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カテリーナのお茶会には彼女の姪であるカルロッタ伯爵令嬢ソフィアも呼ばれていた。
ジークヴァルトの従兄弟、更には王女のいない王家に代わり、名門リッカの出だとして「王女に準じる地位」を与えられている彼女は、あるかないかも分からぬ政略の具となるため未だ自身の婚約者を持つことを許されていない。
アーデルベルトが王女を授かった場合、或いは学術院を卒業し成人、つまりは行き遅れとなるまで、それは続く。
さりとて未婚の貴族子女としてお茶会に呼び出された彼女は、春休みためしばらく会っていない友人と会うことを数少ない楽しみとしていた。
が、叔母様に挨拶をと予定の時間より少し早くやってくると、取り次ぎのマノントン夫人よりシェイラは参加できないかもしれないと知らされる。
私、本当に参加する必要あるのかしらと、淑女にはあるまじきことに退屈そうなため息をついた彼女は、続く夫人の言葉に目を丸くする。
宰相閣下よりお詫びとして、上の2人のご兄弟の参加が申し入れられたそうですわ。
ぱっと表情を変えたソフィアは、自らのドレスの裾を確認する。
「ジーク兄様の婚約者探しだしと落ち着いた色のドレスにしたのだけれど、地味すぎやしないかしら」
「まぁ、ソフィアお嬢様」
分かりやすいソフィアの豹変に夫人は口元に手を当て喉を鳴らす。
「まったく、我が従兄弟殿は現金なものだね」
そうしたやり取りをいつから眺めていたのか、背後から喉を震わせる音がする。
この日も朝から軍司令部に詰めていたジークヴァルトは部下達に追い出されるように王宮へと送り出された。積極的にそうしたのが側近でもあるヴィリーだったのだが、宮殿に戻り、事の次第を聞き、にやりとしたのは言うまでもない。今頃連絡が届き、さぞ憮然としていることだろう。
このような面倒ごとを1人で背負いこまされるのはあんまりではないか。
「あら兄様、ごきげんよう」
「ご機嫌はあまりよくないな」
「また、そのような」
振り返ったソフィアは、よろしいんですのと視線で問うてくる。
軍服姿は普段用で機能性が優先されている。せめて近衛兵の軍服ならばもう少し華やかに見えるだろうが、守られる立場となったジークヴァルトが今更着るわけにもいかない。少し袖口が汚れているのは朝の訓練のせいなのだが、無頓着なのか気づいている様子はない。
「王太后様は大層やる気なのです、身なりを整えて行かなければ後でお小言を聞かされますわよ」
「ソフィア…」
心底嫌そうな顔をするのに、ソフィアは思わず吹き出した。
「本当にこのお茶会が嫌ですのね」
「必要だというのはわかっているのだけどね」
ふうとため息をつきながら、マノントン夫人に着替えを用意するよう頼む。夫人がその場を辞し、遠巻きに女官が控えているものの2人となり、ジークヴァルトは身近な椅子に腰をおろす。
「反抗したいところなんだが、正直、それが彼女にとってよい選択か分からない」
「兄様」
従兄弟同士というよしみ、絶対に婚約者にならない相手だという気やすさ、更には昔からシェイラとの関係を知っていることの安心感からか、つい本音がこぼれる。
リッカ、ユーリエ、レノの3公爵家の微妙な力学は長く、王家に多大な影響を与えてきた。正しく使えばこのうえない味方となる彼らだが、使い方を誤れば厄介なこと極まりない。
王家では特に、3公爵家直系の出の王妃は嫌われる。1つの家に肩入れしたと他の2家からのやっかみが激しくなるからだ。カテリーナがそのリッカ出身の王妃なのだが、既に王太子が決まっている中での継妃、さらには今のソフィアと似たような立ち位置にいた彼女が学術院を卒業した時、リッカ本家の令嬢に相応しい婚約相手が見当たらなかったことによる例外中の例外と言っていい。
それがどうして、ジークヴァルトにまで王位が回ってこようとしているのか。アーデルベルトに王位が回った時点で既に想定外であり、エルンストの立太子、そして廃太子など誰が予想出来ただろう。
久しぶりに王都に戻ったと思えば、あの茶番、そして、気づけば王太弟として指名されている。本来ならばもうとっくにシレジアに戻っているはずなのに、未だ王都でお茶会などに参加させられている。
ようやく、ようやくだ。
やっと、シェイラとエルンストの婚約がなくなったというのに、選んではいけないなんてどんな悲劇だ。
けれど、もう、自分は王位から逃れられない。
降りかかる火の粉が我が身のみであれば、強引にでも手をのばしたかもしれないが、貴族間の歪みで矢面に立たされることになるのはシェイラだ。
自分が、散々王家の事情に振り回されてきた自分が、どうしてそんな場所に彼女を巻き込むことが出来る?
そう思いながら、鉄壁の理性が歪みを叫ぶのだ。
どうしても、彼女だけは失いたくはなかった。
初めて会ったその日から大切な、とても大切な、唯一の、少女だったのだ。
不幸にしたくない。
けれど、他の男に奪われたくもない。
「どうするのが正しいのだろうね」
肩を竦め力なく苦笑する従兄弟からは、次期王となることの喜びは感じられず、ソフィアは表情を歪める。
シェイラは今、この場にはいない。
多分お茶会には間に合わないだろうとカテリーナが残念そうに言っていた。
そして、続いたエルンストともに宰相府に呼ばれたという言葉に目を丸くした。
あの卒業パーティーからまだ10日ほど。
皆の面前で婚約破棄が為されたというのに、皮肉なことにエルンストが地まで下がった評価を取り戻そうとすれば。
多分、そう、多分。
リッカにも近い高位貴族の令嬢であるシェイラは、再びエルンストの婚約者として名が上がることになるだろう。
公爵として臣下に降りるならやはり、高位貴族の令嬢が望まれるだろう。そして、ジークヴァルトの相手にユーリエ派の令嬢が望まれるのとは別に、エルンストの夫人には順当ならばリッカ派が手を挙げなければならないだろう。
次期王妃として、マルグリッドに代わり王妃の仕事の幾らかを既に請け負っていたシェイラを、今更王家が手放せるはずなどないだろう
ジークヴァルトか、エルンストか、どちらでもなければ多分、国王アーデルベルト自身の名が挙がるだろう。
ソフィアは嫌だ、と思う。
彼女はよく知っているのだ。
彼女の叔母、王太后カテリーナが幾度後悔したかを。後悔をしては、どうやっても違う選択は出来なかったと途方に暮れていたことも。
また、繰り返すのか。
ジークヴァルトも、シェイラも、ソフィア自身も、エルンストさえも。
誰が望まない選択をしなければ、この国は守れないというのだろうか。
考える。
考えて、顔を上げる。
本当に情けない。
思いついた付け焼き刃のような幼稚な行為を、思わず口に出す。
迷っているのであればせめて時を、稼げないかと思ったのだ。
「兄様、私をエスコートしてくださいませんこと」
「ソフィア?」
「もちろん、シェイラが戻ってきたら交代しても構いませんわ」
にこりと笑う。
ソフィア=カルロッタを押し除けて、兄様に執拗に言い寄ってくる方なんていらっしゃいませんわ。
せめて、シェイラが戻ってくるのを待って、他の令嬢方と比べてみるべきです。
告げてソフィアは「見返り」を求めた。
聞いた内容にジークヴァルトは目を丸くし、肩を震わせる。
「本気かい、ソフィア」
確認の問いにソフィアはにこりとする。
学術院の卒業まであと1年、その先の未来をソフィアは諦めてはいないのだ。




