王族よって下賜された者しか纏うことが許されないその青の石を手にしていた娘に、マティアス侯爵夫人テレーゼは彼女には滅多にない驚きの声を上げた。
慌てて隠そうとしたが、彼女の娘の胸元には首飾りがあった。
深い深い青。
ティトゥーリアの青だ。
(どうか、この石を婚約の証として)
あの日、ジークヴァルトが渡したその石の重みにシェイラが気づいていないわけではなかった。
確かにマティアス侯爵家はこの国の高位貴族の家柄であり、王より禁色を賜ってもいる。が、たかだか12の小娘が持っていていいものではないとよく分かっている。
けれど、まるで、何かを託すように渡され、更にはこれから彼が行く場所が危険な場所だという事実を前に、シェイラ受け取らずにはいられなかった。
この夜のように毎夜、部屋で1人胸元からそっと取り出して、祈らずにはいられなかった。
どうか、無事でと。
もしかしたらそのためにジークヴァルトはこれを置いていってくれたのだろうかと思うようになっていた。
「お母様」
「ジーク殿下がくださったの?」
シェイラが見上げると、その頃にはいつもの落ち着きを取り戻していたテレーゼは、そう尋ねた。
「はい」
「そう」
そして、ため息をつく。
7年前、カテリーナとリッカ公爵家に請われ、公表こそされていないもののシェイラはジークヴァルトの婚約者となった。あの時、フェルディナンドも反対しなかったし、シェイラにとってもよい縁となるだろうと喜んでいた。
が、7年後、シェイラは微妙な立場に置かれている。
夫であるフェルディナンドがテレーゼに何気なく告げたのは3日前ほど前のことだ。
1週間後、会議がある。
そこで、懸案事項が話される。
そう、淡々とした声で告げられた。
懸案事項というのは幾つかあるだろうが、今でこの国で最も重要な懸案事項は、王太子問題に他ならない。
思案する夫の姿に、ジークヴァルトの立太子の可能性をテレーゼは懸念する。ジークヴァルトは王位など興味はないと訴えるかのように軍属し、旅立っていった。
それがすべてではないのか。
目で訴えていたのかもしれない。苦笑したフェルディナンドは妻の肩を抱いた。
カテリーナの妹分であり、自身も公爵令嬢であった彼の妻は、本人がまったく望んでいなかったとは言え、一時はゲオルグ三世の継妃の地位をカテリーナと争ったことがある。その彼女がただただ望むのは娘の穏やかな幸せだ。
分かっている。
が、この国の宰相でもあるフェルディナンドは、1週間後の円卓で行われるやり取りの大部分を既に把握している。
すなわち、誰がどちら側につくのかを、だ。
もはやジークヴァルトが王都を飛び出したところで、あっさりと片付くような問題ではないし、片付けていい問題ではない。
「テレーゼ」
「はい」
そして、円卓の末席につく自身が取るべき選択が、幾つか存在する。
「私は、あの娘を荒波の渦中に置いてしまうかもしれない」
「フェルディナンド様!?」
責めるように見上げる妻に対し目を伏せ、頭を下げる。
「許せ、テレーゼ」
「その石は隠しておきなさい。誰にも見つからないように大切に、取っておくのです」
「お母様?」
「よいですね、シェイラ」
テレーゼはシェイラに石を握らせ、胸の内にしまわせる。
フェルディナンドの言葉は気がかりだったが、実際に彼が何をしようとしているのか、テレーゼはまだ聞いていない。
けれど、謝られた。
置いてしまうかもしれないという可能性の言葉は、おそらく、実際のものとなるだろう。そうでなくてあのフェルディナンドがわざわざ口にするものか。
「おかあ、様?」
テレーゼはシェイラを抱きしめる。
嵐はすぐそこにあった。
ジークヴァルトがシェイラに告げることはなかったが、彼が世嗣ぎ争いから後退しようと軍属を決めたのは、エルンストを次期にと望むユーリエ公爵派に命を狙われ、かばった彼の側近が怪我をしたこともあった。
今回は怪我で済んだ、しかしながら次はそれだけでは済まないかもしれない。
元々王位に近かったわけでもなく、さして興味もなかったジークヴァルトは、民衆の人気から考えても自分が進んで降りた方がいいと、国王アーデルベルトに面会を求め、自身の軍属を願い出た。
が、軍属とシレジア行きこそ許可したものの、アーデルベルトは彼の臣籍降下だけは認めなかった。
そして、ジークヴァルトが王都を出て後、アーデルベルトはフェルディナンドを通して、国政の中心を為す者を王宮に召集した。




